水上恒司インタビュー
リアリティはどこから生まれるのか。
『九龍ジェネリックロマンス』で見せた芝居の核心
今の時代を作る人[俳優]

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Syohei Fujinaga
hair & makeup : KOHEY(HAKU) / interview & text : SYO

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水上恒司
Koshi Mizukami

『九龍ジェネリックロマンス』の実写映画化が発表された際、驚いた人は多かったはずだ。九龍を舞台にしたラブロマンス×ミステリーが融合した漫画を実写化するハードルもさることながら、主要人物を演じる水上恒司のビジュアルや役どころが従来の彼のイメージを刷新するものだったためだ。

ブレイクの契機となったドラマ「中学聖日記」(2018年)や映画『望み』(’20年)、『死刑にいたる病』(’22年)、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(’23年)ほか、繊細で陰のある青少年像を体現してきた水上が、本作においてはマイペースだが人情味あふれる不動産業者・工藤発に扮している。吉岡里帆演じる鯨井令子の先輩という実年齢とは離れたポジションや(この役では34歳の設定)、無精ひげを生やした姿にも新鮮味があふれているが、本人はどんな心持ちで挑んだのか。

「どの作品においても、イエスマンになるわけにはいきません。自分の身を守り、個性を出すためにも自ら積極的にご提案するようにしています。時と場合によっては〝やるべきではない〟と封じることもありますが、基本的なスタンスは変わりません」

こちらをまっすぐに見つめ、表現者としての確固たる矜持を語り始めた水上。そのうえで本作でタッグを組んだ池田千尋監督とは、これまでとは異なるアプローチで向き合ったと明かしてくれた。

「僕はデビュー当初から、撮影に入る前に自分のセリフを繰り返し録音して精度を上げる作業を行っています。音が落ちたり消えたりしていないか、イントネーションが間違っていないか、いちばん大事な通るべき道を進めているのか——。それらを確認するために必要な準備ですが、そのデータを監督に開示することはありませんでした。」

「ですが今回、池田さんなら受け止めてくれるんじゃないかという予感があり、ご迷惑とは知りながら送り付けたのです。そうしたらとても喜んでくれて〝ここまでやってくれたから私も正直に言うね〟と長文のフィードバックを返してくださいました」

『九龍ジェネリックロマンス』は現実と夢の境界が融解する作品であり、リアリティラインを見失わないためにも監督と俳優の認識のすり合わせは不可欠だろう。水上はうなずきつつ、自身の「芝居におけるリアリティ論」に話の舵を切り始めた。

「僕は芝居とは常にリアルなものとして捉えており、自分という役者が役に対してどれだけ違和感を抱かずにいられるかを重要視しています。どうしても作品の全体像を考えてしまいますが、自分が本来やるべきことではないなと。僕がやらなければならないのは、セリフと行間を埋めて、台本の中にある〝波〟をきちんとたどっていき、役の積み上げに集中することですから」

とはいえ、現代の映画制作は台本の順番通りに撮影していくほうがレアケース。いきなり山場となるシーンから始まる撮影スケジュールもざらにある。

水上は「実際の撮影現場では〝考えるな、感じろ!〟だけでは立ち行かない部分もあります。だからこそ事前の準備や、前後のシーンも含めて物語や役の心情がどんな変遷をたどってきたのかの把握——ロジックが必要なのです」と、リアリストの一面をのぞかせる。

「その場のフィーリングに頼った芝居は、独りよがりになってしまう危険性があります。でも姿勢自体は間違っていないと思うから難しいところですよね。根底に確かな準備と理論があったうえでその時々の感情に身を委ねるなら、正しい瞬発力を生み出せると僕は信じています。」

「映画『九龍ジェネリックロマンス』ではその両立を実現できた感覚を得られました。当時の香港を再現するために選ばれた撮影地である台湾が持つ特色や、各部署の皆さんが作り上げてくださった美術に身を置くことで演じる際にもやはり影響を受けましたし、人に言えない痛みを抱えた工藤は〝この段階ではどれくらい本音を出せばいいのか〟が問われる出力の難しい役であるためロジカルな意識も必要でした。工藤という人間の背景を想像する努力も求められます。

「一方で、〝水上恒司の本当の顔が見たい〟という池田監督の期待に応えたい自分もいて——。色々と考えはしましたが、僕ら俳優の存在意義はプロセスはどうあれ、良い作品にするための良い芝居という〝結果〟を出すことに尽きる、とも思います。そこがブレてしまったら、いくら思考しても意味がありません」

水上はさらに、俳優という職業の性に言及しつつ、観客に目を向ける。

「北野武監督の有名な俳優演出に『ただ立っているだけでいい』がありますが、役者は何かしたい人が多いため『何もしない』は不安になるもの。でもその状態に挑むことで、観客が〝この人は何を考えているのだろう?〟と想像して各々の見方や解釈が生まれる、と感じ始めました」

直近の気づきとして「役作りとは人間の複雑性を構築すること」という真理に至ったと語る。他者はおろか、自身も心の奥底はわからない。「完璧に理解するなんて不可能」なのがリアルであり、人は必ずしも嬉しいから笑うのではなく、悲しいから泣くのでもない。矛盾があるからこそ知りたくなり、心が動かされると。

「そう考えると、複雑性は普遍性とも言い換えられます。だからこそ、芝居として表現するうえで思索を重ねても、押し付けるようなエゴイスティックな芝居はしたくありません。人間そのものがシンプルに見えてくるように、向き合い続けたいです」

複雑性を心に据える彼は、自身のパブリックイメージに対しても「囚われることもなければ、壊したいとも思いません。むしろ自分の武器を言語化してくれていると受け止めています。僕自身は、やったことのない企画に取り組んでいくだけです」と冷静に見つめている。

『熱のあとに』や『本心』といった作家主義的作品から『たべっ子どうぶつ THE MOVIE』まで縦横無尽に活躍する彼の俳優道は予想がつかず、ゆえに面白い。取材後に「普段なかなか聞かれないコアな話ができて嬉しかった」と笑顔を見せた水上恒司。プリズムのように多面的に輝く彼を、この先も追い続けたい。


映画『九龍ジェネリックロマンス』
懐かしい風情を残した街、九龍城砦を舞台にしたミステリー・ラブロマンスで、『恋は雨上がりのように』の眉月じゅんさんによる人気コミックの実写化。この街の不動産店で働く鯨井令子(吉岡里帆)は過去の記憶がない。先輩社員である工藤発(水上恒司)に淡い恋心を抱いているが、工藤には誰にも明かせない過去があった。ある時、令子は自分と同じ姿形をした女性が、工藤の婚約者として写っている写真を見つけて衝撃を受ける。令子と工藤の距離が近づくにつれて九龍の謎も深まり……。かつて香港に存在した美しくも怪しい街"九龍城砦"の風景を再現するため、台湾で撮影された本作、実写映画だけの切ないラストが胸を打つ。
池田千尋監督・共同脚本、吉岡里帆、水上恒司、竜星涼ほか出演。
8月29日(金)より、東京の「TOHOシネマズ 日比谷」ほかにて全国公開中。
バンダイナムコフィルムワークス配給。
©眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会

WEB:https://kowloongr.jp/

Koshi Mizukami
1999 年生まれ、福岡県出身。2018 年、ドラマ「中学聖日記」で俳優デビュー。映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』で第 47 回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。その他の出演作に、映画『弥生、三月-君を愛した 30 年-』『望み』(共に’20年)、『死刑にいたる病』(’22年)、『OUT』(’23年)、『八犬伝』(’24年)、『火喰鳥を、喰う』(’25年10月3日公開予定)、NHK大河ドラマ「⻘天を衝け」(’21年)、連続テレビ小説「ブギウギ」(’23-’24年)などに出演し、幅広い役を魅惑的に表現している。

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