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偏愛映画館 VOL.58
『劇場版 アナウンサーたちの戦争』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

8月といえば映画界的には「夏休み大作」のシーズンだが、後世に語り継いでいかなければならない「戦争の悲惨さ」を描いた作品が公開・放送される時期でもある。今回はその観点で『劇場版 アナウンサーたちの戦争』を紹介しよう――という趣旨ももちろんあるのだが、この作品が仮に別のタイミングで公開されていたとして、僕は同じように紹介したとも思う。「言葉を信じて言葉に絶望した。」というキャッチコピーが象徴するように、自分にとって他人事とは思えない題材を扱った作品であり、ただ「知る」だけではなく我々の生活や価値観に直結した同時代性を纏った作品だったからだ。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. François Duhamel / Courtesy of Netflix

本作の主な舞台は、太平洋戦争の真っただ中の日本。日本軍の戦いの裏では、ラジオ放送による「電波戦」が行われていた。時に偽情報を流して敵をかく乱したり情感に訴えるような言葉で降伏を促したり、占領地に日本文化を根付かせる「日本化」を担ったり、自国民の戦意を高揚させたり――それらに駆り出されたのが、アナウンサーたちだった。国内で圧倒的な人気を誇る和田信賢(森田 剛)を中心に、激動の時代に翻弄されるアナウンサーたちの苦闘を描いていく。

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僕が本作を観て最初に震えたのは、情報統制の部分。この時代、一般市民が情報を得られる機会は極端に少なかった。となれば、ラジオを含む少数メディアを押さえてしまえばいくらでもフェイクニュースを垂れ流し、信じ込ませることができる。情報が氾濫している現代、「鵜呑みにしない」真贋を見分ける能力が個々人に求められているが、それは裏を返せば「いくらでもキャッチできる」ということでもある。組織が真実を捻じ曲げても個人が公にしたり、そもそも「裏を読む」ことがデフォルトになってきたため、安易にコントロールされにくくなっていたり……。もちろんインターネットを介して危険な思想が流布し、狂気の集団を創り上げてしまう恐ろしさはあれど、防衛する術も同時にあるようには思うのだ。ただ、『劇場版 アナウンサーたちの戦争』ではそうはいかない。和田のセリフで「俺たちは与えられた原稿を読むしかない」といったものがあるが、手段そのものが存在しない恐怖――しかもフェイクニュースの拡散に自らの「声」で加担させられる絶望が、身を切られるような痛みと共に描かれていく。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix

劇中、特に強烈なシーンが2つある。1つは、和田が与えられた原稿を読んだ結果「玉砕」というワードが流行し、子どもたちが戦争ごっこでその言葉を好んで使うようになっていくところ。そしてもうひとつは、戦地に向かう学生たち=学徒出陣の壮行会。当の本人は本当の戦局を知らされないまま「日本軍は連戦連勝!」とプロパガンダに利用されているのにもかかわらず、大衆は彼の声に魅せられ、言葉を鵜呑みにしてゆく――。真実をありのまま伝える「報道」や感動を増幅させて届ける「実況」に情熱を注ぎ、アナウンサーという仕事に誇りを持っていた人間の尊厳を戦争が踏みにじっていくさまを目にし、僕は涙を禁じえなかった。

ポスタービジュアルで使われている、土砂降りの中で和田が絶叫する写真は、壮行会のシーン。「虫眼鏡で調べて望遠鏡で喋る」を信条とする和田は、学生たちの本音――「死にたくない」「夢を追いかけたい」「家族と会いたい」を取材するも、発表することは叶わない。土壇場で実況席から離れ、誰もいない路地で「国民の皆様、どうかお聞きください」「彼らはもう二度とここには帰ってこないのであります」と“真実”を実況する和田。しかしその前にはマイクはなく、誰にも届くことはない。同じ状況に置かれたことがない僕はその苦しみはいかばかりかと想像するしかないのだが、森田剛の魂の熱演も相まってボロボロと泣いていた。それは感動の涙ではない、無念を受け取った覚悟にも似たものだったように思う。

アナウンサーといえば、声のプロフェッショナルとして我々からは遠い存在に思えるかもしれない。しかしいまや、技術の発展により僕たちは一人ひとりが容易に言葉を発信でき、想いを届けられ、拡声することが可能になった。言葉には、恐ろしいほどの力がある。いくらでも他者を先導できてしまう。誰かの人生を破壊できてしまう。その責任を常に心にとどめておくために観てほしい――という言葉は傲慢かもしれない。苦難の時代において、時間とお金を費やして戦争映画を観るのはつらい、という方もいらっしゃるだろう。薦めるということ自体がある種の暴力的行為だとも、常々思う。僕に出来るのはただただ「自分の人生でこの『劇場版 アナウンサーたちの戦争』という作品に出合えてよかった」という“真実”を記すことだけだが――もしこうした自分の言葉を信用して下さる方がいらっしゃるなら、正しい形で届いてほしいと願っている。この場をいただけていることに感謝しながら。

『劇場版 アナウンサーたちの戦争』
太平洋戦争では、日本軍によってラジオ放送による電波戦が繰り広げられていた。ナチスのプロパガンダ戦に倣い、声の力で戦意高揚や国威発揚を図り、偽情報で敵軍を混乱させるーー。それを行っていたのは、日本放送協会とそのアナウンサーたち。本作は、そうした戦時中の彼らの活動を、事実をもとに映像化。太平洋戦争の開戦ニュースと玉音放送の両方に関わった、天才と呼ばれたアナウンサー和田信賢(森田 剛)と新進気鋭の館野守男(高良健吾)、さらに新人女性アナウンサーの実枝子(橋本 愛)を中心に、電波戦に関与した人々の苦悩を描く。
演出:一木正恵
出演:森田剛、橋本愛、高良健吾、安田顕ほか
全国公開中。配給:NAKACHIKA PICTURES 
©︎2023NHK

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