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上白石萌歌の
ぐるぐるまわる、ときめきめぐり
Vol.8 歌人 木下龍也

上白石萌歌さんが、今とても気になる人を訪ねてお話を伺う連載。第8回目は、歌人の木下龍也さん。一人の人だけに向けて、短歌の個人販売という興味深いプロジェクトも手掛けている木下さんに、57577という定型に込められた言葉の魅力と、その難しさを伺います。さらに木下さんから上白石さんに送った一首と、木下さんからのお題に答えた上白石さんの一首もお届け。

“萌歌”の名前の入った一首をプレセント

上白石萌歌(以下 上白石) 初めまして。よろしくお願いします。

木下龍也(以下 木下) 今日は、上白石さんにお題を出して一首作ってきていただいているので、僕も上白石さんに歌を作ってきました。

上白石 え!? ありがとうございます!封筒に入っているんですね。開けていいですか?

上白石萌歌さまへ

  2曲目が萌え出すまえのイヤホンを
  風の歌唱が通過してゆく

木下龍也

木下 お会いしたことがなかったので、名前の漢字を使ってみました。プロフィールに、“走ることが好き”“歌うことが好き”とあったので、イヤホンで音楽をきいている上白石さんを想像して、曲と曲の間の無音の時に聞こえる風の音をイメージしました。

上白石 作っていただけるなんて光栄です!私の名前の “萌”の漢字が入っているんですね。木下さんの本「あなたのための短歌集」に収録されている中にも“萌”という字を使った歌がありました。

木下 “萌”という漢字を名前に使われている方が割と多いのですが、上白石さんには“歌”という字もあったので組み合わせて作りました。

上白石 木下さんの短歌は、初めて読んだ時の印象と、何度も繰り返して読んだ時の印象が違うんです。何度も読んでいるうちに、言葉の持つ意味合いが違うように感じることもあります。すっと頭に入ってくるんですが、その後これはどういう意味なのだろうとあらためて考えて。その考える時間が好きなんです。今、短歌をいただいて、その気分です。
木下さんは、だいたい歌を一首作るのに、どれくらいの時間をかけているのですか?

木下 上白石さんのお手元にある第三歌集「オールアラウンドユー」の収録歌は、与えられたお題などはなく自由に作っているので、一首作るのに約2時間です。でも「あなたのための短歌集」は、依頼者からいただいたお題を元に短歌を作るため、最低でも5、6時間はかかります。丸一日かけて完成しないこともあります。切実なお悩みをお題としていただく場合も多いため、一語一句にいつもより慎重になりますし、自分の歌が依頼者の人生に些細でも何かしらの影響を与えるのだと考えると、そのくらいかかってしまいますね。

「あなたのための短歌集」は木下龍也さんが「お題」を受けて作歌する、短歌の個人販売プロジェクトが一冊の本になったもの。これまで作歌した700首の中から「100題100首」が収録されている。

上白石 送られてくるメールには、その方の悩みが一行だけで書かれている場合もあるし、何行にもなることもあると思うのですが、想像力が必要になってきますね。

木下 そうですね。一行の場合は背景を想像してみたり、長文の場合はその核となる部分を掴もうとしてみたり。同じお悩みで自分も悩んでみて、僕ならどういう言葉がほしいだろうというのをくよくよ考えています。

個人的な悩み相談が木下さんへのお題に

上白石 「あなたのための短歌集」のあとがきに書いてある文章が印象的でした。お題をいただいた方の苦しみとか悲しみを自分の中に見出して作る、という言葉。私は俳優として役を演じるとき、その人の悩みとか痛みとかを、自分の中に似たものがあるかどうかを自分の中に引き込んで考えることが多いのですが、短歌を作るときもそういう感覚ですか?

木下 別々の人間として寄り添ってみて、ベン図のように重なる部分を探すという感覚です。人間の悩みって、表層ではそれぞれに違うけれど根底では似ていることも多いですから、自分のなかに依頼者と似た部分を探して、掘っていく。掘っていけば依頼者と繋がることのできる部分があると信じて、繋がるまで掘るんです。

上白石 悩み事がある時にこの本を開くことがあるのですが、そうするとこの本の中に、答えが見つかるんです。これは依頼者のためだけに木下さんが送った短歌だけど、この本を手にした人の答えでもあるんですね。木下さんの答えでもあるし、みんなのための答えの本。だから私はこの本をいろんな人にプレゼントしました。処方箋みたいに、お守りみたいになる一首が必ずあるから、救済の言葉がたくさんあるよって。

上白石 ときどき思うのですが、歌の中の木下さんの言葉には、油断しているとグサッと刺さるものがありますね。寄り添ってくれるけど、突き放される一瞬。残酷な要素が一首の中にあることがあります。

木下 基本的には背中を押せるような歌とか、目の前に光を灯せるような歌を作るようにしているんですが、依頼のなかには、“こんな私を駄目だと言ってください”とか、“現状を否定してほしい”というのもあります。そういう風に心を動かしてほしいとご注文のある場合は、少し棘のあるような歌にしています。

他人だから言える悩み事、答えはそっと背中を押すような短歌で

上白石 そもそも短歌の個人販売を始めるきっかけはどのようなことだったのですか?

木下 ひとつは歌人の枡野浩一さんの「名前短歌」という短歌の個人販売ですね。依頼者の名前の漢字を全部使って一首作って、メールで納品というものだったんですが、雑誌や新聞への寄稿というかたちではなく読者に直接短歌を届ける方法がある、ということに気付かせてくれました。もうひとつは谷川俊太郎さんのポエメール。期間限定の企画で、谷川さんの詩やメッセージが半年の間、封書で届くものなんですが、谷川さんのファンとしてはその封書がうれしくて。この二つがきっかけで、僕は名前に限らず、お題を自由にいただいて、便箋に書いて封書で送ろうと。お題としてお悩みが来ることは想定していませんでしたが、時が経過するとともに今は深刻なお悩みも多くなってきました。

上白石 この本を読んで感じたのは、この悩みは木下さん以外に言えなかったんだろうなということです。

木下 知り合いには言えないこともありますよね。僕が他人で、会うわけでもなく、メールだけでいい。だからこそ吐き出せて、返ってくるのも長文ではなく短歌だからしんどくても受け取れるんだと思うんです。

上白石 道しるべをもらうような感じですね。送った短歌は手もとには一切残さないとお聞きしたんですが本当ですか?

木下 はい。受け取ったメールのお題を読みながら短歌を作る。完成して便箋に書いて送る。そしてメールは消す。

上白石 木下さんと依頼された方の個人的なやり取りなんですね。

装丁の魅力で手にした初めての一冊。今は大切な存在

上白石 私が木下さんを初めて知ったのは、去年の秋に出版されたこの「オールアラウンドユー」がきっかけでした。この布張りの装丁にすごく惹かれて、触れてみたいと思って手に取ったんです。開くまで歌集だと知らなくて。私は本を買う時に、ページをめくってこの本は今の自分に必要だとか、そうじゃないとか、なんとなく直感で分かるのですが、この本は今の自分に必要なものだとすぐに分かりました。歌集は2、3冊ぐらいしか持っていなかったのですが、普通の小説より開く機会が多くて、私は寝る前にぱっと開いて、そのページに書いてある一首に必然とか偶然を感じて寝るんです。

木下 おみくじみたいな?

上白石 そうですね。それまで短歌って学校の授業で習っても、身近には感じられませんでした。でも木下さんの短歌に出会って、いつも使っている日常的な言葉で、さまざまな違う視点をくれるんだと。一行だけでこんなに映像が浮かぶ短歌の素晴らしさに目覚めました。

木下 目覚めたんですね!

上白石 作ってはいないのですが、新鋭短歌シリーズを手に取ってみたりしています。自分でも作れたらいいなと思ったりもするんですけど・・・。

木下 実は僕も同じで、短歌はテストのために覚えるだけで日常からは遠いものだと思っていました。けれど、穂村弘さんの「「ラインマーカーズ」という歌集をたまたま本屋さんで手に取って、いまの短歌ってこうなんだ!って衝撃を受けたんです。いい形で再会できたというか、そこで短歌のイメージが更新されました。

上白石 それまではコピーライターを目指していたと伺いました。

木下 言葉で人の役に立ちたいなと思っていたんです。机に向かって文字を書いて、その言葉の先にいる人たちを幸せにできる仕事を考えたときに、現実的な選択肢としてコピーライターがあったんですが、なぜか歌人になっていました。

上白石 私、歌人の方にお会いしたのは初めてです。

木下 そうでしょうね、初めまして(笑)。

一首は2時間。できない時はそこから動かない

上白石 歌人の方が普段どのように暮らしているのか興味があります。

木下 短歌を書く時間は決めていて、執筆は朝9時から午後2時まで。その後はジムに行ったりしています。

上白石 一日の中でちゃんと区切って仕事をしているのですね。

木下 家で仕事をしていると頭も心も切り替わらず疲れてしまうので、時間や場所で切り替えていくしかないんです。基本的には寝ていたいので、ルーティン化しておかないと何もしない人になっちゃう。

上白石 それこそ難しいお題が来たときは、決めた時間で終わらないこともあるのではないでしょうか?

木下 ありますね。できないときはパソコンの前から動かない。終わらせるまで向き合います。同じスタイルなのが、谷川俊太郎さんで、谷川さんも作るときは完成までパソコンの前から動かないとおっしゃっていて。谷川さんがやっているなら正解なんだろうなって。

上白石 パソコンで作っているのが意外でした。パソコンの方が作りやすいですか?

木下 作りやすいですね。僕は推敲に時間をかけるのですが、手書きではスピードが考えていることに追いつかないんです。あとは、インクが出ないとか乱れた文字が気になるとか余計なノイズもないですから。

言葉の選び方はどのように?

上白石 短歌の57577は、お弁当箱におかずを詰めるみたいに、どこに何を入れようかという作業になると思うのですが、木下さんはどのように言葉を並べていくのですか?

木下 普段は映像→文章→短歌の順で作っています。まずは記憶の光景や想像の風景を思い浮かべて、それを文章化し、最後に短歌にする。そして、短歌から文章に戻れるか、映像に戻れるか、というのを検証します。短歌は57577ですから削る部分が多いため100パーセント元に戻れることはないのですが、そのずれが極力少なくなるように言葉を選択し、語順を入れ替えながら、何を書けばよいか、書かなくてよいかというのを考えています。

上白石 だからですね。どの短歌を読んでもはっきりと映像が思い浮かびます。小説とも違う鮮明さ。きっと読む人によっては違うものが浮かぶのですね。ほかの人の言葉によって自分の中に映像が生まれるって不思議です。

木下 短歌は読者の想像力にかなり頼ります。僕にできるのは矢印として方向だけ示したり、器や額縁を用意することぐらいで、そこからは読者の経験や記憶に助けてもらうしかない。何かしらの映像や感情が引き出されるのであれば、それは読者の力です。小説であれば何ページもかけて、読者をスタートからゴールまで連れて行けるんですけどね。短歌は結構不親切なんです。その干渉しない感じが僕は心地いい。だから続けていけるんだと思います。

短歌は日常の生活の中から生まれる

上白石 木下さんの短歌の中で、花瓶とかストローとか人間目線の首じゃないものがありますよね。人間のつもりで読んでいたのに、気づいたらその物の視点で世界を見つめていることがあります。

木下 「オールアラウンドユー」に関しては、生活の中で目に付くものが多く入っています。僕は部屋に花を飾るのか好きで、例えばパソコンのそばに花瓶があれば、花瓶で一首とか。短歌では、擬人化はよく使う技法なんです。この生活空間の中で、花瓶は何を思っているんだろうって。

上白石 木下さんの短歌を読むと、物にも感情があるんだって思います。

木下 生活は人それぞれ違うけど、その生活の中にあるものはそんなに変わらないですよね。花瓶を書けば、その人の持っている花瓶になりますし。

短歌を作る時間は、自分と向き合う時間

上白石 短歌はなじみのない人にとっては一生関わりあうことがなく、生活から切り離してしまうと思うんです。それでも現代の人にとって短歌が与える影響はどんなところだと思いますか?

木下 短歌には読む側と作る側でそれぞれいいところがあります。読む側のいいところは、一首について数秒で読めるにもかかわらず読む前と読んだ後の世界が変わるところ、数秒前まで見つからなかった人生のお守りが見つかったりすることです。作る側のいいところは、自分を見つめ直す時間が出来ること。短歌を作る時間はそのまま自分と向き合う時間です。思ったことをわざわざ定型にする過程で、言葉について考えられるし、見逃していた風景に気付けるし、なかったことにしていた感情を浮かび上がらせることができる。それはおそらく自分や周りの人を大切にするということにも繋がってくると思います。

上白石 今回、木下さんから“歌”というお題をいただいて、私も一首作ってみました。作りながらいろんな言葉をたくさん思い浮かべました。今がどういう季節でどういう花が咲いていたかなとかも。短歌は一度立ち止まって、いろんなものを見つめ直すことができるんですね。まさに自分と向き合う時間。自分のために、呼吸をするように一首を作る。たくさんの人にこの時間を味わってほしいですね。

言葉では飛べないのだから歌の羽
鉛のわたし宙に放って

上白石萌歌

木下 作るのは難しかったですか?

上白石 難しかったです!言いたいことがありすぎて。口下手で不器用だから、言えないこともその言葉に羽根をつけて、重たかったはずの自分が羽根をつけたことで飛べるような気持ちになる。そういう思いを込めました。

木下 ストレートに伝わるところがいいですね。上白石さんは歌も歌われていますよね。ミュージシャンの方は、メロディーの力と詩の力と両方使ってパフォーマンスするので、とても表現が豊かになるのだと思います。

上白石 この一首には羽根と鉛という、全然違うものを入れたかったんです。短歌を作っていた時は、時間の流れを感じない時間でした。大抵は何かを考えていたりするので、無になれる瞬間は大事なんですね。

木下 誰でも挑戦できるというところが短歌のいいところです。だけど僕は歌人として誰も思いつかないようなことを書かないといけない。そこに時間をとられるんです。終わりがないですね。

――撮影を終えて――

撮影・上白石萌歌

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.)
hair & makeup : Tomomi Shibusawa(beauty direction)
styling:hao

【服クレジット】
ビスチェ ¥53,325  サンディー リアン(リディア)
TEL:03-3797-3200
ハイネックトップ ¥29,700 ビューティフルピープル(ビューティフルピープル 伊勢丹新宿店)
TEL:03-3352-1111
パンツ ¥60,500(参考価格)ガニー
WEB:ganni.com
イヤーカフ(大)¥24,200、(小)¥17,600 共に サラース(サラース カスタマーサポート)
MAIL:customer@sararth.com
ソックス、リング スタイリスト私物

Kamishiraishi Moka
2000年2月28日生まれ。鹿児島県出身。2011年第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリ受賞し、デビュー。2019年、映画『羊と鋼の森』で第42回 日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞。adieu名義での音楽活動を行う。4月からスタートのTBS金曜ドラマ「ペンディングトレイン―8時23分、明日 君と」に出演。数多くのドラマ、映画に出演する傍ら、「The Covers」(NHKBSプレミアム)のMCも務める。今秋から放送のドラマ「パリピ孔明」(フジテレビ系水曜22時放送)ではヒロイン・英子役を演じる。

Kinoshita Tarsuya
1988年1月12日生まれ。山口県出身。2013年に第一歌集「つむじ風、ここにあります」、’16年に第二歌集「きみを嫌いな奴はクズだよ」(ともに書肆侃侃房)を刊行。‘18年に岡野大嗣との共著歌集の「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」、’19年に谷川俊太郎と岡野大嗣との詩と短歌の連詩によつ共著「今日は誰にも愛されたかった」、‘20年に短歌「天才による凡人のための短歌教室」、’21年に「あなたのための短歌集」、‘22年に「オールアラウンドユー」(すべてナナロク社)を刊行。歌人の鈴木晴香さんとの共著 『荻窪メリーゴーランド』(太田出版)が 8月29 日に発売。

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