『装苑』2026年9月号掲載

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Masako Ogura
hair & makeup : Tomomi Shibusawa (beauty direction) / interview & text : Yushun Orita
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森 七 菜
Nana Mori
その世界に飛び込んでみようと思うんです。
等身大のキャラクターから、フィクショナルな人物まで、森七菜が演じ上げてきた役どころは実に多彩だ。各作品への参加の決め手となるものは何なのかを聞いてみたところ、この言葉が返ってきた。台本には俳優がこれから体験することが書かれている。これを演じ手である自分自身の未来だと感じられるかどうかが、現在の森の作品選びの基準。セリフは脚本家の書いたもので、役の言動の多くは作り手の要請によって決まる。しかし、そこに自身の未来が描かれていると感じたとき、「すべてが自然なことのように感じられる」と──。
そんな彼女の出演最新作『藁にもすがる獣たち』は、1億円の争奪戦を描いたエンターテインメント。森が演じる“し〜な”は、自身の目的のためならば手段を選ばない悪女だ。この作品にも、“未来”を垣間見たらしい。
「私の出演作の中で、唯一無二の作品です。個性的なキャラクターたちが入り乱れ、物語はジェットコースターのように展開していく。私のところに出演のお話が来るなんて、想像もしていませんでした。と同時に、こういう未来も見てみたいと思いました。し〜なは私とはかけ離れた存在ですが、自分が演じたらどうなるのか。好奇心が大きく動いたんです」
森が「ジェットコースター」にたとえたように、この群像劇は先が読めない。完成した映画を観た彼女は、結末に驚くこととなった。というのも、森は本作に取り組むにあたり、し〜なが登場するシーンの台本にしか目を通していなかったというのだ。
「1億円の行方も、し〜なの行く末も、よく分からないままのほうがいいんじゃないか。そう思って、あえて作品の全体像をつかまずに撮影に臨んだんです。この作品が持つスリルを、まずは私自身が体感する必要性を感じていました。本作ならではのアプローチでした」
物語がどう始まり、どのようにして終わるのか。これを知らずに創作現場に参加することに、不安はなかったのだろうか。率直な疑問をぶつけてみると、「不安を感じながらも、このアプローチが必要だった」と撮影時を振り返る。
「し〜なが追いかける大金は、どこから転がってきて、誰を経由してきたものなのか、彼女自身もよく分かっていません。でも彼女には、これを自分のものだと我が物顔で振る舞える強さがある。し〜なって純粋に、ただただヤバい奴なんです(笑)。清々しいまでに自分のことしか考えていない。そんな彼女の生き様を表現するためには、同じような状況に身を置く必要がありました。感情の流れに関しては、登場シーンの台本を読み込めばちゃんとつかめました」

『藁にもすがる獣たち』より
森といえば、昨年放送されたドラマ「ひらやすみ」(NHK)での自然体な演技が光っていた。東京の阿佐ヶ谷を舞台にした作品で彼女が演じたヒロインは、どこかですれ違ったことがあると錯覚してしまうほど、親近感を覚える存在だった。対するし〜なは、かなり現実離れしたキャラクター。演じるうえでどんな違いがあるのか。
「どの作品でも同じというわけにはいきません。し〜なは私が人生で一度も言ったことのないセリフを平気で口にするので、劇中で浮かないよう、ちゃんと自分の言葉にできるかがカギでした。それから一番大きかったのは、まるで着ぐるみの中に入っていくような感覚が強くあったこと。し〜なというキャラクターは私自身が作り上げたものでもありますが、監督をはじめ他のスタッフの皆さんにも脚本から立ち上げた彼女のイメージがあるはずです。私としては、このイメージの着ぐるみの中に入り込んでいく感覚だったんです。そして中に入っているのが私だとバレないことが重要でした」
人々が思い描くし〜な像の着ぐるみに入り、中にいるのが森七菜だとバレないようにする──この発言から、彼女がどれほどユニークな感性の持ち主なのかを思い知る。ひとりで役を立ち上げるのではなく、制作に携わる人々のイメージを役づくりの出発点にしようというのが森のスタンスだ。
「セリフだけでなく、衣装やメイクも大きなヒントになります。し〜なでいえば、真っ赤な口紅とか。衣装に関しては監督の具体的なイメージがあったので、これも彼女という存在を立ち上げるための手がかりになりました」

『藁にもすがる獣たち』より
これまでに森は、今作とは別ベクトルのチャレンジングな役どころに、いくつも挑んできた。新型コロナウイルスに最前線で立ち向かう人々の奮闘を描いた映画『フロントライン』や、居場所を求めて歌舞伎町をさまよう若者たちの姿を描いた映画『炎上』など、社会的なテーマを持った作品だ。いずれも出演者が背負うものが大きいように思えるが、森自身は不安を感じたり、苦しさを覚えることはないのだろうか。この問いを投げかけてみると、毅然とした答えが返ってきた。
「私は役を通して体験することを、私自身の宿命として受け入れています。なので撮影中につらくなることがあっても、しばらくして振り返ってみると、意外とそうでもなかったりする。だからあの苦しさを理由に、この仕事を辞めたいなどと思ったことは一度もありません。ただ、何かを表現するには、相応の責任が伴います。作品や役やテーマに対して、きちんと向き合えているかどうか。自分の中で何度も確認し直します。どの役にも私自身の人生の大事な時間をささげているので、その一つひとつを大切にしていきたいです」
これから先の人生で演じてみたい役柄はあるのだろうか。「つまらない答えなのですが」と前置きしたうえで語られた言葉からは、俳優・森七菜の核が見えてくる。
「演じてみたい役というのは、ないです。正確に言うと、持たないようにしています。それはどの役にも優劣をつけることなく、フラットに接するため。俳優活動を続けていくための、私なりのコツのようなものかもしれません。自分をどう見せるか、私はあまり関心がありません。『こんな森七菜が見てみたい』という想いに応えていくほうが重要で、私の性には合っています。表現欲が湧いてくるのは、求められた先のことなんです」

ジャケット ¥104,500、スカート ¥57,200 イレニサ(ザ・ウォール ショールーム)/その他 スタイリスト私物
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映画『藁にもすがる獣たち』
チャンネル登録者数2桁の弱小YouTuber大学生、佐藤寛治は、バイト先のネットカフェで客が置いていった怪しげなボストンバッグの中から、1億円の札束を発見! 思わずバッグを持ち去ってしまう。そこに不良警官やヤクザの親分、組の構成員、夜の気配を漂わせる悪女のし〜な、ワケあり主婦、それぞれの人生が交錯しはじめる。バッグの持ち主は? なぜ大金はネットカフェにあったのか? 国内外の映画祭で高い評価を獲得している城定秀夫が監督、脚本は数々の特撮・アニメ作品や実写作品のヒット作も手がける小林靖子が城定監督と共同執筆した。
城定秀夫監督・共同脚本、鈴鹿央士、成宮寛貴、森七菜ほか出演。9月25日より公開予定。東映配給。©︎2026「藁にもすがる獣たち」製作委員会
Nana Mori
2001年生まれ、大分県出身。’19年に公開された映画『天気の子』のヒロイン、天野陽菜役に抜擢され注目を浴びる。第49回日本アカデミー賞では、社会現象を巻き起こした映画『国宝』にて優秀助演女優賞を受賞。主な出演作に、映画『ラストレター』(’20年)、『ライアー×ライアー』(’21年)、『ファーストキス 1ST KISS』『フロントライン』『秒速5センチメートル』(すべて’25年)、主演作『炎上』(’26年)、ドラマ「この恋あたためますか」(’20年)、「舞妓さんちのまかないさん」(’23年)、「ひらやすみ」(’25年)など。





