上白石萌歌の
ぐるぐるまわる、ときめきめぐり
Vol.2 ブックデザイナー 名久井直子

2023.02.28

素敵な人との出会いと、ものづくりの神髄を知るべくスタートした、上白石萌歌さんの連載。
2回目となる今回は、数々の本の装丁を手がけている、ブックデザイナーの名久井直子さんの作業場を訪ねました。本屋さんで気になる本を手に取ると、なぜか装丁が名久井さんのものが多いという上白石さん。ご本人を目の前にどのような会話がはずむのでしょうか?

膨大な数の本が収められた名久井さんの本棚を前にして

ヒグチユウコさんと作った豪華本

上白石萌歌(以下 上白石) すてきな本棚ですね。贅沢な図書館という感じで、毎日ここに通いたいです。

名久井直子(以下 名久井) 上白石さんはどんな本が好きですか?

上白石 詩集や歌集、絵本も好きです。谷川俊太郎さんの詩集は大好きで・・・。あ、「バウムクーヘン」も名久井さんなんですね。大好きなんです。

名久井 よくご存じですね!

(左)谷川俊太郎さんの本を見つけて(右)本棚には谷川俊太郎さんの詩集も多く並ぶ

上白石 最近手がけた本を見せていただけますか?

名久井 ヒグチユウコさんと二人で自主製作で作った特装版の画集です。今ヒグチユウコさんの展覧会が森アーツセンターギャラリーでやっていて(2023年4月10日まで)、200以上の新作作品に加えて、過去の巡回会場の展覧会チケットや、全会場分のポスターも入っているものです。

上白石 すごいですね!ヒグチユウコワールドが全開ですね。まるで福袋みたい。こんなきれいな本がこの世に存在するんですね。表紙を見ているだけでも素晴らしさが伝わってきて、すぐに開くことが出来ないです。表紙の紙質も変わっていますね?ちょっとデニムみたいな質感で。

名久井 教科書に使われるようなちょっと固めの紙クロスを使っています。去年の夏ぐらいから作業がスタートしたので、やっと完成したなあ、といった感じです。

上白石 お二人はどうやって知り合ったんですか?

名久井 ヒグチさんが銀座の伊東屋でライブペインティングをやっているのを偶然通りかかって、“この人いいな!”と思って声をかけて仕事をしたのが最初です。10年ぐらいまえかな。ここまで凝った本をなかなか作らなくなってきているので、珍しいですよね。

ヒグチユウコさんの作品集

上白石 しかも贅沢!画集とか作品が収録されているのは作りがいがありそうですね。見ごたえもありますよね。

名久井 見る用にと飾る用を購入される方もいるようです。

上白石 手に取って見るためのものと、飾って観賞用にするものが欲しくなりますね。この本は、箱に入っているんですね。細かいところまでデザインされて、服を作るのに似ていますね。私、子どもの頃にベネッセをやっていて、クリスマスになると箱で教材が届くんです。その時の嬉しかった気持ちを思い出しました。

ヒグチユウコさんの本に収められているポスターを広げて

本の装丁は決めることがたくさん

名久井 今日はあまり見ることがないようなものをお見せしようと思っていました。
これは今進行中の川上未映子さんの本です(『黄色い家』現在は発売中)。まず素ゲラといって文章がプリントアウトされたものが届くのですが、それを読んでデザインを考えます。背を丸くするのか角ばったものにするか。表紙の厚みはどうするか、本文の紙は何にするかなど検討し、その後、何も印刷されていない真っ白い束見本というもので、実際のサイズ感を確認。デザインしたものを入稿して、色校正で色なども調整をします。決めることがたくさんあるんです!

川上未映子さんの新刊「黄色い家」の装丁について

上白石 こういう表紙の色や文字のイメージは作家さんの希望なども反映されるんですか?

名久井 ほとんどのかたはお任せしますっておっしゃいますね。例えばこの表紙の青は、「黄色い家」という小説の中の主人公の女の子が大切に持っている紺色の箱からとった色。色が小説に登場することは多くないのですが、印象的な色がでてきたら使いたいなと思います。

上白石 完全にゆだねられることが多いんですね。それは、ものすごく大変な作業ですよね。

名久井 デザインは直感的なこともありますが、本を買うターゲットのことも考慮にいれますね。

上白石 本が届く人を想像するんですね。

名久井 やっぱりたくさんの人に手に取ってほしいので。

たくさんの色の見本帳を見て

名久井 そして最後に決めるのが、しおり紐と花ぎれ(ハードカバーの装丁で、背表紙の内側の上下両端に貼りつけたちいさな布)。私の中では着物の半衿みたいな感覚で、おしゃれ気分で選んでいますね。花ぎれは昔は補強の意味があったんですが、今は装飾として付けられています。

上白石 私の持っているレースの本で、このしおり紐の見本帳にないレースの紐がついているのですが、そのようなものは特別なんですか?

名久井 それは素敵な本ですね。その本はどうかわかりませんが、たまにリボンの問屋さんで買ったものも使ったりします。学生の頃、大学の先生に聞いた話では、本の装丁で昔は子羊の革を使っていたり、着物の反物を染めて使ったりしたものもあったようです。またパリのオペラ座の写真集にはオペラ座の緞帳と同じ素材が使われていたとか。豪華なことを考えたら際限がないですね。

側面に美しい柄が配された贅沢な貴重本の「世界の文学」

本の装丁の難しさと楽しさ

上白石 本を装丁するときに、選ぶものがたくさんありますが、いちばん悩むところはどこですか?

名久井 どういう絵にしようかっていう最初の段階が悩みますね。わたしが担当する本は、エンターテイメント的な本は少なくて、内容的には事件性の少ない気持ちを丁寧に扱った文学だったりするので、そこがまた難しいんですよね。

上白石 抽象的なんですね。例えば詩集や俳句のようなものはどうでしょう?

名久井 物語はないけれどその分言葉の密度が高い。具合的なものを合わせるのは難しいから、図形のようなどんなふうにでも受け止められるものをデザインすることが多いかも。

上白石 「わたしたちの猫」(文月悠光著)がそうですね。この詩集、最後の1行だけ次のページにとんでいるところがあって、そのリズム感がとても好きです。詩集や歌集って短い文にいろんな世界が表現されているから、どこに集中したらいいかわからなくなりませんか?

名久井 本を設計するときが大変なんですが、例えば歌集の時は一番長い歌を探してそれに合わせてデザインします。この本、多分気づかれないと思いますが、ページの数字の部分が白になっていますがそれが紙の色。そこを残すようにページ全体をピンクに刷ってあるんです。

(左)「わたしたちの猫」グラフィカルなパターンで描かれた猫(右)撮影当日に上白石さんが持参した「オール アラウンド ユー」は布の素材感を生かしたデザイン

上白石 こだわりがすごいですね!それを知ることが出来て嬉しくなります。名久井さんの手がけた本は、何となく触れたくなって、さわったり、パラパラめくったり…そうしたくなる本が多いです。私は圧倒的に紙派なんですが、最近では手に触れることのできない電子書籍が多くなってきて、名久井さんはどう捉えていますか?

名久井 いいと思う部分もあります。例えば漫画などで何十巻もあるようなものを持っているのは本棚にも限りがあるし、古い本などなかなか買えないものを電子書籍で読めたら、それはそれでいいかな。でも私が心配しているのは、紙って意外としぶとくて100年前のものでも、今もちゃんと存在しているんです。実際私の本棚にもあります。現在ある本は100年後もきっと残っていられるはず。だけど電子書籍って消えてしまう怖さはあるでしょ。

上白石 本は電子書籍にはない、買った時点で自分の物という所有感がありますよね。そして安心感もあります。

名久井 それはありますね。どうしたら100年後も残るかなと考えた時に、凝った本を作るのも一つの方法ですよね。そうしたら捨てにくいじゃない。誰かのうちの物置にあってもいいし。すごく立派じゃなくてもたくさん売れた本は何冊かは残る。いろんな残り方はありますね。

名久井さんがパリの蚤の市で購入したブックエンド

本は素敵に回っていくもの

上白石 私はどんどん本を買ってしまって、本棚に収まりきらない時は人にあげたり、売ったりするんですが、そうやって本が回っていくのはどう思いますか?

名久井 いいと思いますよ。私も古本屋さんで買うこともあるし。売ったりもします。そこで出会いがあるのは嬉しいですね。時々自分が手掛けた本を古本屋さんで見かけたりするんですけど、一度は人の手に取ってもらえたんだなって受け止めるようにしています。

上白石 本にもジャケ買いってありますよね?

名久井 あってほしいです。最近CDショップに行かないから音楽との思いがけない出会いが少ないんですけど、本はまだ本屋さんで素敵な出会いはありますね。

上白石 私、本屋さんに行くと、本の叫び声が聞こえてくる気がするんです。“私を見て!”って。実際に本はしゃべらないけど、黙っていても主張がある気がします。

名久井 子供の時に行っていた近所の小さな本屋さんは、日本の小説の横に海外の小説があって、その横に実用書があって。狭いからぐるっとすべて見られて、目的がなくても興味のあるものが偶然見つかったんです。あれは良かったな。

第一印象の大切さ

上白石 私が本を好きになったきっかけは「はじめてのおつかい」(林 明子著)なんですが、名久井さんは小さい頃どんな本を読んでいたんですか?

名久井 家には本がとっても少なくて、電話帳と母のマナーブックと絵本が数冊。マナーブックは読みつくしました。お呼ばれした家での座布団の使い方とか覚えていますよ(笑)
でも小学生の時は本を読むより工作をしていましたね。ミニチュアの折り紙セット、化粧セット、針と糸、アドレス帳、ティッシュケース、歯磨きセット、お財布・・・。

今も大切に保管している名久井さんの手作りのミニチュアコレクション

上白石 かわいい!この頃から器用だったんですね!

名久井 今の仕事は工作の延長ですね。家にあるチラシとかお菓子の包み紙とか使って。表裏の真っ白い紙がどうしても欲しくて、クリスマスにサンタクロースにコピー用紙をお願いしたこともありました。

上白石 手を動かしてものを作ることが好きなんですね。実際のお仕事では、名久井さんは総監督のイメージだと感じたのですが、どのような役割をしていると思いますか?

名久井 総監督は編集者の方ですね。営業のことだとか、見えない部分もコントロールしています。いつも思うんですが、自分の仕事は途中だなと思っています。例えば太宰 治の「人間失格」ですが、私と上白石さんでは違う表紙の本を読んでいる可能性があります。いい本というのは何度も何度も外側を変えて、その時のニーズにあったものが売られると思うんです。だからずっと継続して読まれていく本の途中をつないでいるという感覚ですね。さっきのジャケ買いの話にもなりますが、そうやってカバーを見て買ってくれたのが分かると嬉しいですね。

上白石 私は、ジャケ買いをするのがあまりよくないと思っていたんですが。あさはかな考えで買ってしまっているのかなって。

名久井 そんなことはないんじゃないでしょうか?チョコレートとか、味よりパッケージで買うでしょ。“見た目に惑わされるな“って言われることがあるけれど、それほどに見た目は重要だということかもしれません。

(左)上白石萌歌さん(右)名久井直子さん

――撮影を終えて――

photographs : Josui Yasuda (B.P.B.)
hair & makeup : Tomomi Shibusawa(beauty direction)
styling: hao

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