劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema
「エモい」という言葉が浸透して久しいが、響きのライトさとは裏腹に、映画において観客がこれを感じられるかどうか/作り手がどれだけ込められるかが、日に日に重要性を帯び始めてきた気がしてならない。僕自身もいち映画好きとして悩んでいるのだが――ビジュアルが物足りないと、物語に入る前に冷めてしまうことが多くなった。
考えてみれば、YouTubeやInstagramなど、個人が日常を“演出”して発信する時代において、お洒落な映像は「氾濫」と言っていいレベルであふれている。そんな環境下で目が肥えるのは当然で、観客が作品に没頭できる画作りのハードルが年々高くなっているのだ。よく言われる「テンポが速くないと観られない」はSNS時代の弊害ともいえるが、画作りの審美眼においては“進化”とも見ることができそうだ。
というのも、映像センスを売りにした映画だけでなく、社会的なテーマを扱ったものにおいても、エモーショナルかつドラマティックな画作りやカメラワークを駆使したものが増えているから。たとえばカンヌ国際映画祭で審査員賞に輝いた『ラブレス』(2017年)『存在のない子供たち』(’18年)『レ・ミゼラブル』(’19年)はテーマの重さに対し、カメラワークはもちろんのこと美術・音楽・編集等含めた総合的な“画力”への感度が非常に高い。『存在のない子供たち』『レ・ミゼラブル』においてはドローン撮影を効果的に用いており、乱暴な言い方をしてしまえば「社会派映画もお洒落であることが求められる」フェーズに入ってきたと感じる(国内では藤井道人監督の『新聞記者』が良い例だろう)。
無意識/意識的に、観客が作り手に「視覚的な“感性”をどれだけ高められるか」を要求する時代において、2月25日に劇場公開を迎える『GAGARINE/ガガーリン』は必然の産物に思えてならない。本作は「描いている物語」の土臭さと、「幻想的な画作り」のエモさが見事に融合した快作。初めて観賞した際には、思わず「これだよ!」と快哉を叫んでしまった。
本作の舞台は、パリ五輪のために取り壊されることになった公営団地。解体工事の日が間近に迫り住人が立ち退いていくなか、かつて出ていった母の帰宅を待ち続ける16歳の少年ユーリ(アンセニ・バティリ)は無人の団地を守ろうと居座るのだが……。といった物語だ。貧困やネグレクト、弱者が虐げられる構造等々、展開する物語自体は社会派映画のそれ。ただしこの映画は、陶酔してしまうほどに「エモい」。
ユーリは、宇宙飛行士の名がつけられたガガーリン団地を宇宙船風に改造(彼の夢は、宇宙飛行士になることだった)。その過程において、映像もどんどんファンタジックなものになり、クライマックスは彼自身の“空想”が“現実”を侵食していくという、実にドラマティックな展開に。過酷な現実によって居場所を奪われた青年が、創造力を駆使して立ち向かっていくさまが、エモすぎる映像と音楽によってつづられていくのだ。
人によってはこのメロウな演出を「リアリティが……」と言うかもしれないが、僕個人はボロボロと泣いてしまうほどに心を震わされた。この映画のベースラインはあくまで現実にあり、そこには自分一人ではどうしようもないというある種の諦念がある。団地が壊されるのは既定路線で、きっとこのままでは宇宙飛行士になる夢は叶わない。では、無力な一個人が無慈悲な現実に対抗するためにできることは?
それは、イマジネーション。この映画には、一人の青年の創造性に、そっと手を差し伸べるような「現実を超克する」演出がちりばめられている。これぞまさに映画のマジックであり、映画による救済でもあり、かつ映画表現のトレンドにも完全に合致している。団地が本当の宇宙船に変わっていく劇的な展開、モールス信号の泣ける使い方、解体工事によって生じた粉塵を月面に見立てるハイセンスな演出など、クライマックスはどこを切ってもたまらなくエモい。
聞けば、この『GAGARINE/ガガーリン』を手掛けた監督コンビ、ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユは、本作が長編デビュー作とのこと。主演のアンセニ・バティリもまた、本作で俳優デビュー。“染まっていない”メンバーが、初期衝動をフルに発揮して作り上げたこの映画は、いわば「いまの感性」の塊でもある。そういった意味でも映画表現の現在地を強く感じさせる作品であり、それが2020年・第73回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクションに選出された事実は、なんとも意義深い。若手作家の育成に熱心なカンヌが、「これからを担う才能」として引き上げようとしたということだからだ。
そして本作に漂う美意識は、次世代の観客にとっても非常にしっくり来るはず。アップデートを常に求めてしまう現代において、素直に「気持ちいい」と感じられる映画は、それだけで貴重だ。消えゆく団地を見つめた『GAGARINE/ガガーリン』には、豊かな未来が詰まっている。
『GAGARINE/ガガーリン』
フランス、パリ郊外に実在するガガーリン公営住宅を舞台にした青春映画。宇宙飛行士ガガーリンに由来する名前を持つ16歳の少年ユーリは、ガガーリン団地に暮らし、恋人を作って家出した母親の帰りを待ちながら自らも宇宙飛行士を夢見ている。ある日、老朽化と五輪のために団地の取り壊し計画が持ち上がる。住人の退去が進むなか、ユーリは取り壊しを阻止すべく立ち上がる。監督は本作が長編デビューのファニー・リアタード&ジェレミー・トルイル。主演のアルセニ・バティリは映画初出演。
ファニー・リアタード&ジェレミー・トルイル監督、アルセニ・バティリ、リナ・クードリ、ドニ・ラヴァンほか出演。2月25日(金)より、東京の「新宿ピカデリー」「ヒューマントラストシネマ有楽町」ほかにて全国公開予定。ツイン配給。©2020 Haut et Court – France 3 CINÉMA
WEB:gagarine-japan.com
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