偏愛映画館 VOL.45
『哀れなるものたち』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

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この仕事を始めて映画との付き合い方は色々と変化したが、変わらないものもたくさんある。そのひとつが、先々の公開作品の情報をインプットして「楽しみだなぁ」と心待ちにする気持ち。特にコロナ禍以降のこの4年間、僕たちは常に何かしらの不安にさらされていてただ日々を生きることにただならぬ負荷を感じてきた。「と思う」ではなく、「感じてきた」と断言できるほど、いまの国内(いわんや世界)はぐちゃぐちゃな状態だ。そんな環境で、先々に楽しみを置くこと――新作映画や小説、漫画に音楽、各種イベントを体験できる日を想定しておくことは、苦難の時代を生き抜くうえで大げさでなく延命措置になると思っている。

本日紹介する『哀れなるものたち』(1月26日公開)は、その意味で観る以前にもう大分僕を救ってくれていた一作だ。『籠の中の乙女』『ロブスター』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』――ヨルゴス・ランティモス監督のあっけらかんと異常を突き抜けた作品が僕は大好きで(ヤバい作品が多いので人間性を疑われるかもしれないが……)、彼の新作が観られる!だから今を頑張ろう!と思いながら耐え抜いた瞬間が何度もあった。そして幸運なことに、観賞中はこちらの期待を凌駕する興奮をおぼえ、観賞後も「いやーやりたい放題の攻めた映画だったな、そして超面白かったな」とホクホクした余韻が続いている。もちろんトガッた作品のため、まるで受け付けない方もいるだろう。しかし僕においては、まさに「偏愛」を感じまくっている。

Emma Stone in POOR THINGS. Photo by Yorgos Lanthimos. Courtesy of Searchlight Pictures. © 2023 20th Century Studios All Rights Reserved.
Ramy Youssef and Willem Dafoe in POOR THINGS. Photo by Yorgos Lanthimos. Courtesy of Searchlight Pictures.© 2023 Searchlight Pictures All Rights Reserved.

『哀れなるものたち』は、身体は成人女性、中身は幼児の主人公が成長していく物語だ。入水自殺した妊婦がマッドサイエンティストに拾われ、赤子の脳を母親の身体に移植して蘇生した――という凄まじい設定。この時点で既にアウトな雰囲気が漂うが、本作は悪趣味で終わらずに「テーマを表現するため」にこの設定を使っている。それは、既存の“ルール”の破壊。ある種ゼロベースの主人公のベラ(エマ・ストーン)は、生まれたときからその鋳型にハマるように圧をかけられる“価値観”の範疇外の存在。世界/社会のバグであり異端の彼女は、「なぜそうなの?」「どうしてこうなの?」を真っ新な状態で疑い、「こっちの方がよいのでは?」と提案する。

Emma Stone in POOR THINGS. Photo Courtesy of Searchlight Pictures. © 2023 Searchlight Pictures All Rights Reserved.

例えばなぜ、この世界は性を恥ずかしいものと捉えるのだろう? 貧富の差はどうして生まれてしまうのだろう? 女性が学や富を得ることを男性は忌避し、支配しようとする理由は? 結婚って何?といった事柄を一つずつ自分の頭で考え、機能不全を起こしていると思ったら解決しようとしていく。日本では視聴年齢制限R18+の区分に入る過激な描写満載の本作だが、描いていくものは実にピュアで真っ当、かつ真摯。政治にしろ経済施策にしろどう考えたっておかしいのに(しかもそれをみんなが言っているのに)それがまかり通る現代社会のグロテスクさに完璧に合致する作品であり、何にもとらわれずに平等と公平を獲得・分配しようとするベラが結果的に革命家的な存在となり、既得権益をぶち壊していくさまが何とも痛快だ。

Emma Stone and Mark Ruffalo in POOR THINGS. Photo by Atsushi Nishijima. Courtesy of Searchlight Pictures. © 2023 20th Century Studios All Rights Reserved.

これは個人的な体験だが、育児をしていると「なになに期」「なぜなぜ期」というものに出くわす。目にしたものを「これはなあに?」と聞いたり、「なんで空は青いの?」と質問するようなものだ。自分でいうと、娘と散歩しているときにアパートの外に置かれている室外機を指さして「これはなあに?」と聞かれてどういうものかを説明したり、最近だとお正月休みで色々なお店が休業していたときに「なんでみんなお休みなの?」「お正月だからだよ」「なんでお正月だと休むの?」「お正月はみんながお休みするものなんだよ」「なんで?(パパはお仕事してるよね?)」みたいな会話をしたばかり。その際に気を付けているのは「そういうものだから」と答えないこと。正直こっちとしてはめっちゃ楽なのだが、それでは本質を理解できないし、納得も難しかろうと思うのだ。

『哀れなるものたち』のベラに対する周囲の対応もそうだ。「なになに」「なぜなぜ」に対して「これがこの世界の常識で普通でルールだから」と答えて、屈服させようとする。でもおかしいものはおかしいわけで、ベラに「そうさせよう」とすることで、同調圧力の被害者だったはずの自分がいつの間にか加害者になってしまうかもしれない。それでは次世代に希望を託せないし、明るい未来なんてやってこないと思うのだ。ベラの真っ直ぐな生きざまにほれぼれすると同時に、周囲の“大人”としての自分の在り方を今一度考える機会を得た。

Ramy Youssef and Emma Stone in POOR THINGS. Photo by Yorgos Lanthimos. Courtesy of Searchlight Pictures. © 2023 20th Century Studios All Rights Reserved.

本作のビジュアル面の見どころは多くあり、美術に衣装に音楽、エマ・ストーンをはじめとする出演陣の見事な芝居、ランティモス監督のキレッキレな演出と総合芸術としての満足度は屈指。どの要素に着目するかで、何度でも味わえる深みもある。特濃な作品ではあるが、1月というフレッシュな時期にぜひ楽しんでいただきたい。

Emma Stone in POOR THINGS. Photo by Yorgos Lanthimos. Courtesy of Searchlight Pictures. © 2023 20th Century Studios All Rights Reserved.

哀れなるものたち
物語の始まりは、ヴィクトリア朝のイギリス・ロンドン。子供を宿したまま自ら命を絶った不幸な若き女性ベラ(エマ・ストーン)は、天才外科医ゴッドウイン・バクスターの手によって、生まれたての女性として奇跡的に蘇生する。大人の姿の幼女、ベラは日に日に成長し、やがて「世界を自分の目で見たい」という強い欲求にかられ、放蕩ものの弁護士ダンカン・ウェダバーンの誘惑でヨーロッパ横断の旅に出る。貪欲に世界を吸収していくベラは、やがて時代の偏見から解き放たれ、自分の力で真の自由と平等を見つけていくーー。アラスター・グレイの傑作ゴシック小説『哀れなるものたち』を、鬼才ヨルゴス・ランティモス監督がみごとに映画化。第80回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞(最高賞)を受賞し、本年度アカデミー賞にも11部門でノミネートされている。
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォーほか
1月26日(金)より全国公開。ウォルト・ディズニー・ジャパン配給。
©︎2023 20TH CENTURY STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

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