
11月7日(金)に日本で公開となる映画『モンテ・クリスト伯』は、アレクサンドル・デュマの復讐劇の金字塔、『モンテ=クリスト伯』を新たに映画化した作品。物語の始まりは、フランス革命後の激動期である1815年。将来有望の若き航海士、エドモン・ダンテスは、ある策略によって無実の罪で投獄されてしまう。絶望の中、脱獄を企てる老司祭との出会いによって隠し財宝の存在を知り、みごと脱獄を果たしたダンテスは莫大な財宝を手にし、大富豪“モンテ・クリスト伯”として復讐を果たしていくのだった……。多くの人々に愛されてきた古典を現代に甦らせた本作は、全世界でヒットを記録。時代と物語を彩る本作の衣装は、フランス国内で最も権威ある映画賞「セザール賞」の 衣装デザイン賞を獲得した。
『装苑ONLINE』では、日本のメディアとして単独で衣装デザイナーのティエリー・ドゥレトルさんにインタビューを実施。本作の衣装デザインと制作の話を契機に、衣装デザインの哲学を尋ねた。
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お話を伺ったのは
ティエリー・ドゥレトルさん

Thierry Delettre 1990年代半ばから衣装デザイナーとして仕事を開始し、現在までに、リチャード・リンクレイター監督作品『ビフォア・サンセット』をはじめとする30本以上の映画、TVシリーズに携わる。2018年の『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』、’21年の『エッフェル塔~創造者の愛~』、’23年の『Les Trois Mousquetaires: D’Artagnan』と『Les Trois Mousquetaires: Milady』(ともに原題)でセザール賞衣装デザイン賞の候補となる。4度目のノミネートとなった本作で初受賞を果たした。
モンテ・クリスト伯の衣装だけでおよそ780着作りました。

映画『モンテ・クリスト伯』衣装制作アトリエの様子
──衣装が本当に素晴らしく、映画を拝見して感動しました。群衆の衣装も含めて非常に多くの歴史的衣装を準備されたと思うのですが、実際に制作された衣装の数とともに、準備期間を含め、本作の衣装にどのくらいの時間をかけられたのかを教えてください。
ティエリー・ドゥレトル(以下、ティエリー): ありがとうございます。 今回は、エキストラを含めて約1,000着ほどの衣装を用意しました。そのうち私が直接手がけたのは、およそ300〜350着です。
エキストラの一部には貸衣装もあるのですが、それも、他の俳優とトーンを統一することを考慮しながら選びました。主要キャラクターの衣装は、アトリエと長い時間をかけて丁寧に制作しました。ピエール・ニネが演じるモンテ・クリスト伯(エドモン・ダンテス)は、変化の多いキャラクターだったこともあり、全部で780着ほど作ったと思います。
私は、どんな仕事の時でも常に“色”にこだわっています。古い布を買ってきて、それを染め直すことも多いですね。リネンや、綿や絹のシャンブレーなどの天然素材を、自分たちの求める美しい色合いに染めていきました。準備にはおよそ6か月を要しました。
ティエリーさんによるデザイン画と、生地サンプル資料の一部。
──時代設定もあり、天然繊維を中心にされたのですね。今、染色のお話も出ましたが、生地から手をかけられた衣装は多かったのでしょうか? それとも人物や場面ごとに限定的に作られましたか?
ティエリー: 素材も色彩も、すべて私が決めています。私が習慣的に行っているのは、ブロカント(※フランス語で、古物市の意味)を巡ってアンティークやヴィンテージの布を探すことです。なかにはインドの村で手染めされたような貴重な布もあります。そうした布を常にコレクションし、自分の“資料庫”のような場所で保管しているのです。収集した布を見ながら、どの色をどの人物に使うかを考えるところから衣装制作は始まります。
今回は、布のみでなくレザーも多く用いていて、それが今作の衣装を特徴づけていると思います。 また、装飾にも気を配り、古いボタンなどクオリティの高いものを自分で選び、縫製スタッフに「このように縫ってほしい」とかなり具体的な依頼をしました。
──レザーのお話が出たので続けて伺いたいのですが、モンテ・クリスト伯(ダンテス)が着ていた二種類のレザーコートが印象的でした。 狩猟の場面のコートは華やかで、少しドレスのようにも見える華がありました。一方、クライマックスで着ていたロングコートは、自然なシワと深い風合いがあり、彼の心の変化を象徴しているように感じましたが、これらのコートについて詳細を教えていただけますか?


映画『モンテ・クリスト伯』より、狩猟の場面(上)と、ロングコートを着たクライマックス(下)
ティエリー: 実は、クライマックスのロングコートはレザーではなくシルクなんです。シルクを泥染めすることでラッカーで仕上げたような風合いを出すという、アジアの伝統的な技法を用いた「泥染めシルク」で仕立てたコートでした。そのため、光沢がレザーのように映ったのかもしれませんね。外側は光を反射する黒色でしたが、内側はマロン色になっています。泥染めによる自然な深みが特徴です。
狩猟のときのコートは、正しくはルダンゴト(redingote)で、男性用の乗馬コートです。ローマのメゾンで見つけた、レーザーカットでレース模様や装飾モチーフを施した革を使用しています。 実は『三銃士』のときにもそのメゾンと仕事をしており、今回も協力していただいたのです。
── 一着はシルクだったとは……驚きました。その二着のコートには、ともに背中にモチーフがついていましたが、そこには何か歴史的な意味や物語を伝えるための意図があったのでしょうか? 日本では“背守り”といって、子供の服の背中に、無病息災を願って施す伝統的な刺繍があるのですが、あの二つの服も狩猟と戦闘の場面の服だったので、そうしたお守りのような意図があるのかなと想像したのですが……。
ティエリー:とても鋭い観察ですね。そのモチーフは、モンテ・クリスト伯がかつて航海士として世界を旅し、東洋にも訪れたという設定に基づいています。彼が旅で見聞きしたり、手に取ったりした異国の文化やモチーフを身につけている、という発想です。実は、衿や袖口などにもそうした意匠を取り入れました。現代的な装飾ではなく、あくまでも、当時の感覚に根ざして私がデザインしたものです。そこまで見ていただいた方はこれまでいなかったので、本当に嬉しいです。
──衣装の細部まで見どころが詰まっていました。ちなみにもう一つ、フェルナンと戦う場面でのウェストコート(ベストのこと。写真下)にも装飾が見られましたが、どのようなモチーフ装飾だったのでしょうか?また、モチーフに込められた意味を教えていただけますか?

映画『モンテ・クリスト伯』より。
ティエリー: あのモチーフは「蛇」です。マロン色のベースの生地にレースを重ねており、モンテ・クリスト伯とフェルナンが経てきた二つの時代を重ね合わせるようなイメージでデザインしています。映像にはあまり映っていないのですが、ジュエリーにもクロスしたような蛇のモチーフを取り入れたりと、随所に蛇を用いています。蛇は、当時のヨーロッパで“象徴的な意匠”としてよく使われていたものです。
ちなみに、最初にフェルナンとアルベール親子の前に登場した時のモンテ・クリスト伯のウェストコートにあったのは「龍」のモチーフです。古い中国のシルクのパネル状の布地を見つけて、白やピンクや黄色だったものを黒色に染め直して使用しています。
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私は時代の再現をするのではなく、「その時代の人が着る服」を作ろうとしています。
──続いてダンテスの変化についてお尋ねします。映画冒頭、1815年の彼は爽やかな衣装で若さや純粋さが現れているようでしたが、それから投獄時代を経て、復讐に燃えるモンテ・クリスト伯となり、全身が黒色のスタイルに変わります。その色や造形の変化には、どんなストーリーが込められていたのでしょうか?
ティエリー:若い頃のダンテスは、1815〜1835年当時の南仏の港町のイメージで、パステルカラーを基調にしています。結婚式で彼が着ていたウェストコートは、200年前の本物をブロカントで見つけたものです。ピエール・ニネは「200年前の服を着られるなんて!」と感動してくれました。

映画『モンテ・クリスト伯』より、南仏のイメージで作られたリネンシャツを着た若い頃のダンテスと、かつての婚約者であるメルセデスの場面。

映画『モンテ・クリスト伯』より、投獄の場面。
一方、投獄されていた頃の衣装(写真上)は、古いシーツのような布を使い、色をくすませたり、破れを作ったりといった汚しをかけています。何着か衣装を用意する必要があったので、その全ての衣装の同じ箇所に同じ傷みを再現しました。決して華やかな衣装ではないのですが、こうした汚しを完璧に施してくれる高い職人技があってこそ成り立つ衣装です。
そして“オールブラック”に見える衣装ですが、実際には黒ではありません。非常に濃い緑色、深い紫色、濃い茶色など、「黒の周囲の色」を意識しています。完全な黒色ではなく、暗色の中に微妙な変化を持たせることで、深みと人間味を出しています。
モンテ・クリスト伯の衣装資料。様々な色の濃色を用いた複雑な構成。
──とても興味深いお話です。かつてダンテス(モンテ・クリスト伯)の婚約者であり、フェルナンの妻となったメルセデスの衣装についても教えてください。彼女はダンテスにとって特別な存在ですが、その衣装には重厚さと存在感がありました。どのような意図でデザインされたのでしょうか?


映画『モンテ・クリスト伯』より、メルセデスの後半の場面(上)と、この場面の衣装あわせの写真(左)、デザイン画(右)。
ティエリー:メルセデスを演じたアナイス・ドゥムースティエ自身が非常に存在感のある俳優ですので、衣装がすべてを作っていたわけではありませんが、若い頃はナチュラルで軽やかなパステルカラー、そして物語後半では深みと重さを感じる色へと変化させました。ダンテスとの結婚式で、若い頃のメルセデスがまとっていた薄いブルーグレーのような色のドレスは、刺繍入りの古いテーブルクロスを複数枚組み合わせて、深みと重厚感を出したものです。
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──メルセデスがクライマックスで着ていたジゴ袖のドレス(写真下)も印象的でした。造形面で意識されたポイントを教えてください。


アトリエでドレス制作中の様子(上)と、映画『モンテ・クリスト伯』より該当の場面(下)。
ティエリー:ペトロールカラー(青と緑の中間色)のドレスのことですね。あのドレスには、インドの染め布を使っています。私は歴史を完全に再現することにはこだわっていません。そのため、1815〜1830年代のスタイルを参考にしつつも、当時よりもややシンプルに仕上げました。
ただこの作品はドラマチックな物語なので、その内容に呼応するように1830年代的な誇張したディテールをあえて取り入れ、結果的にジゴ袖のシルエットになりました。アナマリア・ヴァルトロメイが演じたエデのドレス(写真下)にも、インドの生地を用いています。

映画『モンテ・クリスト伯』より、エデのインド麻の衣装(上)と、異なる場面でエデが着用していた印象的なドレスの衣装デザイン画およびスワッチ(下)。
──とても興味深いのは「歴史を完全に再現することにこだわっていない」というご発言です。最後にお伺いしますが、ティエリーさんはこれまで、17世紀前半を舞台にした『三銃士』など、さまざまな時代を描く作品の衣装を手がけられていますが、史実と物語(フィクション)とのバランスをどのように取られていますか?また、衣装制作において“歴史の真実”とはどういうものだとお考えですか?
ティエリー:確かにおっしゃる通りで、実際、私は今、撮影中の13世紀のセットの中でこのインタビューを受けています(笑)。ただ、私はどの時代設定の衣装でも、「その時代のコスチューム」を作ろうとしているのではなく、「その時代の人が着る服」を作ろうとしているのです。この二つの間には、明確な違いがあります。史実通りの衣装を再現することは、いわば古い版画を再びそのまま作るようなもの。
私自身はそうではなく、人間が実際に生きるために身につける“衣服”を作りたいと考えています。それが、私にとっての“歴史の真実”なのです。
interview & text : SO-EN
『モンテ・クリスト伯』

将来を約束された若き航海士ダンテスは、ある策略により無実の罪で投獄され、次第に生きる気力を失っていく。絶望の中、脱獄を企てる老司祭との出会いにより、やがて希望を取り戻していった。司祭から学問と教養を授かり、さらにテンプル騎士団の隠し財宝の存在を打ち明けられる。囚われの身となって14年後・・・奇跡的に脱獄を果たしたダンテスは、莫大な秘密の財宝を手に入れ、謎に包まれた大富豪“モンテ・クリスト伯”としてパリ社交界に姿を現す。そして、自らの人生を奪った三人の男たちに巧妙に近づいていく──。
監督:マチュー・デラポルト、アレクサンドル・ド・ラ・パトリエール
出演:ピエール・ニネ、バスティアン・ブイヨン、 アナイス・ドゥムースティエ、アナマリア・ヴァルトロメイ、 ロラン・ラフィット、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、パトリック・ミル、ヴァシリ・シュナイダー、ジュリアン・ドゥ・サン・ジャン
2025年11月7日(金)より、「TOHOシネマズ シャンテ」ほかにて全国公開。ツイン配給。
WEB:https://monte-cristo.jp/
©2024 CHAPTER 2 – PATHE FILMS – M6 – Photographe Jérôme Prébois
©2024 CHAPTER 2 – PATHE FILMS – M6 FILMS – FARGO FILMS
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記事内でも言及されているモンテ・クリスト伯の狩猟時のルダンゴト、そしてエデのインド麻の衣装を実際に見ることができる衣装展が東京・日比谷で開催されている。ぜひ実際に、精巧に作られた衣装を目にしてみて。
2025年11月13日(木)まで、「日比谷シャンテ 2F アナスタシア ミアレ前 レストスペース」にて。




