衣装が語る1960年代と心理の深淵。
映画『隣人たち』をシトウレイさんと「装苑」がファッション視点で読み解く

『プラダを着た悪魔2』の好演も記憶に新しい俳優アン・ハサウェイと、『タミー・フェイの瞳』で第94回アカデミー賞主演女優賞を受賞した俳優ジェシカ・チャステインという、アカデミー賞受賞経験を持つ名優ふたりが3度目の共演を果たしたサイコスリラー『隣人たち』(2026年7月24日公開)。その映画公開を前に、装苑ONLINEでは、装苑ユーザー独占の試写会を開催。上映後には、ストリートスタイルフォトグラファー・ジャーナリストのシトウレイさんをお迎えし、「装苑」編集者とのトークイベントを行いました。

サイコスリラーとしての緊張感はもちろん、’60年代アメリカのファッションを精緻に再現した衣装の数々が、キャラクターの内面や時代背景を雄弁に語りかけてくる本作。衣装という切り口から、映画の細部をひもとくトークイベントの内容をお届けします。

text : SO-EN

主人公は、大都市郊外の隣同士の家に住む親友のセリーヌ(アン・ハサウェイ)とアリス(ジェシカ・チャステイン)。それぞれ同い年の一人息子を持ち、余裕のある家庭の主婦として、ありきたりで幸せな日々を送っていた。しかしセリーヌの誕生日パーティーの翌日の昼下がり、体調不良で学校を休んでいたセリーヌの息子マックス(ベイレン・D・ビエリッツ)が自宅のバルコニーから身を乗り出し、転落死してしまう。この不幸な事故を契機にセリーヌとアリスの関係は変化し、さらにアリスの周りでも不幸やトラブルが立て続けに起こり出す。アリスは次第に、セリーヌがそれらのすべてを仕組んだのではないかと疑心暗鬼に……。アリスはセリーヌの悪事の証拠を手に入れようと行動し、やがてその行いはエスカレート。衝撃のクライマックスへと向かう。

 映画に振り回される快楽。
 レトロな世界観を形作るもの

シトウレイ(以下、シトウ) 息もつかせぬ展開に、映画に振り回されるようにして見ていました。あとは、なんといってもレトロな世界観の作り込みが丁寧。緻密で巧みなビジュアル設計によって作られた面白い画が随所にあり、視覚的にもとても楽しみました。

「装苑」編集部 松丸千枝(以下、松丸) ヒッチコック作品のような古典的なサイコスリラーを思い出させる印象的な場面がいくつかありましたよね。衣装やヘア&メイク然り、あらゆる要素がレトロな世界観を構成するピースになっていると感じました。

シトウ 私は、葬儀の場面でのセリーヌの顔が忘れられません。アリスをただじっと見つめる顔には、怒りとも悲しみとも違うものが浮かんでいて。あの感情を失った視線が、まさにヒッチコック映画の一場面のようで、強く記憶に残っています。

シトウ 実は、この作品を見る少し前に『プラダを着た悪魔2』を見ていたので、アン・ハサウェイのあまりの変わりぶりに最初は気持ちが追いつかなくて。本当にカメレオンのような俳優だなと、改めて思いました。

松丸 ジェシカ・チャステインさんのお芝居も圧巻でした。この人物は狂っているのか、正気なのか、見ているうちにどんどん分からなくなってくる。その絶妙な間の作り方が、印象的な場面をいくつも生んでいましたね。

シトウ クライマックスでの二人のつかみ合いは、それぞれ腕が出ていたこともあって、その腕と腕のぶつかり合いがとにかく生々しくて。本気でやっているんだという迫力が伝わってきました。

松丸 一方で、冒頭のぎゅっと抱きしめるようなシーンもすごく印象的で。友情を超えて姉妹のような絆を感じさせる温度感がありました。あれほど温かな関係を築いていた二人がこうなってしまったのか……という切なさが、今シトウさんがおっしゃった後半の展開に効いていたように思います。

 『隣人たち』衣装の見どころは?

シトウ 最初に「いい!」と思ったのは、バースデーパーティの夜にアリスが着ていたホルターネックのレインボーカラーのドレスです。ふわっとした裾にポニーテール、赤いリボン、という組み合わせもとても良かった。

それと、セリーヌが自分の子供の葬儀で着ていた衣装(写真下)は本当にドラマチックでした。ミニマルなのに迫力すら感じるという、あの不思議なバランスがたまらなかったです。

松丸 私は、セリーヌが学芸会の会場に現れるときに着ていた全身エクリュのコーディネート(写真下)が好きでした。帽子、グローブ、小さなバッグまですべて同じトーンで揃えていて、ハッとするような美しさ。養子縁組の場面も同じ衣装でしたが、あの「すべてを仕立てて揃える」という感覚は、今の時代ではなかなか見られない贅沢です。

シトウ 今、日本だったら皇室くらいだと思いますよね、あそこまで揃えるのは。グローブというアイテムが、当時はおしゃれの一丁目一番地だったんだなと、改めて勉強になりました。

松丸 一口に’60年代といっても、時期によってファッションは異なります。1967年には、皆さんが’70年代ファッションで想像するようなヒッピースタイルが出てきますし、’65年頃はツイッギーに代表されるボックスシルエット&ミニ丈のポップな時代。劇中、セリフにケネディ大統領就任の話かなという話題が出てくるので本作は’61年が舞台だと思いますが、その時期はまだ’50年代を引きずっていて、ウエストは絞られていてボトムの腰はふんわり広がるような、ディオールのニュールックの延長にあるエレガントなシルエットの名残りがありました。

シトウ 今のトレンドでも、まさにそのシルエットが踏襲されていますよね。

松丸 そうなんです。そういった大きな流れの中でも、アリスはポップなテイストやミニ丈を積極的に取り入れていたので、家庭に入る前は新聞記者として働いていたことや、さまざまな情報に触れていた先進的な女性であることが衣装で示唆されていました。’60年代初頭を精密に描いている印象を受けましたね。

シトウ 私は、セリーヌもアリスもはいていたサブリナパンツが気になりました。サブリナパンツは今季のトレンドアイテムですが、スポーティに振りすぎず、おしゃれに着こなすのが難しいんです。この映画でサブリナパンツとトップのバランスを見て「こう着たら素敵なんだ」という発見がありました。

松丸 ’60年代の女性のファッションって、いつの時代も女の人が憧れたりかわいいと思える普遍的な魅力があるんですよね。その中でも、さらに最近のトレンドアイテムともつながるものが映画の中にたくさん登場するので、私も、久しぶりに映画を見て衣装のエッセンスを取り入れてみたい!と思いました。

 衣装が語る「豊かな時代」の空気
 と登場人物の内面

シトウ ハッピーな空気感がありましたね。紺や黒などシックな色合いの服でも、どこか明るいムードを感じさせる着こなしになっていたと思います。それが時代の空気感を映しているなと感じました。あとは、朝・昼・晩で服を着替えていたり、帽子からグローブまで一式を揃えられるとか、そういう余裕が’60年代前半のアメリカにあったんだなとも。日本のバブル期のような、これからどんどん豊かになるんだという期待感が、色彩感覚や服のバリエーションに表れているような気がしました。

松丸 ’60年代初頭は、ポリウレタン、ナイロン、ポリエステル、アクリルといった合成繊維が実用化され、広く普及したタイミングです。そのため、前時代の服よりも明らかに発色が鮮やかになっていきます。そうした技術的な変化と人々の気分の明るさがマッチしていたのかもしれませんね。シトウさんが今日お召しのワンピースも、’60年代の雰囲気があって本当に素敵です!

シトウ まさに’60年代を意識して選んできたアルチュザラのものです。明るい色の入ったチェック柄は’60年代の流行ですよね。

松丸 そうですね。劇中も、アリスが明るいチェック柄のセットアップで地下に忍び込むシーン(写真下)がありました。先ほど宣伝の方からうかがったお話では、あのセットアップはヴィンテージショップで衣装担当者が見つけてこられたものだそうです。今、再現して作ろうとしてもなかなか簡単にはできないような服だと思います。

シトウ アリスの衣装のほうがコットンや軽めの素材が多くて、ワンチャン走れるくらいのアクティブな感じ。対してセリーヌは、掃除機をかけているときでさえターバンを巻いてきれいな服を着ている。あの「隙のなさ」が印象的でしたね。

松丸 今の感覚からすると、セリーヌのあの隙のなさは、見ていてちょっと苦しくなるくらいですよね。完璧主義的な性格や、良妻賢母としてのプライドや自覚なども感じさせられました。時代感覚の違いは加味しても、彼女の服装を見ながら私はずっと「この人、ちょっと大丈夫かなぁ」と思ってしまいました。

自分の世界が家庭とご近所関係で完結している女性の、家庭への責任感と、ある種の悲哀みたいなものがあのきっちりした着こなしの中に滲み出ているような気がしました。自分の好みというよりも規範的であろうとする意思のほうが読み取れて、少し物悲しくなったといいますか。

シトウ 道を踏み外してはいけない、という呪縛があったからこそ、自分の進むべき道が閉ざされてしまったときの絶望は深かったんじゃないかなと思いますね。セリーヌって、おそらく良妻としては不満を感じていたとしても、賢母という役割は手放したくなかったんじゃないかな。だからどうしても子どもが必要だったのかな、と思って見ていました。学芸会のシーンでほかのお母さんたちも全員きちんとした格好をしていましたよね。カジュアルダウンスタイルで外出することが許されない空気というか、それが当時のスタンダードだったのだとすると、まだ少し息が詰まる時代だったと思います。

’60年代の初めは、まだ女性が男性の「持ち物の一つ」という認識もあった頃。夫も義母もなかなかのモラルハラスメントっぷりで。そういった社会的な鬱屈が積もり積もって、あのような結末につながっていったのかもしれないですね。

松丸 衣装からそこまで読み取れるのが、この映画の面白さの一つだと思います。

シトウ セリーヌはずっとあのパールを着けているんですよ。アリスに対して疑念を持つ場面でもずっと着けたまま。憎いはずの相手からもらったものをなぜ着けているのか——。彼女の内側にある得体の知れないものを想像させられるようで、ゾッとしました。

ある出来事でそのパールのネックレスは引きちぎられてしまうのですが、床に落ちたパールを拾い集めながら、セリーヌは少し笑っているように見えるんです。その感情のわからなさも、セリーヌという人物の底知れなさや怖さをさらに増幅させていました。

松丸 私は個人的に、エレガント・ベーシック系の服を好むセリーヌなら、もともと自分でああいうスタンダードなパールのネックレスはとっくに持っていたんじゃないかなと思ったんですよね。アクセサリーとして最も初めに買いそうなものですし、パールっぽいイヤリングはしていたので、あの時代ならパリュールとして、それこそ揃いでネックレスを持っていたとしても全く不思議ではない。

シトウ あと、親から贈られる系のアイテムでもありますよね。家に一揃いのものがあったはずなのに、アリスからもらったネックレスをずっと着け続けているって、もらった時に大げさに喜んでみせた手前、「今さら家にあるって言えない!」みたいな(笑)。

松丸 「あの時めっちゃ喜んじゃったしな〜」って(笑)。そう考えると、そもそもセリーヌはあまり人に本心を言えない人だったんじゃないか、といったところまで想像が膨らんでいきます。この話はただの想像レベルですが、パールひとつでこれだけ考察も捗るというのが、この映画の衣装・小物の使い方の巧みさではないでしょうか。

シトウ そういう意味で、何度見返しても面白い作品だと思います。トークイベントのお話をいただいてから、実際、何度も繰り返し見ましたが、見直すたびに発見がありました。例えば、チェックの洋服とカーテンが呼応しているような仕掛けがあることに気がついたり。視覚的な楽しみが散りばめられている作品なので、機会が許せば、ぜひ複数回鑑賞をおすすめします。


シトウレイ
ストリートスタイルフォトグラファー・ジャーナリスト。石川県加賀生まれ、東京在住。早稲田大学卒業。日本を代表するストリートスタイルフォトグラファー/ジャーナリスト。『何を着るか、ではなく、どう着るか』をモットーに毎シーズン世界各国のコレクションへと赴き、ランウェイ・オフランウェイ問わず、本人の審美眼に適ったスナップフォトを発信中。2020年10月『Style on the Street : From Tokyo and Beyond』をアメリカのRizzoli社から世界同時出版。 出会った人々から愛されるひととなりがふんだんに散りばめられたYouTube「シトウレイチャンネル NEW !!!」も好評配信中。

監督・撮影監督:ブノワ・ドゥローム
出演:ジェシカ・チャステイン、アン・ハサウェイ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ジョシュ・チャールズ
配給:ギャガ
2026年7月24日(金)より、東京の「TOHO シネマズ シャンテ」ほかにて全国順次公開。

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