オンとオフは?
上白石 リリーさんと初めてお会いしたときから感じているのは、ここまで人のことを緊張させない人はいないんじゃないかなって。壁がなくて、オンもオフもなくて。私がメディアで見ていたリリーさんと全く同じ方だった。そういう方ってあまりいらっしゃらないです。
リリー オンとオフがつけられる人はプロフェッショナルだなって思う。
上白石 芸人さんによくいらっしゃいますよね。
リリー 僕はいつもダラダラして、どこまでが仕事なのかもわかっていない。そのかわり休みっていう感覚も希薄なんだよね。
上白石 お休みの日って何をしているんですか?
リリー 原稿を書いているときは明解な休みってないかな。常に何かしらの締め切りがあるから。休みのときも原稿のこと考えているから、結局休みになってないんだね。
上白石 書くだけじゃなくて、そのために発見しなきゃいけないこともありますよね。これを書かなきゃとか、こういう思考に出会ったからこれは覚えておかなきゃとか。
リリー めちゃくちゃ連載もっていたときは、書く内容を分けていた。ここは食べ物のことを書くとかね。『装苑』は僕の中で装苑用のことを書いていたと思う。でもどんどん文章のジャンルがなくなってきて、小説を書くようになった。短歌もやった。分けていると書きやすいんだよね。漠然としていると、もの作りというのはなかなか難しい。宿題が決まってる方が書きやすい。降ってくるとか湧き上がってくるとかよく言うけど、実際ないでしょ。それは考えてきたことの積み重ねだよね。
リリー 知り合いの文芸評論家の人が言ってたんだけど、僕が「この前こんなことがあって・・・」って話し出したら、「リリーさんそれ以上話さないほうがいい、一回しゃべると書くのが面倒くさくなるから」って。本当にそうなんだよねラジオをやっているのは、今ものを書いていないからで、書くようになったらラジオはやらないと思う。一回吐き出したら書くのが面倒になるから。昔は、気がついたことを書きとめていたんだけど、後で見ると文字が解読できないんだよね。で、やめた。忘れるってことは書くに値しないことなんだと思ったから。
上白石 たくさん本を読んでも、1冊のなかで自分が受け取ったことは覚えていることだけだったりする。だから、それ以外はそんなに重要じゃないのかもって。
リリー 記憶力がいいときはいいけど、今はなんでも忘れる。(笑)
原稿の仕上げは自分だけの判断。
上白石 いろんなことをなさっていて、少しずつベクトルが違いますよね。具体的にどういう違いがありますか?
リリー いちばん違うのは、原稿書いたりするのは自分の判断で自分がOKを出す。撮影は監督がOKを出す。良かろうが悪かろうがOKと言われたら帰る。そこがいちばん違うね。
上白石 どっちがいいですか?
リリー どっちもいやよ。(笑)『The Covers』とか映画はみんなで作っているけど、文章書くのは一人だから。一緒に作品を作るよろこびがある。昔はね、書いた原稿を編集者が家まで取りに来たんだよ。おふくろと一緒に住んでいる雑居ビルの別の階に仕事の部屋があって。編集者の人たちとも仲良くなったな。
上白石 『サザエさん』の世界ですね!伊佐坂先生みたい!
リリー 僕は今でも原稿は手書き。そのうえ遅い。当時は、やっと受け取った編集者が“今から印刷所に行きます!”みたいな感じで。何人も編集者が待っていて、その編集者同士で結婚したり。ストレスで吊り橋効果もあったのか。(笑)待っている時間が長いから。そのうち担当が女性になったり、ベテランからアルバイトになったり。そのときマガジンハウスのアルバイトで原稿を取りに来ていたのが俳優の長谷川博己。バイトの長谷川君。僕の仕事場に貼ってあった古い日本映画のポスターに食いついてきて。その20年後ぐらいに一緒にお芝居をしたんだよね。背が高いから、僕のアトリエの電球を替えてくれるんだよ。今でもそれは“バイトの長谷川君”がやってくれる。でも忙しいと替えてもらえなくて、2個ぐらい消えてると“あ、あいつ忙しくしているんだな”って。(笑)なんか、原稿を取りに来てもらってた時代だからつながる出会いよね。
上白石 リリーさんの昔からのご縁が必然となって、まわりの人たちがすごく生き生きして今に至るという感じですね。
表現者にとって、目の前のことすべてが肥し
リリー お芝居や音楽をやりたくて東京に出て来た人で、才能ある人を山ほど見てきた。でもプロフェッショナルになっている人が才能あるかといえば一概にそうではないんだよね。才能があっても家の事情で田舎に帰らなければならなかった人とか、子供ができたからちゃんと働かなきゃいけない人とかいて。結局辞めなかった人が今でも残っているんだよ。執念深いというか、しぶといというか。そういうことなんだなって。
上白石 がむしゃらに続けることに意味があるんですね。
リリー 続けるということがいちばん大切。
上白石 人の人生とか運命とか、生まれる前からある程度決まっている気がして。そのレールの上に自分が乗って、小さな選択をしていくことなのかなって思うんですけど。そこには自分では決められないこともたくさんありますよね。
リリー その人の持っている運みたいなものって、センスというか。例えば、いつもと違う道を通ったばっかりに犬の糞を踏んじゃったりしたとするでしょ。でもの方がプラスになる人もいるのね。コラム一本書けるとか。そういうチョイスの連続なんだと思う。
上白石 表現者は目の前にあることを全部肥やしにしていけるんですね。本当に面白い仕事だなって思います。
この先は何を目指す?
リリー いろんな映画をたくさん見ていると、この台本のこの役は、自分が演じるよりもあの映画のあの役の人がいいんじゃない?とか思う。
上白石 わかります。私も自分の役を自分以外が演じるならあの人だなっていつも考えちゃいます。
リリー その客観性は何をするにも必要だと思うよ。本当は自分の中に蓄積されたものが、溢れそうになって、コップからすーっと一滴こぼれ落ちる。そういうのが本物の芸術なんだと思う。でも、そんなこと一生に一回できるかどうかだと思うけど。そうできないことに関しては、自分の中のバランス感覚なのかなぁ。なるべく作品にいい方の札を引きたいなっていうのはあるね。
上白石 メリット、デメリットではなくて、そのほうが面白いみたいな選択ができたらいいですね。
リリー 美意識としてはこっちの方が良かったっていう方がいいね。お金にもならなくて、ひどい目にあったとしても、こっちでよかったと思える方になるべくいきたいね。
モカオさんはこれから先やってみたいこととかあるの?
この質問いまだに聞かれるんだよ。もう60歳だよ。友達全員定年だよ。
上白石 やってみたいことは・・・。この先、歳をとっておばあちゃんになって海辺で猫と暮らすことかな。
リリー 海辺で猫と暮らすのは今でもできるでしょ。
上白石 自分がずっと表現者でいるかはわからないし、突然やめてしまうこともあるかもしれない。人として満たされていたらいいなっていう、漠然とした目標。
リリー モカオさんにとっての幸せってどういうこと?
上白石 わっ、難しい質問!いちばん心が穏やかでいられるのは、いらない不安がなかったり今の状況を愛せる凪のような状態。波風がたたないのが私は幸せです。
リリー そうだけど、そんなことある?常によくない事あるでしょ。全く不安もなく、一片の曇りもなく私は幸せですって言うのは、イカれてないと無理じゃない。(笑)他のいろいろなこと忘れちゃっている状態。幸福論とか突き詰めるとそれは無理っていうことになるわけ。だってちょっとした不安とか、ちょっとした嫌なこととかなくなるわけがないんだから。だからね、あなたにとって幸せとは何ですかとか聞いてくるやつがまず怪しい。(笑)
上白石 ちなみにリリーさんはなんでしょう?
リリー 幸せだなって思ったこと今までないよ。ある?
上白石 私は毎日幸せだと思っています!
リリー え⁉ やばいね。(笑) 例えば、どこかで、おいしい物食べて“この料理おいしいからおふくろに食べさせてあげたいな”とか、“このライヴあいつが聴いたらすごく喜びそう”とか、一人だとおいしいものを食べても、いい音楽を聴いても100パーセントの幸福感は得られない。誰かと喜びを共有できないと幸福感を得られないのかも。
銀座の夜の思いで
上白石 私のいちばんのリリーさんとの思い出は、24歳の誕生日を祝ってもらった時に、銀座の夜を徘徊したこと。リリーさんが20代の時に努力して買ったという、ハッセルの中判カメラをプレゼントしていただいて。お買い物もして。いつも『The Covers』では歌えないから一緒にカラオケも行って。
リリー カメラはもうフィルムでは撮らないし。今、生前分与みたいにギターとかも持つべき人にあげているんだよね。あの時は、ハッセルで撮り合ったりしたね。フィルムのロールチェンジとか自分でやってなかったからわからなくなって、YouTube見ながらやって。あのカメラを持っているモカオがいい風合い。
上白石 大事に育てます。
私、リリーさんのような年齢の深めかたをしていきたいんですけど、どうしたら大人を楽しめますか?
リリー 自分が年を取ってわかったのは、子供が想像している大人はいないということ。僕だってモカオぐらいの時は、この歳になって一人暮らしでサブスクのAVに入って、こんなことをしてると思ってなかった。過去に戻って幼い自分に教えてあげたら泣くと思うよ。(笑) 子供って想像力が貧困だから大人になったらこうなるって大人っぽいことを描いている。子供の想像する大人っていないんだよね。子供がボロになっている姿を大人と呼ぶかね。大人って、子供の想像の産物だから。
上白石 幼いころの方が大人だったのかもしれないですね。シンプルに物事を考えていたし。
リリー 考え方が堅実だった。いちばんたちが悪いのは、感動を失うこと。この間、岐阜に行って文房具屋にあるスヌーピーのシールを買いまくったの。吟味するからシールに価値があるのに、ただ貼りもしないシールが積まれていくだけ。昔は、1枚のシールに対する集中力がすごかった。ま、でも大人になって少し変わったのは、今日は昨日よりましになっているなって思うこと。今だったら人にこんなこと言わないなっていうことを、昔は平気で言っていたから。
上白石 10代の頃の擦り切れそうな自分をちょっと許せるようになるとか。許しをたくさん得られていくのが大人になるってことなんでしょうか。
大人の余裕。それはただ疲れているだけ?
リリー 大人はまだいいけど、ジジイになると昔の自分が本当に許せなくなってくる。みんながあの時の自分を覚えていませんようにって。こんなはずじゃなかったなって思って今に至るんだよ。でも仕事しながらいろんな経験するのがいいんじゃない。随分働いてるからね、モカオは。
上白石 リリーさん、若いんですよ。家でSHISHAMOさんとか聴くんですよね?ブラックピンクも好きだし。私よりヤングですよ。
リリー 今は20代の人と話しても、60代の人と話してもあまり変わらない。年取って渋く見えるのは、元気がないだけで。疲れてるの。言葉もゆっくりしゃべるだけ。
上白石 大人の余裕ではなく疲れなんですね。
リリー 余裕があるふり。
上白石 でも、人生ずっと楽しくいたいですよね。
リリー モカオさんには、いろんな作品を残してもらいたいね。今年はライヴもやるんだって?『星屑スキャット』みたいに前説しようか?台無しになりますけど。(笑)
上白石 今日はご褒美みたいな素敵な時間でした。いつもMCをやっているとこういう時間もなかなかないですよね。今度また人生相談とかもさせてください!
リリー モカオは繊細なところとふんわりしているところが共存しているから、その間に挟まれているときはシール買ってあげます。
上白石 その時は助けてください!
――撮影を終えて――
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.)
hair & makeup : Tomomi Shibusawa(beauty direction)
styling: Yukina Imafuku
上白石萌歌着用
ワイヤーを用いたつけ衿 ¥88,000、リング ¥4,950 アオイ サイトウ/ニットトップス ¥69,300、パンツ ¥53,900 共にアカネ ウツノミヤ/中に着たブラレット ¥19,800 ユウビ カワノ/その他スタイリスト私物
【SHOPLIST】
アオイ サイトウ
Instagram:@aoi_saito
アカネ ウツノミヤ
03-3410-3599
ユウビ カワノ
yuvikawano.com
Kamishiraishi Moka
2000年2月28日生まれ。鹿児島県出身。2011年第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリ受賞し、デビュー。2019年、映画『羊と鋼の森』で第42回 日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞。25年1月10日公開予定の映画『366日』に出演決定。数多くのドラマ、映画に出演する傍ら、「The Covers」(NHKBSプレミアム)のMCも務める。adieu名義で音楽活動も行い、2024年7月、約2年ぶりとなる新曲「背中」を配信リリース。8月「SUMMER SONIC 2024」に出演。12月22日には約1年半ぶりにワンマンライブを行う。
Lily Franky
1963年生まれ、福岡県出身。イラストやデザインのほか、文筆、写真、作詞・作曲、俳優など、多分野で活動。初の長編小説『東京タワーオカンとボクと、時々、オトン』は06年本屋大賞を受賞、また絵本『おでんくん』はアニメ化された。映画では、『ぐるりのこと。』(08/橋口亮輔監督)でブルーリボン賞新人賞、『凶悪』(13/白石和彌監督)と『そして父になる』(13/是枝裕和監督)で第37回日本アカデミー賞優秀助演男優賞(『そして父になる』は最優秀助演男優賞)など多数受賞。第71回カンヌ国際映画祭では、主演を務めた『万引き家族』(18/是枝裕和監督)がパルムドールを受賞。
【上白石萌歌のぐるぐるまわる、ときめきめぐり】
Vol. 1 デザイナー 藤澤ゆき
Vol. 2 ブックデザイナー 名久井直子
Vol. 3 アーティスト 長坂真護
vol. 4 ミュージシャン 奇妙礼太郎
vol. 5 アーティスト 長坂真護 パート2
vol. 6 デザイナー 小髙真理
vol. 7 写真家 石田真澄
vol. 8 歌人 木下龍也
Vol. 9 コラージュ アーティスト M!DOR!
Vol.10 デザイナー 田中文江
Vol.11 ミュージシャン 吉澤嘉代子
Vol.12 デザイナー 竹内美彩
Vol.13 デザイナー フィリス・チャン&スージー・チュン
Vol.14 写真家 松岡一哲
Vol.15 菓子研究家 福田里香
Vol.16 歌人 伊藤 紺
Vol.17 デザイナー 熊切秀典
Vol.18 俳優 長濱ねる
Vol.19 音楽プロデューサー Yaffle
Vol.20 写真家 野口花梨