劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema
2024年最初の偏愛映画館である。いまは1月1日の午前9時。昨年から続く繁忙期のギアがここにきて一段階上がってしまい、怒涛のスタートが予想される世間一般の仕事初め(4日?5日?)までの期間にいかに頑張れるかの試練真っ只中だ。…という感じで年が変わっても自分の中では切り替わり/区切りはできていないのだが、偏愛映画館から新年を始められること自体はとても嬉しく思う。自分が自分らしくいられる特別な場所だから。
これは映画系の書き手の構造的な話になるが、作品を観て好き!と思い、紹介する“場”というのは万人に与えられるものではない。大体は「この作品・この人の取材があるから観て」であったり、「この作品について書いて」という流れだ。お仕事だからそれが当然であり、今後も変わることはないだろう。ただ、偏愛映画館においては――自分がまず観てグッと来た作品を編集者さんと共有し(お互いに推しの作品を話し合う時間がとても好きだ)、そのうえで取り上げる作品を決定している。それは、とても豊かで貴重だ。
今回紹介する『僕らの世界が交わるまで』(1月19日公開)も、僕が元々気になっていて、観て感銘を受け、装苑読者の皆さんに紹介したいと思い、いま書いている。推しの映画会社A24の新作で、なんと『ソーシャル・ネットワーク』等で知られる俳優ジェシー・アイゼンバーグの初監督作。僕はかつてひどい失恋をして渋谷をさまよっていた際にいまはなきシネマライズで彼の主演映画『嗤う分身』を観て救われた――という経験もあり、ジェシーとミア・ワシコウスカの作品は観ると決めている。そういった個人的な動機からの出発だったが(それが良いんだけど)、この映画……びっくりするほど出来がよく、しっかり沁みる。
本作は、母と息子の物語だ。自作の曲を弾き語り配信し、人気を集める高校生ジギー(フィン・ウォルフハード)と、DV被害に遭った人々のためのシェルターを運営する母・エヴリン(ジュリアン・ムーア)。お互いに愛情はあるが、噛み合わずに険悪になってしまうふたりの日々がビターに綴られてゆく。ジェシーがオーディオブック向けに作ったラジオドラマをもとに自ら脚本を手がけたそうだが、対比と同調が何とも上手い。
ジギーは世界の人々を自分の歌で救いたいと語るデジタル世代。エヴリンは身近な人々を支援したいと思うアナログ世代。両者ともに一定の成功は収めているが、お互いを「スケールが小さい」「チープ」「偽善的」とバカにしている。ただ、どちらもそこで利益が生まれている以上、仕事として成り立っているし、配信者/運営者として自分発信で接する人々の「心」や「身体/生活」を何かしら救えているならば、フィールドが違うだけでそれぞれ立派だ。そして、両者の本質は共通しているともいえる。
なのに、ジギーとエヴリンはお互いを認めようとしない。同族嫌悪に近いような感覚がそこにはあって、「親は子どもを過小評価する」「子どもは親に素直になれない」という“親子あるある”が絡み、必要以上にぶつかってしまう。いつまで経っても平行線のふたりは、やがてそれぞれの場所で同じような失敗をしでかし――。観ている方としてはどうしようもなく「あちゃー」なのだが、同時に「親子だなぁ、似た者同士だなぁ」と温かさとしんみりを感じたりもして……親子のドラマだからといって変に奇跡や感動の方向に持っていかず、欠陥を欠陥のまま見つめる“引き”の視点が、なんとも居心地よかった。
親子だけではなく、ふたりの周囲にいる人物との対比も効いている。ジギーが好意を抱いてアプローチ(ほぼウザがらみ)する同級生、エブリンに“理想の息子像”を押し付けられるシェルターの利用者、そして振り回される父……。彼が悲痛な表情で吐き捨てる「君たちは自己愛が強すぎる」という言葉が絶妙なのだが、ジギーもエヴリンも「誰かのために自分がいる」といいながら、その本性は「とにかく俺/私を愛して、自分のやり方を受け入れてほしい」というエゴの塊。寂しがり屋で愛情に飢えているのに、「俺が、俺が」ばかりで引かれてしまう痛々しさ……。僕自身もそういうところがあるし、ジェシーがこれまで演じてきた役どころにもそういった要素は強くあったし、何より「そういう人物の心の内」を解像度高く、しかも母と息子に分配させて描く監督・脚本家としての手腕に、心底痺れてしまった。つまり、パーソナルな共感と、クリエイターとしての感心の双方で満たされてしまったというわけ。
今後のジェシーの監督作も楽しみで仕方なくなったのだが、本作に集ったスタッフ陣の過去作を調べて驚かされた。『ゾンビランド』の共演者であるエマ・ストーンが製作総指揮を務め、撮影監督は『アフター・ヤン』『シック・オブ・マイセルフ』のベンジャミン・ローブ、美術は『17歳の瞳に映る世界』『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』のメレディス・リッピンコット、音楽は『ミナリ』のエミール・モッセリ……自分のとても好きな作品を手がけたクリエイターたちばかりだったのだ。「そりゃあ好きだよな」と納得すると同時に、この「類は友を呼ぶ」状態が、今現在自分が感じている仕事/表現への想いにも絶妙に重なって――。
2023年の後半から、「合う人としか仕事をしたくない」という想いが揺るぎないものへと変わっていった。いままでは「若造のくせに生意気だぞ。食べていかないといけないんだぞ」と自分を叱っていたのだが、キャリアを積み重ねていくなかで同等以上の熱量を持つ人に出合えてものづくりをする機会が増え、いまやもう自分の仕事の大半がガチ勢とのコラボレーションだ。結局、そういう方々じゃないと続かないということも知った。自分も「なんでこんなに冷めているんだろう、ちゃんとしてくれないんだろう」と不満を抱えてしまうし、そういう仕事相手はあっさり目の前から消える(向こうにとってもウザかったのかもしれない)。そうして、本気の人たちだけが残る。独立して3年半、一生懸命やってきたつもりだけどこうなってしまった――のではなく、これは必然で、クリエイターとして次の段階に来たのだなと感じている。そして、そのタイミングでこの映画に出合えたということ……。僕は勝手に「間違っていないよ」と言われたような気になったのだ。
新年一発目から長くなり恐縮だが、この感覚はクリエイターならずとも通る道だとも思う。もしこれを読んでくれている方の中に、「自分の熱量と周囲の差」に悩む人がいたら、まず本作を観て「エゴが空回りする人々」を客観視してもらい、そのうえで「これを作った人たちのチーム感」に想いを馳せていただけたら。もちろん協調性は大事だ。だが一方で、自分の熱意をぶつけても揺らがない相手を探すことを諦めないでほしい。そういう好敵手であり理解者に出会えたら、自ずと向こうの意見も受け入れられるようになる。そうしてお互いを高めあい、次の場所へ行ける。もちろんその道程には痛みもつきものだし、時間もかかるだろう。でもそのぶん、到達できれば劇的な進化が待っている。まさに、“僕らの世界が交わるまで”だ。
『僕らの世界が交わるまで』
DV被害に遭った人々のためのシェルターを運営するエヴリン(ジュリアン・ムーア)と、彼女の息子で、音楽のライブ配信で人気の高校生ジギー(フィン・ウォルフハード)。社会奉仕に身を捧げる母親と、自分のフォロワーのことで頭がいっぱいのZ世代の息子は互いに分かり合えず、対立してしまっている。しかし、二人は実はそっくり。似たもの同士だけど交わることのない二人の日常に、あるとき、変化が訪れて――。『ソーシャル・ネットワーク』のジェシー・アイゼンバーグのオリジナル脚本による初監督作品。
監督・脚本:ジェシー・アイゼンバーグ
出演:ジュリアン・ムーア、フィン・ウォルフハード、アリーシャ・ボー、ジェイ・O・サンダース、ビリー・ブリック、エレオノール・ヘンドリックスほか
1月19日(金)より、東京・日比谷の「TOHO シネマズ・シャンテ」ほかにて全国公開。カルチュア・パブリッシャーズ配給。
WEB : https://culture-pub.jp/bokuranosekai/#
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