編集者Ｃ

2025ブック私的ベスト３

自宅の８割を本と服が占めているものの、最近は配信ドラマやYouTube、映画、SNS、Podcastなど摂取したいものが増えすぎて、本を読む時間がめっきり減ってしまいました。それでも無性に紙の本が読みたくなり、本だけ持ってふらりとどこかに出かけ、夢中で読み通すことがたまにあります。今年、そんな風に没入して読み、一生ものの余韻を残してくれた本の私的ベスト３をご紹介させてください。

『夏の花・心願の国』
原民喜著新潮文庫 ¥539

2025年は戦後80年。多くのメディアでそのことを見聞きした方もいらっしゃると思います。本書の表題作『夏の花』は、1945年8月6日、筆者の原民喜が広島で経験した原爆被災の実相を、克明かつ文学的に書いた作品。爆撃の瞬間、偶然トイレの中にいたことで一命を取り留めた原は「頭上に一撃を加えられ」たような衝撃を受けながらも、家の外に這い出、やがて地獄のように変わってしまった町の惨状を目にするのです。

その時、一体どんな光景が目の前に広がっていたのか。一般市民がどのように苦しみ、最期の時を迎えていったのか。カメラのような緻密さでその様子を描出しながらも、柔らかな心で捉えられたおぞましい情景。

「この様子を書き残さねば」という使命感を持って書かれた文章には、平和への祈りと願い、戦争と暴力への怒りが滲んでいます。大江健三郎による解説に引用された、原の「血みどろな理想は決して理想ではないし、強い人々だけが生き残るための戦争ならなお更回避されねばならない」は、惨禍を経験した人の生きた言葉として、私達がいま、最も真剣に受け止めねばならないものだと感じます。

暗愚の行為を二度とくり返さないために必要なのは、歴史に学ぶこと。

原が命がけで、身を削りながら著した文章から大切なことを再確認しながら、80年前、理不尽に尊い命と生活を奪われてしまった多くの人々の鎮魂を祈った一冊です。現在の日本に暮らす上で出会えてよかった……否、あえて「出会うべき」と言いたい名著。

『ぜんぜんダメでパーフェクトなわたしたち』
山田由梨著 KADOKAWA ¥1,760

あー休みたい。

っていう日、ありますよね。私はたくさんあります。
でも「休む」って意外とコツが必要で、なんなら休日でも気づけばスマホを触ってメールをチェックしていたり、うっすら週明けのことを考えていたり、少しでも仕事＝糧につながるようなことをしようと、下心たっぷりで休日を過ごしていたり（それはそれでいいんですけどね）。その根底にあるのは、「私ってば休んでて大丈夫？」という不安なのかもしれません。

劇団「贅沢貧乏」を主宰し、脚本家としても活躍する山田由梨さんの初エッセイ集は、そういううっすらとした不安からうまく休めない人の心をマッサージして血流をよくし、さあ一旦寝な〜と言ってくれるような本です。

それはきっと、山田さん自身がかつての「頑張ることが正義だった自分」から、不調を得るようになり、「どうにもならないことがあって頑張れないことがある」ということを受け入れて文章を書いているから。

頑張らなければいけないことも、そうする日も確実にある。だからこそ頑張れない自分や、何もできない自分もOK。頑張れることの幸運よ。どこかいつも焦燥感や不安感がある人、自分を認めることが難しい人は、心のサプリとしてお手にとってみては。

この本に収録されている「まあいっか」という散文が、メロディをつけて口ずさみたいほど好きです。

『隙間』１〜４巻
高妍著ビームコミックス ¥902

「このマンガがすごい！2026 オンナ編」で第二位を獲得するなど、話題の作品です。私は『緑の歌 – 収集群風 -』から高妍さんのファンですが、高さんの漫画はまず絵が美しく、コマ割りは映画のカットのよう。風景、人の表情、手の動きだけで見せる感情——と見どころが詰まっていて、一コマ一コマじっくり味わい、折に触れてページをめくっています。

この物語の主人公は、台湾から沖縄にやってきた留学生の女の子、楊洋（ヤンヤン）。ヤンが出会う沖縄の人々、中国からの留学生、第二次世界大戦後の台湾の歴史、そしてその出会いによって見いだす自らのアイデンティティは、決して、いま日本に暮らす私達と無関係のものではありません。

特に、国家観の違いから敵対しそうになるヤンと中国の留学生の対話や、ヤンが沖縄の異文化を「発見」するプロセスには、個人が個々の体験をもって、異なる文化や背景を持つ人と、時間をかけてわかりあうことの希望が描かれていて胸が熱くなります。

排外主義は無邪気な不安からくるといいますが、その“外”の人もまた、自分達と同じ人。差別や分断は、他者の体温を感じられない時に起こるのかもしれないと思わせられました。

沖縄の温かな空気を感じる絵に癒されるもよし、台湾と沖縄の現代史に現実を照射させて読むもよし……漫画の豊かな楽しみが詰まった作品です。