
新宿・歌舞伎町の一角、「トー横」。 SNSのタイムラインやニュースの断片として消費されるその場所を、鮮烈かつ誠実なフィクションへと昇華させた映画が誕生した。サンダンス映画祭などで世界を震撼させてきた長久允監督の最新長編映画『炎上』(2026年4月10日公開)だ。
本作に映し出されているのは、記号化された「トー横キッズ」ではなく、リアリティを宿す衣装や、小林樹理恵、通称じゅじゅ役として主演した森七菜さんが現場で共鳴した「今、ここに生きている」という切実な尊厳の叫び。
今回、装苑ONLINEでは歌舞伎町の深部を独自の筆致で描き続けるライターの佐々木チワワさんを迎えた、監督、主演俳優との鼎談が実現。より深く、作品の世界に迫ります。
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / hair & make up : Boyeon Iee (Nana Mori) / styling :Mayu Takahashi (Nana Mori) / interview : Chiwawa Sasaki / text : SO-EN
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映画『炎上』より
ついに、フィクションでトー横をここまで表現ができる時代が来た
佐々木チワワ(以下、佐々木): 本作『炎上』は、映画としてすごくおもしろいのはもちろんなのですが、長久監督が歌舞伎町やトー横キッズの取材を基に、誠実にフィクションを紡がれていることを感じました。現場のリアルを見てきた人間として、ぜひお話を聞いてみたいと思い、今日を楽しみにしていました。
長久 允(以下、長久):ありがとうございます。佐々木さんから見て、率直にいかがでしたか?
佐々木:私が「トー横キッズを知っていますか」という記事を初めて出したのが2021年頃だったのですが、ついにトー横がフィクションでここまでおもしろくなる時代が来たか、という感慨がありました。
例えば、これまでトー横を描いた作品はドキュメンタリーや、ファンタジーとリアルの間をいくようなものが多かった印象です。そこにいる少女の傷や、普遍的な社会問題をトー横という磁場の中で描く試みを行ってきた作品が多い中で、本作は、トー横らしいキャラクター造形がすごくお上手だなと。
漫画チックでありながら「見たことはないけど、絶対にいるだろうな」と全員に対して思えたことが非常におもしろかった部分です。じゅじゅや三ツ葉葉子(アオイヤマダ)といったキャラクターは、どのように作られていったのでしょうか?

映画『炎上』より、じゅじゅと三ツ葉。
長久:トー横に関わる様々な人たちにお話を聞くことから映画作りを始めました。報道やSNSで切り取られる彼・彼女たちの姿は、過激な行動の一面でしかなく、そんなわけはないよな、と思ったんです。聞いたお話を僕のフィルターを通して、物語やキャラクターにさせてもらっています。
佐々木:なるほど。年齢設定も明確にされていない部分がありましたが、どのくらいの幅を想定されていたのでしょうか?
長久:実際にトー横に行くと、本当にいろんな方がいるなという印象を受けました。そのことから、小学生設定の「アニマルギャルズ」から、広田レオナさんが演じられたマスミまで、年齢設定に広い幅を持たせています。

映画『炎上』より

佐々木:森さんは、もともと「トー横キッズ」という言葉に対して、何か特定のイメージなどはありましたか?
森 七菜(以下、森):言葉自体はもちろん知っていました。あの辺りに行く機会も多く、身近に感じる場所ではあります。ただ、いわゆるトー横キッズと呼ばれる方々はニュースなどでは知っていましたが、特定のイメージは持っていませんでした。
一つ、とても印象的だったことがあって。撮影現場で、実際にそこにいた方が撮影チームに向かって「俺が本物だー!」って叫んだんです。それを聞いて、「そうだよな、このマインドだよな」ってすごく腑に落ちて。私がじゅじゅを演じる上では、自分がここに生きている存在としての尊厳を、自分で大切にしている感覚を知っておかなければいけなかったので。あの時、叫んでくれた方にはすごく感謝していますし、あの力強さは忘れられないです。

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設定や衣装で構築した、フィクションとリアリティのバランス
佐々木:作中、じゅじゅの友人であり理解者である三ツ葉がホストクラブに行くシーンがありましたが、一度、保護施設に入ったということは彼女は18歳未満だろうなと。その年齢でホストに行くという設定が、唯一少し気になりました。例えば、16時にホストクラブが開いていたりといった細部です。監督が「メンコン(メンズコンセプトカフェ)」ではなく「ホスト」を選んだ理由があれば、お聞きしたいです。
長久:細かいところまで見ていただいて、ありがとうございます。ホストの方を取材する機会があり、彼らの持つ熱量の高さや、ある種ギリギリで生きているような感じが、メンコンとは明らかに違うと感じました。年齢的なギャップがあるのは承知の上で、それでもここはホストの設定にしたいなと。システムやバックグラウンドも含めた彼らの熱量が、物語に必要だと考えた結果の選択です。

佐々木:リアルの置きどころを、ホストクラブの描写においては変えられたということですね。あと、衣装にすごくリアリティがありました! スタイリングはどのように決められたのでしょうか?


映画『炎上』より
長久:ありがとうございます。それは嬉しいですね。スタイリストの下山さつきさんと一緒に、「一言でトー横といっても、それぞれの通りで服の質感が違うよね」という話をしました。それをしっかり理解した上で作っていこうと。バックグラウンドによって服のチョイスが変わってくるため、登場人物一人ひとりに対して細かく設定も作りました。
佐々木:そうだったんですね。キャラクターが街に馴染んでいました。
長久:良かったです。いつもの僕の作品だと、ビジュアル面はもう少しファンタジーに寄せるのですが、今回はリアリティを強く意識しました。
佐々木:森さんは、三ツ葉役のアオイさんと現場ではどのように関係性を築いていかれたのですか?
森:アオイちゃんには以前、別の作品でダンスを教えてもらったことがあったのですが、今回はお互いのことを知る段階を超えて、意識的に何かをしなくても「無言が心地いい」という関係から始まったんです。それが、人見知りの自分としては不思議な感じでした。
アオイちゃんとは、過ごしてきた環境も吸収してきたものも多分全然違うと思うのですが、奥底の波長が合う感じがして。控室に二人でアオイちゃんの好きな音楽をかけながら、私はぼーっとして、アオイちゃんはストレッチをして。何かしゃべらなきゃ、というプレッシャーもなく、こんなに居心地がいいなんて不思議な人だなあって。この空気感を三ツ葉とじゅじゅの関係性に持ってこられたので、三ツ葉がアオイちゃんで良かった、と本当に思いました。

年齢を重ねるだけで、人は成長などしない
佐々木:トー横キッズが抱える葛藤や寂しさは、いつの時代の10代にも共通する普遍的なものでもあると思います。森さんご自身の10代を振り返って、彼らにシンパシーを感じる部分はありましたか?

映画『炎上』より
森:私自身は、まだ全然そこにいる彼女たちのことを理解できていないと思います。理解できた、というのがおこがましいというか。ただ一つ思うのは、これまでのどんな経験も今の自分を作っているので、例え、つらいことや悲しいことがあったとしても「ありがとう」って思えるんです。きっと彼女たちも同じように、様々な経験を「おもしれー」って感じている部分があるんじゃないかな。
佐々木:私も15歳で初めて歌舞伎町に行ったとき、「大人の力を借りずにこの街で生きていけるんだ」という全能感がありました。大人の庇護から外れてもやっていけるって勘違いできちゃうし、お金も稼ごうと思えば稼げてしまう。あの感覚は10代特有だなとすごく思います。映画を観て、少し懐かしい空気を感じました。
ちなみに、この映画には、警察官の女性以外、「まともな大人」が出てきませんよね。お二人にとって、歌舞伎町における「大人」とはどのような存在でしょうか?

映画『炎上』より
長久:僕は、あの街に限らず「大人は全員クソ」だとまだ思っている人間で(笑)。あの街だから、ということではないのかなと思うんです。『炎上』の中で唯一まともに見える警察官でさえ、彼女なりのドライさで行動した選択が、たまたま優しく見えただけ。みんな打算的で自己中心的で、ティーンエイジャーを利用しているとも、搾取しているとも取れるような大人しかいない世界として描いていますし、世の中は基本的にそういうものだと思っています。人間は年齢を重ねるだけで成長などしない、と。
森:じゅじゅとして役を生きていたので、内情を深く理解するというよりは、現場の雰囲気を感じながら演じていました。難しい質問ですけど……「大人」って、彼女たちにとってはあまり良い気持ちのしない言葉ですよね。
佐々木:「トー横キッズ」という言葉も、大人たちが勝手に自分を大人だと思い込みたいから「キッズ」などとくくって呼んでいるのかもしれないですね。年齢に関係ない「キッズ」がいるなら、年齢に関係ない「大人」って何だろう、とこの映画から考えさせられました。


圧倒的な「今」を生きた
佐々木:じゅじゅのその後や、トー横にいた子たちが今後どうなっていくかについて、お考えなどはありますか?

映画『炎上』より
長久:いろいろ話を聞くと、みんな(歌舞伎町に)戻ってきがちですよね。元いたコミュニティに戻りづらかったり、ここで過ごしたことで通常の賃金で働く感覚になれなかったり、理由は様々なのですが。だからこそじゅじゅがこの後どうなるかは想定せず、彼女の「今」だけを意識して脚本を書きました。じゅじゅ自身も、未来のことは考えていないと思うので。
森:今のお話で、私も、この後どうなるんだろうとは全く考えていなかったことに気づきました。撮影しているときもずっと「今」を生きていて、未来はあまり感じていなかったな、と。
佐々木:それは……まさにじゅじゅですね。自分の10代の頃も同じ感覚を持っていたので、深く納得します。最後の質問ですが、「トー横」という場所は、今後フィクションや現実の世界でどのように解釈されていくと思いますか?
長久:僕は、トー横を決してカルチャーだとは思っていなくて。’90年代のティーンが抱えていたものとも共通するものがあるし、誰しもそれぞれの「あの場所」にたどり着き得るのだと思います。例え歌舞伎町のあの広場が整備されたとしても、そのコミュニティはまた別の地域や場所へ移動していくのではないでしょうか。
森:きっと、どこかには存在し続けるんでしょうね。
佐々木:本当にありがとうございました。歌舞伎町を歩くのが楽しくなる映画でした。
長久:そんな風にとらえていただけて、うれしいです!

映画『炎上』より
インタビューを終えて:佐々木チワワ
長久監督が描きたい事柄が明確にある中、トー横をしっかり取材し、そこにいる人たちにリスペクトを持って作られたことを強く感じました。監督の「キッズでありたい」精神も、あの映画が生まれた背景として、とても腑に落ちました。
また、森さんが「じゅじゅを演じている間は今しか考えられなかった」と言っていたのがすべての答えだった気がします。私も、歌舞伎町にしょっちゅう行っていた10代の頃はまさにそんな感じで、将来なんて考えられない、なんかあったら死ぬし、くらいに思っていた。あの街にい続けると、自ずとそうなるんです。
私は、歌舞伎町のことをよく「竜宮城」と呼んでいます。中にいる間は若くいられて、ずーっと楽しいけど、一歩外に出た瞬間に玉手箱が開いて、一気にツケが回ってくる。じゅじゅが未来を一切考えない主人公だった、というのは、まさにそうした竜宮城のような町の様相を示している。森さんがじゅじゅとして映画の中を生きていたからこそ出た言葉だと感じました。

Makoto Nagahisa
1984年生まれ、東京都出身。映画監督、脚本家。2007年、広告代理店に入社。営業職を経てCMプランナーとして働く。’17年、有給休暇10日を使って作った短編映画『そうして私たちはプールに金魚を、』が日本人として初めてサンダンス映画祭で短編部門グランプリを受賞。その後’19年公開の『WE ARE LITTLE ZOMBIES』ではサンダンス映画祭コンペティション部門にて審査員特別賞を受賞したほか、ベルリン国際映画祭ジェネレーション14plus部門にて準グランプリを受賞。ドラマ『SUNNY』では、日本人で初めてA24プロデュース作品で監督を務め、ニューヨーク・タイムズ・ベストエピソードに選出されるなど、世界中から注目を集めた。舞台演出やミュージックビデオの監督も務める。本作『炎上』でサンダンス映画祭に招待された。著書に『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』(ダイヤモンド社)。

Nana Mori
2001年生まれ、大分県出身。’19年 7 月に公開された映画『天気の子』のヒロイン、天野陽菜役に抜擢され注目を浴びる。以降、豊かな表現力が評価され、数多くの注目作に出演。’25年は映画『1ST KISS ファーストキス』『国宝』『フロントライン』『秒速5センチメートル』、NHK夜ドラ「ひらやすみ」に出演。
森さん着用:ワンピース ¥49,500 キャバン(キャバン 丸の内店 TEL 03-3286-5105)/ トップ ¥24,200 デ・プレ(TEL 0120-983-533)

Chiwawa Sasaki
文筆家。2000年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、立命館大学院社会学研究科在学中。高校生の頃から歌舞伎町に足を運び、トー横キッズやホストクラブの現場を取材し、「歌舞伎町の社会学」を研究。自身もホスト通いを重ね、消費者としても参与観察を続ける。著書に『「ぴえん」という病』(扶桑社新書)、『歌舞伎町モラトリアム』(KADOKAWA)、『ホスト!立ちんぼ!トー横!オーバードーズな人たち』(講談社)『歌舞伎町に沼る若者たち 搾取と依存の構造』(PHP新書)がある。
『炎上』

監督・脚本:長久允
出演:森七菜、アオイヤマダ、曽田陵介、古舘寛治、松崎ナオ、髙橋芽以、森かなた、新津ちせ、広田レオナ、一ノ瀬ワタル
4 月10日(金)より、東京の「テアトル新宿」ほかにて全国公開。
ナカチカピクチャーズ配給。©️2026映画「炎上」製作委員会




