ふとラジオから流れてきたある曲。上白石萌歌さんが、その時からずっと気になっていたのが、それを歌っていたミュージシャンの奇妙礼太郎さん。今回、上白石さんが奇妙さんに会うべく訪れたのは、下北沢のライブハウス「440」。“音楽を始めたきっかけは?”“曲はいつ作るの?”“カバーを歌うときの気持ちは?”。少しシャイなご本人を目の前に、聞きたいことがたくさん。思い出のライブハウスで話がはずみます。
昨年訪れたライブ会場で
上白石萌歌(以下 上白石) 実は去年の夏、ここに奇妙さんのライブを見に来たんです。後ろの方に座ってひっそりと。今日また来ることができて本当に嬉しいです。
奇妙礼太郎(以下 奇妙) クーラー壊れていて、めちゃくちゃ暑かった時!
上白石 ライブたくさんやっていますよね。回数が多いので、忙しいときでも行けるんです。今はアルバムの制作中ですか?
奇妙 今はそうですね。アルバム作っています。あ、写真撮るんですよね。きれいな靴はいてくればよかった。ボロボロだなぁ。
奇妙 ここの「440」という店名はオーケストラでチューニングをする時、オーボエが吹くラの音のヘルツが440で、そこが基準となることからつけたらしいです。ここでライブをやってから10年ぐらいたちますね。ここ4年ぐらいは毎月。月2ぐらいとか4とか。
上白石 去年の夏のライブはMCの時間がたくさんあって嬉しかったです。その時の話で、前にライブをやった時に、お客さんが対バンのメンバーの彼女たちしか来ていなかったとお話されていて。
奇妙 そうなんですよ、でも全力でやりました。京都だったんですけど、そこそこ広い会場でして。リハの方が人が多かったな。
上白石 奇妙さんにもそういう時期があったんだなって思いました。密度の濃いライブでしたね。
愛用しているギターに触れて
上白石 これはいつも使っているギターですか?
奇妙 ここ2、3年使っているものです。ギターというよりチェロみたいなデザインですよね。穴が開いていないのは、真ん中の音が響く感じで、穴があいているのはピアノのようなどーんとした感じの音。
上白石 このギター、おいしそうな色なんですね。
奇妙 こんがり焼けていますね。きつね色で(笑)。
上白石 奇妙さんの弾き語りが大好きなんですけど、弾き語りの時はどちらのギターを使いますか?
奇妙 大体こっち(穴の開いていないギター)。ここ(ギターのヘッド)にうちの猫がついてるんです。
上白石 あ、「song book」のジャケ写の猫!
奇妙 そうです。このギターは山梨で作っていて好きなインレイをヘッドに入れてくださることになり、ウチの猫になりました。
上白石 名前は?
奇妙 チロちゃん
奇妙さんのギターは独学?
奇妙 弾いてみますか?
上白石 (奇妙さんのギターを手にして)わっ、おっきい!私もギター持っているんですけど、このギターは弾きやすいですね。
奇妙 普段作曲するときもこのギターを使っています。
上白石 もともと軽音楽部だったと伺ったんですが、ギターはどうやって学んだのですか?
奇妙 とくに勉強したとかはなくて。家にギターがあったので、押さえ方とかは歌本を見て。
独学ですかね。
上白石 もう奇妙さんの体の一部になっていますよね。こっちの方 (穴の開いていないギター) は、だいぶ年期が入っている感じですが。
奇妙 12~3年前に買ったもので、多分100年ぐらい前のギターなんです。
音楽が好きになったきっかけ
上白石 奇妙さんのことは、お名前が特徴的だから存じ上げていたんですけど、2018年ぐらいだったかな、車に乗っていてラジオから「オー・シャンゼリゼ」が流れてきたんです。調べたら奇妙さんということがわかって。それから「たまらない予感」とか「humming bird」とか「君はセクシー」とか、日々聞いていつも支えられています!そもそも音楽のルーツとか、少年時代に聴いていたのはどんな音楽だったんですか?
奇妙 子供のころはアニメソングを聴いていましたね。“聖闘士星矢”とか“ウイングマン”とか。初めて親にレコード屋さんでカセットテープをかってもらったな。子供のころは、テレビか音楽か外で遊ぶぐらいしか娯楽がなくて。親が車で聴いていたカセットテープが家にいっぱいあって、暇だからそれを聴いていたりしていたんです。
上白石 そこから自分で音楽をやろうと思ったきっかけは?
奇妙 何だったんだろう・・・。ただ小学校の時は、音楽をやろうとは思わなかったと思います。何年か前に、卒業文集で書いた将来の夢のところを見てみたら「楽して生きていきたい」って書いていた。ろくな人間じゃないですよ。
上白石 それは全人類の願望です!
奇妙 小学生の時は音楽のことは考えることはなかったんですけど、中学生の時に、カラオケボックスが出来始め、同級生何人かで行って歌っていたら、友達から「歌、上手だね」って言われたんです。それで人前で歌うのが好きになりましたね。
上白石 その時褒められていなければ、ちがう職業についていたかもしれないですね。
奇妙 考えたら怖いですね。
上白石 きっかけはどこに転がっているかわからないけれど、そういう話を聞くと、人の人生は最初から決まっているんだなと思います。奇妙さんはどうやっても歌をやることになるんだろうなって。きっとその後も、小さなきっかけはいっぱいあって、そのどれかで音楽をやることを選んでいたんだろうなって思うくらい、歌に生きていらっしゃる方だと感じます。
奇妙 あんまり子供のころに人に褒められた記憶がなくて、だからそれがすごく強く印象に残ったんですね。
曲作りは朝に
上白石 初めて曲を作ったのは学生の頃ですか?
奇妙 自分たちのアルバムを出す時に、自分たちでも曲を作らないといけないって。そんな感じでしたよ。バンドがやりたいけど、バンドをするには曲が必要だなと。
上白石 日頃からたくさん作っていたわけではなく、バンドのためにということですね。ソロになってからは、どんな感じで曲を作っているんですか。
奇妙 だいたい朝8時45分ぐらいに起きて、寝起きに作るんです。朝は自分の中が空っぽで、そういうときに作ってみたりすると、ちょうどいい。夜に作ると盛りだくさんになっちゃう気がして。
上白石 アーティストの方って夜に活動するイメージだったんですが。
奇妙 夜は麻雀ゲームをずっとしています(笑)!
上白石 でも、朝に曲を作ると聞いて納得しました!軽やかで、昨日考えていたことの余韻を感じたり、風通しが良かったり。場所は家で?
奇妙 トラックを聴きながら制作したりすることが多いですかね。
上白石 メロディーと言葉は同時に思い浮かびますか?
奇妙 同時ですね。言葉になっているときもあれば、そうじゃないでたらめの英語だったり。
上白石 何語なんですかね?奇妙語?
奇妙 曲があってそこに詩をはめていくのは、作り方としては憧れるし、そういう作り方をしている人の作品も好きなんですけど。でも自分は今の方がすんなり曲ができるんですね。
上白石 奇妙さんの詩って、読み物としても読みたくなるし、口ずさみたくなるんです。それって同時に出てくるからなんですね。言葉がそのメロディーにのれて嬉しいみたいに聞こえます。言葉とメロディーが仲良しな感じがして、とても自然。奇妙さんの歌を聴いていて気持ちがいいのはそういうところにあるのかな。言葉はどういうところから選びますか?
奇妙 本からかな。めちゃくちゃ本を読んでいるわけじゃないんですけど、読むときはすごく集中して読みます。最近は、「傲慢と善良」(辻村 深月 著)という小説を読んでいます。
完璧な曲だからこそカバーが楽しくなる
上白石 もともと私は奇妙さんの曲はカバー曲からはいったんですけど。カバーめちゃくちゃ素敵ですよね。カバー曲って、もとの曲があってすでにみんなが知っている曲なのに、奇妙さんが歌うと、全然違って聴こえます。次にどんな音程にいくか予測できないんです。ちゃんと味付けがしてあるのに、アプローチとか調理方法で奇妙さんのものになって。カバーを手がけるとき心掛けていることはありますか?
奇妙 もとの曲をストレートにちゃんと歌えてしまう歌って、作品として完璧なんだと思います。自分がそれをそのままやってもね。自分なりに変えているんですが、もとが完璧だから別バージョンも楽しめるっていう気はしますね。
上白石 去年の夏に「440」に来た時に、尾崎豊さんの「ダンスホール」のカバーを奇妙さんが歌っていたんです。奇妙さんがカバーしていることを知らなくて、ちょうどその頃ピンポイントで「ダンスホール」の曲にはまっていたから、聴いて涙が出てきちゃって。みんなが好きな曲が、奇妙さんを通して違う新しいものになっていくんですね。
ミュージシャンは自作自演
上白石 いつも語るように歌っているので、お芝居されたことがあるのかなって思ったことがあるんですが、お芝居はしたことはありますか?
奇妙 実は・・・去年。ディズニープラスの「すべて忘れてしまうから」のエンディングで曲を担当した回に、バーカウンターの端っこに座っているだけの人を。いつもバーカウンターでお酒飲んでいるのに、どうやってグラス持ってたっけ?って。俳優さんってすごいなあ。僕のように、一人でやっている人は自分の中だけで完結出来るんだけど、俳優さんは誰かの中でそこにはまるように動かないといけないから。
上白石 普段は奇妙さん自身が監督で脚本家だから、ライブは自作自演のお芝居みたいな感じですよね。
奇妙 特に「ダンスホール」の曲はセリフっぽいから、そうでした。楽しいですけどね。
上白石 最後の質問です。どの曲を聴いてもごきげんになるんですけど、それは奇妙さんご自身がごきげんだからだと思うんです。ごきげんでいられる秘訣はありますか?
奇妙 んー、まわりの人のおかげです!
上白石さんが昨年訪れた奇妙さんの7月のライブ
――撮影を終えて――
撮影・上白石萌歌
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.)
hair & makeup : Tomomi Shibusawa(beauty direction)
styling:hao
ニットベスト ¥33,000 リト ストラクチャー/ブラウス ¥28,600(参考価格)ガニー/パンツ ¥37,400 コトハヨコザワ(オン・トーキョー ショールーム)
【SHOPLIST】
オン・トーキョー ショールーム TEL:03-6427-1640
ガニー WEB:ganni.com
リト ストラクチャー WEB:rito77.com
撮影協力:440(four forty)
WEB:http://440.tokyo/
Kamishiraishi Moka
2000年2月28日生れ。鹿児島県出身。2011年第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリ受賞し、デビュー。2019年、映画『羊と鋼の森』で第42回 日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞。adieu名義での音楽活動を行う。4月から「The Covers」(BSプレミアム)のMCを務める。TBS金曜ドラマ「ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と」に出演中。
Strange Reitaro
大阪府出身。1998年より音楽活動開始。今年で活動25周年を迎える。奇妙礼太郎トラベルスイング楽団、天才バンド、アニメーションズ等のバンドを経て、2017年ソロメジャーデビュー。「FUJI ROCK FESTIVAL」や「RISING SUN ROCK FESTIVAL」等の国内フェスを含め、年間150本以上のライブに出演。ボーカリストとして多数のCM歌唱も担当するほか、写真展も実施するなど活動は多岐にわたる。2023年6月21日、音楽活動25周年記念アルバムをリリース。菅田将暉らを客演に迎え、天才バンドでも活動してきた盟友Sundayカミデとタッグを組み、初めて自身が全曲作詞作曲に携わった。9月には初となる日比谷野音にてアニバーサリーワンマンライブを実施する。
WEB:https://kimyoreitaro.com