まっすぐに、てらいなく。杉咲花さんの表現を見ていると、そんな言葉が浮かぶ。一人の人物が持つ多面体の魅力や生身の感情を観る人の心の奥深くに届ける演技は、出演作のたびに話題を呼び、今年7月から9月に放映されていたNHKドラマ「プリズム」での真に迫るまなざしと声音も、いまだ記憶に新しい。杉咲さんの新たな表現に触れられるのが、現在公開中の劇場アニメ『ぼくらのよあけ』。演じるのは、宇宙とロボットが大好きな小学4年生の沢渡悠真の声だ。SFと少年の成長物語というジュブナイルものとしての面白さをあわせ持った本作で、120%、ただ一人の悠真として存在していた杉咲さんにお話を聞きました。
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Mayu Takahashi / hair& make up : Mai Ozawa (mod’s hair) / interview & text : SO-EN
MOVIE『ぼくらのよあけ』
舞台は西暦2049年の東京、阿佐ヶ谷団地。取り壊し間近のこの団地に住んでいる小学4年生の沢渡悠真(杉咲花)は、まもなく地球に大接近するという「SHⅢ・アールヴィル彗星」に夢中になっていた。ある時、沢渡家の人工知能搭載型家庭用オートボットのナナコ(悠木碧)がハッキングされてしまう。同時に悠真とその仲間たちは、「二月の黎明号」を名乗る宇宙からきた人工知能に出会う。2022年に地球にやってきた二月の黎明号は、大気圏突入時のトラブルで故障し、悠真たちが住む団地の1棟に擬態して休眠していたというのだ。悠真たちは、極秘に二月の黎明号を宇宙に帰すミッションを企てる。
監督:黒川智之、声の出演:杉咲花、悠木碧、藤原夏海、水瀬いのり、岡本信彦、戸松遥、花澤香奈、細谷佳正、津田健次郎、朴璐美
全国公開中。Ⓒ今井哲也・講談社/2022 「ぼくらのよあけ 」製作委員会
悠真のことを想像して、体いっぱいに表現できるように努めようという気持ちがより一層高まりました
――杉咲さんの声が本当に小学生の悠真として存在していて、はじめ、杉咲さんがどの役を演じられていたのかも分からないほどでした。それで物語にぐっと入り込むことができたのですが、まず、杉咲さんが今回の作品に参加したいと思われた理由を教えていただけますか?
杉咲花:「悠真やオートボットのナナコが、見てみたい未来や叶えたい夢に向かってただまっすぐ進んでいく姿が、とってもいいなと思ったんです。映画を観てくださる方々に、失敗を恐れずに信じることの強さを届けられる作品になるのかなと感じて。こんなにもピュアな作品で、重要な役柄をいただけたことがうれしかったです。緊張感もあったのですが、飛び込んでみようと思いました」
『ぼくらのよあけ』より、悠真(左)とロボットのナナコ(右)
――私自身は、子供時代の自分を思い出して観ていました。悠真はやんちゃで反抗的なところもあって、ともするとわがままに見えてしまいそうですが、杉咲さんの声を聞いていると自分が昔置いてきてしまった素直さを持っている子なんだ、という風に思えたんです。杉咲さんがどんなバランスで悠真を演じていらっしゃったのか気になりました。
杉咲花:「悠真の目線で物語が進んでいくからこそ、応援したくなるような人物になるといいなという思いがありました。
私は声のお仕事の経験が多いほうではないですし、声優として長く活躍されてこられている方々のなかに参加させていただく緊張感は大きく、ナイーブな気持ちになってしまってしまうこともあったのですが、あるとき黒川(智之)監督が『一番大事なのは、テクニックじゃなくて気持ちだと思うんですよね』と話して下さって、はっとしたんです。シンプルなことなのですが、私はこの役を託してもらえたことをちゃんと受け止めて、自分にできることを精一杯努めようと思いました。表に出るものは声だけかもしれないけれど、自分が今まで学んできたことと何かを切り離して考えるのではなくて、悠真のことを想像して、体いっぱいに表現できるように努めようという気持ちがより一層高まりました。宇宙船を助けたいという信念を手放さずにいたら、きっと悠真が感じる感動や期待を私自身の実感としても得ることができるのではないかなという気持ちでした」
――杉咲さんにとってはどんなところが悠真を理解しやすかったでしょうか?
杉咲花:「信じるもののためなら誰がなんと言おうと僕は進むよ!みたいな、揺るがない強さが演じるうえでのヒントになっていました」
――先ほど、声のお仕事の経験が多くないので、とおっしゃっていましたが、私は過去3作品の杉咲さんの声のお仕事もとても好きで。声のお仕事ならではの楽しさや難しさはなんでしょうか。
杉咲花:「うれしいです。アフレコはすごく静かな空間で行うので、自分の声がとても鮮明に聞こえてくるんです。それだけ集中的に自分のことまで知ることのできる時間って、なかなかない気がします。少し意識をして声を変えただけでキャラクターの表情が変わって見えてくることもワクワクしました。
黒川監督からは、声のトーンをなるべく下げて欲しいというリクエストがあったんです。役の人物像が見えてくるにつれ声のトーンにも自然と変化が生まれるということは、作品に携わらせていただくたびに感じていることなのですが、今回はあえて発声に意識を向けることを心がけていたぶん、難しくもありました」
『ぼくらのよあけ』より
――本作は西暦2049年が舞台で、スマホの描写などは今と全然違っていたりと興味深かったです。近未来の描写で興味を持ったところはありましたか?
杉咲花:「ナナコの存在が大きいです。ずっとそばにいてくれて、すぐに力になってくれる存在がいてくれたら心強いだろうなぁと思います」
――無人惑星探査機の人工知能「二月の黎明号」の哲学的な言葉も、人を超越した存在からの言葉として、じんわり心に響いてきます。
杉咲花:「私は、ラストで二月の黎明号が言う『この宇宙で、強くしなやかに生きるためには変化し続けること』という言葉が残っています。大切な人や分かり合いたい人、そして自分自身に対しても、向き合ったり理解を深めるうえでとても大切なことなのではないかなと感じました。大切にしたい言葉です」
日常の生活の時間を大事にできる人でありたい
――この物語は、未来から見ると悠真くんの転機を描いたような物語かなと思います。「あの時、あの出来事があったから僕はこの道を歩んだんだ」というきっかけのような。杉咲さんにとって、これまでそうした転機となる出来事はありましたか?
杉咲花:「朝ドラ(2020年度後期NHK連続テレビ小説「おちょやん」)に携わらせていただけたことです。
それまでは、どうしても周りの反応や意見が気になって、そういったものばかりにアンテナを張りめぐらせていた感覚がありました。けれど『おちょやん』の現場に携わって、自分達が過ごしている日々はかけがえのないもので、そこで立ち会えた奇跡のような瞬間やきらめきが確かにあって、それを知っていることに自信を持っていいはずですし、それは何ものにも代えがたい特別なもので。自分が持っている誇りや喜びというのは、誰が何と言おうと変わらないということを教えてもらった日々でした。携わった時間そのものが、私にとっての希望や刹那的な喜びがいっぱいに詰め込まれたひとつの物語のような、大切な記憶です」
――それまでは、自分自身よりも他の誰かの満足のほうが気になられていたんですね。
杉咲花:「知ってほしい、認めて欲しいという思いが強かったんだと思います。それほど作品に対しての想いが深まりすぎていたからなのかもしれません。今でもそういった感覚が完全になくなったわけではないのですが、思い詰めてしまわない程度には解放された感覚があります」
――「おちょやん」は大役だったと思うので、それをうかがえてとてもほっとしました。そういえば以前、『装苑』の連載「蜜の音」の2022年11月号分の撮影の際、杉咲さんのリクエストで団地に行きましたが、もしかして『ぼくらのよあけ』のイメージだったのかな?なんて思ったのですが……!
杉咲花:「それは偶然でした!(笑)普段から団地やマンションなどの集合住宅になぜだか惹かれてしまうんです。外を歩いていても、思わずわぁ、と見てしまって。なんでしょうね、等間隔の同じ作りをした建物の中にそれぞれの生活が広がっていると思うと、なんだか感慨深く不思議な気持ちになるんです」
――読者のかたには今言っていただいたことを思いながら、何度でも連載の文章も読んで頂きたいなと思いました。
『ぼくらのよあけ』のナナコと二月の黎明号が、地球を飛び出して太陽系を抜けるまでには37年かかる・・・というセリフがありましたが、37年後も杉咲さんが大事にしていたいものは何でしょうか?
杉咲花:「生活をする時間です。朝起きてご飯をつくって食べて、洗い物をして部屋を片付けて・・・という、日常の生活の時間をいつまでも大事にできる人でありたいです。身の回りのことが落ち着いていたら、仕事もプライベートもきっと豊かに向き合うことができるのではないかなと思うんです」
Hana Sugisaki ● 出演作に、映画『湯を沸かすほどの熱い愛』、ドラマ「花のち晴れ~花男Next Season~」、NHK連続テレビ小説「おちょやん」でヒロインの竹井千代役、ドラマ「プリズム」(NHK総合、火曜22時~)前島皐月役、劇場アニメ『ぼくらのよあけ』佐渡悠真役など。
『ぼくらのよあけ』
WEB : http://bokuranoyoake.com
Twitter @bokura_no_yoake
杉咲さん着用:ドレス ¥184,800 クリスチャン ワイナンツ(ショールームリンクス TEL:03-3401-0842)