現在、東京・恵比寿のメゾン マルジェラ トウキョウの上階で開催されている『メゾン マルジェラ アーティザナル 2024 エキシビション 東京』。この展示は現クリエイティブ・ディレクターのジョン・ガリアーノ自身が考案したもので、2024年春夏オートクチュール期間に発表し、大きな話題を呼んだ2024年の「アーティザナル」コレクションを多角的に見せ、文字通り「解剖」する試みだ。以前パリで関係者にのみ公開した内容を拡張し、世界で初めて、東京で展覧会としてお披露目している。この記事では『メゾン マルジェラ アーティザナル 2024 エキシビション 東京』を追体験するガイドをお届け。
photographs : Norifumi Fukuda(B.P.B.) / text : SO-EN
会場を訪れた人は、まず、2024年「アーティザナル」のショーからインスパイアされたビジュアルとファサードに迎え入れられる。ジョン・ガリアーノの肉声によるオーディオガイドをスマホにダウンロードして階段を上がり、向かう先は3階。明かり一つない廊下の先で、ほのかに浮かび上がるのは、今コレクションでジョン・ガリアーノにインスピレーションを与えた写真家ブラッサイの代表作であるマダム・ビジューの一枚のポートレートだ。妖美な世界を予感して部屋に入るとすぐに、大量の本で埋め尽くされた「インスピレーションウォール」と呼ばれる壁が現れる。
壁の大量の本は、写真家ブラッサイとフォーヴィスムの画家であるキース・ヴァン・ドンゲンの作品をはじめ、初期段階でリサーチした膨大な文献を分解・再製本したもの。ジョン・ガリアーノが何に心を揺さぶられ、どのようにそれらの要素をコレクションに落とし込んだかを、資料をめくる中で窺い知ることができる。「インスピレーションウォール」は、本会場のために特別に作られたものだ。
2024年「アーティザナル」コレクションでは、身体矯正や解剖学的な関心も重要なエレメントだった。モデルたちの多くはコルセットを身につけ、自らの性的魅力を極大化したり身体加工への欲求を具現したようなスタイルをまとっていた。ウエストが大きくくびれ、ヒップを強調した極端な形のコルセット「エセル」、名の通りのシルエットを持つコルセット「チューリップ」、ブラジャーを必要としないタイプの「シンチャー」と、象徴的な3種類のコルセットが、アンダーウェアやブラッサイの写真集などとともに、アンティーク調の棚に収められていた。ショーでモデルの手元を彩った、獣の爪のようなグローブもここに展示されている。
本展示では、2024年「アーティザナル」コレクションに登場したルックのうち、25点を見ることができる。特筆すべきは、その緻密なテクニックの多くをメゾンがオリジナルで開発していることだ。
レトログレーディングとアクアレリングの独自テクニックによって作られたルック。
独自のテクニックのうち、多くのドレスを彩ったのは、レースなど各種の糸細工やアップリケ、素材の断片などを服の裾から上方に向かって劣化させてつなぎ合わせる「レトログレーディング」や、独特のドレープやひだによって、服をまとっているのにヌードのように錯覚させる「アクアレリング」の技法だ。クチュール技法を前進させるこれらの技の独創性と美しさは、実物を目にすることでなお実感することができるもの。
シャンティイレースをレトログレーディングした黒のシルクモスリンのドレス。いつまでも眺めていたいほど、妖しく美しい。
裂けたストッキングでスポンジを包んだ「リバース・スワッチング」のルックは、会場入り口に飾られていたポートレートの被写体、マダム・ビジューのふくよかなイメージが着想源に。「リバース・スワッチング」もまたメゾン マルジェラ独自の技法で、質素なスポンジでオートクチュールのドレスを仕立てるように、高級ドレスの仕立てに多く用いられる素材を対照的な価値を持つ素材に置換するという、実験的な反骨精神を感じさせるもの。
マダム・ビジューを想起させるリバース・スワッチングのルック。
額装されている写真がマダム・ビジューのポートレート。
シャーリングの花びらパネルを繋ぎ合わせたレトログレーディングのチュールドレス。さらに「シームレース」と呼ばれる、レースや他の素材の断片を散りばめて作られる継ぎ目のない(シームレス)テクニックとのあわせ技で作られている。
ストライプシリーズのルックでは、人形的な表現を探求。
雨天時にジャケットをかぶったり、顔を覆い隠すように衿を立てたり、水たまりを避けるためにパンツの裾をたくしあげるといった、無意識のジェスチャーを造形に落とし込む「エモーショナル・カッティング」の技法は、身を隠すようなジェスチャーを表現したドレープのスーツなどに見られた。物語性を伴ったこのアイテムの造形の秘密を知られるトワルもあわせて並べられている。
エモーショナル・カッティングを施した、バラシア織ウールのトラウザースーツジャケット。雨で濡れているように見せかけたシリコンや、手作業で装飾されたクリスタルビーズの装飾も相まって、雨を避けて身を隠すようなジェスチャーを表現。
既存の見慣れたアイテムに、別の服の記憶を取り入れるようにして新たな一着とするオリジナルの手法「メモリー・オブ」を、アルスターコートで行ったケープは、厚紙や段ボールにも似た驚くべき凹凸が目を引く。この凹凸も、繊細な素材をホースヘアと合わせることで畝を作る「カセッティング」というオリジナルの技法で作られている。
また、軽量素材を何層も重ね、上層の生地にツイードやヘリンボーン、ウールなどの重衣料に用いられる素材をプリントしたトロンプルイユ技法「ミルトラージュ」のアルスターコートは、その生地が生まれる過程を留めた机のそばに配され、緻密な手作業によって生まれた服の美しさを静かに物語っていた。
アルスターコートをメモリー・オブのカッティングで表現したケープ。素材はカセッティングと呼ばれる独自の凹凸を作り出す技術。
クロンビーコートのようなラペルに、グラマラスなフォルム、芸術的なギャザーや畝が見られるジャケット。
ミルトラージュの技法で作られたアルスターコートと、その生地の重なりを表現する一角。
ヌーディなドレスが多く登場した今コレクションには、アンダーヘアを模したシュールレアリスティックなアクセサリーが象徴的に登場した。モデルの肌色に合わせた人工毛とチュールでできたこの「マーキン」(フェイクアンダーヘア)は、標本のように棚に飾られ、ユーモラスなムードを醸していた。
フェイクアンダーヘアのアクセサリー、「マーキン」。
ジョン・ガリアーノのスケッチを革装した冊子も自由にめくって見ることができる。後ろのページにいくにつれ制作の初期段階へと戻っていく。
デザイナーとモデリストたちによる秘密の解剖部屋のような3階をあとにして2階へ降りると、そこには巨大モニターが。ショーのプロローグでも流れた映像と、コレクション準備中に撮影された未公開映像が映し出され、ジョン・ガリアーノの発想力とオートクチュールの職人技の幸福な融合のさまを目に焼き付けることができる。
退廃的で妖艶に輝く物語を、独自のファッション言語で紡いだジョン・ガリアーノ率いるメゾン マルジェラ。『メゾン マルジェラ アーティザナル 2024 エキシビション 東京』は、その圧倒的な独創性に没入することで、ファッションにはまだまだ新たな創造の可能性が拓かれていることを示唆している。
通りに面した1階のディスプレイは、2025年春夏最新コレクションのルック。
メゾン マルジェラ アーティザナル 2024 エキシビション 東京
会期:開催中〜2024年11月24日(日)
時間:11:00〜20:00(19:30最終入場)
場所:メゾン マルジェラ トウキョウ 上階
東京都渋谷区恵比寿南2-8-13 キョウデンビル2-3階
事前予約優先。
WEB:https://www.maisonmargiela.com/ja-jp/artisanal_2024_exhibition_tokyo.html