偏愛映画館 VOL.55
『HOW TO BLOW UP』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

偏愛映画館も55回目である。ここまで続けてこられたのは本当に感謝しかないのだが、その一方で書き出しをどうしようか、毎度悩んでいる。落語家の「マクラ」ではないが、本題に入る前の口上が面白いと「おっ続きを読んでみようかな」となるもので、作品と自分が書きたい内容に合わせた導入が見つかるまで、いつも悶々と考え込んでしまうのだ。今回紹介する『HOW TO BLOW UP』についても“入り”を思いあぐねたのだが——正直に告白しよう。大変に面白く、装苑読者の皆さんに紹介したくなってしまったのである。それが全てだ。

本作は、若き環境活動家たちが石油パイプラインを爆破しようとするポリティカル・サスペンス。要はエコテロリストたちの物語だ。環境悪化は世界的な問題であり、自分自身の生活にも直結している。「エコ」や「SDGs」について日常的に考える機会も増えたし、異常気象が頻発するなかで「なんとかしないとまずい」という危機感もある——が、この物語と自分の距離が近いかといえば、そうではない。動機はわかるが、それだけの熱量や行動力、そして犯罪行為に対する共感を持てないため、どこか「自分には理解が及ばない人々の話かな」という感覚はあった。だからこそ気になったし、『落下の解剖学』『インフィニティ・プール』『TITANE/チタン』『逆転のトライアングル』等々、大好きな作品を多数手がける配給会社NEONの作品だし、四の五の言わずにまずは観てみようと思い……「なんだこのクオリティの高さは!」とおののいた次第。

FURIOSA

まず、登場人物への距離感をまるで抱かせない。石油工場が居住地域にあることで環境が汚染され、白血病を患ったり家族を失ったり、住む場所を奪われたり——。今回チームを組んでパイプラインを爆破しようとするメンバーには各々事情があり、そこに至るまでの過去がきちんと描かれる。また、環境保護を訴えるために破壊行為に手を染めることへの「これが直接的に状況の改善につながるのか?」というような疑問も、当人たちが抱えている。だからこそ議論し、「被害者を出さないこと」「石油を無駄にしないこと」「自分たちも捕まらないこと」を考えて計画を練る。大義の名のもとに暴力行為を正当化するのではなく、人命を最優先にしたうえで「どう爆破を成し遂げるか」を考えてゆくのだ。

たとえば昨今のアートテロに関しても、事件性(過激性)で注目を浴びたことでメッセージが世界に轟いた格好にはなったものの、大衆がその主張に耳を傾けるかどうかはまた別の話だろう。その点、『HOW TO BLOW UP』においては、あくまで石油会社に自省してもらい、人々に気づきを与えるための“手段”であるという認識が最初から最後まで崩れない。そして、作品自体も偏向することなく、登場人物たちを一歩引いた場所から見つめ、「こうあるべき」といったようなメッセージを押せ押せ状態で伝えてこない。そのため、遠くにいると思っていた人々の思念がスッと入り込んでくるのだ。しかも本作、こうした「人物設定」だけでなく、魅せ方が抜群に上手い。

例えば冒頭シーン。メンバーそれぞれがバイト先やら路上やらで小さな犯罪行為を起こすシーンが立て続けに描かれるのだが、背中越しのバックショットにテンポのいい編集、音楽の使い方等々、やたらセンスがいい(これらのシーンの意味が後からわかる構成も上手い)。僕個人は『TENET テネット』等のクリストファー・ノーラン監督を想起したが、緊張感を煽る演出の数々が絶妙なのだ。しかも、各々がどうしてこの計画に関わったのかの「過去編」をコンパクトにまとめ、要所に挟んでくるのだが――その「ここで入れるか!」なポイントが絶妙。過去編というのは諸刃の剣で、人物理解が深まると同時に本筋がブレたりスピード感が落ちたりと、気を付けないと「作り手ファースト・観客セカンド」になりかねない。だが『HOW TO BLOW UP』は卓越した魅せ方の妙で、「石油パイプライン爆破計画は成功するのか?」というメインの物語の熱(ハラハラドキドキ感)を落とさずに、個々人を掘り下げている。

しかも先に述べたように各キャラクターを遠くに置かず、興味や人によっては共感をきっちり抱けるつくりにしており、「物語」「人」が面白いから「テーマ」も身を入れて観てしまう。個人的に映画にしろ漫画やドラマにしろ「娯楽性」と「社会性」が両立できている作品は最強!という持論があるのだが、『HOW TO BLOW UP』はまさにそれ。予備知識の必要もないため振り落とされずに最後までついていけるし、ネタバレになってしまうため詳細は伏せるが、クライマックスにおける幾つかの衝撃的かつドラマティックな展開は作劇としての面白さはもちろん、社会的なメッセージもビリビリと伝わってきて「上手い!」とうならされた。ある種のハイブローな作品に見せかけて、実は非常に開かれた作品だったのだ。

ただ惜しむべくは、個人的な感覚ではあるが——本作のこの全方位的な「観やすさ」と「面白さ」、つまり観賞ハードルの低さが認知されきっていないように思える点。決して濃く・深く・狭く設定した“閉じた”映画ではないんだよ!ということは声を大にして言いたい。描いているテーマは確かに深刻だし、消費していいものではない。だが、最終的にその部分について想いを馳せたり理解を深めたりすればいいわけで、自分は「ただ単純にすごく面白い映画に出合った!」と薦めたい所存である。まずもってライトに興味や関心を抱かなければ、何も始まらないのだから。

HOW TO BLOW UP
環境破壊に人生を狂わされた Z 世代の環境活動家たちが、石油パイプラインを破壊する大胆な作戦を計画する。やがて過激な決意が、友人、恋人、苦難に満ちた物語を持つ仲間たちを巻き込みながら暴力の象徴(=パイプライン)を爆破するという大胆なミッションへと結びついてゆき……。スウェーデンの気候変動学者、アンドレアス・マルムが 2021 年に著したノンフィクション『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』を原作に、そのエッセンスを残しながら映画として大胆にブラッシュアップさせた話題作。
監督・共同脚本:ダニエル・ゴールドハーバー
出演:アリエラ・ベアラー、サッシャ・レイン、クリスティン・フロセス、ルーカス・ゲイジ、フォレスト・グッドラック、ジェイミー・ローソン、マーカス・スクリブナー、ジェイク・ウェアリー
配給:SUNDAE
東京の「ヒューマントラストシネマ有楽町」「池袋HUMAX シネマズ」、「シネマート新宿」ほかにて全国公開中。
© Wild West LLC 2022

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