劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema
昔から、映画ポスターに猛烈に惹かれる。自分なりにルーツを考えてみると、父親がグラフィックデザイナーだったため物心ついたときからポスター自体に憧れていたとか、SNSがなくインターネットも未発達の時代・土地に育ったため、映画は「最先端のコンテンツ」でありポスターは夢の世界への案内図だったとか、過ごした環境が大きかったように思う。
いまでこそ映画ポスターやチラシはデジタルデバイス上でも気軽に楽しめるが、地元の福井県で過ごした90~00年代初期は完全に紙の時代。田舎暮らしで映画館になかなか行けなかった自分にとって(月に一度くらい行けた際にはチラシをコンプリートする勢いで収集していた)、ポスターを目にする身近な場所は町のレンタルビデオ屋だった。そのお店では、店内の掲出はもちろんのこと、掲出期間を過ぎた映画ポスターを「ご自由にどうぞ」と配っていたのである。どうしても欲しい新作ポスターがあれば掲出期間中に店員さんに“予約”もできて、なんとも良い時代だった。
当然ながらサブスクという文化もまだなく、レンタルビデオ店の存在は映画観賞における生命線。映画の情報も容易に仕入れられず、“ジャケ借り”することはしょっちゅう。となれば自然とパッケージデザインで「何を観ようか」と吟味するようになり、チラシやポスターへの興味もますます強くなっていく。その名残で、35歳になっても新作映画のポスターを日夜追いかけている。
持論だが、中身がいいのにポスターやチラシが微妙な映画はあっても、その逆はあまり少ない。ポスターがハイセンスな映画はやっぱり本編も面白いものが多いのだ。ひょっとしたらたとえ中身にハマれなくても「でもポスターいいしな……」と言い聞かせて納得している可能性もなくはないが、「ポスターが良ければ観てみて損はない」は個人的に重要な判断基準になっている。
今回ご紹介する『裸足で鳴らしてみせろ』(2022年8月6日公開)も、ポスター好きの血が騒いだ一作だ。工藤梨穂監督は本作で商業映画デビュー。恥ずかしながら存じ上げておらず、何の前情報もなくポスターを見て惹かれた次第。まず目に飛び込んでくるのは、ポスターの大部分を占める水だ。奥が水色、手前が紺色になっていて何とも涼やか。中央より少し上には、ゴムボートを漕いでいる青年がふたり。最初は海かな?と思うのだが、ちゃんと見るとプールであることに気づきハッとさせられる。
そして、ポスター内に仕掛けられた要素を一つひとつ発見していくことになる。「彼らは夜中のプールに忍び込み、ゴムボートを漕いでいるのか?」「左側の男性が漕いでいるのはオールじゃなくデッキブラシじゃないか!」「右側の男性が持っているのはマイク? なぜだろう」「『どこへ行こう? どこへでも行ける。』というコピーにヒントがあるに違いない。っていうかこの言葉選びもいいなぁ」……。この時点でもう、作品の雰囲気に対する「好感」から一歩踏み込み、中身への「興味」へと進んでいる。つまり、まんまと「気になるな。観たい」状態になってしまったというわけ。
悲しいかな、いまや映画を観ることが半ば仕事になってしまっているが、とはいえ自分の中身はただの映画好きである。生来の感性で「いい」「気になる」と思った作品は仕事に関係なくセンサーに引っかかるものだし、物語以前にビジュアルで惹かれたということは、より深い根っこの部分で共鳴する何かがあると考えていい。30余年かけて培ってきた自分の自分に対する「お前、これ好きだと思うよ」チョイスは、変な話だが信用に値するものなのだ。
ということで「あーこれ好きだよ絶対。どうしよう怖いな……128分後の自分どうなっちゃってるんだろう」みたいに一人で盛り上がりながらこの『裸足で鳴らしてみせろ』を拝見したのだが……。いやちょっと「いい!」と叫び出しそうになる名シーンの連続でしたよ……。
本作は「目の不自由な養母のために、架空の世界旅行を“音だけ”で作り出す」物語。実際に世界旅行に行く資金を持ち合わせていない青年ふたりが、行動圏内で創意工夫をしながら世界の音を作り出し、テープに録音して養母に届けるのだ。幻想的な映画ポスターは、かの有名な「青の洞窟」の音を作り出しているワンシーンを切り取ったものだったというわけ。このあらすじを聞いてますます本作を好きになったのだが、中身は想像以上だった。
先に述べたように、自分の「好きなゾーン」が何か僕自身もようくわかっているのだが、そのひとつが「狂おしいほどの感情を言葉以外で表現する」というもの。カメラという視線の動き&何をその“目”に映すか、映像の質感に色調、照明に美術に衣装、劇中の様々な音に劇伴、そして役者の表情――。画面内に映るすべての要素が集束し、ひとつの感情を示す瞬間に出合えたとき、涙がぽろぽろとこぼれてしまう。そしてその“瞬間”が、本作にはいくつもあった。
本作の主人公である直己(佐々木詩音)と槙(諏訪珠理)は、自分の気持ちを打ち明けられない青年たち。言葉を飲み込み、とはいえ想いは消えず、目に哀しみが宿る。友人が遠くへと旅立ってしまったとき、養母の通帳を見たとき、父親の束縛に耐え忍ぶとき。そして、直己と槙はお互いに惹かれあいながらも口にすることはせず、そっと触れることもできず、その代わりに小突いたり、つかんだり、取っ組み合ったりする。いまの関係を壊すことの怖れからか、そういったコミュニケーションしか取れないのだ。
…とこういう風に言葉にするのも野暮で、映像を観ていれば彼らの言葉にならない/できない想いが濁流のように心内になだれ込んでくる。「切なさ」や「苦しさ」「痛み」と言葉でラベリングすることももったいないほどの、原液の感情だ。
そして、静かに詩的に、だが強くまっすぐに飛び込んでくる映像。コンビニでの何気ないシーンも、ある一つの演出が加わることでこんなにもエモーショナルなものに変身する。水泳ゴーグルと料理をミックスさせたシーンはぞくりとさせられるし、かと思えば終盤の2台の車が並走するシーンは、これぞ映画!な説得力に満ちている。挑戦的・実験的な演出の数々も、単体ではなく序盤にさりげなく置かれたシーンが布石・伏線として機能する設計になっているため、とっ散らかるどころか感動をこれでもかと増幅させる。てらいのない言葉で言ってしまえば、この映画は徹頭徹尾「エモくて上手い」のだ。きっとそれは工藤監督の才能で、この先どんな映像作家になっていくのか楽しみでならない。
『裸足で鳴らしてみせろ』の魅力はまだまだ大量にあって、この場を借りて皆さんにお伝えしたい気持ちはやまやまなのだが、それ以上に「観て……感じて……」という想いが強い。だから、この辺りで筆を止めよう。彼らが言葉にしないのに、僕が言葉にできようか。
『裸足で鳴らしてみせろ』
舞台はとある田舎町。父の営む不用品回収会社で働く阿利直己(なおみ)は、地元のプールで、槙(まき)という男に出会う。ある日の夜道、直己は槙と彼の母親の美鳥(みどり)に遭遇。美鳥は現在盲目だが、かつては世界一周をしたことがあり、「いつかまた外国へ行けたら」という願望を持っていた。しかし、ほどなくして彼女は病に倒れてしまう。 病室で美鳥から「自分の代わりに世界を見てきてほしい」と告げられた槙は、直己と共犯関係を結び、回収で手に入れたレコーダーを手に“世界の音”を求め、偽りの世界旅行を繰り広げていく。その途中、彼らは同質の孤独を互いの中に見つけ出し、直己は槙に特別な感情を抱くのだった。そしてある日、想いを募らせた直己は唐突に槙へ拳をぶつけてしまう。それからというもの録音の旅を重ねるごとに惹かれ合う二人は、“互いへ触れる”ための格闘に自分達の愛を見い出していくが……。
工藤梨穂監督・脚本、佐々木詩音、諏訪珠理、伊藤歌歩、甲本雅裕、風吹ジュン 高林由紀子、木村知貴、淡梨、円井わん、細川佳央出演。
2022年8月6日(土)より、東京・渋谷の「ユーロスペース」ほかにて全国順次公開。一般社団法人 PFF/マジックアワー配給。
(C)2021 PFF パートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人 PFF
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