「非日常だ」と感じている自分が、以前は当たり前だった日々にいま価値を感じているということなのではないかなと。――杉咲花
――それで撮影が実際巻きで終わっているわけですから、最高ですね。
今泉:確かに(笑)。『有村架純の撮休』を経験して撮影日数が2日というのもわかっていたから無理してシーン数を増やさず、それより芝居をちゃんと撮りたいという意識で臨めたのも大きかったかもしれません。
杉咲:第3話なんて全部で5シーンくらいしかなかったですもんね(笑)。ただ、長回しの会話が12ページ分もあるという(笑)。
今泉:ということは、約12分ですね。22分くらいの作品で、半分がワンカット(笑)。でも、役者さんが変わっていくさまや感情が見えてすごく楽しかったです。途中で膝を抱えたりする仕草も僕からは演出していないですし、自由にやっていただきました。
第3話「両想いはどうでも」より
――ワンカットの長尺シーンであるほど、「ミスったらまたやり直し」的な意識が働いて硬くなってしまいそうなものですが、まるで逆ですね。
杉咲:私としては「もう1回」となったら、それはそれで嬉しいんです。どちらかというと鮮度を保ちながら同じ動きを何度も繰り返すことの方が不得意なタイプなので、その時の素直な感覚に従って反応していくことのできる今回のような撮影方法がとても心地よかったです。
それこそ、感情的にぐっと熱が上がっていくようなシーンを何回も撮ったりする時は「さっきはここで心が動いたのに、いまは動けていない」と焦ってしまうこともあって、とても難しいです。
今泉:(カットを割らず)一連で撮る方がやりやすいですか?
杉咲:そうですね。今泉監督も基本的に一連で撮られていましたよね。
今泉:そう、俺はその方が役者さんがやりやすいかな?と思ってそうしているけど、中には「飽きちゃう」という方もいるんです。そういう場合はカットを割るけど、シーンの途中から「ここから寄りで」と始めた場合、役者さんはその直前のテンションまで感情を引き上げないといけないから心の持っていき方が相当難しいと思うんです。だからたとえ使うのは後半だけだとしても、やりやすい方を選ぶようにしています。
――第2話のキーワードである「平凡で凡庸な1日」は、いち視聴者の感覚として「失われてしまったもの」のようにも感じました。コロナ禍を経験したことで、平凡や凡庸という言葉が持つ意味が変わってしまったといいますか。
今泉:そうですよね。『街の上で』はコロナ前に撮影していたけど、公開前にコロナ禍に入ったことでライブハウスやカフェ、お酒を飲んでいるシーンの価値が勝手に上がっちゃったところがありました。その問題は、いまも悩むところです。作品ごとにコロナの描写を入れる/入れないの取捨選択があるでしょうし、マスクをしていない世界を描いた瞬間に現実から少し浮いてしまう部分はありますから。
燃え殻さんも自分もこの状況に疲れていますし、「当たり前の日常が戻ってきてほしい」というみんなが思っていることを含めつつ、「平凡」「凡庸」を入れ込みました。それこそ「撮休」ですしね。休んでほしいなという想いは、結構強くあったように思います。
――なるほど。
今泉:本当は22分間ワンシーンで、ただぼうっとしているだけでもいい。それで面白くできたらすごいですし、大した出来事をあまり描きたくないという意識がありました。劇的に何かが変わるわけじゃなく「明日からまた仕事に行くんだろうな」くらいのほうがいい。どうしても創作物って何かが起きちゃうものですが、「もっと何も起きなくても伝わるんじゃないか」と、そこを疑っていたい気持ちはあります。
杉咲:ちょうど最近、コロナ禍前以来の300人のエキストラさんがいる現場で満員電車のシーンを撮影したのですが、非日常感がありました。
――いまや、従来の日常劇がもう非日常ですもんね。
杉咲:そうですよね。「非日常だ」と感じている自分が、以前は当たり前だった日々にいま価値を感じているということなのかなと思います。演じるうえでは満員電車の日常を「当たり前」と感じないといけないけれど、どこかでソワソワしている自分がいて、とても不思議な気持ちでした。
杉咲さん着用:ジャケット¥44,000、パンツ¥25,000 CONTEMPO(YAECA HOME STORE) / サンダル¥52,800(FOOTWORKS)/ Tシャツ、ソックス 私物
Hana Sugisaki ● 主な出演作に、映画『湯を沸かすほどの熱い愛』、ドラマ「花のち晴れ~花男Next Season~」、NHK連続テレビ小説「おちょやん」でのヒロイン、竹井千代役など。2022年は、NHKドラマ「プリズム」や、劇場アニメ『ぼくらのよあけ』(声の出演)に出演。待機作に、映画『大名倒産』(6月23日公開予定)。『装苑』本誌では、写真とテキストによる「蜜の音」を連載中。
Rikiya Imaizumi ● 2010年、『たまの映画』で商業監督デビュー。主な監督作品に『愛がなんだ』(’19年)、『あの頃。』『街の上で』(ともに’21年)、『猫は逃げた』『窓辺にて』(ともに’22年)。Netflix映画『ちひろさん』が世界配信&劇場公開中。最新作『アンダーカレント』が今秋公開。
「杉咲花の撮休」
WEB : https://www.wowow.co.jp/drama/original/satsukyu4/
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