岡本多緒とヴィルジニー・エフィラが語る『急に具合が悪くなる』の共鳴を超えた魔法

2021年9月、『装苑』で濱口竜介監督に『偶然と想像』について話を聞いたとき、彼は「僕たちの日常には、偶然はあふれている。でも、それが意味のある偶然だと読み取るには、ある種のセンサーが必要だとも感じているんです」と語った。

2026年5月、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でダブル主演の岡本多緒ヴィルジニー・エフィラが最優秀女優賞を受賞した『急に具合が悪くなる』。この作品はまさに、偶然出会った国籍も、年齢も、育った背景も違う女性ふたりが演劇をきっかけに一晩、夜を徹して話し合うことから運命を分かち合うまでの関係を描いた物語だった。

原作は、がんの転移を経験しながら生き抜いた哲学者の宮野真生子と、臨床現場の調査を積み重ねた人類学者の磯野真穂が交わした20通の書簡から構成された同名の本となる。

カンヌでの授賞式で、ヴィルジニーは「状況がいかに絶望的でも、それを変えることを諦めないこと。濱口竜介監督は常にそこを見つめていました」、岡本は「こんな映画はそう多くありません。私たちのように出会う二人の女性を描いた映画は、ほとんどないのです。まるで夢さえも超えています」とコメントした。取材が殺到する中、短い時間ながら、ふたりにさらに舞台裏について聞いた。

Photographs : Josui Yasuda(B.P.B.) / interview & text : Yuka Kimbara


ヴィルジニー・エフィラ(以下、ヴィルジニー):濱口竜介監督のディレクションのユニークさは、色々な資料をしっかり調べて入念に準備したうえで、俳優が、演じる役と一体感を持った瞬間を撮影するところです。私にはその方法がとても面白く、彼は〝今〟をとらえる監督だと思いました。

私たちが脚本の心理的な面について質問をしても、彼はそれを受け付けない。言葉が返ってきたとしても、「ただ今の時間を生きてほしい」というものになる。だから、本当に今この時を生きて、相手の人——それは岡本多緒さんが演じる真理やほかの共演者たちですが、目の前の人との共鳴を求めていくだけ。そういう意味で姿勢がはっきりしているんです。

岡本多緒(以下、多緒):私の場合、今回は普段から持っていた実感を、今まで以上にそのまま現場にもってこられたという感覚があるんです。ヴィルジニーが今話したように、濱口監督はカメラの前で何か特別なことをさせようとするのではなく、相手の声を聞いてくださいと常におっしゃるんです。

私自身もたしかにそれが演技の基本だなと思っていて。ただ、それぞれの役者さんたちがどんなものを現場に持ってくるかにもよるし、単純に相性もあります。これまでは相手にうまくボールを届けられなかったり、あるいは投げても戻ってこなかったり。うまく共鳴できていないと感じることも多々ありました。

ですが、『急に具合が悪くなる』の場合は、ヴィルジニー演じるマリー=ルーとは、共鳴を超えて、まるで普段友達と会話しているような自然な感覚になったんです。それが本当に新鮮でしたし、愉しかったし、どこかでずっと願っていた芝居の形が実現できたなという思いがあります。

ヴィルジニー:濱口さんはジョン・カサヴェテスが好きで、彼のパートナーであるジーナ・ローランズが好き。撮影に入る前には、ロベール・ブレッソン監督の『ジャンヌ・ダルク裁判』(1962年)という実際の裁判記録を元に、ジャンヌ・ダルクの裁判から処刑までを描いた作品を見せてもらいましたが、彼はジャンヌ役のフロランス・カレのことも好き。この映画に関しては、ジャンヌがまっすぐ進んでいくのがいいのだと話していました。

私が演じたマリー=ルーという女性は、映画の中で人の尊厳についてずっと自問自答しています。それはまさに、私が人生の中で考え続けていることと合致していて、その意味では同じ価値観を持っている人物を演じた、と言えます。

多緒:今、いろんな局面で合理性が重要視される世界観が極端化しているなという感覚は私にもあります。私自身、そういう価値観に感化されて、合理的な思考ができる人間でいなきゃいけないとか、そうありたいとか、むしろ私は合理的に生きることの方が得意なんじゃないかととも思っていましたが、この映画をきっかけに、人をケアすることや人間らしくあることは、合理性とは対極にあるのではないかと考えるようになりました。

真理は劇中、長塚京三さん演じる俳優の(清宮)吾朗とともに、フランコ・バザーリア(イタリアで精神科病院を廃絶した精神科医)についての演劇を上演しているのですが、バザーリアが唱えた自由意志というものに私たちは立ち返らなくてはいけないんじゃないか、と演じながら自分に問いかけていました。

ヴィルジニー:私はこの映画を見て、合理性と偶然性は決して対立するものではないと思いました。確かに経済的な観点から合理性について語られることはあるけれど、資本主義と合理的な経済が介護に与える影響は悪いことだけではありません。問題はシステムとそのロジックだと思う。

でも、人間は別ですよね。私達はときに論理的ではないことをやりますから、人物を描くにしても、「この場面ではこういう風に考えるから、こんな風に行動する」と筋道を立てるのはあまりにも短絡的です。少なくとも私は合理的な人間ではありません(笑)。

ヴィルジニー:濱口さんと会うまでは全然知らなかったんですけれど、彼は実際の時間の流れの中で演技を撮影し、そのままの時間尺で映画の中に入れ込む方法をとっているんです。

例えば、夕方からマリー=ルーと真理が話している間に、日が暮れ、月が昇る。その経過に合わせて長回しのワンシーンで撮影して、それをそのまま映画に使うんです。だから、撮影は一日一回だけ。マスターショットを撮ったあとは、翌日、一部を、また同じ夕暮れ時や月の入り時間に合わせて撮り直す。コーヒーを淹れる時間も、カップラーメンに湯を注いで出来上がって食べるまでも!

彼は映画の中で時間を短くしたり、延ばしたりはしない。それが驚きでした。

多緒:私は真理として、強烈に惹かれあったマリー=ルーとの夜が終わってほしくないという一心でした。彼女と互いのことを少しずつ知っていく過程の中で「この質問は大丈夫かな」「こういうことに踏み込んでいいのかな」と思いながら行うやり取りの濃密さにどんどんアクセルがかかり、相手の領域に入り込んでいく高揚感がおのずと出てくるようになりました。

もちろん体力的にハードな日もありましたが、いざ撮影が終わってしまうと寂しいと思うほど刺激的で楽しい現場だったので、そんな私たちの風景も作品には溶け込んでいるかもしれません。


Virginie EFIRA

1977年生まれ。ベルギー出身。ブリュッセルの演技学校 INSAS(国立高等舞台芸術学校)と王立音楽院で演技を学ぶ。98年、ベルギーの子供向け番組で司会者としてテレビデビュー。2003年、フランスにて様々な番組の司会者として活躍。’10年、コメディ映画「L’AMOUR C’EST MIEUX À DEUX」(ドミニク・ファルジア監督、アルノ―・レモート監督)で準主役として出演後、数々のコメディ映画で活躍。その後もイザベル・ユペール主演の『エル ELLE』(‘16年、ポール・ヴァ―ホーヴェン監督)、ジュスティーヌ・トリエ監督の『ヴィクトリアとベッドで』(‘16年)、『愛欲のセラピー』(‘19年)など幅広いジャンルの映画に出演。『ベネデッタ』など(‘21年、ポール・ヴァーホーヴェン監督)でセザール賞主演女優賞にノミネートされるなど、フランスを代表する俳優となる。パリ同時多発テロを題材にした映画「パリの記憶」(‘22年、アリス・ウィンクール監督)では、第48回セザール賞主演女優賞を受賞した。

Tao Okamoto

1985年生まれ、千葉県出身。14歳の時に日本でモデルデビュー。2006年に渡仏しパリ・ファッションウィークのランウェイを歩く。その後、“TAO”名義でパリ・ミラノ・ロンドン・ニューヨークと数々のトップメゾンのショー、雑誌、ワールドキャンペーン広告に多数出演し、トップモデルとして活躍。2013年に、映画『ウルヴァリン:SAMURAI』(ジェームズ・マンゴールド監督)でヒロイン・マリコ役に抜擢され、スクリーンデビュー。その後、ドラマ『ハンニバル』シーズン3(’15年)、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(‘16年、ザック・スナイダー監督)、『マンハント』(‘17年、ジョン・ウー監督)、ドラマ『ウエストワールド』シーズン2〜3(’18年-’20年)、『沈黙の艦隊』(’23年、吉野耕平監督)など国内外の作品に出演。’23年より拠点を日本に移し、本名の“岡本多緒”として活動をスタート。同年に自身で初めて監督・脚本・主演を務めた短編映画『サン・アンド・ムーン』が、第36回東京国際映画祭 Amazon Prime Video テイクワン賞のファイナリスト作品に選出。監督3作目となる短編映画『マイ・スウィート・パーラ』が第20回札幌国際短編映画祭で最優秀子役賞を受賞するなど、多岐にわたって活躍中。

『急に具合が悪くなる』

監督:濱口竜介
原作:宮野真生子・磯野真穂著『急に具合が悪くなる』(晶文社)
出演:ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代
2026年6月19日(金)より、東京の「TOHOシネマズ日比谷」他にて全国公開。
配給:ビターズ・エンド
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