一から作っても、既製品でも
人物像をデザインできる楽しさ
小川さんは映画衣装の仕事をする際、撮影現場には基本的にフルタイムで立ち会うことを信条とする。事前にコンセプトや服を決めていても、様々な要因で演出の狙いががらりと変わることがあるからだ。また、カメラの前の俳優の様子や演技プラン、体調までもつぶさに観察し、即座に衣装をチェンジすることも。実際、先の8月、新作の現場では本番直前に主要な俳優の違和感を見て、ズボンの裾上げを行っていた。
「特に初めての俳優さんとはAプラン、だめならBプラン、さらにCプランといくつもの選択肢を用意します。映画衣装は美術部とともにビジュアル部門の主要なパートであるけれど、俳優パートでもある。着る人にとってしっくりこなかったらいい演技を引き出せないですからね」
2005忍 S H I N O B I

山田風太郎の「甲賀忍法帖」を下山天が映画化。物語は江戸幕府初期の1614年を舞台とし、伊賀と甲賀の忍者たちが徳川家康の策略で争う悲劇が展開する。仲間由紀恵演じる朧は伊賀忍者群の跡取りで、水を使う一族ゆえ、小川さんは青をベースにした寒色で設計、対するオダギリジョー演じる弦之介の甲賀一門は鉱石をベースとした茶や赤で対照的にデザインされている。アクションの動きが生きる素材を重視し、布地のパッチワークや刺繍にも注目。


『忍 S H I N O B I』(2005年)
監督:下山 天
上 『あの頃映画 松竹DVDコレクション S H I N O B I』 DVD ¥3,080 発売中
発売元・販売元:松竹
下「S H I N O B I プレミアム・エディション 封入特典 封入特典ポストカード」
発売元・販売元:松竹
©︎ 2005 「忍―SHINOBI」パートナーズ
ファンタジーの要素が強い作品では、時代考証にこだわらず、デザインに遊びや冒険のテイストを積極的に入れ込む。
「一番、自由に作ったのは時代劇の『忍 S H I N O B I』ですね。甲賀と伊賀の対立をベースにした『ロミオとジュリエット』式の物語で、忍者たちの技が個性豊かにSFXで表現されるので、あえてヨーロッパ人から見た和装のテイストにし、洋服のように、履き物まで一から作りました。幕末を舞台とした『のみとり侍』は、藩主の怒りを買い、表向きは『猫の蚤とり』、実態は女性相手の売春夫にさせられる真面目な侍の話なので、その変貌を装いで表しています。
『忍 S H I N O B I』デザイン画
上は、水を象徴する一族として設計された伊賀側の蛍火(沢尻エリカ)のデザイン画。素材には透け感のある綿ローンを印象的に使用している。
一方、下は鉱石や土を象徴する甲賀側のキャラクター、室賀豹馬(升毅)のデザインで、袈裟に象徴的な茶を使用。いずれもカラーチップで決めた繊細な色調がガイドに。
2018のみとり侍



藩主から城外へと追放された堅物の侍(阿部寛)が女性客に肉体的なぬくもりや触れ合いを売るのみとり侍へと第二の人生を歩む姿をユーモラスに描く。NHK 大河ドラマ「べらぼう」と同じ老中、田沼意次の施政で町人文化が花開いた時代を背景とするので、主人公が出会う下町の長屋住まいの人々の多彩な様相が、華やかな文様や大胆な色づかいの着物でビジュアル化されている。老中の妾、武士家族の寡婦、花魁などの色づかいの違いも楽しい。
『のみとり侍』(2018年)監督:鶴橋康夫
時代劇で気をつけるのは化繊を使わないこと。風を受けた時の布の動きが、絹や綿、麻などの天然素材と違って風をはらまないし、美しく動かない。映画は嘘の世界だから、観客が何か一つでも〝あれ?〟となった途端、すべてが気になりだし、魔法が即座に解けてしまう」
一方、現代劇では、登場人物のメインとなる服のイメージに最適なアイテムを求めて、古着や既製服を中心に町中探し回ることもある。
「舞台的な空間で必要とする服やファンタジー色の強い世界観は頭で考えて作っていくんですけど、日常を舞台とした作品に関してはやっぱり足で歩いて探さないと、なかなか見つからないですね。
『セーラー服と機関銃』以来、何度も組んだ相米慎二監督の『風花』では、小泉今日子さん演じる風俗嬢のゆり子が、東京から故郷・北海道に預けた娘に5年ぶりに会いに行く旅を描いたものですが、北海道の白い雪の中で浮き出る色として赤のイメージはありつつ、合うものがなかなかなかった。もう監督に見せなくてはいけないという前日、最後の店に入った瞬間〝私を着て〟と声が聞こえた気がして目に飛び込んできたのが、あの赤いムートンのファーコートでした。
その昔、澤井信一郎監督の『Wの悲劇』の時も、ラストの薬師丸ひろ子さん演じるヒロインの衣装が、お店に入った時に服のほうから呼んできた。迷った時に自分の感性に従うというのは大切なことです」
2000風花

故郷に残した一人娘に会いに行くという風俗嬢のゆり子(小泉今日子)と、謹慎中のキャリア官僚である廉司(浅野忠信)が織りなすロードムービー。本作が相米慎二の遺作となった。雪山の白い背景を想定して考えたというゆり子がまとうファーつきムートンコートの赤色がとりわけ鮮烈な印象を残す。もう一つ観客の記憶に残るのはゆり子のブレスレットで、それは「何か音の出るものはないか」という監督のリクエストに、小川さんが市販のアクセサリーに鈴をつけて応じたもの。
『風花』(2000年)監督:相米慎二
『風花』 DVD¥4,180 発売中 発売元:中央映画貿易、販売元:オデッサ・エンタテインメント ©︎テレビ朝日/TOKYO FM
映画における色の効用とは?
観客の立場で言うと、小川さんの映画衣装では前出の『風花』のムートンコートや、『お引越し』での離婚に向けて人生の舵を切った妻の通勤着、『土を喰らう十二ヵ月』にて里山で暮らす年上の恋人との別れを決意した女性のセットアップなど、赤の効用が忘れがたい。ただ、それはコンセプチュアルな計算ではなく、無意識に選んでいたという。
「例えば、『土を喰らう十二ヵ月』で松たか子さん演じる女性誌の編集者が、遠距離交際中の年上の小説家に、同世代の若者と結婚することを決めたと報告する場面は秋のキノコ狩りの場で、背景の紅葉と赤のセットアップを同じトーンにしたかった。それまでの場面ではあえて印象の薄い色を着せていたので、観客はこの赤を目にしたら、違う場面の彼女のいでたちを思い出すのが難しい。
『お引越し』の桜田淳子さんが着る赤は怒りの色。登場人物の服の色を背景から浮き上がらせることは映画衣装において重要なことで、黒沢清監督の『岸辺の旅』でも、深津絵里さんをはじめとする生者たちより、幽霊として現れる浅野忠信さん演じる夫のほうが存在感があり、地方の郊外の緑の中で強く浮き出る効果を考えました。
こういうことは台本を読み込む中でおのずとイメージが浮かんできます。ただし衣装の演出が強くなると、俳優さん自身の演技のアイデアを消しかねないので、その塩梅が大切ですね」
2015岸辺の旅

湯本香樹実による同名小説を黒沢清が映画化し、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞した作品。3年前に突如失踪した夫が、ある日、突然現れ「俺、死んだよ」と告げる。そしてその3年の間に彼が出会った人と再会する旅へと妻を誘う。深津絵里演じる瑞希の落ち着いた色合いと対照的に、幽霊となった浅野忠信演じる夫の優介はどこにいても目立つオレンジ色のコート姿で、真逆の存在感で対峙するように服でデザインされている。
『岸辺の旅』(2015年)監督:黒沢 清
『岸辺の旅』
Blu-ray¥6,270、DVD¥5,170
発売元:ポニーキャニオン/アミューズ、販売元: ポニーキャニオン
©2015『岸辺の旅』製作委員会/COMME DES CINEMAS
小川さんは長い間、映画衣装は観客が意識することなく鑑賞することが大事だと裏方に徹していたが、若い世代の育成を考え、『国宝』を機に積極的に発信するスタイルへと変えた。22年ぶりに日本映画の実写映画の興行収入の記録を塗り替えた『国宝』は高く評価され、米国アカデミー賞の国際長編映画賞の日本代表作品となり、小川さん自身も日経ウーマン主催の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2026」に選ばれた。強く伝えたいのは、映画衣装の複雑だからこその面白さだという。
「『キル・ビル』にてアメリカで仕事をした時、現場用とは別にアーカイブ用の1着も作るように言われ、映画衣装は後世に残す財産なのだと知りました。そんな仕事が面白くないわけありません」
2020すばらしき世界



直木賞作家、佐木隆三が実在の人物をモデルに書いた小説『身分帳』を原案に、西川美和が現代に置き換え、長きにわたる刑務所生活をあけた初老の三上(役所広司)の再出発の日々を描く。何もない部屋に日常の温かさを取り戻していく過程を衣装の色と美術が表現。ネタ探しから三上に近づく放送作家役の仲野太賀のモデルを西川監督は同世代の山下敦弘監督と公表している。仲野の上司役のテレビ局員、長澤まさみの放つ異質な匂いはスーツ姿に。
『すばらしき世界』(2020年)
監督:西川美和
※( )は監督名
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