
老若男女問わずに愛されている稀有なシリーズ『パディントン』の最新作『パディントン 消えた黄金郷の秘密』が、5月9日に劇場公開を迎えた。ロンドンにやってきた紳士なクマ、パディントンがブラウン一家に迎え入れられ、家族の絆を育んできた同シリーズ第1作&2作。第3作となる本作では、パディントンが故郷ペルーに里帰りし、大冒険を繰り広げる。ロンドンの家族=ブラウン一家と、ペルーの家族=ルーシーおばさんを繋ぐ物語が展開する。
装苑オンラインでは、第1作からパディントンの吹き替えを務める松坂桃李にインタビュー。声の仕事の奥深さや、父親になった心境の変化をパディントン愛と共に語っていただいた。
photographs : Norifumi Fukuda (B.P.B.), styling : Akira Maruyama , hair & make up : Emiy (Three Gateee LLC.) / interview & text : SYO
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『パディントン 消えた黄金郷の秘密』より
──前作『パディントン2』から7年ぶりの再演です。松坂さんは『ゆとりですがなにか』等でも期間が空いての再演をご経験されていますが、どのようにパディントンの“声”を取り戻していったのでしょう。
松坂桃李(以下、松坂):ここまで期間が空いて再び同じ作品に携わる経験は初めてでしたが、幸いなことに子どものおかげもあり定期的に『パディントン』『パディントン2』を見返す機会がありました。そのため久しぶりな感覚があまりなく、自分の中でパディントンの存在も薄まることはありませんでした。具体的に『消えた黄金郷の秘密』の収録日が決まってからは過去作を見返す頻度をさらに上げて現場に入ることができました。
──なるほど。あとは収録時に実際にやってみて微調整していく形だったのですね。
松坂:そうですね。お客さんが『パディントン』シリーズを連続で観ることもあるかと思うので、声の違いが出ないようにしようと自分の中では考えていました。1、2作目と同じ声のテンション感と空気を保ったまま臨むため、収録の前日に見返すようにしていました。

──しかし、お子様との映画鑑賞の時間が役作りのサポートになったのは素敵ですね。自分にも4歳の娘がいますが、初めてハマった実写映画が『パディントン』なんです。お気に入りのシーンを何度も巻き戻して繰り返し観ています(笑)。
松坂:わかります。それが割と冒頭のシーンだと、全然物語が終わらないんですよね(笑)。
──本当に……永遠にお風呂のシーンを観ています(笑)。そういったこともあって娘と吹替版を何回も拝見していますが、普段我々が親しんでいる松坂さんの声とはだいぶ変えていらっしゃいますよね。どのようにしてこの声色・声質にたどり着かれたのでしょう。
松坂:1作目のときは声のトーンやキーをどうするか、演出家の方と試行錯誤しました。僕の地声だと低すぎるという話になり、もう少し高いキーの方が日本では合っているのではないかというアドバイスをいただいて調整していきました。その時間をしっかりいただけたことがありがたかったです。1作目で固めることができたので、以降はその形を引き継いでいます。おかげで今回の収録もスッと行けた感じがあります。先ほどお話しした思い出し作業も功を奏しました。3のお話が来たときも「大丈夫です、待ってます」という状態でいられました。
『パディントン』はいわゆる2Dのアニメーションと違って、CGの使い方も表情の作り方もリアル志向のため、ブラウンさんとのやり取りや巻き起こっている出来事に対するリアクションなども自分自身が実際にやり取りする際の感覚でお芝居をしていました。これが2Dだと、もしかしたら僕のやり方は画と合わさった際に違和感が生まれてしまったかもしれません。本国版でパディントンを演じているベン・ウィショーさんの声を聴いても、“生感”がしっかり乗っていたため、僕も大事にしたいと思っていたポイントでした。
日本語に翻訳するなかで、伝わり方がまろやかになったり鋭くなったりと微妙な変化が生じるものです。そのさじ加減においては演出家の方と調整しながらバランスを取っていきますが、ベースは本国版に沿っていきたいと思っていました。

『パディントン 消えた黄金郷の秘密』より

──アニメーション映画『ひゃくえむ。』(9月19日公開)や「まろやかな炎」の朗読とも、方法論がまるで違うわけですよね。
松坂:そうですね。作品によってスタンスが全く変わってくるので、声のお仕事は本当に奥が深いです。ただそこに綺麗に声を乗せるわけではなく、その世界観におけるリアリティラインがありますから。朗読やナレーションにおいても、その時々の距離感があります。例えば第二次世界大戦のドキュメンタリーにナレーションをするとしたら、なるべく自分の声だと感じさせないように情報がしっかり伝わるような話し方になります。対して、「歴史の真実に迫る!」といったような番組の場合は、視聴者の方々を引きつけるような距離の近さが求められます。

『パディントン 消えた黄金郷の秘密』より
──松坂さんはいま的確に言語化してくださいましたが、収録時はファジーな演出も多いでしょうから、実際に声の表現に変換していくのはさぞかし大変なことだろうなと思います。
松坂:たとえば、「もうちょっと寄り添う/寄り添わない感じでお願いします」といった指示があった場合、「寄り添う……こんな感じかな?」と毎度やりながら見つけていきます。僕自身が思う「自分の声」と、他の方が感じる印象のズレもあるので、自分でトークバック(※出演者の確認用の音声)を聞き返してもう一回やり直させてもらったり、その繰り返しです。
──子どもたちも然り、吹替版で海外作品に初めて触れる方は多いかと思います。
松坂:僕はいまでこそこういったお仕事をさせていただいていますが、昔は字幕派でした。というのも、実際に演じている方ご本人の声を聴きたいという欲求が強かったからです。でも、吹替版を観るなかで、吹替版ならではの良さに気づけました。なじみ深い日本の言葉だからこそ感動できる部分もたくさんありますし、より多くの方に届けることもできる。そうした良さはちゃんと大事にしないといけないなと思うようになりました。
──字幕は文字数の制限がありますが、吹替えはより生っぽい言葉にできる特性もありますね。
松坂:そうですね。言葉がストレートに伝わってくるな、ということを見比べていくなかで感じます。


『パディントン 消えた黄金郷の秘密』より
──松坂さんはコメント動画の中で「今回のパディントンは能動的」とおっしゃっていました。随所に成長が見られましたね。
松坂:パディントンがルーシーおばさんをどれだけ大切に思っているかが改めて見えた回でもありましたし、それによってパディントンが能動的になり、ブラウン一家を自分から巻き込んでいく旅になりました。暗黒の地ペルーに着いたときも「ここは僕の地元だから」みたいに頼もしさを感じさせています。でも結局迷うんですが(笑)。

『パディントン 消えた黄金郷の秘密』より
──確かに(笑)。『パディントン』はシリーズ3作品ともRotten Tomatoes(米国の有力映画・ドラマのレビューサイト)で90%超えの高評価を記録しています。よく「大人も子どもも楽しめる」といいますが、本作においてはそのレベルが桁違いですよね。
松坂:ひょっとしたらお子さんに連れられて『パディントン』シリーズを映画館で観た親御さんもいるかと思いますが、気づけば身を入れて観て感動してしまったのではないでしょうか。僕も第1作のお話をいただいたときに、イギリスの児童小説が原作ということもあり最初は子ども向けの作品かな?と侮っていたのですが、蓋を開けてみたらクオリティがすごく高くて、とっても面白くて驚きました。第1作では『ミッション:インポッシブル』のパロディを行うなど洒落も効いていますし、随所に粋な演出が見え隠れしていました。それでいて最終的にはほろっとさせられるし、その流れが実に自然なため、提示された家族愛をこちらがしっかりと受け取れるんです。なんだこの満足感は!と感動したことを覚えています。
1作目があまりに良いと、続編ってなかなか作るのが大変だと思うんです。でも『パディントン2』を観たら「超えてきたな……」と感銘を受けてしまいました。本当に強力な製作陣だと思います。その上で今回はアドベンチャー感満載になっていて、大きなスクリーンで観るとより楽しめるかと思います。でもやっぱり、核にあるものは変わらず家族愛なんですよね。

──先ほど松坂さんがおっしゃっていた能動性にもリンクしますが、今まではパディントンが家族愛を教えてもらう立場だったのが、今回は教える側に回っていますよね。
松坂:後半の重要なシーンに象徴されていますよね。自分が親になったからこそ、あの場面はよりグッとくるものがありました。
パディントンは相手の言葉や行動、状況の一つひとつをすごく丁寧に拾って、真面目に向き合ってくれますよね。その姿を見ていると、自分が日常に流されて見ないようにしてきた、無下にしてしまった感情を取り戻せるような気がするんです。実際にパディントンが家に来たら、きっと心洗われるんだろうなと思います。
──松坂さんは「次の世代に作品を残したいという想いがいまのモチベーション」と仰っていましたよね。テレビドラマ「御上先生」や映画『フロントライン』含めて、「立ち止まって考える大切さ」を作品を通じて届けたいとも。『パディントン』はまさにそこに該当するのではないでしょうか。
松坂:そう思います。『パディントン』はこれだけ長く続いていて、周りからもしっかりと評価されていて、僕自身も「子どもに見せたいな」と思えるシリーズになりましたが、第1作当時は、まさかこういうところにつながるとは思っていませんでした。それがいまとなっては、自分自身の生き方や子どもと接するうえでもとても大事なものになりました。もしまだシリーズがあるのなら、この声が衰えない限り続けたいです。

Tori Matsuzaka
1988年10月17日生まれ、神奈川県出身。 2009年に俳優デビュー。『僕たちは世界を変えることができない。』(’11年)と 『アントキノイノチ』(’11年)で、第85回キネマ旬報ベスト・テン 新人男優賞、第33回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞し、『孤狼の血』(’18年)で第42回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、『新聞記者』(’19年)で第43回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。様々なジャンルの話題作に出演し、近年の主な出演作に『流浪の月』、『耳をすませば』、『ラーゲリより愛を込めて』(’22年)、Netflixシリーズ「離婚しようよ」、『ゆとりですがなにか インターナショナル』、TVドラマ「VIVANT」(すべて’23年)、『スオミの話をしよう』(’24年)、『雪の花 ―ともに在りてー』(’25年)。’25年放送のTVドラマ「御上先生」が話題に。最新作『父と僕の終わらない歌』が2025年5月23日公開。待機作に『フロントライン』(6月13日公開)、『ひゃくえむ。』(9月19日公開予定、声の出演)など。
松坂さん着用:ジャケット ¥47,850 、デニムパンツ ¥39,930 、Tシャツ ¥13,750(ザ・リラクス TEL 03-6433-5121) / その他スタイリスト私物

『パディントン 消えた黄金郷の秘密』
ロンドンでブラウン一家と平和に暮らしていたパディントンのもとに、故郷から1 通の手紙が届く。差出人は老グマホームの院長で、そこで暮らすパディントンの育ての親のルーシーおばさんが、パディントンを恋しがって元気がないというのだ。パディントンとブラウン一家は休暇をとってペルーへ行くが、ルーシーおばさんは失踪していた。手掛かりは、彼女の部屋に残された地図。なんと、その場所こそが、消えた伝説の黄金郷への入り口だった……。
監督:ドゥーガル・ウィルソン、脚本:ポール・キング、マーク・バートン、サイモン・ファーナビー
出演:松坂桃李(吹替版声の出演)、ベン・ウィショー(字幕版声の出演)、ヒュー・ボネヴィル、エミリー・モーティマー、アントニオ・バンデラス、オリヴィア・コールマン、ジュリー・ウォルターズ、ジム・ブロードベントほか
全国公開中。
配給:キノフィルムズ
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