臼田あさ美「赤ちゃん同然の心」で、素直にまっすぐに演じるリアルな現代の女性。8年ぶりの舞台『サヨナラソング』に臨む心境

2025.08.27

鴻上尚史が作・演出を務める舞台KOKAMI@network vol.21『サヨナラソングー帰ってきた鶴ー』が8月31日より上演される。助けた鶴が恩返しにやってくる民話『鶴女房』をモチーフとし、現実世界と小説の中の世界を往還しながら、「生きのびること」というテーマを描く作品だ。

現実世界では売れっ子の作家である“篠川小都”を、小説の世界では人間の姿になって恩返しにきた鶴の“おつう”を演じる臼田あさ美は、これが8年ぶりの舞台。「演劇をやることにおいては赤ちゃん同然」だと口にする彼女は、今回の役どころに強く共感しているという。

長きにわたって演劇シーンを走り続けてきた作家にして演出家である鴻上のもと、いま何を掴みつつあるのか。新しいステージに立とうとしている現在の心境について、率直に語ってもらった。

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Masayo Morikawa / hair & make up : Rumi Hirose / interview & text : Yushun Orita

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これまでの経験値は横に置いておいて、まっさらな気持ちで取り組みたい

臼田あさ美(以下、臼田):このご縁にめぐりあうまで、私は鴻上さんの作品を観たことも読んだこともありませんでした。演劇を観るために劇場へと足を運ぶことはありますが、それはいち俳優としてではなく、純粋にひとりの観客としてです。自分が舞台上で演じるイメージをほとんど持たないまま俳優業をやってきたので、この台本をいただいたときは、私が出る前提で読んでしまいました。まっさらな状態で読むのが難しかったんです。

でもしだいに、本作が掲げている「生きのびること」というテーマが浮かび上がってきた。私も世界中の人々と同じように、ほんの数年前にはパンデミックを経験し、いろんな価値観が揺らいでいくのを肌で感じました。

多様性が大切にされる世の中になったのは素晴らしいことですが、その中で、置いていかれてしまっている人々がいるのもたしかに実感しています。『サヨナラソング』が掲げる「生きのびること」というテーマは、いまのこの社会でどのように生きていくか、一人ひとりが人生をどうサバイブしていくか、という問いにも当てはまると思います。この2025年に上演する意義のある作品だと感じています。

臼田:これが喜劇なのか悲劇なのか、最初のうちはうまく掴めませんでしたね。悲しむべき物語なのか、それともおかしみを感じていい作品なのか。演劇の台本を読むことに慣れていないので、どうしても狭い視野で眺めてしまっていました。

でも稽古がはじまると、私がイメージしていたものを遥かに超えてきました。この作品の持つ悲しいところも、楽しいところもです。これらはいつも隣り合わせで存在していると、鴻上さんが稽古中のあるときにおっしゃいました。

誰かにとって面白い出来事は、ほかの誰かにとっては苦しい現実なのかもしれません。普段はつい見落としてしまうけど、そういうことって、じつはいっぱいありますよね。稽古がはじまってから見える『サヨナラソング』の世界は、最初に読んだときとはまるで違います。

臼田:そうなんです。いまの稽古で見えているものは、最初にイメージしていたものとまったく違う。稽古の段階とはいえ、みなさんが実際に演じることで、登場人物たちが目の前で生きているのを感じます。台本を読んでいて私の中に生まれた感情と、稽古場で演じているうちに芽生えてくる感情も違いますしね。面白いです。

20年以上俳優業をやっているのに、舞台に立つのは8年ぶり。いますごく新鮮な気持ちで、日々の稽古に臨んでいます。

臼田:正直なところ、純粋に苦手意識があったんです。観るのは好きだけれど、自分が舞台に立つ面白さはまた別。この8年間のうちに、舞台のお話をいただくこともありました。でもなかなか前向きになれなくて。今回は本当に「ふと」ですね。ふと、やってみようと。

臼田:どうなんでしょうね。ただ今回に関しては、鴻上さんの作品だというのが大きいと思います。つくる作品は時代ごとにもちろん違うのだと思いますが、鴻上さんは、演劇界で変わることなく走り続けてこられた方。ある種、揺るがない存在としてとらえています。

そういった方とご一緒することで、いち役者としての私と演劇との関係性も見えてくるかもしれない、と、そんなことは思っていましたね。

臼田:そうなのかもしれませんね。舞台と映像の現場はやっぱり違いますし、この座組において私は年長組ですが、演劇をやることにおいては赤ちゃん同然。いままで積み上げてきたものや経験値はいったん横に置いておいて、まっさらな気持ちで取り組みたい。そういう心持ちでいます。

だから共演者のみんなにも、「ダメ出ししてください!」って(笑)。これまでは映像的というか、自然体なお芝居に徹してきたところがあるので、みんなのようなキレのある動きがうまくできないんですよね……。セリフの言い方に関してもそう。

でも鴻上さんからは、まずは自分の気持ちに素直に、やりやすいようにやっていいのだと言われました。軌道修正はあとでやればいいのだと。アドバイスはみなさんからいただいています。

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素直に向き合うことを稽古場では大切に

臼田:人間の姿になって恩返しにきた鶴の“おつう”という小説の中のキャラクターと、現実世界で売れっ子の作家として活躍している“篠川小都”という人物を演じます。

とくに小都さんに対しては思うことがたくさんありますね。彼女は自分の感情をあまり表に出しませんが、とても自立していて、ごく一般的な主婦でありながら、ひょんなことを機に作家になった人物です。

でもその半生は決して劇的なものじゃないんですよね。本人はドライなところがあるし。

臼田:彼女は何かに没頭して感情的になったりするのではなく、エネルギーを内に秘めて、淡々と日々を生きています。作家としては自分のスタンスや美学を明確に持っているはずだけど、それについて多くを語ることはありません。

同じく現代を生きるひとりの女性として、この人物造形に私はとても親しみを感じますし、同じように感じる方はきっと多いのではないでしょうか。現代の女性像としてすごくリアルなんですよ。それに、かっこいい。男性キャラクターに囲まれているからこそ、彼女の芯の強さは大きな魅力として映ると思います。

もちろん、もろさも持っています。でもそのもろさが劇的な状況につながるわけではなく、強さももろさも、いつだって内に秘めているんですよね。そういうところに惹かれます。

臼田:いまはまだできないことに関して、鴻上さんに正直に伝えるようにしています。というのも、やっぱりどうしても私は役の感情を重視してしまうんです。でも演劇は登場人物の感情だけでなく、作品全体を提示するものですよね。

お芝居のテンション感、声の大きさやトーン、身体の見せ方など、演劇にはいろいろな技術が必要なのですが、それを頭では理解できていても、感情が追いついていないとうまく表現できません。求められる表現をするためには、そこに至る感情が私には必要です。上っ面なお芝居になってしまうから。

鴻上さんの求めているものは分かるけれど、私の中の感情はそこまで達していないというときは、それを伝えて丁寧に話し合っています。できた気になるのではなく、できていないことを正直に伝える。この素直に向き合う行為を稽古場では大切にしています。

臼田:ゴールが見えているのなら、そこまでの道のりが分からなくても焦る必要はない。ただ、ゴールも道のりも見えていないなら、一緒に見つけようって。そうしないと迷子になっちゃうから、と言っていただきました。

演劇の稽古では、同じシーンを何度も何度も繰り返すことができるので、その積み重ねでゴールにたどり着けそうな気がしています。鴻上さんからは学ぶことだらけですね。

臼田:ぜひぜひ! 私が舞台に立つのはこれが三度目ですが、過去の二回はどちらも鄭義信(チョンウィシン)さんの演出でした。なので私がご一緒する演出家さんは、鴻上さんがふたり目なんです。

演出家によって、稽古場のつくり方も変わってくるんでしょうね。鴻上さんのつくる場は、私にとってはまるで学校のようです。実際に鴻上さんは教える立場にいらっしゃる方でもありますから、なおさらそう感じるのかもしれません。私たちに語りかける力というか、説明力がすごいんです。

かといって、鴻上さんの考えをおしつけてくるわけではありません。とても言葉を選ばれる方ですし、一度口にしたことがご自身の中で違和感があれば、誤解が生まれないよう改めて説明してくださいます。前へ前へと導いてくださる感じですね。

これからさらに豊かな関係性を育んで、座組のみんなで一緒にゴールを目指していきたいです。作品全体もそうですが、一つひとつの場面ごとに観る者を惹きつける力を持った演劇が生まれつつありますから。


Asami Usuda
主な出演作に映画『色即ぜねれいしょん』(2009年)、『南瓜とマヨネーズ』(’17年)、映画『架空OL日記』『私をくいとめて』(ともに’20年)、『雑魚どもよ、大志を抱け!』(‘22年)、『早乙女カナコの場合は』(’25年)、テレビドラマ「ブラッシュアップライフ」、「いちばんすきな花」、「夫婦の秘密」、「柚木さんちの四兄弟」、「新宿野戦病院」などがある。映画『愚行録』(’17年)で第39回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。

臼田さん着用:トップ ¥49,500、ボトム ¥55,000 オロヒー(ON TOKYO SHOWROOM  TEL 03-6427-1640)/ その他 スタイリスト私物

KOKAMI@network vol.21『サヨナラソングー帰ってきた鶴ー』
作・演出:鴻上尚史

出演:小関裕太 臼田あさ美/太田基裕 安西慎太郎 三田一颯・中込佑玖(Wキャスト)/渡辺芳博溝畑 藍 掛 裕登 都築亮介

「紀伊國屋ホール」2025年8月31日(日)~9月21日(日)
全席指定  ¥9,800、U-25チケット ¥4,800(税込)チケット発売中。

大阪巡演あり。

公式サイト:https://www.thirdstage.com/knet/sayonarasong/

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