
「Displacement Film Fund(難民映画基金)」で製作されたマリナ・エル・ゴルバチ監督の映画『Rotation』
環境負荷や労働問題といった影の側面から、時に「社会悪」として厳しい視線が注がれることもあるファッション産業。そうしたなかで、世界的なスケールを活かした難民支援や、映画を通して難民の現実を伝えるプロジェクト「Displacement Film Fund(難民映画基金)」の設立と支援など、服を通じた社会課題解決に挑み続けているのが、ユニクロだ。
アパレルブランドとして環境などの懸念にどう向き合い、ビジネスの適正化を進めているのか。そして、国内の難民雇用や教育支援の現場で何を感じているのか?
ユニクロを擁する株式会社ファーストリテイリングの柳井康治さんに尋ね、服飾を学びアパレル産業を志す若い世代に向けて、日常の地続きにある大切な視点について語っていただいた。
photographs: Josui (B.P.B.) / interview & text : SO-EN

株式会社ファーストリテイリング取締役 柳井康治さん
服屋として、
社会の役に立つ方法がある
—— ファッション産業は、環境へ与える負荷や労働問題の顕在化などから社会悪のように捉えられることも多い産業で、若い世代にもその懸念は共有されています。
一方でユニクロは「PEACE FOR ALL」でTシャツの売り上げを全額寄付されたり、柳井さんご自身が「Displacement Film Fund(難民映画基金、以下DFF)」の設立に携わり、さらにユニクロが10万ユーロの寄付も行われるなど、ファッションを通じた難民支援活動を実践されています。ファッションが「社会悪」ではなく「社会善(ソーシャルグッド)」となることについて、柳井さんはどのような実感をお持ちでしょうか?
柳井康治(以下、柳井):ユニクロは20年以上、難民支援に取り組んできました。そのなかで、難民キャンプひとつをとってみても多くの課題があることを実感してきました。私が訪れたバングラデシュのコックスバザールには100万人以上もの方々が暮らしており、そのうち半数ほどが女性です。そこでは「生理の貧困」が非常に大きな問題としてあります。女性が毎月やってくるライフイベントを衛生的に過ごせるかどうかは、生活の質に直結するのです。
そこでユニクロが縫製トレーニングを提供し、難民キャンプの中で女性たち自身がサニタリーナプキンを製作できるようにしました。自分たちの生活で使うものを自ら作るという形で、サニタリーナプキンを含む衛生用品を年間500万点ほど生産しています。生地の供給もトレーニングの提供も、ユニクロのようなスケールで物作りをしているからこそできることだと自負しています。
その現場を見たとき、「ああ、このように貢献できているのだな」と実感し、本当に誇らしく感じました。商品を喜んでいただいたお客様の声を聞く際にも大きな喜びがありますが、それとはまた異なる感慨がありました。服屋として社会の役に立つ方法があることを体感したのです。

6月に開催された「難民映画基金」特別上映会の会場には、「PEACE FOR ALL」のTシャツが並んだ。
—— ユニクロが持つ力を社会に還元された素晴らしい事例ですね。たくさん作ることができる、つまり多くの服の生産を行うことに対して、普段のお仕事の中で罪悪感を抱くことはございますか。
柳井:業績が好調で物が売れているといっても、日本のアパレル市場全体で見れば私たちのシェアは10%にも届かないくらいです。世界規模で見たら一桁台がほとんど。そう考えると、自分たちが作っている量が過剰だという感覚はあまりないんです。
ただ、もちろんアパレルブランドとして、大量廃棄につながる可能性は絶対になくさなければならないと理解しています。お客様が必要とするものを、必要な量だけ、必要なタイミングにお届けするため、サプライチェーン、販売計画、店舗運営の効率化を進めています。例えば、ユニクロは事業が約70%成長していても、生産量は20%弱に留まっていた=より少ない数で、より多くの方に届けられているという状態になっています。
作りすぎていた部分を減らし、適正な量でビジネスを展開する——つまり、今まで以上に少ない量で事業も成り立つということが実現しつつある。まだまだその精度は高めていかなければならないのですが、それができるのも自分たちのスケールがあるからこそで、可能性は開かれていると思います。ファッションを学んでいる学生の皆さんにも、ぜひそのように感じていただきたいです。

—— ユニクロが行われている、国内で難民認定された方への雇用支援について詳しくお聞かせください。
柳井:難民認定を受けられた方やその家族で、私たちのお店で働きたいとおっしゃる方を採用するというのが一つの支援です。それだけでなく、難民認定を取るまでの間のサポートも行っています。日本は難民認定が非常に困難な国のひとつで、申請しても認定されるまでに時間がかかったり、そもそも認定されない方のほうが多い現実があります。
そこで、難民申請中で認定前の方々への教育支援や自立支援に取り組んでいる支援団体への支援なども、ファーストリテイリング財団が行っています。特にお子さんの就学支援など、就労の前段のサポートなしには成り立ちません。その支援から一緒に取り組む姿勢を持っています。
—— 私自身、川和田恵真監督の映画『マイ・スモール・ランド』(2022年)によって、日本における難民認定がいかに困難かを知りました。国内でもまだあまり知られていないことだと思います。
柳井:そうですね。映画にはそうした現実を実感として伝える力があり、それがDFF設立の思いのひとつにありました。
川和田監督のことは、DFFのメンバーにも紹介したんですよ。川和田監督や『LOST LAND/ロストランド』(2025年)の藤元明緒監督のような方が日本で活動されているのは、本当に素晴らしいことだと思います。
今より少しずつ世の中を
良くするという個の力
—— 映画で現実を知るのが第一歩だとして、その後、民間の私たちに難民支援のためにできることは何があると思われますか。
柳井:ユニクロとしては「ぜひユニクロの服を買ってください」ということになるんですけれども(笑)、それは置いておいて普段より少し人に優しくする、それだけでも違うような気がします。
たとえばコンビニでお会計をしたときに「ありがとうございました」と言われますよね。そのときこちらも「ありがとうございます」と言葉を返すことができたら、それだけで少しずつ、世の中が変わっていくような気がするんです。それがそのまま難民支援に直結しているとは言えないかもしれませんが、今より世の中が良くなる出来事が起こっていくことが大切だと思っています。
個人個人の中に優しい気持ちや共感の心が芽生えると、それが積み重なっていずれ大きな力になります。まず現状を知ってもらって、難民の方々の生活や日々を想像し「こんな世界があるんだな」と思うだけで一歩進んでいるのではないでしょうか。
DFFの支援監督に選ばれたハサン・カッタン監督が「700人いたら700人のストーリーがある」と話していました。自分とは違う誰かに、自分とはまったく違う人生があるというのは当たり前のことですが、情報過多で皆が忙しい現代において、私たちはどこか「不感症」な状態になってしまっていますよね。映画を観ることで、そうした当たり前で大切なことを思い出すことができます。その感覚が非常に大切で、映画にはそうした力が確かにあるのです。

ハサン・カッタン監督の『Allies in Exile』
—— 柳井さん個人として、DFFの支援のもと制作されたハサン・カッタン監督の『Allies in Exile』とマリナ・エル・ゴルバチ監督による『Rotation』はどのようにご覧になりましたか。
柳井:マリナさんと最初にお会いしてお話ししたとき、「まだ(映画の)内容はそこまで決めていないけど、とにかくウクライナに戻って、ウクライナの仲間たちと撮りたい。それだけは決めている」とおっしゃっていました。
それからいろいろと話していくうちに、映画に登場するセッションの場所が、マリナさんにとって非常に大切な思い入れのある場所だということが分かりました。どういった思い入れがあるのかを尋ねることは、ためらわれたのですが……。おそらくトラウマ的なものを映像として表現しているのでしょう。映画の中の主人公の女性に起こったことは、マリナさんご自身に起こったことがきっと色濃く反映されているはずです。だとすれば、いかに壮絶な時間を過ごされたのか、と思いました。「こういうこと(戦争)はやはり起こしてはいけない」と強く思わせられましたね。
ハサンさんの映画は、イギリスで難民認定された彼自身と、認定を受けられず祖国に帰った親友ファディ(・アル・アラビ)さんのコントラストを描いたものです。一見、ハサンさんのほうが恵まれているように思えますが、こうも感じました。
「本来、祖国に帰りたいという願いを持っている難民の方々にとって、一体どちらが歩んだ道のほうが幸せなのだろう?」と。そこに正解はありませんが、「この現実を知った上で自分はどうしたらいいのか」ということを考えさせられる、大きなきっかけとなりました。
また、ハサンさんが撮影監督として関わっている映画『The White Helmets』(2016年)の映像もこの作品の中に映っています。ホワイト・ヘルメットというのは、紛争が起こって建物が崩落したりしたときに、中にいる人たちを誰よりも先に助けに行く民間団体のことで、白いヘルメットをかぶっていることからそのように呼ばれています。その人たちの活動がリアルに映し出されていて、ズシンと心にくる映像が流れている。映像の力を感じた場面でもありました。
10年前は約6500万人だった難民の数は、現在1億2000万人を超え、増加の一途をたどっています。私たちはこの現実に対して何ができ、どうすれば難民の数を減らせるのか……。こうしたことを皆が考え続けられれば一番良いのですが、そうでなかったとしても、これらの作品を通して思いを馳せる機会を作ることができたらと思います。
小さな「違和感」が、
世界を変える出発点になる
—— ファッションは審美的な側面がありますが、同時に生活に密着したものであり、社会的な視点を込めることもできます。これからアパレル産業に関わる若い人たちに必要な視点とは何でしょうか。
柳井:会長の柳井(正)がよく「衣食住の一番最初に来てるんだから、服は一番大事なんだ」と言いますが、私自身も本当にそう思います。ファッションを学んでいる方たちに、そのことをぜひ感じてほしいと思います。
そして自分の中にある違和感や疑問を大切にしてください。それは物事の出発点になります。次に、自分の中に生まれた疑問や違和感が、社会の何からやってきているのかを想像して探究してみていただきたいです。ミクロとマクロの両視点を持ち、何かしらの影響を受けて、自分の中にその疑問が湧いていることに気づくことが大切です。
ユニクロでいえば、お客様の声と自分自身が「どうして薄くて暖かい服がないんだろう」と感じる部分が交わったところに、ヒートテックという発明が生まれました。「もっとストレッチが効いたパンツがあればいいのに」という個人的な不満だって、立派な出発点になります。
大きなことを成し遂げようとか、世の中を変えたいという思いの前に、自分の中の疑問を発見できると、それが世紀の大発明につながることがある。自分自身の中に可能性が秘められていることが、実はたくさんあると思います。

Koji Yanai
1977年生まれ。ファーストリテイリング取締役 グループ上席執行役員。三菱商事を経て、2012年にファーストリテイリング入社。’20年より現職。’23年に個人プロジェクトとして映画『PERFECT DAYS』のプロデューサーを務める。俳優のケイト・ブランシェット、キー・ホイ・クァンなどとともに「Displacement Film Fund(難民映画基金、DFF)」の創設に携わる。
Displacement Film Fund(難民映画基金)とは?
2025年、避難を余儀なくされた映画製作者や避難民としての経験を描いた実績のある映画制作者の活動を支援・助成するために設立。ロッテルダム国際映画祭において、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)親善大使を務め、俳優でプロデューサーのケイト・ブランシェットが発表。
ユニクロ、マスターマインド、ドローム・エン・ダード、タマーファミリー財団、アマホロ連合が創設パートナーに、SPロヒア財団がメジャーパートナーとして名を連ねている。この基金の第一弾支援によって、ハサン・カッタン監督の『Allies in Exile』、マリナ・エル・ゴルバチ監督の『Rotation』、モハマド・ラスロフ監督の『Sense of Water』、シャフルバヌ・サダト監督の『Super Afghan Gym』、モ・ハラウェ監督の『Whispers of a Burning Scent』が制作された。
日本では、10月26日〜11月4日に開催される「第39回東京国際映画祭」でこの5本の短編映画が上映される。





