2017年に俳優デビューを果たしてから、約5年。宮沢氷魚さんはいまや多くの映画・ドラマファンに知られる無二の存在へと上り詰めた。大友啓史監督による映画『レジェンド&バタフライ』で木村拓哉さん演じる織田信長に複雑な愛憎を抱く家臣・明智光秀を熱演し、2月10日には鈴木亮平さんと共演した『エゴイスト』が劇場公開を迎える。
ファッション誌の編集者・浩輔(鈴木亮平)とパーソナルトレーナーの龍太(宮沢氷魚)の美しくも切ない恋模様を描いた本作。自然な表情の数々はどのようにして生まれたのか?「贅沢な現場」で生きた時間を、宮沢さんに教えてもらった。
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Masashi Sho / hair & make up : Taro Yoshida (W) / interview & text : SYO
『エゴイスト』
14歳で母を失い、田舎町でゲイである自分の姿を押し殺しながら思春期を過ごした斉藤浩輔(鈴木亮平)。東京でファッション雑誌の編集者として働き、仕事が終われば気の置けない友人達と気ままな時間を過ごしている。そんな浩輔が、ある時パーソナルトレーナーの中村龍太(宮沢氷魚)に出会う。惹かれ合った二人は、時に龍太の母も交えながら満ち足りた時間を重ねていった。しかし二人でドライブに出かける予定だったある日、龍太は姿を現さずーー。人気コラムニストの故・高山真さんの自伝的小説を、『トイレのピエタ』『ハナレイ・ベイ』の松永大司監督が映画化。アジア全域版アカデミー賞「第16回アジア・フィルム・アワード」(AFA)で、鈴木亮平さんが主演男優賞に、宮沢氷魚さんが助演男優賞にノミネートされている。
監督・脚本:松永大司
出演:鈴木亮平、宮沢氷魚
中村優子、和田庵、ドリアン・ロロブリジーダ、柄本明/阿川佐和子
2023年2月10日(金)より全国公開。
僕たちはただその瞬間を、その人物として生きていればよかった。
――パーソナルトレーナーという職業の人物を演じるにあたって、1ヶ月半かけて体作りを学んだと伺いました。具体的にどのようなメニューを経験されたのでしょう。
週に2回ペースでトレーニングを行いました。本来は上半身と下半身に分けて行うものらしいのですが、その期間に別のお仕事も入っていてたっぷり時間をかけることはできず、全身を鍛えるスタイルになりました。それもあって、1日のメニューをこなしたらもう歩けなくなってしまうくらい負荷がかかっていましたね。ジムの帰りに電車に乗っていたのですが、ちょっとの揺れで足から崩れてしまって大変でした(笑)。
――相当追い込まれたのですね……。
鍛える目的もありましたが、僕が演じるのはトレーナーなので、教える側の知識も役づくりには必要でした。そのため、トレーニングの休憩時間にトレーナーの古家政吉さんが何をしているのか観察したり、どういう風に声をかけてくれるのかを意識していました。体だけじゃなくて頭もフル回転でしたね。
ベンチプレスだったら上からこうサポートに入るんだよ、持ち方はこうだよというのは一回教わってしまえばなんとなくはできるのですが、簡単そうに見えてめちゃくちゃ難しかったのがストレッチとマッサージです。トレーニングする人の体型に合わせてやり方もマッサージする箇所もまったく変わるんです。(鈴木)亮平さんとストレッチ出来たのは撮影本番だったので、その場で対応するのが大変でした。
ただ、事前に助監督の方や古家さん相手にストレッチやマッサージを何度も練習して、自分が実際に行っている姿も動画で撮ってもらい、古家さんとどう違うのか照らし合わせてできる限りの準備はしていきました。でも、龍太はプロだからさりげなく、ノーストレスでマッサージやストレッチをできるようにならないといけない。そう見せていくのも難しかったです。
――本作ではリハーサルも入念に行われたと伺いました。撮影監督の池田直矢さん(『さがす』『死刑にいたる病』など)もその時点から参加されていたとか。
クランクインの数日前から、僕と龍太の母・妙子を演じた阿川佐和子さんのふたりでリハーサルを始めて、次の日に亮平さんが合流しました。台本をベースにしたリハーサルというよりも即興でお芝居をする形でしたね。何をするかというと、松永大司監督から渡された紙にはあるミッションが書かれている。それを行おうとするけど、相手の方が渡された紙にはそれを行わせないように、といったことが書かれているので、お互いにぶつかるんです。例えば僕の紙には「何かを渡す」と書かれていて、阿川さんや亮平さんの紙には「受け取らない」といったように。そうすると、目的が真逆の者同士の駆け引きが生まれるんです。
映画『エゴイスト』より
――対立関係を打破する、を即興で演じていくとなると、ものすごく頭を使いそうですね。
いつものようにセリフがあって結末がわかっているものとは違い、相手の目を見て「いま何を考えているんだろう?」「次にどういう行動をするんだろう?」ということを全身で感じながらこちらのやりたいこともする経験を重ねたことで、撮影初日も初日という感じがしませんでした。硬さがなく、スッと入り込めましたね。
それには先ほどお話しいただいたように、リハーサル段階から池田さんがカメラを回していたことも大きかったです。最初は撮り方も決まっていないから至近距離だったり突然回り込んで目の前に出てきたり、或いは背後から撮られたりと「次にどう動くか」がわからず気にしてしまったのですが、リハーサルで慣れて、どんどんカメラを気にしなくなっていきました。
カメラや照明、録音技師さんの存在に気づかないくらい、僕と亮平さん・阿川さんだけの世界になっていた感覚がありました。松永監督がドキュメンタリータッチで撮ってくれたことで、自然な表情が出たと思います。例えば亮平さんとご飯に行くシーンなどでも「こういう言葉を言うとこんな表情をするんだ」と生の反応を感じていましたから。
――「相手を見て、全身で感じる」ですね。
今回、亮平さんとは事前に「どういう風に演じよう」みたいな相談はしておらず、そもそも打ち合わせをする必要がありませんでした。僕たちはただその瞬間を、その人物として生きていればよかった。
僕には4~5歳くらいからのゲイの友人がいますが、彼と一緒にいるだけで感じるものがあり、『his』のときも今回も、彼との時間や彼の存在を思い出すことがたくさんありました。ご飯や飲みなど、一緒に遊んで同じ時間を過ごすだけなのですが、そうして相手のことがわかっていくものだと思うんです。きっと、龍太と浩輔さんもそうだったんじゃないでしょうか。出会って、お互いに自分にはないものを感じて惹かれあったと思うから、変に示し合わさなくてもいいんですよね。
NEXT:宮沢氷魚さんが思い出す、『エゴイスト』撮影での印象的な場面とは?