セクシュアル・マイノリティの男子高校生と、BL(ボーイズラブ)をファンタジーとして享受していた女子高生が、互いの生身の存在を通して「自分自身」や「立ちはだかる壁」、「世間」に向き合うーー。作家・浅原ナオトの小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』を、神尾楓珠と山田杏奈という次代のトップ俳優二人を主演に据えて、瑞々しくも力強い映画に昇華したのが、『彼女が好きなものは』だ。
主人公・純が同性愛者であることで抱える痛みや焦燥、そして紗枝や友人の言動によって起こる心情の変化を、繊細かつ丁寧に描き、観る人の明日をも変え得る一級の青春映画として完成した本作。出演したお二人に、この特別な映画が誕生した背景を語って頂きました。(本記事は『装苑』2021年11月号に掲載した対談のロングバージョン)
photographs : Jun Tsuchiya(B.P.B.) / hair & make up : Ayaka Kawaguchi (Fuju Kamio),Fumi Sunaga (Anna Yamada) / styling : Masayuki onozuka (Fuju Kamio) , Ayano Nakai (Anna Yamada) / interview & text : SO-EN
『彼女が好きなものは』
高校生の安藤純(神尾楓珠)は、自分がゲイであることを隠している。恋人は年上の誠(今井翼)。幼なじみの亮平(前田旺志郎)や、一人で純を育てる母親のみづき(山口紗弥加)もそのことは知らない。純は周囲に合わせることで身を守り、平穏な学生生活を送るために誰とでも距離を保っていた。
ある時、純はクラスメイトで美術部員の三浦紗枝(山田杏奈)が、男性同士の恋愛を描いた、いわゆるBL漫画を買っているところに遭遇。BL好きが原因で仲間外れにされた経験のある彼女は、学校でBL好きを隠していたのだった。紗枝の秘密を共有したことで二人は急接近し、紗枝はいつしか純に恋愛感情を抱くように。純は、ゲイである自分も”ふつう”に女性とつきあい、”ふつう”の人生を歩めるのではーーと、紗枝の告白を受け入れるが……。
草野翔吾監督・脚本、神尾楓珠、山田杏奈、前田旺志郎、三浦獠太、池田朱那、渡辺大知、三浦透子、磯村勇斗、山口紗弥加/今井 翼出演。12月3日(金)より全国公開予定。バンダイナムコアーツ、アニモプロデュース配給。(C)2021 「彼女が好きなものは」製作委員会
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すごく素敵だなと思ったのは、人と人が知り合ってどうわかり合おうとするかや、どのように人が変わっていくかが描かれている部分。——山田杏奈
——映画『彼女が好きなものは』は、浅原ナオトさんの小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(角川文庫刊)が原作で、その小説は2019年にドラマ化もされています。映画の撮影前に、原作は読まれていたのでしょうか?
神尾楓珠(以下、神尾):僕は読みませんでした。
山田杏奈(以下、山田):読みました。
——神尾さんは、脚本に集中して向き合われたんですね。
神尾:そうですね。原作を読んでしまうと、そこに書かれている答えをなぞってしまう気がして。小説をなぞるなら、実写映画でこの作品を作る意味がなくなってしまう。脚本に書かれていることをちゃんと読み解くことで、自分だけの純を作りたいと思っていましたね。
山田:原作は純の目線で純の心情が書かれているので、紗枝を演じるには必要な気がして、私は読んでいきました。でも演じる上では一回忘れて、目の前の純を想うことに集中していて。ドラマのほうはあえて観ませんでした。
神尾:それは僕も。
山田:今回は、新しい作品として作られることが大事なのかなって。なので、原作小説も「参考にする」ということではなく、「解釈の一つ」として読んでいたと思います。
映画『彼女が好きなものは』には様々なテーマが盛り込まれていますが、私がすごく素敵だなと思ったのは、人と人が知り合ってどうわかり合おうとするかや、そのことによってどのように人が変わっていくかが描かれている部分。紗枝が純を「理解したい」と思う気持ちも本当に素敵。物語を動かしていくその気持ちを、大事にしようと思っていました。
神尾:題材がとても繊細なので、僕は、純にちゃんと向き合っていかないといけない、絶対に雑に扱ってはいけない、ということを特に意識していました。純は、葛藤や苦悩を持っていますが、その中でも揺るがない芯がある。それも本当に大事にしようと思っていた部分です。
映画『彼女が好きなものは』より
——映画では、神尾さん演じる純の佇まいを見ているだけで心が痛くなりました。純が普段、感情を抑制・制御していることから、気持ちを表出することがままならない環境に置かれていることのしんどさを感じたんです。思いを内に秘める、というのはコントロールするのも大変だったのではないかと想像しますが…。
神尾:僕のイメージと全く一緒の感じ方をしてくださっているので、今、すごく嬉しいし驚いています。
純の芯や自我、本心や願望は、誠さんといる時に強く出ることはあるけど、学校の友達や紗枝といる時には全部抑え込んでいたんです。「誰といるか」で、雰囲気や表情も少しずつ変わることは、意識していたところでもあります。自分自身の内側の感情は全然整理できていなくて、ずっとぐちゃぐちゃでしたね。純としての願望と、周りの意見との葛藤がずっとある状態で。
——紗枝もBL好きを隠しているので、学校では純同様に、他者に対して防御壁を作っていますよね。
山田:そうですね。学校にくるみちゃんという友達がいるけど、くるみちゃんと話す時もそんなにすごくハッピーではないっていうのはずっと思っていました。なので、お芝居をしている時もどこか違うことを考えていたり。
紗枝は学校という社会の中で、それなりに友達もいてうまくやっていますが、本当に好きなものを言えていない点で、純と共通しています。本当の自分を純に開いたからこそ、純に惹かれていくーーというのはあった。
だから純がゲイだと知ったときも、すぐに純の苦しみに気づいて純に向き合います。そして、自分が純にしてきたことや、投げかけた言葉も顧みる。私も真摯に考えて紗枝を演じたいと思っていました。
——紗枝が自分を顧みたように、私自身もいろいろな場面でハッとしました。この映画を観ると、異性愛規範を内面化した人が放つ何気ない一言が、同性愛の当事者を深く傷つける可能性があることに実感が伴います。神尾さんが全身全霊で純に向き合う中で、辛かったことは何でしたか?そして、救われたことは何だったでしょうか?
神尾:周りのクラスメイトが純を軽んじて発言している態度や、そうしてぶつけてくる言葉は、本当に辛かったです。なので、紗枝が「理解したい」と言ってくれた言葉にはすっごく救われました。それに紗枝は、自分をさらけ出した上でこちらを理解しようとしてくれるんですよね。それが信頼にも繋がって。紗枝に救われてばっかりだなっていう感覚です。
山田:紗枝は、純と同じくらい自分が傷つくことを厭わない子なんですよね。人としてお互いを尊重する関係に進んでいけたのは、そこが大きかったです。
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