
末安弘明さん(左)と中央町戦術工芸のLuchiaさん(右端)、G3Pさん(中央)
展示会場にて
パンクスピリットを軸に、様々なジャンルのカルチャーを取り込んだ独自の世界観が魅力のブランド、KIDILL(キディル)。
6月24日(火)に2026年春夏パリ・メンズファッションウィークにて発表した最新コレクションは「スピリチュアル ブルーム」と題され、キディルのパンクスピリットと日本独自のオタクカルチャーの刺激的な融合を見せた。キディルオリジナルの花柄をプリントした、アクリル樹脂製のヘッドピースやアーマーを制作したのは、ファッションとアニメ・ゲームカルチャーをつなぐアクセサリーブランド「中央町戦術工芸」。
パンク×オタクカルチャー、その先に見えたものとは?
デザイナー末安弘明さんと中央町戦術工芸の代表Luchiaさん、デザイナーのG3Pさんの鼎談をお届けします。
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / interview & text : SO-EN
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KIDILL 2026年春夏コレクションより
みんながあっと驚くようなものが出来るのではないかと思った
──まず、今回のコラボレーションのきっかけを教えてください。
末安弘明(以下、末安):「ラフォーレ原宿」を回っている時、たまたま中央町戦術工芸(以下、中央町)さんのお店をみつけたのがきっかけです。ファッション性がありながらもジュエリーブランドでもないし、秋葉原にあるようなアニメグッズショップでもない。独特な印象を受けました。素材もほとんどがアクリル樹脂なので、普段、自分がよく使うような布や金属などの素材ではないし、「これは何なんだ!?」と衝撃で。漢字をモチーフにしたヘアクリップは、思わず買ってしまいましたね。それが中央町さんとの出会いです。

中央町戦術工芸 公式HPより


漢字モチーフのヘアクリップ
その頃は、ちょうど2026年春夏コレクションに向けて構想を練っている時期だったんです。パリでショーをやる上で意識しているのが、来た人が心ときめくようなものに仕上げたいということ。中央町さんたちが使っている素材は自分の守備範囲外のものでしたし、それは、パリの展示会にいらっしゃるバイヤーさんやジャーナリストさんも同じだと思ったんですね。中央町さんとコラボレーションすることで、みんながあっと驚くようなものが出来るのではないかと思って、ダメもとでご連絡してみました。
Luchia:今まで色々なところとコラボはやってきたんですが、アニメコンテンツとのコラボが多かったんです。私は、1990年代にbeauty:beast(ビューティビースト)というデザイナーズブランドで働いていた経験から、パリのファッションウィークで発表するためのスケジュール感や服作りの知識があります。そのバックグラウンドを生かして、ファッション業界とコラボレーションすること自体は初めてではないんです。
コラボレーションをする時に大切にしているのは、同じ熱量を持って対等に取り組めるかどうか。キディルさんのお洋服は知っていましたし、それができるのではないかなと思って、ご一緒させていただきたいですとお返事をしました。




KIDILL 2026年春夏コレクションより

末安:最初の打ち合わせに行ったときに、G3Pさんから「なんでもやれますよ」と言われたんです。形にするプロというか、達人なんですよね。
今回、制作期間の関係で、すでに中央町さんが展開されている既存のモデルの中からアイテムの形を選ばせてもらったんです。花柄のグラフィックはこちらから提供して、いま中央町さんにはないイメージのものを作り上げられたらいいかなっていうのが最終地点だったんですが、正直、時間があったら色々やりたかったですね。


左:加工前のアクリル樹脂
右(ブラックのアイテム):中央町戦術工芸のフェイスマスク
Luchia:今回びっくりしたのは、末安さんにほとんど託していただいたこと。私たちがどのようにグラフィックをアレンジしてくるのか心配じゃないのかなと思うくらい、任せていただきました。
既存の形を用いつつも、これだけ強いグラフィックがあったので全然違うものに仕上げることができましたし、コレクションに馴染んでいて驚きました。いつもは黒いアイテムばかり作っているため柄ものを作るのは新鮮で、ものすごく楽しかったです。
私たちは、タイポグラフィ含めたグラフィックとアニメーションのプロだという自負がありますが、ファッションでどこまで受け入れてもらえるかはまったく想像がつかなかった。ですがショーを配信で見て、「すごい、私たちのアイテムがファッションになってる!」って思いました。

パリでオタクカルチャーを見せるから意味がある
──パリでのコレクション発表は、2026年春夏で10シーズン目になりました。日本のブランドとして、パリのファッションウィークに参加する意義や意味をどのように捉えられていますか?
末安:2年くらい前まで、結構直球な感じでやってきたんですよね。ジェイミー・リードやウィンストン・スミスなど、誰でも分かるようなパンクカルチャーの入り口であり重鎮である方々たちとのコラボレーションをひとしきりやった上で、今後は、もう少し変化を加えていかないと、おそらくパリでは通用しないだろうと考えるようになりました。
僕はパンクが好きなんですが、パンクの発祥はアメリカ・ニューヨーク。ジャパニーズハードコアもありますが、パンク自体の源流はニューヨークにあり、イギリス・ロンドンで発展した背景があります。確かにそのパンクに憧れてきたし、今でも自分のコアではあるけれど、「そもそも俺、日本人だしな」みたいな気持ちが生まれてきて(笑)。もう少し自国のカルチャーに目を向けたいと、パリで発表し続けるうちに少しずつ気持ちが変わってきました。
その変化もあって、前回の2025年秋冬コレクションでは、1990年代後半から2000年代初頭の原宿に着目したコレクションを発表しました。すると、パリのファッション業界の人たちが、今「FRUiTS」などの、その頃の日本のスナップ雑誌に興味をもっていたり、東京のカルチャーに関心をもっていることがわかったんです。
なので、そこから今度はもう少し視点を変えて、秋葉原のカルチャーやボーカロイドの要素を取り入れたい、と。元々、「まんだらけ」に行ったりして秋葉原には足を運んでいたのですが、初めてメイド喫茶に行ってみたりと、町のリサーチをしました。これは東京ではなく、パリで発表するからこそできたことです。
Luchia:私も、ビューティビーストで働いていた頃に「セーラームーン」や、「うる星やつら」のラムちゃん、「カードキャプターさくら」といった作品のキャラクターをモチーフにした服をパリで発表した経験があります。それはやっぱり、日本のカルチャーを海外に持っていきたいという思いがあったからでした。
末安:わ、早いですね!ビューティービーストのラムちゃんのパーカー、覚えてますよ。着ていました。
Luchia:日本だと、ファッションと、アニメやゲームなどのいわゆるオタクカルチャーとの間にはいまだに大きな溝があるので、どうしてもそれをやるなら日本じゃないっていうのはわかります。日本でやると、受け入れてもらえないところが出てきちゃうんですよね。