偏愛映画館 VOL.32
『CLOSE/クロース』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Todd Field’s TÁR will have its world premiere at the Venice International Film Festival. Cate Blanchett stars as Lydia Tár in director Todd Field’s TÁR, a Focus Features release. Credit: Florian Hoffmeister / Focus Features

 2021年の10月に始まった「偏愛映画館」が、連載30回を超えた。いつもありがとうございます。いまでは自分の生活に組み込まれ、新作映画の試写に参加する際にも「偏愛映画館で紹介できるだろうか、装苑読者の皆さんは楽しんでいただけるだろうか」なんて考えるようになり、そう思える場があることに日々有難みを感じている。

 今回取り上げるのは、『CLOSE/クロース』。ちょうど4年前、2019年の7月に長編監督デビュー作『Girl/ガール』を劇場で観たルーカス・ドン監督の新作だ。前作は直接的に“痛い”傑作だったが、本作は周囲の人間に過干渉されたせいで分かたれていく少年ふたりの心の機微をどこまでも繊細に描き切り、内面の“痛さ”に昇華している。「硝子細工のような」という表現は、きっとこういった作品のために在るのだろう。僕自身も楽しみにしていた作品だったが、感受性の鎧を外され、魂に直接訴えかけてくるような鋭敏な感覚を味わった。

Spider-Man/Miles Morales (Shameik Moore) in Columbia Pictures and Sony Pictures Animations’ SPIDER-MAN™: ACROSS THE SPIDER-VERSE.

 とはいえ『CLOSE/クロース』について書きたいと思うとき――そこには「ネタバレ」という壁が立ちはだかるため、その部分を避けつつ今回はちょっと趣向を変えてみようと思う。本作のプロモーションでルーカス・ドン監督が来日した際、装苑本誌(7月28日発売9月号)での取材が叶ったのだが、文字数の関係で盛り込めなかったテキストがここに在る。それを活用させていただきつつ、本作への偏愛を語っていきたい。

 彼は『Girl/ガール』のプロモーションののち(最後の地が日本だったとか)、「自分が見せたい“核”とは何だろう、その原点に立ち返りたい」と一度故郷に戻ったのだという。その際に見たのが、花畑だ。ドン監督は「私は花農家の近くで育ちました。そのため、幼少期の記憶は花畑と結びついているのです」と語る。『CLOSE/クロース』は「少年時代の後悔」「無垢が故の残酷さ」などが描かれており、監督自身の「他者にカテゴライズされた辛苦」もキーとなっている。作品の冒頭から末尾にかけて花畑が象徴的に描かれるが、それこそが出発点だったのだ。

 もちろん、映画作家としての狙いも「花畑」というモチーフには含まれている。「花畑は季節の移り変わりを示すものでもあります。私たち人間が『過ぎ去ってほしくない』と思っていても止まってくれないものであり、花が機械によって刈り取られていくさまは命の儚さを感じさせますよね。そして、私たちが暮らすエリア(監督はベルギー出身)では、伝統的に花畑は戦争や兵士と紐づいたモチーフと教えられてきました。そうした重層的な意味を持たせています」

KRIS DEWITTE

 こうした発言を聞いていても、彼が映像に載せた想いの数々が伝わってくるが、ドン監督の取材時に印象的だったのは、爽やかななかにどこかナイーブさ――哀しみのようなものをこちらが勝手に感じ取ってしまったこと。作品を介して接しているからというのも多分にあれど、少なくとも僕はそんなイメージを抱いた。「近しい」なんて言ってしまったらおこがましいのだが――ひょっとしたら自分自身にも何かしら通じる要素があって、それを嗅ぎ取ってしまったのかもしれない。その発露はいまだわからず、解き明かすためにもここからは少し自分の話をしようと思う。

Spider-Man/Miles Morales (Shameik Moore) in Columbia Pictures and Sony Pictures Animations’ SPIDER-MAN™: ACROSS THE SPIDER-VERSE.

 言葉を使う仕事に就いて10年が過ぎたが、自分に対して思うのは言葉に対する防御力が年々弱くなってきたということ。感度を高めるほどに傷つきやすくなり、そこに攻撃性がなくても他者の言葉に勝手に“食らう”ようになってしまった。それでいて自分の舌は重くなり、どんどんCLOSED(クローズド)な生き方を好むように。言葉を発する畏れと、言葉を受ける怯え――。日々言葉を紡ぐ仕事をしながら、言葉から逃げたがるアンビバレントな状態が続いている。

 ただ、そうであっても自分が傷ついてきた側だとは思わない。僕は僕で、ふとした拍子に一番近くにいてくれる人――多くは妻を無遠慮な言葉で傷つけてしまってきた。その都度深く反省し、二度と繰り返さないと誓いながらも、悪魔が入り込む隙は常にあって……。僕が妻に対して思う「話しやすい」は、事前チェックをせずに言葉を発しやすいということでもあるから、配慮に欠けた言葉が出やすいのだ。そのことを理解してから、より一層気を付けているつもりだが、そうした事態は減りはしてもゼロにはならない。忘れてしまうときだってあるだろう。結局、傷つける/傷つけられる可能性を受け入れながら生きてゆくしかないのかも、とも思う。

 その妻がかつて僕に言った、ある言葉がある。「言葉は受け取った相手がどう思うかだよ」。この言葉を受け取った瞬間、自分の中で何か――価値観や正義のようなものが決定的に変わった。人生の指標のひとつでもあるが、それがゆえに上に述べたような「他者の言葉」に対して傷つきやすくもなってしまったのは致し方ないのかもしれない。そんなことを『CLOSE/クロース』を観ながら、頭の片隅で考えていた。いや正確にいえば、本作を観終えた後に、自分の経験と結びついて「傷つける/傷つけられる」思考や贖罪に似た気持ちが出てきた、だ。観ている最中は、ただただ没頭していたから――。現実に帰ってきたときに、2時間前より思慮が深くなり、思索が進んでいる。それが映画の効能だと、本作との旅を通して改めて感じた。

Jessica Drew (Issa Rae) in Columbia Pictures and Sony Pictures Animation’s SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE.

 ルーカス・ドン監督に「課題が山積みの社会に対して、映画の役割とは?」と質問したときこう答えてくれた。「映画は現実逃避であり、描かれる題材との対峙や繋がりを作り、観客を慰めたり怒らせたりすることもできます。私が映画で好きなのは、劇場で皆が同じ感情を経験する瞬間です。知らない人同士が、映画を通して言葉にならない絆を共有できること――そこに大いなる力を感じるのです」。映画を観ることは製作者と観客、観客同士の感情の共有であると同時に、その色に染まるということでもある。痛いのに、息がしやすい安心感。驚くほど自然に、この物語が僕の心に浸透したという事実。やはり我々はきっと、同じ色をした世界の住人だったのだ。

KRIS DEWITTE

『CLOSE/クロース』
幼なじみのレオとレミは、昼は花畑や田園を走り回り、夜は寄り添って寝そべる大の仲良し。二人の間には単なる親友以上の、兄弟のような絆があった。同じ中学に入学すると、そんな親密な二人を見たクラスメイトが「付き合ってるの?」と質問をしてきた。その後も幾度となく、クラスメイトからからかわれ、レオはレミから距離を置くようになる。レミはそんなレオの変化に傷つき……。
監督:ルーカス・ドン
脚本:ルーカス・ドン、アンジェロ・タイセンス
出演:エデン・ダンブリン、グスタフ・ドゥ・ワエル、エミリー・ドゥケンヌ
2023年7月14日(金)より、東京の「新宿武蔵野館」ほかにて全国公開。クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES配給。
© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
WEB : https://closemovie.jp/

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VOL.4 『明け方の若者たち』
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