
金原ひとみの小説を松居大悟監督が映画化した『ミーツ・ザ・ワールド』が、10月24日より全国公開を迎える。歌舞伎町でキャバ嬢の鹿野ライ(南琴奈)に介抱された腐女子の銀行員・三ツ橋由嘉里(杉咲花)。ライとの交流の中でホストのアサヒ(板垣李光人)ほか個性豊かな歌舞伎町の住人と知り合い、新たな世界に出会っていく。“推し”をフックに、自分と他人の違いを受け入れ、尊重する気づきを与えてくれる一作だ。由嘉里にアタックする奥山譲役に抜てきされたのは、本作が映画初出演となるくるま(令和ロマン)。松居大悟監督との対談で、起用の理由や撮影の想い出、「相互理解」についての持論などを語り合った。
photographs : Norifumi Fukuda (B.P.B.) / styling : Mana Hakushima (Kuruma) / hair & make up : Hikari Osaki(Kuruma) / interview & text : SYO
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くるまさんが、奥山譲という役を自分のものにしてくださったと思います。松居
――おふたりは以前からご親交があったのでしょうか?
くるま:いえ、今回の衣装合わせが初対面でした。
松居大悟(以下、松居):そうでしたね。僕は元々、令和ロマンさんの漫才を見ていて、芸人さんの中でもちょっと違う雰囲気を感じていました。かつ、間(ま)や様々な要素が役者に向いているようにも思えたのです。いつかご一緒してみたいと思っていたときに、『ミーツ・ザ・ワールド』を開発していて。
その中に登場する奥山譲は、基本的にいい人ではあるけど、見方によってはちょっと嫌かもと思うような人物で、俳優とはまた違ったにじみ出るものがある方にお願いしたいと思い、くるまさんにお声がけしたいと提案しました。くるまさんが本作で映画初出演ということもあり、当初プロデューサー陣には「イメージがなかなかできない」と言われたのですが、大説得しましたね。くるまさんに引き受けていただけて良かったです。
くるま:松居監督の『ちょっと思い出しただけ』を観たときに、ニューヨークの屋敷裕政さんが“まんま”の状態で出ていて驚きました。舞台の上やテレビ番組とはまた違う、リアルな素の屋敷さんのトーンと同じで「飲み会の時と全く一緒じゃん!どうやって演出したんだろう」と気になっていたんです。今回オファーをいただいて、脚本を読んだ際に「そっち系でいいんだったら自分でもできそう」と思い、お受けしました。「ほぼほぼ俺」みたいな、だいぶイージーモードに設定いただいた感覚があります。
松居:いえいえ、屋敷は同い年の友だちで、オリジナル脚本だったので“当て書き(役者を想定して書くこと)”できましたが、今回は原作もありますから。くるまさんが役者として、奥山を自分のものにしてくださったと僕は思います。
くるま:確かに、奥山みたいな自分もいますね。ただ僕の場合、人より自分というものの範囲がでかいんです。僕は自分のことを東京だと思っていて、一人称を「東京」にしていた時期があって。
松居:え、どういうことですか?
くるま:東京で起こっていることは大体僕で説明できるなと。「ギャップがある」とか言われるの、面倒くさくないですか? 野球が好きだけど映画や漫画も好き――みたいに言うと「意外」とか言われるのが嫌で、全部好きなだけだから納得してくれよと思って。俺は様々なカルチャーが全部ある東京みたいなもんだからと。だから、歌舞伎町で起きていることも大体わかるんです、東京なので。今回の奥山も東京の人間だからできました。茨城の奴だったらできなかったと思います。

映画『ミーツ・ザ・ワールド』より
――となると、映画初出演でもそこまでハードルは感じなかったのですね。
くるま:そうですね。任せるのみでした。
松居:くるまさんは衣装合わせでお会いしたときに脚本はもちろん、原作や僕の他の作品も観た状態で来て下さいました。ガチガチにやるといかにもセリフになっちゃうから適度に崩しつつ、とはいえ原作や脚本の方向性から逸れないようにしたいという話し合いを最初に出来て、とても有り難かったです。お忙しいでしょうにこんなに準備してきてくださって、愛情を感じました。
くるま:いえいえ、去年はM-1しか出ていなかったので暇だったんです。

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映画『ミーツ・ザ・ワールド』より
――現場ではどんな演出をされたのでしょう?
松居:由嘉里(杉咲花)と食事するシーンは段取り(動きの確認)をやった段階でとても面白くて、ばっちりだったので僕からは特に「こうしてほしい」というご相談はしませんでした。由嘉里もいい感じに翻弄されていましたし、この面白さを削ぎたくないので自由に泳いでいただきたいなと。
本編になった時、その場面はアニメの声がどんどん奥山の声にかぶさってくるという、「由嘉里は奥山の話を聞いているけど聞いていない状態になる」シーンのため、くるまさんには台本にはない部分もアドリブで話し続けてもらわないといけませんでした。これはきっと、役者さんにはできないことだったと思います。くるまさんの技術の高さを見せつけられました。
くるま:「カットがかかるまで長々喋っといてください」みたいな形だったので、「本当にすごいですよね、ドラッグストアとか入ると……」みたいに適当な話をして、とにかくずっと口が動いているようにはしました。杉咲さんがクスクス笑い始めちゃって、俺もそれを見て笑いそうになりながらもやりきりました(笑)。
松居:そうでしたね(笑)。会話はライ(南琴奈)とルームシェアしていることへの違和感から始まるけど、最終的に由嘉里が立ち上がるところで切られるから、脱線はいくらでもしていいと思っていました。
くるま:自分はきっと同じセリフを何回も言う方が苦手だと思うので、非常にありがたかったです。
松居:くるまさんはジャンルにとらわれずに表現をしてくれるだろうと思っていたので、きっとこういう形式も楽しんでもらえるはず!と思っていました。
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相互理解は一発で達成できるものではなく、お互いに開示して納得した先にあるもの。くるま
――『ミーツ・ザ・ワールド』のキャスティングには、「由嘉里/杉咲花さんが様々な表現者に出会う」というコンセプトがあったと伺いました。くるまさん、セントチヒロ・チッチこと加藤千尋さん、安藤裕子さん、村瀬歩さんをはじめとする声優陣ほか、多様なルーツを持つクリエイターが集いました。
松居:はい。くるまさんも持ち味を発揮して下さって、杉咲さんとの化学反応も含めて非常に面白いものになりました。
くるま:ただ、現場の居方には苦労しました。映画の撮影は待機時間が結構あって、どうしたもんかと思って杉咲さんや南さん、アサヒ役の板垣李光人さんに話しかけたらとても真剣に答えて下さり、止め時がわからないままずっと喋る羽目になって「え、俺は嫌じゃないけどみんな大丈夫? 集中したりしたいんじゃないか」と内心不安でした。南さんに「すごく喋りますね」と言われて「そうなんですよ芸人なんで」なんて返しながら「まだ終わんないよ、これ大丈夫か」状態でした(笑)。
僕は普段から舞台裏でも喋るほうなのでいいのですが、皆さんのルーティンがわからないじゃないですか。本当は台本を読みたいのに僕に気を遣って付き合ってくれているんじゃないか、それとも純粋に会話を楽しんでくれているのか、どっちなんだ?とドキドキしながら、意味もなく「ちょっと現場を見てきます」とか言ってその場を離れたりしていました。
松居:僕もくるまさんがずっと喋っているなぁと思っていました(笑)。緊張をほぐすためにあえてそうしているのか、元々そういうタイプなのかはわからないまま、その様子を見守っていました。自分は今回、干渉するよりも見つめていたいというスタンスだったので、キャストの皆さんに必要以上に話しかけに行ったりはしていなくて。それは、観た方が登場人物を遠くから見つめ続けたいと思えるようにしたかったからです。
――松居監督は作品によって現場での距離感を調整されているのでしょうか。
松居:そうですね。自分をもう一人の登場人物だと思って中に入りこむこともあれば、今回のように引いた場所に置くこともあります。

映画『ミーツ・ザ・ワールド』より。杉咲花さん演じる由嘉里とくるまさん演じる奥山、アサヒ(板垣李光人)、ライ(南琴奈)の場面。
――くるまさんが演じられた奥山は、本作のテーマの一つである「相互理解」を象徴する人物のように感じました。最初は腐女子に対してステレオタイプな感覚を持っているけれど、由嘉里と接するなかで変わっていくのが素敵ですよね。
松居:奥山は絶対にいい奴ですよね。僕はこの映画に出てくる人物には全員“推し”や“呪い”があるように感じています。奥山の場合は、それが元カノなんですよね。元カノのことを大好きだったからこそそれが物差しになり、呪縛のようになってしまっている。夢中になったぶんだけ、呪いに変換されてしまっているように思います。
「推しに引きずられている」という意味では、由嘉里と奥山は鏡のような関係ともいえますね。由嘉里もまた、奥山を一面的に見ていたのがそうではなくなっていきますから。
くるま:相互理解は一発で達成できるものではなく、お互いに開示して納得した先にあるものだと思います。その上で奥山と由嘉里の関係で良いなと思ったのが、奥山が元カノのことを開示したときに由嘉里がちょっと引いたりするところ。即理解するような劇的なチェンジではなく、拒絶はしないくらいの転換に綺麗ごとじゃないリアルさを感じました。
そのぶん難しかったのは、奥山がなかなか姿を見せないことです。冒頭の合コンでも参加はしているけど遅れてくるし、自分の中で「由嘉里とどれくらい仲がいいのか?」をなかなかつかめませんでした。変によそよそしすぎるのも違うし、完璧に向こうの「私は腐女子です」という告白を受け止めてすぐに理解するのもまた違うと思ったので、余地を残せるようにしたいという気持ちで臨みました。