
自分の中に住むいろんな自分
上白石 紺さんから生み出された短歌にはそれぞれ主人公がいて、一人一人性格も住んでいる場所も違う気がします。
伊藤 この連載の吉澤嘉代子さんの話を読んで面白いなって思いました。嘉代子さんは歌ごとに主人公が変わるって。萌歌さんは歌手としても活動されていますが、そういう感覚はありますか?
上白石 私は自分で歌を作っているわけじゃないので、その歌の中にはまる人を見出しています。でもどうやったって自分は自分だから、自分の中にどれだけの住人を住まわせるかを考えます。
伊藤 面白い!その住人たちは、みんなで村を作るように一緒に暮らしている?
上白石 別々に住んでいるかも。箪笥みたいなところに入れて、時々昔の自分を出してみたり。
伊藤 普段箪笥の奥に入れて忘れちゃっている自分を引き出しから出すんですね。おもしろい発想。
上白石 いろんな人格を表現するには必要かなって。
伊藤 それはお芝居の役ということではなく、自分の中の自分?
上白石 はい。例えば2年前の6月の自分とか。こんなに自分って変わる?と思うほどいろんな自分がいて。自分の中に全然違う自分を生み出しちゃうから、つき合うのが大変。でもどんな自分でも表現する中で生かせるので楽しいです。紺さんはどうですか?

短歌に感じる人のエネルギー
伊藤 わたしは無理かも。なるべく健やかな自分だけを自分と認めて、そうじゃないときの自分は病気として処理する。けど歳を重ねて過去のへんな自分を受け入れられるようになることもあるので、いつかおばあちゃんくらいになったら「全部若くてかわいかったな」と思えるのかな。
上白石 紺さんは見たものすべてが歌になるのがすごいです。そして紺さんの歌は解像度が高い!全部情景が見えるんです。それは普段生活しているときの観察とか、人一倍にいろんなものを集中して見ているからですね。
伊藤 うれしいです。でも萌歌さんの写真こそ超観察的ですよね。俳優さんというお仕事が関係しているのかもしれないけれど、1枚の写真の中に長い時間が凝縮されているのを感じるんです。ひとつひとつのものに向きあう誠実さ、気合を感じます。私は局所的な観察をするタイプで、好きな人とかはじーっと見ちゃうし、頭の中でも考えちゃう。
上白石 だからでしょうか。紺さんの短歌の主人公ってみんな恋してますよね。友情、愛情とか、人のことを思うエネルギーをものすごく感じます。
伊藤 人間の心のつながりのようなものに執着しているんだと思います。実際の生活でそれを選ぶことが必ず正しいわけでもないと思うからこそ。そういうことを最近感じていたので、萌歌さんにそう思っていただけるのは嬉しいです。
上白石 全部の歌に感じるんですよね。ちゃんと人のことを好きになった人の歌だなとか、すごく人が憎いと思った人の歌だなとか。でもそれはどちらも人を大事にしているということで、同時に自分を大事にしている証拠。これを読むと自分のことを大事にしようって思うんです。
伊藤 萌歌さんは人が好き?
上白石 好きです。あんまり人のことを嫌いになることはなくて。でも最近嫌いという気持ちもちゃんとわかってきて、それは自分にとってはいいことだと思うんです。人のことを思う気持ちは自己愛だし、人のことがどうでもよくなったら、自分のこともどうでもよくなっていること。対人関係は鏡だから、その時一緒にいる人で自分も変わります。あの時、あの人たちと一緒にいた時にしかいない自分とか。ちょっとしたことで自分が変化していたことは感じていました。
伊藤 どんどん変わっていく自分を文字で残したりします?
上白石 私、毎日日記を書いているんですけど、読み返してこうだったと、後から思い出すことがあります。
伊藤 驚くほど今と違うことを考えていたりしませんか?でも意外といいこと言っているなとかね。

音楽から学んだ言葉の立体感
上白石 そもそも紺さんの言葉の原体験は何だったのですか?
伊藤 多分、音楽かな。中学のときに聞いていたチャットモンチーとか。今思えば、その歌詞が言葉との出会いです。
上白石 自分で歌詞を作っていました?
伊藤 はい、軽音楽部だったので。
上白石 言葉との最初のふれあいが本じゃないのが新鮮です。確かに歌詞もちゃんとした文学ですよね。私も聴き流しができなくて、ちゃんと歌詞を考えちゃう。だから本を読みながら邦楽は聞けなくて。言葉がぶつかってしまうので。
伊藤 萌歌さんの言葉の出会いは?
上白石 小学校5年生の時に、母からの誕生日プレゼントでもらった谷川俊太郎さんの詩集です。「あさ/朝」っていう本で右から読むと詩集、左からみると絵本で、その時に詩っていいなと。
伊藤 小学校5年生で?かっこいい!
上白石 国語の音読でも谷川さんの詩があったので、漠然と言葉が好きと思ったのはその頃。こうやって今大人になって、舞台で戯曲を読んで言葉に触れられるのがとても幸せです。
伊藤 最高ですね。わたしは「短歌は歌詞に似てるなあ」とあとから思うようになって。例えば好きとか愛してるとか、擦り切れるほど聞いたことのある言葉が、メロディーがつくと全然違って立体となって生まれ変わる。表面だけの意味が消失して、言葉の本当の意味や誰かの心の中にある魂の響きみたいなものが聴こえることがあると思うんですが、短歌もなんかそういう効果がある気がしていて。
上白石 小説ってあまりリズムを感じないけれど、短歌は音がない世界なのにちゃんとリズムがあって、音楽に近いですね。言葉たちの自由さを感じます。
伊藤 生きていてほしいんですよね、言葉に。
上白石 自分が言葉だったら紺さんに使ってもらいたいな。

“愛”っていったい何?
上白石 習った言葉ってみんな一緒なのに、どうしてこんなに使い方が違うんでしょうね。乱暴に使う人もいるし。
伊藤 本当ですね。以前に“愛”という言葉に一番近い言葉は?という話をしたときに、同じ言葉でも人によって意味が結構異なっていることに気付いて。“はぐくむ”の人もいれば“自己犠牲”の人もいて、そこにいた全員がバラバラでした。萌歌さんはどう思います?
上白石 んー、愛?何だろう?一言で言えないんですが・・・。舞台に出演していた時、母がいろんなお茶を小分けにして持ってきてくれたんです。のどの調子が悪いとき用、体が重いとき用。その時に愛だなって思いました。母親の愛って何にも代えられない。他の人とおなじ言葉を使っても説得力があるし。ひとつひとつの言動に愛を感じます。そういうことかな。紺さんは?
伊藤 なんて素敵な話。わたしは原動力が近いと思います。愛しているから自分を犠牲にするとかではなく、愛があるから力が倍になる。普段よりもうちょっと頑張れる。萌歌さんのそれは、原動力とは違いますよね。「尽くす」とかとも違うのかな。
上白石 うまく言葉にできないけれど、エネルギーとか愛情を与えあっている感じ。
伊藤 萌歌さん自身もお母さんにそうやって返していきたい?
上白石 そうですね。どちらかが一方的に尽くすということではなくて、ギブアンドテイクみたいな。

言葉の本質を伝えるために
上白石 短歌を書く時はいつどんな場所で書いているんですか?
伊藤 絶対に自宅のデスクの前で、5時間ぐらいのまとまった時間で。なるべく部屋着で、化粧してない状態で。
上白石 パソコンですか?
伊藤 はい。メモは紙のノート、制作はパソコンって分けていたときもあるけど、今は思いついたらスマホにメモして、パソコンで書きます。
上白石 ずっとアイディアを探している状態ですね。疲れないですか?
伊藤 そんなに根詰めた感じはないですね。もしかしたら普段は忘れているのかもしれないです。
上白石 だから言葉たちが流れている感じで自由を感じるのだと思います。
伊藤 萌歌さんは手書き?
上白石 はい。アナログが好きで。文字を書くのが好きなんです。台本にも思ったことは書き込みたいし。
伊藤 それは演出上の指示だけでなく?
上白石 はい。『リア王』の舞台の時は、シェークスピアの言葉が難しくて、なかなか口になじまなかったんです。舞台もシンプルで、頼るのが言葉しかなくどうしようもなくて。だから逆に言葉を絵で表現したんです。例えば、植物の名前が出てきたらその花の絵を台本に描いてみたり。それぐらい実感を持って発さないとお客さんに届かない気がして。言葉との向き合い方は難しいです。人の言葉をしゃべるのって、自分がプロジェクターにならなきゃいけないから、そのためにはどこまで伝わるかわからないけど、自分がちゃんと見えていないと。
伊藤 わあ、おもしろい。アニメとかCGとか今はいろいろあるし、どれもいいけれど、やっぱり人は、人が演じているのを見たい。自分の言葉でない誰かの言葉を話すとき、そうやって体に言葉をなじませるんですね。それが舞台だけでなく、テレビやスクリーン越しに見ていても伝わってくる。なんてすごいことをしているんだろうって思います。
上白石 10代の頃に出演した学園ドラマの演出家さんに、「ここで響き合えなければ見ている人に伝わらないだろ!」って「ここで感じ合えないことがどうして伝わるんだよ!」って。本当にそうだなって今も思っています。ちゃんと人と通じ合ってものを作るのは大事だなと。

常に内面はまっさらな状態で
伊藤 人と何かを分かり合うって、実は日常のさりげない経験や体験が大事だったりしますよね。中学のとき、吹奏楽部でメロディーや伴奏を映像的なイメージで共有し合う時間があったのを思い出しました。
上白石 短歌は自分と向き合う作業だから、人というより自分と響きあえないといけない世界ですね。
伊藤 忙しいときや大きな悩みを抱えているときは、歌は書けないです。なるべく自分を心地のいい空っぽな状態にしておかないと。
上白石 表現者ということでは紺さんと似ているかもしれないです。私もまっさらでいないと役が降りて来てくれない。
伊藤 まっさらでいるために心がけていることはあるんですか?
上白石 一人焼肉!自分と定期的に乾杯しています。
伊藤 めっちゃいい。
上白石 紺さんはどうしています?
伊藤 寝る。なるべくしっかり休んで、家のこととかやって、リズムを整えます。
上白石 それもいいですね。まっさらな状態を作りながら、これからも白く頑張りましょう。
伊藤 “白く頑張る”。いい言葉ですね。無垢ともちがう。いろんなことを知ってしまっても、何度でも自分で白くなれますね。


――撮影を終えて――

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.)
hair & makeup : Ikuko Shindo(TRON)
styling:hao
上白石萌歌着用
ジャケット ¥67,100 フミエタナカ(ドール)/ビーズビスチェ ¥40,700 ミューラル/レーストップス ¥19,580 ビームス クチュール(ビームス公式オンラインショップ)/デニムパンツ ¥44,000 ラインヴァンド(ラインヴァンド カスタマーサポート)/イヤカフ ¥11,000 フォークバイエヌ(UTS PR)/チェーンリング ¥55,000 マフ
【SHOPLIST】
UTS PR
TEL:03-6427-1030
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TEL:03-4361-8240
ビームス公式オンラインショップ
WEB:www.beams.co.jp
マフ
WEB: https://muffjewelry.official.ec
ミューラル
WEB:https://murral.jp/
ラインヴァンド カスタマーサポート
MAIL:customer@leinwande.com
Kamishiraishi Moka
2000年2月28日生まれ。鹿児島県出身。2011年第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリ受賞し、デビュー。2019年、映画『羊と鋼の森』で第42回 日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞。adieu名義で音楽活動を行う。数多くのドラマ、映画に出演する傍ら、「The Covers」(NHKBSプレミアム)のMCも務める。現在、舞台「リア王」にコーディリア役で https://stage.parco.jp/program/kinglear 、そしてMBSドラマイズム 「滅相も無い」に出演中。https://www.mbs.jp/messoumonai/
Ito Kon
1993年東京都生まれ。2016年作歌を始める。2019年『肌に流れる透明な気持ち』、2020年『満ちる腕』を私家版で刊行する。2022年両作を短歌研究社より新装版として同時刊行。最新刊は2023年12月第三歌集『気がする朝』(ナナロク社)。2023年はNEWoMan SHINJUKU「OPENING DAYS 2023SS」での展示「気づく」、2024年1月は上白石萌歌の初写真展「かぜとわたしはうつろう」への短歌提供など書籍刊行以外にも活動の場を広げている。
【上白石萌歌のぐるぐるまわる、ときめきめぐり】
Vol. 1 デザイナー 藤澤ゆき
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Vol.12 デザイナー 竹内美彩
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Vol.14 写真家 松岡一哲
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Vol.20 写真家 野口花梨
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Vol.22 ポンティデザイナー 平田信絵
Vol.23 俳優 中川大輔
Vol.24 古書店マグニフ店主 中武康法
Vol.25 俳優 石田ひかり
Vol.26 俳優 青木 柚
Vol.27 最終回 ミュージシャン 水曜日のカンパネラ・詩羽