劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema
人間は残酷な生き物だ。いきなり主語が大きくて恐縮だが、これは日常に転がっているただの事実で、その資質が露呈した瞬間に怖さを感じずにはいられない。例えばインターネット上での誹謗中傷などもそうなのだが、攻撃している人とされている人の一部始終を「エンタメ」として摂取しているサイレントマジョリティー(物言わぬ大衆)の心には少なからず嗜虐性が宿っていて、そのことに寒気をおぼえる。近年の映画であればノア・バームバック監督の『ホワイト・ノイズ』は、対岸の火事を娯楽として消費していた家族が大変な目に遭う「己に火の粉が降りかかる」話だった。石井裕也監督の『愛にイナズマ』では、自殺志願者が飛び降りる姿を心待ちにする観衆が描かれる。
「他人の不幸は蜜の味」ではないが、交通事故の現場に遭遇してつい観察してしまったり知人のゴシップネタに色めきだったり、平坦な日常の“スパイス”として事件性を待ち望んでいる「対岸の火事」と「野次馬根性」……。かくいう僕も、「面白そう」と思う映画選びにおいて、こうした闇深い欲求が多少なりとも作用している。今回紹介する『理想郷』も、事件性を愉しもうとする自分が「中身を観たい」と思ってしまったことは事実だ。本作は、セカンドライフを送ろうとスペインの田舎に引っ越した夫婦が、最悪なご近所トラブルに巻き込まれる物語。陰湿な嫌がらせを受け続けるさまをじっとりと描いていく“胸糞映画”だ。
こうした作品を嬉々として見ようとする辺り、自分も人が悪いなぁと感じたりする。もちろん誰かが嫌な目に遭うのが楽しいのではなく、ポスターや予告編から漂うクオリティの高さに惹かれたのだ、と自分では思っているが、根本を辿ると先に挙げたような歪んだ欲望も入っているはずだ(『ソフト/クワイエット』等々、偏愛映画館のラインナップにもその傾向はあるかも……)。移民問題と排斥感情を生真面目に描いた『ヨーロッパ新世紀』などならまだ「学ぼう」と居住まいを正す気持ちで挑むのだが、本作においては(恐らく意図的に)味付けされた“娯楽性”に誘われて、安全圏から「スリル」という“美味しい部分”だけもらおうとしていた。ちなみにそのタイミングでは本作が実話ベースとはつゆ知らず、そうした意味ではある種の「搾取」になってしまうのかもしれない。
『理想郷』は極めてシンプルな構造で、新参者の主人公夫婦が地元民の兄弟に疎まれ、最初は小さな嫌がらせだったのが銃で脅してきたりとエスカレートしていくさまを映し出していく。村民のたまり場である酒場に足を踏み入れる際の緊張感や、「家の中で作業をしていて、外に出たら酒瓶が捨ててあった。犯人は誰……?」といった魅せ方が上手く、序盤はサスペンス映画を観るような気分で「怖いな……(でも続きが気になる)」と観賞していた。
しかし、作品を観賞していくなかで自分がぬくぬくと座っている安全圏が揺らぐような感覚をおぼえた。人が人を憎み、止まらない怖さ、それを興味を持って観てしまう自分の怖さ――。自分も映画の中の人物も同じ“人間”であり、どこかでつながってしまっている。しかし我々は別々の人生を生きており、片方の受難を物語として享受できてしまう。さらに、単純に地元民が絶対悪と言い切れない(ここは揺らがないのだが、その心理がわからなくもない)複雑な人間模様……。最初から「食らう」と覚悟して観ていなかったぶん、見ごたえのある作品を観た後の満足感と、なんとも言えない居心地の悪さをダブルで感じて、嘆息した。
主人公夫婦は田舎暮らしを夢見てやってきた善良な人々だが、この村で生まれ育って(おそらく)死んでいく地元民の兄弟から見れば「気に食わない」ことが多い。兄弟含め、もともとこの地に住む人々は少しでも生活を豊かにしたいと風力発電施設の誘致を進めていたが、主人公夫婦は「景観を損なうから」「発電会社が得するばかりだ」と反対。夫婦は土地に根付く昔ながらの農耕も踏襲せず(見方によっては軽視し)、自分たちが良しとした有機野菜の栽培を進める。兄弟と移住した夫妻は立っている場所が異なり、各々の正義や信念も違うからこそ、完全に理解し合うことはできないという“前提”が、本作では明確に示されている。中盤では主人公が関係を修復しようと歩み寄り、この村に移住を決めた理由を語るのだが、兄弟にはまるで響かない。先祖代々暮らしてきた土地に、よそ者が“入植”して好き勝手に過ごす嫌悪感……。兄弟にとって主人公は「選択肢がある」人物であり、ひょっとしたらコンプレックスの対象にもなりうる。そうした人間から「俺たち出だしはつまずいたけど、仲良くしようぜ」なんて言われたら、神経を逆なでする事態にもなりかねない。
以前偏愛映画館で紹介した『イニシェリン島の精霊』は、長年苦楽を共にした親友同士であっても衝突し、理解の及ばぬところまで敵対関係が加速してしまうところに凄みがあった。本作も小さなコミュニティ内での対立を描く作品だが、行為自体への共感は出来なくても、両者の心理を理解できてしまう点に特長がある。移住者と地元民、双方の心を紐解いていき、対話をしても解決できない絶望を描き、鮮烈なラストシーンで私たちに問いかける。
そこにリンクしてくるのが、英題の「THE BEAST」。『理想郷』は劇中の「馬」や「犬」の描かれ方が印象的で、馬を力ずくで屈服させるような“儀式”や、主人公夫婦が飼っている犬が地元民の兄弟に懐いてしまうさまが映し出されていく。様々な解釈ができるが、自然に愛されているのは兄弟のほう、という見方もでき、本作は主人公夫婦を単なる可哀想な被害者として消費することをしていない。
冒頭に述べたとおり、人は残酷な生き物だ。ただ、そうした欲望を満たすために様々な作品が生み出されてきたのもまた事実。他者に迷惑をかけなければ許される“闇”かもしれず、「この映画を観よう」と選ぶ際に、避けられないものであろうとも思う。そうした観客の本質を理解し、あえて観賞時のハードルを下げて中身でぐさりと刺してくる『理想郷』は、学ぶところの深い力作だった。
『理想郷』
主人公は、スローライフに夢を抱き、緑豊かなスペインの山岳地帯、ガリシア地方の小さな村に移住したフランス人夫婦。子供が手を離れ、自由を満喫する二人は、この土地で育てた農作物を市場で売って静かな暮らしを営んでいた。しかし地元で生まれ育った村人たちは貧困問題を抱えており、決して穏やかとは言えない生活をしている。フランス人夫妻の隣家に住む中年の兄弟、シャンとロレンソも、年老いた母親との貧しい3人暮らし。兄弟はあからさまに移住者の夫妻を疎み、彼らが育てた農作物をダメにしてしまうなどの、いきすぎた嫌がらせを行い始める。さらに夫妻は風力発電の誘致をめぐって村から孤立。敵対関係が激化してしまう……。実際にスペインで起きた衝撃的な事件をもとに、「田舎と都会の対立」という題材を映画に昇華した心理スリラー。
監督・脚本:ロドリゴ・ソロゴイェン
出演:ドゥニ・メノーシェ、マリナ・フォイス、ルイス・サエラ、ディエゴ・アニード、マリー・コロン
東京の「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」ほかにて全国順次公開中。アンプラグド配給。
© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.
WEB:http://unpfilm.com/risokyo/
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