FacebookやInstagram、Threadsなどのプラットフォームを運営するMetaが文化服装学院とタッグを組み、次世代のクリエイター育成を目的にした特別ゼミを全6回で開講。6月からスタートしたこの取り組みも今回で最後。最終回は「最先端のVR技術や3D技術で創造するファッションの未来」をテーマに、デジタルファッション領域で新たなファッションの可能性を広げている、LAILA Director 橋浦秀夫さんと3DCGクリエイター ゆいぴさんをゲストにお迎えし、急成長しているデジタルアパレルブランドや3D技術を用いたバーチャルミュージアムについてお話いただきました!
photographs : Norifumi Fukuda (B.P.B.)
\1から学ぶ/
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【第6回】
最先端のVR技術や3D技術で
創造するファッションの未来
左からMetaのグローバル パートナーシップ 大平かりんさん、フリーランスエディター 岡島みのりさん
全6回の講座を進行するのは、Metaのグローバル パートナーシップ チームの皆さんと、文化服装学院の卒業生でもある、フリーランスエディターの岡島みのりさん。
最終回の会場となったのはMetaの東京オフィス。初めてオフィスを訪れた学生の皆さんは、ワクワクした様子で最後の講座に参加しました。
実は、FacebookやInstagramなどのSNSプラットフォームを運営するだけでなく、VRやMR(複合現実)を楽しめるMeta Questというヘッドセットも展開しているMeta。次世代で活躍するクリエイターとして、最新技術を活用することで自分のクリエイティビティを発揮できる新たな場所や方法を見つけてほしいという思いを込め、ファッションの分野でVRや3D技術を活用した表現に挑戦している方々を講師に迎えました。
Meta東京オフィス内
講座に参加した学生
バーチャルでのファッションの在り方とは?
メタバース空間から参加したゆいぴさん
ゆいぴ
ネイルサロン経営で接客をすることが苦痛になり、独学で3DCGを学ぶ。その後デジタルアパレルブランドを立ち上げる。2001年にBOOTHにてデジタルショップ“Melty Lily”を運営。2022年にVRChat内でファッションショー「Voyage」を主催し、その後も年に2回ほど「Voyage」を開催している。
大平かりん(以下、大平):様々なゲストにご登場いただいたこの講座ですが、最終回はVR技術をテーマにゆいぴさんと橋浦秀夫さんにお話をうかがいます。ゆいぴさんは、今どこにいらっしゃるのでしょうか?
ゆいぴ:私は、VRChatというメタバースのプラットフォームの中から皆さんに会いに来てます。 見慣れない姿だと思いますが、今日はこの姿でお話しさせてください!
学生:可愛い〜!
大平:自己紹介をお願いします。
ゆいぴ:もともと、現実世界ではネイリストの仕事をしていましたが、接客することに飽きてしまい、接客をしなくても良い仕事がないか考えていました。そんな時、2021年にMeta Quest 2が手頃な価格で買えるようになったことを知り、これをビジネスにも繋げられるのではないかと思い、この世界に入りました。自分でおしゃれをすることは好きでしたが、洋服の専門知識は全くない状態で3DCGをイチから独学で勉強しはじめ、今に至ります。
大平:学生の皆さんは3DCGで服を作ったり、操作したことがある方はいますか?リアルで作るより、難しいのでしょうか?
学生:難しいですが、縫うより楽です。掛かる時間も短いですよ。仮縫いする前に、3Dでシュミレーションをしています。
ゆいぴ:私もミシンを少し触ったことがあるのですが、VRの方が難しいと思ったこともありました。昨年、作っていた服の一面にラインストーンを1個1個つける作業があったのですが、本当に嫌になりました(笑)。
大平:コピー&ペーストではないということですね?
ゆいぴ:コピー&ペーストですが、デジタル上では直接ピッタリと服に貼れるわけではないので、横から見て隙間がないように、何度も微調整を繰り返しました。気絶しそうになりました(笑)。
大平:実際に使っているソフトを教えてください。
ゆいぴ:私が主に使っているソフトは、3DCGのモデリングをするBlenderとスカルプトをするZbrush、生地選びや仕上げにはSUBSTANCE PAINTER、PhotoShopを使っています。現実では服が作られる工程が決まっていますが、私は作りながら、デザインを変えています。Blenderの中でデザインをして、その後パターンや仕様書を作り、裁断・縫製をしている感覚です。
大平:3DCGの洋服を作るのに、作業時間はどれくらい掛かりますか?
ゆいぴ:私はめちゃくちゃ早いのですが、写真上の服は2日で作りました。基本は1週間ほど掛かると思います。慣れればどんどん作業が早くなります。
大平:袖を少し広げたいとか、スカートの丈を長くしたいといったことは、ワンタッチで感覚的にできるものですか?
ゆいぴ:できますよ!変更したい箇所を部分的に選択して、伸ばすことで簡単に修正できます。
ゆいぴ:写真上のソフトでは、しわや素材感を作ります。3Dモデルは頂点数(多角形の角の部分)の、1つ1つの点が繋がって膨らんでいくと容量が重くなります。データを軽くするために、1万頂点に見えるものを5千頂点で抑えるノーマルマップ(物体の表面に細かい凹凸やディテールを表現するためのテクスチャ)というものを作ります。Zbrushというソフトではハイポリ(ポリゴン数が多いこと)のモデルを制作しています。
大平:ステッチのところがしっかりと黒く、陰で落ちているなど絶妙な生地のニュアンスをここで作るわけですね。
ゆいぴ:Photoshopでは商品のサムネイル画像を作ります。お客さんがこのビジュアルを見て購入するので、これはもう商品の顔。実際に手に取ることができないので、様々な画像を用意して、参考の着用パターンを提案しています。
大平:ちなみに、バーチャル空間の中で洋服のトレンドはあるのでしょうか?
ゆいぴ:ネットの世界なので、どちらかというとオタク文化の方が進んでいて、萌え系衣装が多い印象です。現在は、男性のユーザー目線で選ばれた露出がある衣装もトレンドになりやすいと思います。あとは、現実では着られないようなチェーンが全身についている服や、ファンタジー要素がある服は人気です。
岡島みのり(以下、岡島):今日はダウンを着られていますが、シーズン性みたいなものもあるんですか?
ゆいぴ:シーズンに合った洋服を出すと、その時期に爆発的に売れるという傾向もあります。
大平:なるほど、面白い!VRアパレルを薦める理由もまとめていただきました。
ゆいぴ:服の勉強をしている学生の皆さんには、ぜひVRアパレルに挑戦していただきたいです。その理由の1つ目は、参入ハードルがとても低いことです。自分のブランドを現実世界よりもはるかに簡単に持つことができて、資格なども必要ありません。失敗してもまた新しいブランドを出せば良いので、現実よりも気軽に成功体験を重ねることができます。さらに、制作から販売準備、プロモーションまでを全て自分で手がけられるので、 誰かとやり取りする必要もなく、自分のペースで作業を進めることができます。
2つ目の理由はランニングコストを抑えられること。在庫を持つ必要もないですし、生産コストは最低限必要なソフトさえ揃っていれば、あとは自分のアイディア次第で商品を作れます。ちなみに私は、月1万円以下で商品を作っています。あとは、現実世界と比べるとライバルが少ない。増えつつありますがジャンルが狭いんです。 服の知識がある皆さんだったら、新しく流行るジャンルをバーチャルの世界に持ってこられるのではないかと思っています。
大平:アイテムは服以外にもありますか?
ゆいぴ:カバンや家具、お部屋を作っている方もいますが、一番売り上げがあるのは洋服です。
大平:VRの世界でファッションショー「Voyage」も主催しているんですよね。
ゆいぴ:2022年の冬ごろから年に2回のペースで開催しています。現実世界のファッションショーと同様に、各ブランドの新しい洋服をこのショーで初披露しています。水の中から人が出てきたり、現実ではできないような演出ができることも、バーチャルならでは表現方法です。
洋服の貴重なアーカイブが見られる、世界初のバーチャルミュージアムってどんなもの?
橋浦秀夫
LAILA ディレクター。2002年にデザイナーズブランドのアーカイブを販売するコンセプトショップ「LAILA VINTAGE COLLECTION」をオープン。その後、「LAILA VINTAGE」「LAILA TOKIO」「SURR」「DE CHIRICO」をオープン。2018年に出版プロジェクト「printings」を始動。2024年7月に世界初のバーチャルミュージアム「LA MUSEUM」をスタート。
大平:続いて、橋浦さんにお話をうかがいます。(岡島)みのりちゃんとの関係性もあるんですよね。
岡島:文化服装学院在学時に、M A S Uのデザイナー 後藤愼平さんに誘っていただき、1年半ほどインターンをさせていただきました。LAILAは、デザイナーズのヴィンテージアイテムを販売していますが、ミュージアム級の貴重なアーカイブが多数保管されています。ストックにいるのが楽しくて仕方ないくらい!ラフ・シモンズのアーカイブコレクションで本を制作するなど、服の販売以外の活動も幅広くされています。
大平:今年の7月にバーチャルミュージアム「LA MUSEUM」をスタート。どういった経緯で作られたのでしょうか?
橋浦秀夫(以下、橋浦):コロナ禍以前は、年に3〜4回のペースでファッションウィークに合わせて海外へ買い付けに行っていました。そのタイミングでパリやロンドンの美術館で行われているファッションのエキシビジョンにも足を運んでいたので、年に数回ほど鑑賞する機会がありましたが、コロナで完全に閉ざされてしまって。何か新しいことをずっとやりたいと考えていたこともありましたが、これまで会社で大切に保管してきた貴重なアーカイブをただ保管しておくだけではなく、多くの人に見ていただく必要があるなと感じました。
大平:LA MUSEUMの“LA”はLAILAに引っ掛けていますか?
橋浦:LAILAにも引っ掛けていますが、これはフランス語の女性名詞の「LA」です。フォントはLAILAのLAと同じです。
大平:ミュージアムで特に力を入れたことを教えていただけますか?
3Dスキャン装置
橋浦:一番最初に着手したのは、3Dスキャンスタジオを作ることです。日本では3Dの撮影装置を商品として販売しているところがほとんどなく、人伝に3Dスキャン技術を持つ会社を紹介していただきました。その会社は、これまでに人を撮影したことがなく、主にワンちゃんを3D撮影して、フィギュアにするといったことをされていたのですが、ご相談をしたところ撮影装置を作っていただけることになりました。日本最大のカメラ数にしたかったのでカメラは200台使用しています。
このスキャン装置でミュージアム用の撮影も行いますが、会社にもアーカイブが2万点ほどあるのでそれも合わせて撮影をしています。現在、1万件以上のデータがあります。
大平:LA MUSEUMに並ぶ洋服それぞれをクリックをすると、その服の説明が読めるのがまず素晴らしいのですが、素材や柄といったディテールまでしっかりと見ることができるんですよね。革新的なミュージアムです。現在はモバイルアプリで体験できます。
橋浦:この試みをきっかけに改めて感じたのは、ファッションの文脈でヴィンテージの歴史を辿っていくと、自分が王道だと思っていたものが、意外とマーケットでは知られていないことが分かりました。
例えば、メゾン・マルタン・マルジェラで経験を積み、2010年から2020年までアン・ドゥムルメステールのクリエイティブディレクターを務めたセバスチャン・ムニエの作品も長年、収集しています。ある時、彼がイタリアへ引っ越すからアーカイブ170点を譲りたいと言ってくれました。彼の作品をこれほどの量まとめて見られるのは非常に貴重な機会なのですが、その価値は広く知られていないですよね。経歴を話すと理解される場合もありますが、こういった背景を一個一個掘り下げていくことが、LAILAの根幹というか。
このような情報は、商品を大切に扱う仕事の積み重ねによって得られます。この当たり前にやってきたことが多くの方に繋がっていく。買い付けた商品はすぐに公開せず、お客様に満足いただけるようなタイミングを見計らって公開します。これらの集大成がLA MUSEUM。
今後はこのミュージアムのプラットフォームを通じて、様々な企業や美術館と一緒に、フィジカルとバーチャルを連動させていくことを将来の希望として持っています。
大平:街に出かけても絶対に見ることのできないような洋服に出会えて、勉強になる場所ですよね。
橋浦:現代の洋服がいかに過去のアーカイブをリファレンスしているか。それはオマージュという綺麗な言葉でもあれば、コピーという言葉でもあります。非常に難しい時代だと思いますが、服の歴史が今のファッションにどれほど影響を与えているかということを、暴くような形ではなく、歴史から紐解いて伝えることも自分たちの仕事の一つだと思い、バーチャル上でミュージアムを立ち上げました。
大平:このミュージアムに、様々なデザインの起点となるインスピレーション源があることによって、新しいコミュニケーションが生まれますよね。私たちが知らないことや歴史の裏にあるストーリーを知って、会話することでファッションの未来にも繋がっていくと思います。
橋浦:大量のアーカイブを保有しているという自慢話ではダメで、これらをどのように未来に繋げるかがとても大事だと思います。
大平:橋浦さん、ゆいぴさん、貴重なお話をありがとうございました!
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