
親が重い。愛情があるからこそ、子は親との続合(つづきあい)を簡単に断ち切れない。井樫彩監督の最新作『愛されなくても別に』(2025年7月4日公開)は母親から理不尽な状況を押し付けられている大学生たちの物語だ。2021年に第42回吉川英治文学新人賞を受賞した武田綾乃の同名小説の映画化で、南沙良が母親から経済的な搾取を受けている宮田陽彩(ひいろ)を、馬場ふみかが母親から売春を強いられた過去を持つ江永雅(みやび)を好演している。バイト先で知り合った陽彩と雅のシスターフッドをこえた強い感情の結びつきを二人の女優はどう演じ、同じ20代の井樫監督はどう演出したのか。そのバックヤードを聞いた。
Photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Kie Fujii (THYMON Inc., Sara Minami) , Masumi Yakuzawa (TRON , Fumika Baba ) / hair & make up : Asuka Fujio (Sara Minami) , Conomi Kitahara (Fumika Baba) / interview & text : Yuka Kimbara
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映画『愛されなくても別に』より
南さんのお芝居の魅力って、言葉が少なくても感情が表面に出てくるところ。馬場さんは愛嬌を持たせるのが上手い。
──井樫監督は今回、キャスティングと役がばっちり合致したと話されていますが、南さん、馬場さんの起用の決め手を教えてください。
井樫 彩(以下、井樫):企画のスタートとしては、2023年に南沙良さんと『恋と知った日』という短編映画でご一緒して、次はもっと長い尺の作品をやりたいという欲求があり、そんな最中に今回のプロデューサーでもあるmurmurの佐藤慎太朗プロデューサーがこの原作、井樫さんと南さんとでどうですかねと持ってきてくれたのが武田綾乃さんの『愛されなくても別に』だったんです。原作を読んで、南さんが陽彩に合うのはすぐにわかって。
──それはどういうところが? 例えばしぶといとか?
南 沙良(以下、南):しぶとい? え?
馬場ふみか(以下、馬場):ああ、沙良ちゃん、しぶとい、しぶとい。
井樫:そうね、しぶといというか、我慢強い。南さんのお芝居の魅力って、言葉が少なくても感情が表面に出てくるところ。今回の原作はそこを存分に活かせる作品だなということと、陽彩はいろんなことを抱えていて、でもどうにか脱却していこうとする。その力強さは、南さん本人からも感じますし、お芝居からも感じます。
映画作りっていろんな要素があってすぐに実現できるわけじゃなく、じゃあ、やってみようかと企画を進めているときに馬場さんと出会って。原作は経済的な搾取や親の虐待、過干渉などいろんな要素がある作品で、キャスティングを考えていた時期に、馬場さんとドラマでご一緒して、すごい雅にぴったりだと思って。
お芝居もそうですけど、馬場さんは愛嬌を持たせるのが上手い。役柄に対して可愛らしさを加えて、そのキャラクターを観客が愛せるようにお芝居でプラスしていくことがすごく上手だなと思ったんです。本作の雅は劇中、結構苦しいお芝居が続き、感情をぐっと入ってくる場面も多かったので、ドラマを撮っているときに、いや、この人、雅にめっちゃ合う気がするって感じてオファーしたという次第です。

馬場:ドラマの収録が終わった直後に井樫さんから、「これちょっと読んでみて」「絶対この役だと思うんだよね」と原作を渡してもらったのが始まりです。原作を読んで、私って、第三者からはこういう風に見えてるのかと思ったんですけど、雅の表面的な冷たさや、ドライな言動に潜むお節介な可愛さみたいなものがめっちゃいいなって思ったので、よし、頑張ろうと。監督から「私を信じて」ってすごく言われたので。
南:かっこいい。
馬場:やってみますと言いました。
南:私も、井樫さんと以前、『恋と知った日』でご一緒した時、またやりたいねってというお話をしていたので、実際にそれが実現するということがすごく嬉しかったです。確かに、陽彩と自分には共通点というか、重なる部分があるから、お芝居しやすい部分があった。ただ、その重なる部分っていうのは自分の嫌いな部分だから複雑な感じでしたね。
井樫:そこは言葉にすると?
南:常に第三者の目線が気になるところとか。陽彩はなんて言うんだろう、不安であることに意味を見つけるみたいな子だと思うんですよね。不安があることが、逆に自分の安心材料につながるみたいなところは少しわかる。
井樫:でも、陽彩ほどひねくれてはないよね?
南:そうなのかな。気持ちはよくわかります。

陽彩と一緒にいるとき、見れば見るほど、かわいくなってきた。
──映画には、娘に家計を支えさせ、経済的なDVを強いている母親、娘に売春を強いている母親、娘の行動を全て監視する過干渉の母親と、いろんなパターンの理不尽な親が登場しますが、娘役を演じることでどのように感じましたか?

映画『愛されなくても別に』より
馬場:うちの家、信じられないぐらい仲いいんですよ。だから、劇中で雅や陽彩が「親を殺したい」となるようなことが、正直、ないんです。自分の環境や生まれ育った家族との関係性と雅の環境は大きく違うので、本当の意味で彼女を理解することは難しいけれど、わからない部分を背負いながらも彼女を知ろうとしました。
南:私も陽彩の置かれている状況のつらさのすべてはわからない。わからないんけど、その現状から目を背けようとしている部分が共感できます。陽彩は母親から搾取され続けたきた人生で、でも、母親のことを愛しているし、母親からも愛されている。好きだからこそ、現実から目を背ける部分はわからなくはないですね。
──でも、大学以外のほとんどの時間をコンビニでバイトして、そのバイト代8万を平気な顔して全て奪っていく母親は鬼だと思いました。
南:怖いですよね。

──ここ数年、日本映画界では『市子』『若き見知らぬ者たち』などヤングケアラーをフォーカスする映画が増えてきていますが、井樫監督として、気を配われた点はありますか。
井樫:原作がそもそもそうなんですけど、河井青葉さんが演じる陽彩の母親は、暴力をふるっているわけではなく、わかりやすい毒親ではないんですよね。生活費を完全に陽彩に依存しているけど、そのほかの部分では陽彩を愛していて、逆に陽彩は母親から愛されてもいるということに対して苦しさを覚えている。すごく絶妙なラインを描いている物語なんです。
わかりやすい毒親というのは雅の親だと思いますが、劇中には出てこない。本田望結さん演じる水宝石(あくあ)のお母さんも過干渉、過保護の人だけど、親の立場からするとこの心配は当然と思われるかもしれないし、コテコテの毒親像にはしたくないなと思いました。

──わかりやすい類型に落とし込まないという点では、陽彩と雅の関係性の描き方にも井樫監督の色を感じました。二人の関係性は、同じバイト仲間なんだけど、ただのバイト仲間ではない。シスターフッドのようにみえるけど、もうちょっと強い共感性や愛情を感じる。特に馬場さん演じる雅からの陽彩への関係性は、すごく愛を注いでいるなと感じるし、自分を投影するくらい大切にしていることがわかる。形容しがたい関係性が素敵だとみていたのですが、演じたお二人はどう解釈されていますか?
南:こういう風に寄り添って生きていける人に人生で1人でも会えたらすごい幸せなんだろうなっていう風には思いますよね。家族とか、友達とか、恋人とも何かまた、ちょっと違う。でも、二人が出会えてよかったなとしみじみ思います。
馬場:私はお芝居を通して、陽彩と一緒にいるとき、見れば見るほど、かわいくなってきた。だって、陽彩って、めっちゃなんか頑張ってるじゃないですか! で、演じている沙良ちゃんが、というか、馬場的には陽彩が雅のために頑張って水槽を買ってきたり、部屋に設置している姿がとにかくかわいくて!沙良ちゃん見てて、ずっとそう思ってた(笑)。
井樫:役柄的にも、雅の想いの方が、陽彩より重いと思う。
馬場:私の方が一方的にかわいい、かわいいって言ってたんだ。
南:いいバランスだったんですね。

登場人物たちの悩みが、1歩踏み出す勇気を与えてくれたら。
──お二人とも、井樫監督とは二度目のタッグになりますが、鬼演出、神演出と感じた場面を教えてください。
井樫:南さんにとっては水の場面じゃない?

映画『愛されなくても別に』より
馬場:でも、あの場面はめっちゃよかった、めっちゃくっちゃよかった。
南:私、水がすごい怖くて、苦手なんですけど、水に入らなきゃいけない場面があって。
井樫:自分からやるって言ったんですよ。
南:(笑)。本番では本当に、井樫さんにしがみついて、支えてもらいながら、演じました。
馬場:私はコスモ様という新興宗教の教祖様に雅がつかみかかる場面が鬼演出だったかな。何テイクしたか、ちょっと覚えてないですけど。途中で違う方向性の演出にしたいと、リテイクになったんですよね。

映画『愛されなくても別に』より
井樫:撮り直した方を採用したんです。
馬場:私も、撮り直したテイクの方が絶対よかったと思う。
井樫:最初は雅の感情が前に出る方向で演出を考えていたんですけど、撮っているうちに、違うかもしれない……と思い直して、リテイクさせてほしいとお願いしました。

──最後の質問になりますが、親との関係性に苦しんでいる人にこの映画が届いてほしいと思っています。もしかしたら、この映画の陽彩や雅のような状況にいる人は、今現在は映画館に行くことが難しい状況かもしれませんが、いつか作品に巡り合ってほしい。そういう方たちにメッセージをいただけますか?
井樫:今回の作品は毒親を起点とした物語ですが、それだけじゃない。1人の人間がどう生きていくかということを描いてる作品なんです。正直、当事者の方がどう思うかはわからない。けれども、生きていくって誰かしら、人と関わるということで、どう誰と関わって、自分でどういう風に生きていくのかみたいなことを、この主人公たちは必死で掴もうとしている。
ある意味すごく力強い2人の話なので、そこで見ていただいて、ちょっとでも、何か自分の人生に対して、引っかかるような部分があったらすごく嬉しいなって思っています。
南:今、井樫さんが言ったことが全てなんですけど、この世界で生きるというだけで、本当に難しいことだと思うんですよね。だから、登場人物たちの悩みが、1歩踏み出す勇気を与えてくれたりして、見てくださる方に寄り添えたらいいなっていう風には思います。
馬場:以前取材で、原作者の武田先生が、この小説は自分を大事にすることをテーマとして書きましたとおっしゃっていたんです。言葉で言うのは簡単で、実際それをするのってすごく難しいし、自分の全てを愛したり、肯定することはなかなかできないけど、でも、この映画との出会いで、少しでも自分を大切にすることに目を向けるきっかけになったらいいのかなと思います。

Sara Minami
2002年生まれ、東京都出身。映画『幼な子われらに生まれ』(2017年、監督:三島有紀子)で俳優デビュー。初主演映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(’18年、監督:湯浅弘章)で、報知映画賞、ブルーリボン賞他、数々の映画賞を受賞し、その演技力が高く評価される。主な出演作に、ドラマ「ドラゴン桜」(’21年)、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(’22年)、Netflixシリーズ「君に届け」(’23年)、NHK大河ドラマ「光る君へ」(’24年)、映画『女子高生に殺されたい』(’22年、監督:城定秀夫)、『この子は邪悪』(’22年、監督:片岡翔)に出演。現在は、DMMTVオリジナルドラマ「外道の歌」、ABEMA×Netflixドラマ「わかっていても the shapes of love」(ともに’24年)が配信中。
Fumika Baba
1995年生まれ、新潟県出身。『パズル』(2014年、監督:内藤瑛亮)で俳優デビュー。「仮面ライダードライブ」(’14年)で敵女幹部・メディックを演じて話題となり、『黒い暴動』(’16年、監督:宇賀那健一)で初主演を果たす。『恋は光』(’22年、監督:小林啓一)ではその演技力が評価され、第44回ヨコハマ映画祭にて最優秀新人賞を受賞。主な出演作に、『劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(’18年、監督:西浦正記)、『糸』(’20年、監督:瀬々敬久)、『ひとりぼっちじゃない』(’23年、監督:伊藤ちひろ)、『愛に乱暴』(’24年、監督:森ガキ侑大)などに出演。現在は、DMMTVオリジナルドラマ「外道の歌」(’24年)が配信中。
Aya Igashi
1996年生まれ、北海道出身。中編映画『溶ける』(2016年)が、国内各種映画祭で受賞し、第70 回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門正式出品。初長編映画『真っ赤な星』(’18年)で劇場デビュー。ほか監督作に『21 世紀の女の子(君のシーツ)』(’19年)、『NO CALL NO LIFE』(’21年)、『あの娘は知らない』(’22年)、『恋と知った日』(’23年)、ドラマ「復讐の未亡人」(’22年)、「隣の男はよく食べる」(’23年)などがある。
『愛されなくても別に』

19歳の宮⽥陽彩(南 沙良)は、“クソ”のような⼤学⽣活を送っていた。⼤学に通い、それ以外の時間のほとんどを浪費家の⺟に変わっての家事とコンビニでのアルバイトに費やし、その中から学費と⺟と2⼈暮らしの家計8万を収める⽇々。遊ぶ時間も、⾦もない。何かに期待して⽣きてきたことがない。親にも、友⼈にも……。いつものように早朝にバイトを終えた宮⽥は、⺟のために朝ご飯を作り、家事をした後に⼤学に登校していた。 そこで⼤学の同級⽣であり、バイト先の同僚でもある江永雅(⾺場ふみか)のひょんな噂を⽿にする。威圧的な髪⾊に派手なメイクとピアス、バイト先ではイヤホンをつけながら接客する、地味な宮⽥とは正反対の彼⼥の噂ーー「江永さんのお⽗さんって殺⼈犯なんだって」 。他の誰かと普通の関係を築けないと思っていたふたり。ふたりの出会いが⼈⽣を変えていく。
監督:井樫 彩、脚本:井樫 彩/イ・ナウォン、出演:南 沙良、馬場ふみか
2025年7月4日(金)より、東京の「新宿ピカデリー」ほかにて全国公開。
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
Ⓒ武⽥綾乃/講談社 Ⓒ2025 映画「愛されなくても別に」製作委員会
馬場さん着用:ドレス ¥63,800 フォトコピュー(TEL 03-6265-8322)、ピアス¥95,700、リング(右手) ¥117,700、リング(左手) ¥113,300/シャルロット シェネ(エドストローム オフィス TEL 03-6427-5901)、シューズ 参考価格/ピエール アルディ(ピエール アルディ トウキョウ TEL 03-6712-6809)