偏愛映画館 VOL.9 『カモン カモン』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Joaquin Phoenix, Woody Norman (L-R)

 1990~2000年代に福井の片田舎で育った自分にとって、長らく映画は観るもので語るものではなかった。簡単な感想をノートにまとめたりはするものの誰に見せるでもなく、映画と自分だけの閉じた対話が“普通”であり、かけがえのない喜びでもあった。

 日本国内のSNSの歴史でいうとmixiのサービス開始が2004年、Twitterの日本上陸が2008年だそうだが、僕個人はそれらをリアルタイムで利用することはなく、大学在学中(2006~2010年)にこそこそブログを始め、卒業後にTwitterを使うようになった記憶がぼんやりとある。そんな感じだから、昨今の「映画鑑賞+感想発信」がセットになっている状況を遠くから見ている自分がいる。本音を言えば、こんな仕事をしておいて何なのだが……実はあまり感想を発信したい気持ちも受信したい気持ちもない……。僕の中では「感想は自分の中で大切に持っているもの」という認識で、他人と共有したいという“欲”が生来備わっていないのだ。

 それでも一時は人並の承認欲求で、自分の感想がRT・いいねされるのをモチベーションに感じていたし、そうやって映画好きの輪が広がっていくのは素晴らしいことだと思う。SNSの口コミが興行成績に寄与していることもわかる。ただ、自らの個人的な傾向として、大切な作品であればあるほど隠したがるという部分は否めない。ましてや「人生の1本」なんて、簡単に言いたくない。自分の中だけで大切にしまって、観賞時に抱いた感動をそのまま真空パックしておきたいのだ。密やかに愛でることこそ至上……。

 だから今回ご紹介する『カモン カモン』(4月22日公開)においては、相当悩んだうえで手を挙げさせていただいた。初めて本作を観賞した際、胸にこみあげてきた感情は「生きてきてよかった。この映画に出合えたから」。大げさでなく、事実としてそう思ってしまった。

 本連載が「偏愛映画館」と名がつくからには、偏愛の極致を注ぎ込んでいる本作を取り上げないわけにはいかない。だがこの作品においては「尊すぎて言語化したくない」気持ちが強すぎる。しかしそれではページは埋まらない。さて、どうしたものか……。ここまで書いて、「なんて面倒くさいファンだろうか」と自分に引いている。

 実は先日、名古屋の素敵なミニシアター、伏見ミリオン座にて開催された本作のトークイベントに登壇したのだが、「今日はちゃんと言語化せねば」と意気込んだ結果、作品やマイク・ミルズ監督への偏愛を超速で語りまくり、終了後に「やりすぎた……」と反省した次第。新米とはいえプロの責務を果たさねばなるまいと臨んだのだが、スマートな配分での愛情の出し方がどうもなかなか難しい。「『尊い』でよくないか……?」と思う自分もいる。

Woody Norman, Joaquin Phoenix (L-R)
Woody Norman, Joaquin Phoenix (L-R)

『カモン カモン』のあらすじは簡単だ。突如共同生活を送ることになったジャーナリストの伯父ジョニー(ホアキン・フェニックス)と9歳の甥ジェシー(ウディ・ノーマン)の交流。これをメインに、いまを生きる子どもたちにインタビューしたドキュメンタリーパートが挿入されており、虚構と現実が優しく溶け合った内容になっている(これはミルズ監督の過去作『人生はビギナーズ』『20センチュリー・ウーマン』にも通じる特長)。

 ストーリーとしては特段新しいものではなく、モノクロ映画のためぱっと見の派手さはない。では何がそんなにいいのか?と思う方もいるかと思う。残念ながら自分は冷静な判断を下せる立場にはいないが、いちファンとしての所感を述べさせていただくならば、本作はとにかく「優しい」のだ。

 ジョニーもジェシーも、周囲の人物も皆、自分が傷つくこと以上に他者を傷つけることを恐れ、その深すぎる思いやりの陰で寂しさを感じている。つまりこの作品の世界には、根本的に他者への敬愛があるのだ。それはミルズ監督の他者へのまなざしでもあろうが、少なくとも自分にはユートピアのように映った。当たり前のように人が人を気遣う世界。それだけで涙があふれてくる。なぜなら僕たちが生きている世界は、必ずしもそうではないから。

Gaby Hoffmann, Joaquin Phoenix (L-R)

「この世界は残酷だ… そして…とても美しい」、これは漫画『進撃の巨人』の有名なセリフだが、現代は「残酷であること」がデフォルトになった時代でもあるように思う。日々目に飛び込んでくるニュース、或いはSNSの誹謗中傷など、その残虐性はエスカレートするばかりだ。そんな時代に産み落とされた映画が、こんなにも清らかな光を放っているとは。

 映画は時代の産物ともいえ、鏡になるにせよカウンターを繰り出すにせよ、時代と迎合・反発しながら併走していくものだ。ミルズ監督が子どもをお風呂に入れている際に着想を得たという『カモン カモン』もまた、現代と無関係ではいられない。にもかかわらず、あくまで自然に、まるでそれが世界の理想ではなく本質であるかのように――優しさで映し出せるのだろう。この衝撃と救済は、なかなか言葉では言い表せない。

『カモン カモン』では、登場人物それぞれが優しすぎるがゆえに引き受けてしまった孤独が、勇気をもって自己/他者と向き合い、本音をさらけ出すことで癒されていく。その美しい過程を、慈しむように静かに見つめ続ける108分。一言で言うなれば、浄化の傑作なのだ。それゆえに、この作品に出合うために辿った道程を自己肯定できたのであろう。

Woody Norman, Gaby Hoffmann (L-R)
Woody Norman

 僕自身、ミルズ監督の『人生はビギナーズ』を「棺桶に入れてほしい映画」に定め、『20センチュリー・ウーマン』のオープニング数秒を観るたびに涙ぐんでしまうほど、彼の作品に傾倒している。2006年公開の長編デビュー作『サムサッカー』から15年以上にわたり、“最推し”の映画監督だ(先日念願かなってミルズ監督にオンラインインタビューさせていただいた際、終了後に気づいたら泣いていた)。

 さらにいえば、『カモン カモン』の本国配給を務めたA24は、この世で最も好きな映画会社。当然ながら作品観賞前夜は緊張と興奮で眠れないし、行きの道中は先んじて購入したサウンドトラックを聴き込んでイメトレを万全にしつつ臨んだのだが、ここまで膨れ上がった期待を優に超える作品に包み込まれ、観賞後は放心状態になってしまっていた。泣きすぎてぼうっとした頭で席を立った感覚を、昨日のことのように覚えている。

 今回述べた部分以外にも風景の切り取り方にカット割りのセンス、成長を見事に見せ切った役者陣、モノクロ映像が観る者の中でカラフルに色づいていく豊かさ、音楽等々、『カモン カモン』の魅力は無限にある。本来であればもう少し細やかに、かつ主観と客観のバランスをあと数段階整えたうえで本作の魅力を語りたいのだが、やはりまだ「言葉にしたくない」感覚が強い。自分の中でゆっくりと時間をかけて、この作品と歩んでいこうと思う。

Woody Norman, Joaquin Phoenix (L-R)

『カモン カモン』
ニューヨークでラジオジャーナリストとして一人で暮らすジョニーは、ロサンゼルスにいる妹・ヴィヴからの頼みで9歳の甥・ジェシーの面倒を数日間見ることになる。突然始まった共同生活は戸惑いの連続。好奇心旺盛なジェシーのストレートな質問や突飛な行動にジョニーは困るが、ジェシーは仕事用の録音機材に興味を示し、二人は次第に距離を縮めていく。ニューヨークに戻ることになったジョニーは、ジェシーを連れて行くことに決めるーー。マイク・ミルズ監督・脚本、ホアキン・フェニックス、ウディ・ノーマン、ギャビー・ホフマンほか出演。
2022年4月22日(金)より、東京の「TOHO シネマズ日比谷」ほかにて全国順次公開。ハピネットファントム・スタジオ配給。
WEB:https://happinet-phantom.com/cmoncmon/
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VOL.41『私がやりました』
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