『ハリー・ポッター』、そして『ファンタスティック・ビースト』――。「魔法ワールド」の世界観の構築に、欠かせない人物がいる。シリーズの始まりである『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001年)から携わり続ける造形美術監督ピエール・ボハナさんだ。
ハリー・ポッターやニュート・スキャマンダー、個性豊かなキャラクターたちを象徴する魔法の杖をはじめ、様々な小道具を生み出してきたボハナさん。世界各国が舞台になる『ファンタスティック・ビースト』シリーズでは、さらなるイマジネーションを発揮し、観客を魅了し続けている。
最新作『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』の日本公開を前に、ボハナさんのオンラインインタビューが実現。ものづくりへの信念がにじむ仕事術や、本作の小道具や美術の製作背景を教えていただいた。
interview & text : SYO
『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』
待望のシリーズ最新作。魔法動物を愛するシャイでおっちょこちょいな魔法使いニュートが、ダンブルドア先生や魔法使いの仲間達、そしてなんとマグル(人間)と寄せ集めのデコボコチームを結成!世界の支配を企むグリンデルバルドに、5つの魔法のトランクに隠された“秘密の作戦“で立ち向かう!そして本作では、ハリー・ポッターシリーズでも明かされなかったダンブルドア家の秘密がいよいよ明らかになる。
デイビッド・イェーツ監督(『ファンタスティック・ビースト』シリーズ、『ハリー・ポッター』シリーズ後半4作品)、J.K.ローリング(「ハリー・ポッター」シリーズ著者)、スティーブ・クローブス共同脚本。エディ・レッドメイン、ジュード・ロウ、エズラ・ミラー、ダン・フォグラー、アリソン・スドル、カラム・ターナー、ジェシカ・ウィリアムズ、キャサリン・ウォーターストン、マッツ・ミケルセンほか出演。
4月8日(金)より全国公開。ワーナー・ブラザース映画配給。
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――ボハナさんが造形美術監督のお仕事に就くまでの歩みを教えて下さい。元々、ボートやスポーツカーを製造していたと伺いましたが、「映画の仕事をしたい」という想いは当初からあったのでしょうか?
ピエール・ボハナ:ある意味、いまも昔もやっていることは変わっていません。船や車の仕事も映画の仕事も種類は違えどプロジェクトという意味では同じですから、プロジェクトからプロジェクトへと移り、ずっとものづくりをしてきた感覚です。
ボートや車の制作に関わっていたときは英国南部にいたのですが、その後ロンドンへと移り、テレビCMやTV系の作品を手掛けている会社に自分のスキルを見込まれて、手掛けるプロジェクトが映画へと移行しました。簡単に言えば、映画業界の方が私のスキルが役立つんじゃないかと、声を掛けてくれたんです。ロンドンはイギリスにおけるメディア・スキルや造形美術の中心地なので、こういった仕事に関わるようになったのは自然な流れでした。
――約20年このシリーズに携わってこられた間に、制作環境は技術の進化によって大きく変わったのではないかと思います。その変化を感じる部分とともに、ボハナさんの変わらない美学を教えて下さい。
ピエール・ボハナ:私は元々、新たな技術やアプローチを楽しみながら取り入れるタイプなんです。自分の知っているやり方を続けることは簡単ですが、それでは自己模倣に陥ってしまう。だからこそ私は新たなメソッドに対してオープンであり続けたいと思っています。私にとって最高の小道具とは、伝統的なスキルと新しいメソッドをブレンドしたもの。その両方を組み込むことができなければいけないと思っています。これが私自身の美学といえます。
『ハリー・ポッター』と歩んだ時代は、まさに技術革新と共にありました。その最初のころは、私たち美術スタッフも業界全体も、VFXやポストプロダクション(撮影終了後の仕上げ作業)の発展がもたらす影響力に怖気づいていたんです。「自分たちの仕事が減るんじゃないか」って。でも実際は逆でした。映画のスケールや、それに伴うビジュアルのスケールも大きくなったため、各部署に要求されるものも増えたんです。
そこで効いてきたのが、先ほどお話しした「新たな技術に対してオープンでいること」です。私たち自身が新たなスキルをインプットすることで、規模感が増しても質を保つことができました。結果的に技術の恩恵を受けることができたんです。3Dプリンターはその良い例ですね。3Dプリンターのおかげで、製作が不可能か、これまでのやり方では製作困難でコストがかかるようなことも可能になりました。
――新たな技術とイマジネーションが組み合わさった形ですね。
ピエール・ボハナ:そうです。技術の進化によって私たちはより自由に、多くの表現ができるようになりました。チームのメンバーであるベテランの彫刻家や造形制作者にも、コンピュータを使ったデザインを学ぶことを推奨しています。自分が既に持っているスキルを補強し、さらに底上げできますからね。自分としても、アナログとデジタル両方のメディアを使いこなし、深く理解するスタッフを得られるのは大きいです。
――1920~30年代を描く『ファンタスティック・ビースト』シリーズは『ハリー・ポッター』シリーズの60年ほど前の物語です。小道具や美術の面でこの2シリーズにはどういった違いがありますか?
ピエール・ボハナ:時代ものであるということが大きく違います。時代もののファンタジー映画に関わるというのはすごく興味深い作業ですが、『ファンタスティック・ビースト』シリーズでは、私たちの仕事の大半は人間界の環境づくり。それは「場所の歴史を再現する」ことでもあるんです。
例えばベルリンの屋外シーン用に、リーヴスデン(ロンドン郊外の町)にセットを作ったのですが、その作業量は膨大なものでした。建築物とその一つ一つのディテール、バス停、街灯、窓、照明の取り付け用器具、路面電車…これらは今はもう残っていないものなのに、撮影するシーンのためには全て必要なのですから。
また、今回の舞台には1930年代のドイツが出てきますが、当時モダンとされていたスタイルは、アール・デコに強い影響を受けていました。そのことが私たちのデザインにも影響を与えるわけです。杖など、魔法の領域の小道具を作る際にもアプローチの仕方は変わりません。デザインで考慮すべきことは常に時代性や当時の様式なのです。
――ある程度のリアリズムや現実に根差すようなものにしようとしたということですね?
ピエール・ボハナ:その通りです。『ファンタスティック・ビースト』の環境の多くは人間界のもので、魔法界のものではありませんでした。人間界から魔法界へと移行していくようなイメージですね。『ハリー・ポッター』も含めた本シリーズはちょっとパラレル・ワールドなところがあって、この2つの世界の違いというのは本当にちょっとしたものなんです。
――『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』の小道具における、ボハナさんの印象的だったチャレンジはどんな部分でしょう?
ピエール・ボハナ:チャレンジというか、作っていて楽しい!という思い出のほうが強いですね。例えば、ドイツの魔法省を訪れるシーンがあるのですが、その外にいる警備担当たちが昔、英国のバスの車掌が身に着けていた券売機のようなものを着けています。券売機がちょうど胸の前に来るスタイルで、それに横から杖を入れると、反対側から杖が出てきて、そうやって安全かどうかを確認しているという訳です。
私たちは、入れる時は杖の先からなのに、出てくるときには持ち手から、ということをやりました(笑)。魔法の力で方向を変えたということですね。そういうことを考えたり、形にするのは非常に楽しかったです。
――今回はドイツの他にもブータンが登場します。その地に合った小道具のヒントは、どういうものから得たのでしょう?
ピエール・ボハナ:ブータンは、タイムレスな魅力のある場所だと思っています。ベルリンは時代をさかのぼるセットでしたが、ブータンにおいてはその地に元々根付いた要素を取り入れました。
コンセプトは「喧噪」。通りに商人がたくさんいる設定で、彼らが売っている神秘的なクリーチャーの棒飴などに、中央アジアやネパールの要素もミックスしています。ほうき店も登場するのですが、あの地域らしい感じにしました。残念ながら実際にブータンには行けませんでしたが、装飾部は膨大なリサーチをして、古典的な通りや建築を考えました。そのうえで大事にしたのは、劇中の世界にどんな風に個性を持ち込むかです。
――マグルのジェイコブが使うための魔法の杖も出てきますが、こちらのコンセプトはどのようなものでしょう?
ピエール・ボハナ:この杖を作るのはものすごく楽しかったですね。ジェイコブはニュートに杖を渡されるんですが、その杖は弾の入っていない銃のように、芯に何も入っていないものなんです。(※通常は芯に魔法を持った素材が使われている)。ジェイコブを傷つけることのない、安全な杖です。でもジェイコブ的には自分も魔法使いの仲間入りをした気持ちになっているんですけどね(笑)。
デザインにはこれらのコンセプトが全て活かされており、視覚的にもとても個性のある杖になっています。古くて、ねじ曲がっていて……映画を観てもらえばしっくりくると思います。楽しみにしていてください!
Pierre Bohanna ● ロンドンを拠点に活躍する造形美術監督。『ハリー・ポッター』魔法シリーズで見る者すべてをワクワクさせ、魔法の世界へと誘った空飛ぶほうきや魔法の杖、クイディッチの試合で使用されたスニッチなど、シリーズ全作の小道具を手掛けており、『ファンタスティック・ビースト』シリーズでも魔法の杖や、主人公ニュートのトランクなどをの他数々の小道具制作を担当。
「ハリポタ」&「ファンタビ」シリーズのみならず、『ダークナイト』、『ゼロ・グラビティ』、『ジャスティス・リーグ』、『美女と野獣』、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』など、近年のハリウッド超大作の小道具をすべて手掛けている大ベテラン。