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偏愛映画館 VOL.54
『マッドマックス:フュリオサ』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

早回しの時代に毒されてしまったのか、或いは単純に余裕がないのか、映画を観るときに「どれだけ早く没入できるか」が自分の中で一つの評価基準になった。ド派手なアクション大作でも、スローで静謐なヒューマンドラマでも関係なく、世界観や物語にスッと入り込めると自分の中でポイントが高い。これは受動的な感覚に思えるかもしれないが、個人的には能動的でもあると感じている。時間や仕事に追われて集中力がなかなか持続しない状態になってしまったからこそ、意識的に「没入の準備はできています! 僕と手を組みませんか?」と映画に“共犯関係”を持ちかけているからだ。

そうした意味で、5月31日から公開中の『マッドマックス:フュリオサ』は最高の観賞体験であった。こちらが提案するより先に手が伸びてきて、肩をつかまれてバイクに乗せられ、物語世界のツーリングに繰り出すような……(ただし爆速)。作家性バッチバチの作品のふりをしながら、ものすごく観客フレンドリーな中身になっており、2時間28分が快感でしかなかった。

FURIOSA

本作は2015年の映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(MMFR)に登場したキャラクター、フュリオサを主人公に据えたスピンオフであり、同作の15年前を描く物語。ただ、仮に『MMFR』を観ていなかったとしても大筋が「わからん……」ということにはならない。むしろ『フュリオサ』を観てから『MMFR』と時系列順に観ていくと解像度が一気に上がるため、そういった楽しみ方も推奨したい。『MMFR』経験者においては『MMFR』→『フュリオサ』→『MMFR』再見で魅力を再発見する、というループ鑑賞もできる(自分はまさにそれだ)。要は、知っているとより楽しめるが知らなくても問題なく、後追いで知っても大丈夫!という親切設計なのだ。

それを可能にしているのは、一つはストーリーのシンプルさ。『マッドマックス:フュリオサ』は、荒廃した世界でならず者に誘拐され、母の命を無残に奪われた少女が必死の思いで生き延び、爪を研いで戦士として成長し、故郷を目指そうとする物語。しかしさらなる過酷な運命が彼女を襲い、愛する者たちを奪った男に復讐を誓う。設定も複雑に見えないように気を配られ、セリフ量も抑えられ、メインとなる登場人物は片手で数えられる程度(しかも各々のキャラが際立っているため、すぐインプットできる)。まずもって「理解」の面で置いていかれることがない。

そのうえで、先に述べた「没入感」である。一瞬で理解できるストーリーに、煮えたぎるようなフルMAXの感情が過不足なく乗っており、それをリアルタイムにこちらに届けてくれる気持ちよさ――「世界観」「物語」「演技」「演出」が見事な隊列を組み、観客を乗せてマッハで駆け抜けていくため、目と脳と心がタイムラグなく動いていく。ここまで出来立てアツアツの状態で提供される映画はほとんどないのではないか?というくらいの熱量で、そこに見たこともないようなアクション(様々な兵器が搭載されたモンスター級にデカい車“ウォータンク”にバイク集団が群がり、パラグライダーを使うようなヤツも出てきて……ともう言葉で説明すると訳が分からない感じなのだが、とかく度肝を抜かれる)が立て続き、画面の中と外のテンションがゼロ距離になっていくのだ。

冒頭、バイカー集団に連れ去られたフュリオサを救出しようと母(凄腕のスナイパー)が馬で追いすがる→途中でバイカーを何人か仕留め、バイクに乗り換えて追跡するシーンからして、とかくスピード感が最高だ。美術にしろ衣装にしろ画作りにしろ恐ろしい完成度なのにそれをもったいぶって見せることなく、なぎ倒すほどの勢いで駆け抜けていく。観客は「救出劇」とだけ頭に入れておけばいいため、リソースを目の前の出来事に全振りできる。これはもう百聞は一見に如かずだが、不純物が見当たらないため何とも気持ちが良い。

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しかし、ただトップスピードの快感だけが続く映画では本作は決してない。注目したいのは、最終章。このパートのテンポ感が意図的に落とされているのだ。察するにこれはフュリオサの「復讐」をじっくりと描くためであり、積年の恨みや(ある種の)疲弊や徒労感といったものが画面全体から伝わってくる。つまり彼女の感情が映画全体の速度に完璧に連動しており、観客の「ここはじっくりと観たい」が作り手の「じっくりと見せたい」=フュリオサの「時間をかけて対処したい」になっている。そのためこれまた「最適」なテンポ感で展開してくれる。

FURIOSA

『マッドマックス:フュリオサ』は(そして『MMFR』も)奪われた者たちが不屈の精神で何度も立ち上がり、取り返す物語だ。描かれている内容自体はフィクションでありファンタジーだが、そこに生きている人物たちの「精神」は実に生々しく、私たちと共鳴する。フュリオサが怒りの炎を決して絶やさずに、どれだけ絶望に叩き落されても決して諦めない姿を追いかけるなかで、気づけば我々観客も発奮している。フュリオサ=自分のような状態になっているからだ。しかしその同化や熱狂は自然発生的なものではなく、フュリオサ役のアニャ・テイラー=ジョイの熱演はもちろんのこと、ジョージ・ミラー監督と彼のチームの哲学と技術がなせる業であろう。驚きと共に「これしかない」と膝を打ったフィナーレ含め、実に洗練された完璧な一本に酔いしれてしまった。

『マッドマックス:フュリオサ』
第88回アカデミー賞最多6部門を受賞した『マッドマックス 怒りのデス・ロード』につながる戦いの物語。前作でシャーリーズ・セロンが演じたサーガ最強の戦士、フュリオサの怒りの原点を描く。時は世界崩壊から45年。少女フュリオサはバイカー軍団に連れ去られ、故郷や家族、人生のすべてを奪われた。彼女は改造バイクで絶叫するディメンタス将軍と、鉄壁の要塞を牛耳るイモータン・ジョーが覇権を争う「マッドワールド」に対峙し、復讐を賭けた戦いに挑む。
監督:ジョージ・ミラー
出演:アニャ・テイラー=ジョイ、クリス・ヘムズワース
全国公開中(日本語吹替版/IMAX®/4D/Dolby Cinema®(ドルビーシネマ)/ScreenX 同時上映)。
配給:ワーナー・ブラザース映画
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