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「見せること、見られることの力」
世界的スタイリスト、トム・イーレバウトが明かすスタイリングの本質。

2026.04.02

アドリア海に面した港町トリエステにある「イッツ アルカデミー」は、イタリア初の現代ファッションミュージアム。ここでスタートしたエキシビションでは、キュレーションを手がけたトム・イーレバウトの視点を通して、スタイリストの重要な役割が語られています。

E3FGD5 Lady Gaga leaves her hotel on Halloween wearing a Japanese inspired outfit and a huge seashell umbrella Featuring: Lady Gaga Where: London, United Kingdom When: 31 Oct 2013

「イッツ アルカデミー(ITS Arcademy)」で開催中の展覧会『見せること ― 見られることの力、ハリー・スタイルズからレディー・ガガまで(EXPOSURE The Power of Being Seen, from Harry Styles to Lady Gaga)』のキュレーターを務めたのは、セレブリティのスタイリングを担うトム・イーレバウト(Tom Eerebout)。本展ではその仕事と歩みを、展示をたどりながら紹介します。

3B8MWEP May 6, 2024, New York, New York, USA: Rebecca Ferguson attends the 2024 Met Gala Celebrating Sleeping Beauties: Reawakening Fashion at Metropolitan Museum of Art in New York. (Credit Image: © Photo Image Press via ZUMA Press Wire)

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トム・イーレバウトの生い立ちは、華やかなファッション界のイメージとは少し異なります。彼が育ったのは、ベルギーの海辺の街にあるトレーラーパーク。そこにはセックスワーカーやタトゥーアーティストなど、多様な人々が自由に行き交う日常がありました。

「他の人が混沌(カオス)と呼ぶ場所に美しさを見出す本能こそが、今の僕のすべての出発点です。子どもの頃、僕は住んでいる世界が好きでした。今になって、それがどれほど普通ではなかったかに気づきました。両親は長時間働いていたため、僕はその場にいた人たちに預けられていたんですよね。普通の親なら子どもを預けないような人たちでしたが、彼らは最高のベビーシッターでした。寛大で、守ってくれて、生き生きとしていて。だからこそ僕は、社会の外側にいる人々に対する共感を持つようになりました。そうした感覚が、今の自分の仕事につながっているのだと思います」

16歳になったトムにとって、ベルギーのファッションの街アントワープは自由の象徴でした。自分と同じ感性を持つ仲間を求め、片道2時間かけてこの街へ通い始めます。そうして出会ったのが、王立芸術アカデミーの学生だったデムナ(グッチの現クリエイティブディレクター)やグレン・マーティンス(メゾン・マルジェラの現クリエイティブディレクター)といった、後にファッション界を牽引するデザイナーたちでした。

トムは写真を学ぶためにアントワープへ移り、写真学校へ入学します。しかし、アカデミックな指導のもとで「作品を作り込みすぎている」と批評され、その独特な感性は否定されてしまいます。そんな中で出かけたカイリー・ミノーグ(Kylie Minogue)のコンサート。

「客席に座って感じたことを、僕は決して忘れません。これは考え抜かれた世界で、音楽、光、衣装が重なり合って、物語となる。スタイリングとは観客を、現実の外へ連れ出す魔法なのだ」と、トムは振り返ります。

その夜、友人に「30歳までにカイリーをスタイリングする」と断言。彼の願いは、24歳で現実となるのです。

2009年、トムはパートナーの仕事の都合でロンドンへ移り住むことになります。そして、ファッションの名門校セントラル・セント・マーチンズへの入学を考えたものの、願書の締め切りに間に合いませんでした。進路を定めきれずにいたとき、スタイリストのアンナ・トレヴェリアン(Anna Trevelyan)がアシスタントを探していると知り、それが彼の運命を決定づけることになりました。

それからは、第一線のスタイリストのもとで経験を重ね、信頼を築きながら、驚くほどの速さでキャリアを駆け上がっていきます。その現場での実践が彼にとって何よりの学びとなり、アントワープで受けた否定を覆す転機となったのです。

トムはスタイリストの仕事について、次のように語っています。

「僕はスタイリングを一種のキュレーションだと考えています。デザイナーがレンガを作り、スタイリストはそれで何を作るかを決める。壁なのか、塔なのか、庭なのか、服の中にある様々な要素を組み合わせながら、物語へと変換していく。それが“語らせる”ためのプロセスです」

プロフェッショナルとしてトムが大切にしているのは、正直であること。

「プロジェクトに合わないと思えば、デザイナーの時間を無駄にしないように、はっきりと伝えます。相手への敬意を持ちつつ、最高の作品を作るために何が必要かを真摯に対話する。それこそが重要なのです。」

AIとデジタルの時代に入り、スタイリングの未来を問われると「今の時代、“見られること”の価値は、SNSの“いいね”の数やアルゴリズムで測られがちです」とトム。

「ですが、スタイリストの本質的な役割は、数字を追うことではありません。ある種のセラピストのように、その人がどのようにありたいのかを深く理解し、かたちにすることにあります。単に服を着せるのではなく、スマートフォン上の評価を超えたところにある素材感やムード、そして人間の感情を扱う仕事です。これらはAIのコードやデジタルの数値では決して処理できないものなのです」

長年この仕事を続けていながら、トムには一つ、もどかしさを感じていたことがありました。それは、自分の祖母にさえ、この仕事の内容や大切さをうまく説明できなかったことです。

「祖母にも、わかりづらい自分の仕事の価値を理解してもらいたい。誰にでも伝わるかたちで表現したかったのです」その切実で純粋な願いこそが、この展覧会を生み出す原動力となりました。

ファッションを学ぶということは、単に服の形や流行を知ることではありません。服を通じて何を伝え、人とどう向き合い、どんな物語を作っていくのか。この展覧会は、スタイリングという仕事の奥深さを通じて、その大切なヒントを語りかけています。

「立ち上がり、輝こう」展。

また「イッツ アルカデミー」では、今年のITSコンテストの受賞者10人の作品を集めた展覧会『立ち上がり、輝こう(Rise and Shine)』も同時開催しています。ぜひ、併せてご覧ください。

ITS Arcademy – Museum of Art in Fashion
「Arcademy」は「アーカイブ(Archive)」「アカデミー(Academy)」「方舟(Ark)」の3つの意味を込めた造語。
オフィシャルサイト:https://itsweb.org/its-arcademy/
Photos Rise and Shine: ©︎ M.Gardone / Courtesy of Fondazione ITS 
Photos and Text : Chieko HAMA

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