
リン・ラムジーは1999年のデビュー作『ボクと空と麦畑』から30年近くキャリアがあるが、最新作『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』まで長編映画はまだ5作しかない。作品ごとに、独自のビジュアルと音響設計を追求するため、制作期間が長くなるということもあるが、何より、主人公の行動原理が世間の常識から遠く離れており、人間の複雑さを描くために妥協しないというスタンスが関係している。
万人が手を挙げて喜ぶようなわかりやすさではなく、人のトラウマや狂気、疎外感を詩的に、同時に見る者の内臓に響くような生々しさをもって映像で迫ってくる。それは『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』でも炸裂している。
アルゼンチンの作家、アリアナ・ハルウィッツ『死んでよ、アモール』(宮﨑真紀訳、早川書房刊)を気に入ったマーティン・スコセッシがジェニファー・ローレンスに薦め、深く感銘を受けたローレンスがプロデューサーとして自ら主演・企画を推進し、監督にと声をかけたのがリン・ラムジーとなる。フランスの片田舎で、名前のない語り手の若い母親が語る出産鬱や、閉鎖的なコミュニティに閉じ込められ、一方的によき母親であることを押し付けられる状況への暴力的な破壊の衝動と孤独を、アメリカのモンタナへと移し替えた。今作の舞台裏を聞いた。
interview & text : Yuka Kimbara

©MUBI_Credit_Kimberley French
リン・ラムジー Lynne Ramsay
1969年生まれ、スコットランド・グラスゴー出身。イギリス国立映画テレビ学校の卒業制作として制作した短編『Small Deathes』(日本未公開)で、第52回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞。長編映画デビューとなった『ボクと空と麦畑』(’99年)は第52回カンヌ国際映画祭ある視点部門で上映され、数多くの賞を受賞。『モーヴァン』(2002年)では、第55回カンヌ国際映画祭でCICAE賞とユース賞を受賞。『少年は残酷な弓を射る』(’12年)でも第64回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されたほか各映画賞を席巻。『ビューティフル・デイ』(’17年)では、第70回カンヌ国際映画祭脚本賞および主演男優賞受賞した。
『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』
情熱的に愛し合うグレース(ジェニファー・ローレンス)とジャクソン(ロバート・パティンソン)。ニューヨークを離れて田舎町へと移り住んだ二人は、結婚してまもなく子供を授かる。しかし、幸せの絶頂にあるはずの日常は、それを境に静かに軋み始める。作家であるグレースは執筆が滞り、言葉は思うように出てこない。ジャクソンとの関係もすれ違い、言いようのない不安と苛立ちに苛まれる。孤独が深まる中、やがて現実に滲むように浮かび上がる幻覚が、静かに彼女の心を蝕んでいく。正気と狂気の狭間で揺れるグレース。激しさを増していく夫との衝突。そして、極限まで張り詰めていた心の糸が切れたとき、その先に待ち受けるものとは。
ADのあとに記事が続きます
ADのあとに記事が続きます

倫理的に許されない行為はどんな人だってするし、できるんです。
だって、私たちは複雑なんだから。
── 作品を見てうなったのは、女性は出産をしたからといって自然に母性を宿すわけじゃないことを、目にも鮮やかなペパーミントグリーンで全編を染め上げて描いていることです。冒頭はジェニファー・ローレンス演じるグレースの新婚生活を応援する鮮やかな色が、徐々に白みの効いた彼女の表情に陰りを差す色として変化していくように感じました。
リン・ラムジー(以下、ラムジー):この作品は、コダックのエクタクロームという、もう使われていないレアな35mmのリバーサルフィルムで撮影しているんです。グレースの生活を色彩で染め上げるというよりも、作家である彼女の創造力で見ている世界を誇張して観客に伝える意図として、このフィルムでの撮影を選びました。
ラストの場面も含め、本作では森というものを象徴的に使っています。森はグレースの心理状態がどんどん衰えていく様をみせる役割もあります。

── 今、あなたが座っているデスクの後方に『紳士は金髪がお好き』の、ショッキングピンク色のドレスを着たマリリン・モンローの大きなポスターが飾ってありますが、今作での、ペパーミントに染まったグレースの世界から飛び出すように、彼女はビビッドなピンクを身にまといます。私たちは母親になっても、年を取っても、少女性やガーリーな感性は絶対に失わないというメッセージをわたしは受け取ったのですが、カラーコンセプトを教えてください。
ラムジー:カラーコンセプトというよりも、グレースの人物像がフェミニンであるということがポイントでした。彼女は野生の獣のようなキャラクターですが、同時にものすごくフェミニンなキャラクターでもある。アナキストでもあり、自分で自分をどんどん生きづらくしているキャラクターでもある。傍から見ると、なかなか一言で解釈しづらい人物像であるかと思います。
彼女は自分の行動でトラブルを巻き起こしながらも、私はここにいるんだと世間に主張したい。そして世界を燃やし尽くしてやりたいと願ってもいる。ガーリーな味付けはしていますが、女性であることを何かの言い訳にしたくないと思っていたし、短所も含めてグレースという人を表現したかった。獣のように直感的な側面が彼女にあって、さらにフェミニンな部分を見せることはこの映画では重要だったわけなんです。

── ぜひお伺いしたいのは、グレースを演じたジェニファー・ローレンスさん(写真上)が、一子目の授乳期であり、二子目の妊娠期という特別な期間にいる女性の身体の変化をそのままスクリーンの中で披露されていることについてです。
肉体は変化して、体は母になる準備はできていても、心はそこに追い付かないというグレースの状況を、実際、妊娠中の彼女が演じるインパクトは非常に大きかったと思います。おふたりは、なかなか他の人が踏み込めない領域に挑戦されていると思いましたが、どういうやり取りでこの方法が可能となったのでしょうか?
ラムジー:この企画は、ジェニファー・ローレンスがセルフプロデュースを務めていて、彼女から私に声がかかったんですね。で、声がかかって一年くらい、いや、もうちょっとかな、ふたりでディスカッションをしていたんです。当初から、私は母親になった直後のジェニファーの肉体をそのまま撮影で生かしたいと方向性を提示していて、彼女はそのアイディアをすごく気に入ってくれていたんです。
そんな中、第二子を妊娠したことはサプライズで、私は撮影ができるのかなとちょっと心配になりました。するとジェニファーは妊娠したことで逆に勇気が増して、グレースの直感的な行動によりアクセスできるからこの役を勇敢にやるんだといってくれたんです。
おそらく大部分の人は、妊娠すると自身を守るモードに入ると思うんですけれど、彼女はどちらかというと、もっと野性的になっていった。撮影は妊娠初期の段階から入って、結構、長びいたんですけど、その間、彼女のお腹はどんどん大きくなり、彼女自身も変化していった。けれど、常に大胆に役に向き合ってくれていました。

── グレースの夫、ジャクソンを演じるのは、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のロバート・パティンソンです。夫となり、父親になったのに、いつまでたっても子どものようで、見ていると殺意すら湧くような幼さがあります。私はいつ、グレースが大人にならないジャクソンを殺すのかと期待と恐怖を交えながらみていましたが、彼とはどのようなやり取りをしたのでしょうか?
ラムジー:ロバートはイケメン役とか、『バッドマン』をはじめとするヒーロー役が多いので、今回のジャクソンという役は彼のフィルモグラフィの中でちょっと路線の違う役だったと思います。で、彼が演じたジャクソンにはアンチヒーロー的な部分がある。グレースのことは愛している、とは思う。
そして彼は夫として、父親として頑張ってはいるんです。頑張ってはいるけれど、間違った選択もしてしまう。それは、彼は家族の全景が見えていない人物だから。常に家族の肖像画の一部しか見えていない。なんというか、ジャクソンは間が抜けているというか、不幸な人で、グレースの強さを怖いとも思っている。
ロバートにはいつものアプローチとは違うからねと話し、撮影中も違うと思う時は伝えました。私は、こういう役をしっかりと演じきった彼は素晴らしいなと思っています。

── なるほど。原作には赤ん坊の世話をしながら、ナイフを握って危害を加える行為を何度も想像し、当初はその欲望を抑え込んでいますが、徐々に制御しきれない自覚に目覚めます。内なる声として「私は母親じゃない」「母親であることが私の終わり」という自問自答が膨れ上がっていき、周囲からの 「普通の母親であれ」という期待がグレースの狂気を加速させます。
原作のラストはグレースの〝I got out without opening the door.〟ドアをあけずに外に出たという、抽象的なラストで終わりますが、監督は全く違う、非常に幻想的な解釈でラストを描いています。
ラムジー:グレースは原作の中で、作家として、ずっと書くことができない小説をなんとか書こうとしているわけですよね。
でも、それが全く進まなくて、ジャクソンともセックスレスとなり、彼女が元々持ち合わせているセクシャルな欲望が膨れ上がってくる。もちろん、そういう欲求はとても人間的なものです。だからラストは、彼女のどう猛な部分が破裂して、爆発するような何かを描くことが重要だと思いました。
映画の中のグレースで重要なことは、彼女は今の自分を壊し、その先に行くことを怖がっていないこと。英語では、周囲をなぎ倒していくような、自然の力が備わった人のことを「Force of Nature」というんですけど、言い換えると、圧倒的で、制御しがたく、根源的・本能的な強さ・生命力・存在感みたいな感じかな。「天性の奔流のような存在」というか。だから最後は森と彼女の関係性を示して終わらせました。

── 個人的な話になりますが、あなたが2002年に発表した『モーヴァン』はとても重要な作品で、サマンサ・モートンが演じたモーヴァンは自死した恋人の遺した小説を自分の作品として出版社に送り、大金を得ますが、その後、彼女はどんな人生を送っているのだろうと、今でも半年に何回か、想像してしまいます。
『少年は残酷な矢を射る』(2011年)でのティルダ・スウィントン演じる連続殺傷事件を起こした息子の母親像、『ビューティフル・デイ』(2017年)での、ニューヨークの富裕層の性の生贄とされる少女など、一筋縄ではいかない女性のリアルな選択や生の感情を描き続けることはとても強い意志が必要と想像します。時にはプロデューサーから理解されないときもあるかと思いますが、折れずに映画制作をつづけられている秘訣を教えていただけますでしょうか。
ラムジー:秘訣っていうものがあるかどうかわからないんですけれど、やっぱり自分自身が、女性は非常に複雑であると思っているし、そこを描くことに興味があるんですよね。
『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』のグレースも観客に特にシンパシーを感じてほしいと思っているわけではない。だって、人って誰からも全くシンパシーを得られない行動をする時があるでしょう。
そもそも、1940年代の映画を見ると、今よりもずっと複雑な女性像が描かれています。それが、なぜか昨今は減ってきている。わからなさをそのままに描けば、誰かの中に引っかかり、興味を持ってもらえると思う。
私としては、女性のキャラクターを単純な描き方にする流れや考えを壊したい。そういう気持ちでずっとやってきているので、その考えが自分の作品に出てくる女性のキャラクターに備わっている気がします。
――この会話の流れから、最後に、あなた自身を勇気づける映画があれば教えてください。
ラムジー:『ミルドリット・ピアース』(1954年、マイケル・カーティス監督)には、ジョーン・クロフォード演じる主人公をはじめ、強い女性像がいっぱい出てきて好きです。
そしてジョン・カサヴェテス監督の『こわれゆく女』(1974年)。ジーナ・ローランズ演じる主人公は狂気にとらわれていく女性像ではありますが、夫の立場からすると彼女をいい状態にしようとしての結果があれだから、その関係自体が悲しくて、夫が妻の持っている大切な精神を除去していくような気がする。でも、それが善悪の話じゃなくて、夫婦関係の複雑なバランスを描いているから、すごく惹かれます。実は、後ろに『こわれゆく女』のポスターを貼っているの。
あと、見えない場所に貼っているんだけど、『ローズ・マリーの赤ちゃん』(1968年、ロマン・ポランスキー監督)も大好きな作品です。個人的には1940年代、70年代の強い女性像を主役に置いている作品はすごく好きです。
この映画のグレースも劇中、倫理的には許されない行為をいくつかするんですけど、でも、どんな人だってするし、できるんですよ。だって、私たちは複雑なんだから。
そういうことを、みんな本当は前提として知っているはず。だから、そういう人物が出てくる映画の方が面白い。むしろ、今、私がやろうとしていることが映画業界の中でユニークに見えてしまっていること自体がちょっとおかしいんじゃないかなと私は思います。
『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』
監督:リン・ラムジー
出演:ジェニファー・ローレンス、ロバート・パティンソン
原作:原作:アリアナ・ハルウィッツ『死んでよ、アモール』(宮﨑真紀訳)早川書房刊
2026 年 6 月 12 日(金)より全国公開。クロックワークス配給。
© 2025 DIE MY LOVE, LLC.





