
2025年、戦後80年の節目に放送された特別ドラマが、40分にも及ぶシーンを追加した《完全版》として劇場公開。石井裕也監督・池松壮亮主演の『開戦前夜』(2026年7月31日公開)だ。舞台は真珠湾攻撃の8カ月前、1941年4月。官僚・軍・民間から選りすぐられた若きエリートたちが、内閣総理大臣の直属機関「総力戦研究所」に招集された。彼らの仕事は、日米が開戦した場合の戦局をシミュレートすること。だが、国家機密レベルのデータにアクセスし、議論を重ねるごとに若人たちは「日本必敗」を確信してゆく――。
なぜ日本は太平洋戦争に突き進んだのか? なぜ止められなかったのか? 当時疑問視する人は本当にいなかったのか等々、後世に生きる我々が感じる事柄への一つの回答が、残酷な形で提示されてしまう力作。盟友・石井監督と共に挑んだ池松さんに、平和への想いとクリエイターとしての使命感を伺いました。
photographs : Norifumi Fukuda (B.P.B.) / styling : Babymix / hair & make up : Ayumi Naito / interview & text : SYO
なぜ意思決定は“空気”に流されるのか?
―― 池松さんと石井裕也監督のタッグは長編8作目ではないかと思います。その作品からは、いま作る/観る意義を強く感じました。
池松壮亮(以下、池松):最初にこの作品の話を聞いたのは、2021年だったと思います。自分とさほど年齢が変わらない人たちが秘密裏に集められ模擬内閣を作り、戦争シミュレーションを行ったという歴史を知ってとても驚きました。この国特有の、“空気”によってなされる意思決定について考えていたタイミングだったこともあり、他人事とも昔話とも思えず、息が詰まるような感覚でした。彼らの命懸けの日々を思うと、涙が止まりませんでした。

『開戦前夜』より
―― データに基づき、池松さん演じる宇治田洋一が「(アメリカとの戦争を)するべきか、せざるべきか以前に、できないのです」と進言するシーンが鮮烈でした。強く印象に残るセリフが並びますね。
池松:脚本のセリフを頼りに、どうすれば説得できるのか、どう伝えたら戦争は止められるのか、そうした途方もないことを宇治田と共に考え続けるような日々でした。それはきっとこの作品に関わった一人ひとりが考えたことだと思います。世間やマスコミの論調に心を乱されず、死をも恐れず、感情論や精神論ではなく事実を頼りに、人の世を信じて、真心で語る。そうした祈りのような境地にあったのではないかと思いました。
―― 宇治田が「自分は愚かだった」と悔いるシーンも忘れられません。これだけ純然たるデータを提示すれば戦争への道を踏みとどまるはず、と彼が“人間”を信じていたことが伝わってきました。
池松:この国で生きていて思うのは、コロナ禍以降、ファクトや論理が重視されていくなかで、それでもなぜ重要な意思決定は“空気”に流されていくのか――ということです。司馬遼太郎さんは「空気の中で安心する民族は、度々空気によって滅ぼされてきた」というような言葉を残されています。協調性があり、場の調和を重んじる日本人が、事実や正しさよりも空気によって戦争に踏みきった歴史、そしていままさに間違った方向に進んでいるのではないかと感じる政治や社会、組織の在り方や教育に至るまで、『開戦前夜』という物語は私たちとは無関係ではないと思っています。

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壊れゆく世界を修復すること
―― “空気”というものに対抗できる存在が文化芸術なのかな、とも感じます。
池松:そう思います。芸術にもファッションにも、世界を修理するような役割があると思います。文化芸術だけでなく、一人ひとりが壊れゆく世界を修理するようなアクションが、これから先より必要になってくるのではないかと思っています。物語や俳優が果たせる役割もまだまだあるはずで、自分の仕事が世界に貢献できることを信じて、作品を届けていけたらと思っています。
世界唯一の被爆国に生まれ、戦後80年という時代に俳優をやらせてもらっている者として、このような作品に出会い携わることができたことを、心から光栄に、誇りに思います。
―― 東條英機(佐藤浩市)と対峙するシーンなど、池松さんのお芝居から「命がけで意見を述べる」恐怖や緊張がダイレクトに感じられました。どのように捉えて、演じられたのでしょう。
池松:特別な緊張感と見えない圧力を感じることが必要でした。自分の命、友人の命、家族の命、国民の命を天秤にかけられ、瀬戸際で闘った方々の思いを託されているような感覚でした。
かつ、多くの人々が見ていた未来以上のことを、極めて具体的にイメージできてしまった人たちの物語でもあります。「総力戦研究所」の人々は、2つの原爆投下以外、あの戦争で起こったことのほぼ全てを予測できていました。その予知夢のように繰り返されるイメージが目の前で現実化していく様に、どれほどの無力さを感じたのか。今日、我々が享受している平和は沢山の人たちの流した涙や努力の結晶であることを胸に刻み、今作を届けることを自分の責任として、この役を最後まで全うしたいと思っていました。

『開戦前夜』より
―― 1938年11月号の『装苑』に、芝浦工業大学の三浦元秀さんが「99%が木造建築である日本の都市では、焼夷弾が落ちたら大震災の惨事を繰り返すだろう」「焼夷弾は畳の上に落下して止まるとされているが、注文通りに行くとは考えられない」と警鐘を鳴らした記事が掲載されています。『開戦前夜』でも言われていたことでしたね。
池松:凄いですね。今作でも総力戦研究所のメンバーはもちろん、軍人や官僚も、多くの人がリスクを認識していたことが描かれています。戦争の危機を認識していた人がこうして多くいたにも関わらず、空気に抗えず、声はかき消され、戦争に突き進んでしまった。上の方針に逆らい、時代の空気に抗い、自らの地位や立場を危険に晒して異議を唱えることは、当時も今も、決して簡単なことではないと思います。
―― 本当にやりきれない思いです……。ちなみに模擬内閣のシーンでは、事前にリハーサルを行われたと伺いました。
池松:計5日間ほど行いました。石井作品では初めての経験でした。戦争映画とはいえ派手な戦闘シーンはなく、彼らの議論だけでどれだけ作品を引っ張れるかがとても重要でした。観て下さる方々が「自分たちもこの人たちに託したい」と思えるようなシーンを積み重ねる必要があったと思います。あの時代と今の時代を繋ぎ、自分たちが国の行く末を決めることの緊張感や使命感を共有し、一人ひとりのリアクションのニュアンスや複雑性を高めていくことで、どんどんシーンに迫力が増していきました。このリハーサルの時間が大きな助けとなりました。

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いつまでも「戦後」のままでいるために何が出来るのか。
―― 『十二人の怒れる男』のような“会議映画”としての迫力がみなぎっていました。

『開戦前夜』より
池松:大好きな映画です。ただ、この企画が成立するまでにはとても時間がかかりました。何社も断られ、もう実現は無理かもしれないと何度か思いました。戦争映画として派手なものが期待されたり、被害者と加害者がはっきりとしたもの、わかりやすく泣けるものが好まれてしまいます。本作は、新たな角度から戦争というものを語ること、80数年前に秘密裏に行われ黙殺された歴史を題材にしていることで、様々な困難がありました。ここまでこれたことが奇跡のように感じています。
このような困難な題材を見事な形にし、とてもわかりやすく、のめり込めて、ドキドキしながら見ることのできる会議映画にされた石井さんの手腕はさすがで、素晴らしいものでした。
―― 気心の知れた石井監督とのタッグでも、新鮮味にあふれたものだったのですね。
池松:戦争作品は初ですし、開発、実現に時間がかかりました。根底にある願いとしては過去作品と通底するものがありますが、今回はさらにダイレクトな形で作家性がむき出しになっているように感じます。石井さんにとって壮大な挑戦であったことは間違いないと思います。

―― 壁に映る影が徐々に大きくなるなど、『第三の男』的な、フィルムノワール感ある映像演出も効いていました。
池松:影についての演出は石井作品によく出てくるものですが、おっしゃるように今作においてはサスペンス要素としての役割、それから存在ということのメタファーとして効果的に使用されています。そうした映像表現についてもとても見応えのある映画になっていると思います。
―― 池松さんが今作のお話を聞いたという2021~’22年も激動のときでしたが、そこから4~5年で、ここまで情勢が変わるとは予想もできませんでした。世に出すまでに時間がかかる映画やドラマに先見性や同時代性をもたらすため、池松さんはどんな工夫をされているのでしょう。
池松:世界/社会と対話のできる芸術という分野において、時代に対して敏感でなければならないとは思っています。これは流行ではなく、生きるための声を聞くこと、拾うことが重要なのではないかと今現在は思っています。それはとても感覚的なことで、時代の流れが目まぐるしい現代では、当然見通しは簡単ではありません。
石井監督と出会ったのは僕が20代前半の頃で、それから10年以上、目の前に映画があってもなくても対話を繰り返してきました。この企画を進めていた頃にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、その後イスラエルとガザ、直近にはアメリカ・イスラエルとイランの問題がありました。これらは当然見通せるものではなく、この映画自身が、時間をかけて今生まれることを望んでくれたのではないかというような感覚なんです。もちろんこの国の戦後80年を目指して、諦めずに温め続け、沢山の人たちがこの映画に力と愛情を注いできた結果でもあります。
実際に太平洋戦争を経験された当事者の方々がどんどん居なくなってしまう現代、自分たちは彼らが経験した戦争を語り継げるのか、繋いでもらった尊い平和を繋いでいけるのか、物語によって何が出来るのか——。いつまでも「戦後」のままでいられるために、これからも出来ることを考えていきます。

Sosuke Ikematsu
1990年生まれ、福岡県出身。2003年『ラストサムライ』で映画デビュー以来、映画を主戦場に圧倒的な表現力で観客を魅了し、日本映画界には欠かせない存在に。これまで数々の受賞歴を持つ。近年の出演作に『ちょっと思い出しただけ』(’22年)、『シン・仮面ライダー』『せかいのおきく』『白鍵と黒鍵の間に』(すべて’23年)、『ぼくのお日さま』『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』『本心』(すべて’24年)、『フロントライン』『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』(ともに’25年)などがある。現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』では豊臣秀吉を演じる。
池松さん着用:シャツ ¥140,800、パンツ ¥224,400、シューズ ¥264,000 メゾン マルジェラ(マルジェラ ジャパン クライアント サービス TEL 0120-934-779)/ 時計 ¥2,613,600 カルティエ(カルティエ カスタマー サービスセンター TEL 0120-1847-00)
『開戦前夜』
戦争の足音が迫る1941年4月、官・民・軍から選りすぐられた若きエリートたちが招集され「総力戦研究所」という組織が発足された。彼らに課された任務は、アメリカを中心とした諸外国との戦争の行方を予測すること。膨大なデータを積み上げ、侃侃諤諤と意見を交わし、シミュレーションを繰り返した末に彼らが見たのは「日本必敗」の未来だった。本作が描くのは80年以上前の敗戦に至る悲劇ではなく、「わかっていても止められない」という、この国に変わらず流れ続ける“空気”の存在。猪瀬直樹による1983年の小説『昭和16年夏の敗戦』を原案とする力作。
監督・脚本・編集:石井裕也
原案:猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦』(中央公論新社)
出演:池松壮亮、仲野太賀、岩田剛典、中村 蒼、三浦貴大/二階堂ふみ、杉田雷麟、北村有起哉、嶋田久作、中野英雄、渡辺いっけい、別所哲也/松田龍平、奥田瑛二 / 國村 隼、佐藤隆太、江口洋介、佐藤浩市
2026年7月31日(金)より、東京の「テアトル新宿」ほかにて全国公開。東京テアトル配給。©︎2026 ポニーキャニオン/東京テアトル/NHK エンタープライズ/RIKIプロジェクト





