
長年にわたりメンズファッション界の第一線で活躍し、かつてはディオール オムのアーティスティック ディレクターとして、ストリートの感性とメゾンのエレガンスを融合させたスタイルを確立したクリス・ヴァン・アッシュ。そんな彼が今回、英国のユースカルチャーと密接に結びついてきたブランド、フレッドペリーとのコラボレーションを発表した。スポーツウェアの伝統と、彼ならではの洗練された美学は、いかにして交わったのか。自身のルーツから、現代社会におけるファッションの役割、そして未来のクリエイターへの眼差しまで、その哲学を深く掘り下げる。
photographs : Josui Yasuda(B.P.B.) / interview & text : SO-EN

この記事の内容:
フレッドペリーとの出会いとデザイナーとしての原点
「エレガンス」がフレッドペリーにもたらすものとは
コラボレーションで生まれたユニフォームの新解釈
クリス・ヴァン・アッシュが見た今の東京ファッション
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「ユースカルチャーとエレガンスの出会い」が、原点にある。
―― 今日はお時間をいただきまして、ありがとうございます。早速ですが、今回のコラボレーションについて色々とお話をお伺いさせてください。まず、クリスさんはベルギーのご出身ですが、フレッドペリーに関する最初の記憶はどのようなものでしたか?
クリス・ヴァン・アッシュ(以下、クリス):最初の出会いは間違いなくポロシャツでした。ベルギーの王立アカデミーでファッションを学んでいた学生時代、あまりお金もなかったので、ヴィンテージストアでテーラードスーツを買っていました。当時からテーラリングに、ストリートやスポーツの要素をミックスするのが好きで、トラディショナルなシャツの代わりにポロシャツを合わせて着ていたのです。
―― すでにその頃から、今につながるスタイルの原型があったのですね。
クリス:はい。まるで1000年も前のことのように感じますが(笑)、その頃からすでにユースカルチャーとエレガンス、スポーツとテーラリングの出会いに惹かれていました。私の頭の中には、そのコンセプトがずっとあったのです。フレッドペリーは、まさにその概念を体現するブランドだと信じています。ユースカルチャーと深く結びついていることはもちろんですが、単なるTシャツやスウェットシャツのブランドではない。そこにはある種の「アティチュード(姿勢)」、ドレスアップする感覚が伴っていると感じます。

パンクとモッズ、対極にあるものを曖昧にミックスする感覚
―― ユースカルチャーという点では、隣国であるイギリスのモッズやパンクといったカルチャーから、今回のデザインにも影響を受けているのでしょうか?
クリス:個人的には、パンクよりもモッズの考え方により共感します。彼らには「ドレスアップしたい」そして「自分の気持ちを高めたい」という願望がありました。自分の中では、洋服というのは自分自身を飾るものでもあるのですが、やはり日常のものという感覚がすごく強いので、その中で共通する美意識にすごく惹かれています。服を使って自分自身だけでなく日常生活をも飾る方法を探しているのです。ですから、物事の美的な側面にいつも興味があるのです。
―― 今回のコレクションにはピンズ(バッジ)なども見られます。
クリス:花のバッジがあるのですが、これはスーツにちょっとお花を一輪挿すというエレガントな動作から着想を得ています。それは私にとって、ジャケットに花を留めるという、非常にエレガントな要素なのです。私はこうしたコントラストが大好きです。ある人にとってはパンクに見え、別の人にとっては少しクラシックに見えるかもしれない。そんなふうに、デザインコードが少し曖昧になる状態が好きなのです。

―― 特定のカルチャーをそのまま表現するのではないのですね。
クリス:このコレクションはパンクでもモッズでもなく、スポーツとシックの中間地点にあるものです。単なる「ポロ」ではなく「ポロシャツ」であるように。私はポロシャツをどこまで「シャツ」の世界に押し広げられるか、あるいはトラックスーツの「スーツ」の部分を強調して、いかにフォーマルなテーラリングの部分を見せられるのか、ということを試みたのです。例えば、スポーツウェアであるトラックスーツに、ピンストライプを用いたり、ポロシャツにネクタイを合わせて。私は常に、既存のコードを壊したいと思っています。

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「ファッションは必要不可欠ではない。でも、美しい人生には不可欠」
―― そのエレガンスさが、まさにクリスさんらしさだと思います。新しい価値観を生み出すことはまさにクリスさんの真骨頂ですが、それはご自身の秀でた才能なのでしょうか。あるいは、あなたやラフ・シモンズなど、アントワープで学んだ方々に共通するベルギーの土地柄や文化に育まれたものなのでしょうか。
クリス:ベルギー人としてのアイデンティティというよりは、おそらく私のDNA、私の家族や育ちなど個人的なバックグランドが影響していると思います。特に父方の祖母は、家族の中で特に美意識の高い人でいつも着飾っていましたし、自分で服を作っていたので、その姿を見ながら、私はパターンメイキングや生地のカッティングについて自然に学んでいました。それに、彼女は、美しいテーブルセッティングをしたり、家に花を飾ったりすることも大好きで得意としていました。私が今やっていること、つまり日常生活にエレガンスをもたらそうとすることや、サイドプロジェクトとしてセラックスで花瓶をデザインしていることも、すべてその経験からつながっているのだと思います。
―― それがクリスさんのクリエイションの根底にあるのですね。
クリス:私は常に、自分の仕事は生活に必須のものではないと言い続けてきました。ファッションは必需品ではありません。しかし、美しい人生には必要なものだと感じています。それらが日常生活をより美しくするからこそ、不可欠なものになる。少なくとも、私は自分が担うべき役割をそのように捉えています。生きるか死ぬかに関わることではないかもしれないけれど、日常を美しくするためには欠かせない。その信念が私のすべての活動の根底にあります。

「この暴力的な世の中だからこそ、美しい瞬間を届けたい」
―― スーツとスニーカーを組み合わせるなど、モードにストリートを組み込むスタイルの先駆者でいらっしゃいます。その後、パンデミックなどを経てカジュアル化が加速する中で、ファッションにおけるエレガンスへの考え方に変化はありましたか?
クリス:この質問には、自分の中でも葛藤があります。「エレガンス」というのは自分が大切にしてきた言葉ですが、今はもう、私たちが生きる世界が非常に暴力的になってしまっていて。それを見つけることも難しいのです。ソーシャルメディアによる過剰なコミュニケーション、無数のブランド、意味のないようなコラボレーション……。世界には情報とモノが溢れています。でも、「エレガンス」っていうのはそうではなくて、もっと自分だけの芯にあるものというイメージなんです。ただこの、今の世界では、見つけてもらうためには、声を上げなきゃいけないとか、時にはアグレッシブにならなきゃいけないとか、もしくは強く何かを主張しなきゃいけないっていう時代になってしまっている。 でもやはり自分はそのゲームには参加したくないと思っています。
―― クリスさんが担いたい役割がそこにはない、ということでしょうか。
クリス:バイオレンスな場所になってしまったこの世界で、私は人の命を救っているわけではありません。ですが、服を通して、あるいは花や花瓶を通して、美の瞬間をもたらそうとしています。私がソーシャルメディアに花束の写真を投稿するとき、その一瞬に平和を感じてもらえたらいいなと思うし、自分自身も感じているんです。
―― トレンドや流れとは関係なく、その姿勢を貫いていらっしゃるのですね。
クリス:「美」や「エレガンス」というものは、今のファッションの世界では重きを置かれていないことも、クールなものではないことも重々承知しています。それがシーズンのトレンドでないことも分かっています。でも、私はそれを本当に気にしていません。それに、私には他のやり方ができないのです。男の子が初めてのデートのために、ポロシャツにネクタイを締めたり、ベースボールキャップに花を飾ったりする。私にとっては、そうしたちょっとしたことが大切ですし、すごくスイートに感じるのです。そういった優しさのこもった小さな、スイートなアテンションこそ、自分が今の世の中に与えられるものなんじゃないかって思っています。

―― そうした「スイートなアテンション」が、幅広い層に向けたユニフォームという要素を持つフレッドペリーを、クチュール的なエレガンスに昇華させたと言えるのでしょうか。
クリス:そのようにおっしゃっていただけてとても嬉しいです。フレッドペリーと私がコラボレーションをする意味は、まさにそこにありました。ブランドのコード、フレッドペリーが持っているものにリスペクトしているし、私自身のキャリアに対しても、同じような気持ちをフレッドペリー側から感じました。それが、コラボレーションの本当の意味だと思います。ファッション界において、あまりにも多くのコラボレーションを見てきましたが、しばしば、真のつながりや新しい視点をもたらすものではなく、単なる名前貸し(ネームドロッピング)に過ぎないこともあります。しかし、今回のコラボレーションでは、フレッドペリーの世界と私の世界、二つの世界をつなげることができました。

創始者、フレッドペリーのストーリーに惹かれて
―― クリスさんは常に「モダン」を、というよりは、その先にある「ネクスト」を提示してきたデザイナーという印象です。一方でフレッドペリーには長い伝統があります。その異なる時間軸を、どのように融合されたのでしょうか。
クリス:ロンドンにあるフレッドペリーのオフィスでアーカイブを見せていただいたのは、素晴らしい経験でした。しかし、私がプロダクト以上に心を動かされたのは、創始者であるフレッドペリー氏本人の物語でした。彼は、労働者階級出身のテニスプレイヤーで、アッパークラスではなかったんですが、テニスという武器とファッションを使って、自分の限られていた世界を飛び越えていったような人。ファッションの力、ドレスアップすることが持つ力、服が人を別の世界へ連れて行ってくれる力を理解していたんですね。
―― その物語に共感されたのですね。
クリス:彼が70年以上前にそれを行ったことは非常に革新的でした。ブランドには長い歴史がありますが、今もなおブランドの根底にもクリエーションにも、その物語に在る、最初のメッセージが生き続けているのです。

コードをミックスして遊ぶことで生まれた、ユニフォームの新解釈
―― フレッドペリーは若者のユニフォームとしての歴史も持っています。クリスさんご自身は「ユニフォーム」というものをどのように捉えていますか?
クリス:私は昔からユニフォームが大好きです。特にメンズウェアの世界では、スクールユニフォーム、ミリタリーユニフォーム、ワークウェア、あるいはスポーツクラブなど、グループのコードが至る所に存在します。それはあるグループに「所属する」ということです。そして私は、それらのグループのコードをミックスすることがずっと好きでした。
―― 子供の頃からですか?
クリス:子供だった頃、自分の中には 2 つのタイプの男の子がいて、一人はハウスミュージックを聴き、バギージーンズを履いているような子。もう一人は、もっとニューウェーブな、ダークでスキニージーンズを履いてロックバンドのザ・キュアーを聴いている子。その二人が共存しているような感覚でした。だからこそ、異なるグループが持っているコードみたいなものを壊して、ミックスして、新しいものを自由に作ることを探していたのだと思います。
―― フレッドペリーもまた、ある種の(コードをミックスした)ユニフォームであると。
クリス:はい。しかし、ある人にとってはパンクの文脈で、他の人にとってはモッズの文脈で、また別の人にとってはストリートスタイルとして捉えられるでしょう。私はそのように、様々な人々が異なる物語を心に抱いて服を着ることができることに美しさを感じます。今回、フォトグラファーのアラスデア・マクレランと撮影したキャンペーンビジュアルが良い例です。ニットポロとピンストライプのトラックスカートに、ハンドバッグとヒールを合わせるとシックな雰囲気が生まれますよね。そんな風にいろんなものをミックスして、コードで遊ぶのは楽しいことですね。

「良いものは良い。ジェンダーは問わない」
―― これまで、美しい男性像を作り上げてこられたイメージが強かったので、今回のユニセックスでの展開は新鮮でした。ジェンダーをミックスするという点では、どのようなアプローチをされたのでしょうか。
クリス:偶然にも最初の仕事がメンズウェアで、そこからキャリアをスタートして25年経った今もメンズウェアを手がけていますが、実はアカデミーではウィメンズウェアを学んでいました。将来的にはもっとウィメンズウェアをやりたいと思っています。
―― メンズウェアのコードを女性が着ることの魅力がある、と。
クリス:ええ、私はメンズウェアのコードが好きですが、そのコードがウィメンズウェアに応用していくのはすごく楽しいアプローチでした。それは、ジェンダーやジェンダーレスという観点で考えているということではなく、ただ、美しいショルダーラインの構造や、服に対するある種の建築的なアプローチにすごく惹かれていました。女性が着るメンズのスーツやシャツほど美しいものはありません。ですから、この感覚は、私にとっては問い直すまでもない、ごく自然なこと。自分が美しいと思うものをシンプルに作っていったということです。最終的には何かジェンダーで、それがメンズウェアのコードなのか、ウィメンズウェアなのかは問題ではなく、着る人が、その人なりのコードを見つけているということが、一番美しいストーリーだと思ってます。
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自分の原点に立ち返って見えてきたもの
―― アントワープの卒業制作では、メンズウェアの素材、ピンストライプとか白いポロシャツを使ったウィメンズウェアを作られていました。そう考えると、学生の頃から一貫した美意識である。もしくは、原点に立ち返ったのでしょうか。
クリス:それは、実は自分がベルルッティを離れたときに、自分自身に対して持っていた問いでもありました。自分のブランドをやっていて、その後ディオール オムに行って。 ディオール オムはもう本当に大きなビジネスのブランドですし、その後に行ったベルルッティはとてもアルティザナルシップを大切にしているブランドでした。 その時まで25年ほどノンストップで働いてきたんですが、自分がどういうデザイナーで、自分が誰なのか、というのがちょっと分からなくなった時期でもあったんです。ちょうどその頃に写真集を作ったのですが、その本を作りながら、自分の好きなものや何をやりたいのかを、再認識することができました。それは、コードやブランドを問わず応用できるもので、どのような表現を通じても自分の「核」がはっきりと浮かび上がってくる。そんな確信を得るような体験でした。だから今は、ファッションでも、そうでない花瓶をデザインしてても、クリス・ヴァン・アッシュらしさというものをしっかり分かっているので、自分自身に対しても自信を持ってデザインをしています。

ルールがあるからこそ、それを押し広げる楽しみがある
―― ユニフォームにはある種の「制限」がありますが、その中で新しいものを生み出すことに楽しさを見出しますか?
クリス:私はフレームの中で仕事をすることを好みます。そのフレームの中に、ルールがあればあるほど、それをどこまで押し広げられるかという楽しみが増えるからです。ディオールのときには、膨大なアーカイブがあったからこそ、自分のブランドとは異なるものがあるし、そのベースを自分が広げていくことができるという楽しさがありました。
―― 今回のフレッドペリーでは、どのような楽しさがありましたか?
クリス:先ほどお話ししたように、トラックスーツをより「スーツ」らしく、ポロシャツをより「シャツ」らしくすることです。それはDNAを壊すことではなく、一つの世界をまた違う世界へと広げていくということです。それでいて最終的にはすごくフレッドペリーらしいものを目指しましたし、楽しめたところでもあります。

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