池松壮亮と若葉竜也対談。
映画『愛にイナズマ』で兄弟役を演じた二人が考える映画と時代、家族とは?

2023.10.23

池松壮亮と若葉竜也。日本映画の“心”を体現する活躍をみせる二人の俳優が、兄弟役を演じた。『生きちゃった』『アジアの天使』『茜色に焼かれる』『月』と、近年ますます精力的に切れ味鋭い作品を発表し続ける石井裕也監督の新作『愛にイナズマ』(10月27日公開)だ。

悪辣な映画プロデューサー(MEGUMI)と助監督(三浦貴大)に約束を反故にされ、自身の家族を題材にした企画を奪われた新人監督・花子(松岡茉優)。彼女は運命的に出会った青年・正夫(窪田正孝)と意気投合し、自分の手で映画を撮り直そうと試みる。そして、10年ぶりに疎遠だった家族と再会するのだが――。父・治を佐藤浩市、長男・誠一を池松壮亮、次男・雄二を若葉竜也が演じ、仲野太賀や趣里、高良健吾ほか豪華な面々が集結した。

意外にも初共演だったという池松と若葉は、どのような言葉を紡ぐのか。含蓄に富む対談をお届けする。

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.)  /hair & make up : FUJIU JIMI / styling : Toshio Takeda (MILD,Ryuya Wakaba) /  interview & text : SYO

『愛にイナズマ』
26歳の折村花子は幼い頃からの夢であった映画監督デビューを目前に控えながら、無責任で卑劣なプロデューサーと、パワハラ・セクハラ気質の年上の助監督に作品を奪われてしまう。失意のどん底にいた花子に、空気は読めないけれど魅力的な男、舘正夫が「映画を諦めるのか?」と問う。花子は怒りのエネルギーで一念発起。自分にしか撮れない作品を撮って映画業界を見返すべく、10年音信不通だった家族のもとを訪れる。しかし、そこにはダメダメな父親と口だけの長男、真面目すぎる次男がいて――。愛と逆襲の快作。10月27日(金)より全国公開。石井裕也監督・脚本、松岡茉優、窪田正孝、池松壮亮、若葉竜也、佐藤浩市ほか出演。東京テアトル配給。
©︎2023「愛にイナズマ」製作委員会

見たくないものや、蓋をしてきたものを見る/見せる」という想いを感じた

――池松さんは『ぼくたちの家族』(2014年)以降、石井裕也監督作品に継続して出演されていて、若葉さんは『生きちゃった』(’20年)に続くタッグとなりました。

若葉:僕は石井さんにお会いしたこと自体、『生きちゃった』が初めてでした。

池松:僕は19歳のときに出会いました。

――『愛にイナズマ』もオリジナル作品であり、石井監督のカラーがいかんなく発揮されていると感じました。石井監督作品の“流れ”や特徴をどのようにご覧になっていますか?

池松:大袈裟でなく、フィルモグラフィーと人生とが密接に繋がっていて、映画を作ることそのものがライフワークのように感じます。これまでも時代に呼応しながらその時々の気分が映画に刻み込まれてきたと思います。今作、『愛にイナズマ』に関していうと、「アフターコロナでどう生きていくか」、これからの時代に人に残された微かな可能性、人が生きてゆくことの僅かな希望を描いていると捉えています。そして、先日公開された『月』。こちらは、実在の事件を題材にしながらも『愛にイナズマ』と同様のテーマに向き合っていると感じました。

若葉:僕は『月』をまだ観られていないのですが、すごく楽しみです。

――池松さんは寄稿された石井監督の著書「映画演出 個人的研究課題」の中で「時代」「愛」という言葉で石井作品を評していらっしゃいました。そして、若葉さんは『生きちゃった』のイベント時に「愛はカテゴライズできないもの」とおっしゃっていましたよね。「愛」「時代」「エネルギー」といったものが、石井監督の作品に通底するものかもしれないと感じました。

若葉:僕が石井さんと一緒に何かを作ってきたのは近年ですから、観客として接してきた時間のほうが長い立場です。その中で、石井さんのアプローチの仕方は変わっていったとしても、本質的に描こうとしているものは変わっていない印象を持っています。そこにある愛や怒り、衝動をずっと描いてきたのではないかと。

もし少し変化があったとするなら、「誰かが誰かのことを想う」「自分と無関係のことを対岸の火事にしない」「観客である自分も登場人物の一人にする」といった部分かなと思います。様々なニュースが、日々、まるで僕たちには関係ないように取り上げられていますが、「そうではない」ということを喚起してくれているような気もします。

――『愛にイナズマ』に寄せたおふたりのコメントにも「欺瞞」「隠蔽」「軽薄」といった、時代や社会に対する危機意識がうかがえる言葉が並んでいました。

若葉:これはきっと『月』もそうかと思いますが、『愛にイナズマ』には「見たくないものや、蓋をしてきたものを見る/見せる」という想いを感じました。その先に、観客一人ひとりが危機意識を持つかどうかがあるように思います。

池松:そうですね。『月』が時間をかけて練り上げられていったのに対し、「いま撮らなければならない」とものすごい熱量とスピード感で書き上げたのが『愛にイナズマ』でした。そうした「いまの気分を閉じ込めよう」というムードが、この作品に特別な作用をもたらしてくれたと思います。石井さんの映画には、どんな設定や題材であれ、この世界と地続きに物語が存在していることを強く感じます。

――となると、脚本を読んだらすぐ撮影が始まるようなスケジュールだったのでしょうか。

若葉:僕のところにお話が来たのは、クランクイン数週間前でした。もちろんそれ以前に事務所には連絡が届いていて、スケジュール調整はしていましたが。その時点ではまだ全体の予算も決まっていなかったと後から聞いて驚きました。でも僕としては乗りたい船だったので、そこで気持ちが揺らぐことはありませんでした。

池松:石井さんはとにかく書くのが早くて、脚本の力もそこにかける集中力も凄まじいものがあります。これまでも、数日で物凄いクオリティの脚本が上がってきたことが何度もありました。今回は意図的に5年スパンなどでは撮ることのできない作品を目指していたと思います。

人は、思っているよりも早く「忘れる」生き物だと思います。忘れられるからこそ生きていけるものだとも思います。映画の中でマスクをしている人を観て「あのときはこうだったな」とハッとするようなところまで来てしまった気もしますし、みんながマスクを着けて過ごしていたこと、あの時誰しもが少なからず感じた悔しさや悲しみや怒り、自分の心を押し殺したことを、こうして映画の中に閉じ込めること。『愛にイナズマ』は、この世の理不尽に耐えきれず、流すことも忘れることもできない花子という憎まれっ子が、ひたむきに“正しく”生きようと奮闘する姿を描いた、いわば「世にはばかる」明日への痛快逆転ファミリーラブコメディだと思っています。

「家族」という形を借りて、そもそも曖昧な、そしてこの時代においてどんどん見えなくなる「存在」というものが肯定される場所を作ろうとしていたのではないか

――「家族」もまた、石井監督が描き続けてきた題材です。おふたりは本作で兄弟役に挑戦されました。

若葉:僕が台本を読んでいた段階ではキャスティングは聞いていませんでしたが、なんとなく「お兄ちゃん役は池松くんだろうな」と思っていました。その後、石井さんから池松さんだと伺って、なおのこと「やりたい」と感じました。

池松:今回、若葉くんとは初共演でした。お互い若い頃から俳優業をやっていたけれど、ここまでなかなか接点がありませんでした。ようやく本作でご一緒出来ました。初共演が兄弟役って、何だか特別なご縁を感じてしまいます。

――おふたりの初共演シーンは、家族喧嘩の場面でしょうか。

若葉:厳密にいうと、「車から降りて、実家に戻ってくるふたり」が最初でした。ただ言葉を交わすところだと、その喧嘩のシーンが初でしたね。

池松:家族喧嘩のシーンは誰がどうやったって面白くなると思うほど、会話劇として完成していました。そこにどこまで生身と肉声と5人のアンサンブルで具現化しさらに面白くしていけるかが勝負でした。「初日からこれはやめて下さいよ」と思いました(笑)。10年ぶりに会う家族が一堂に会して、物語においてはラブストーリーが温まってきたところで突然家族パートに入り「どこに連れていかれるんだ?」「この家族は何なんだ?」と驚かれるかと思います。しかし、ここから物語もさらに加速し核心に触れていきます。

ただ、初めましての状態で突然「弟です」と言われるのは、改めてなかなか普通じゃない状況ですよね(笑)。俳優にとっては日常ではありますが、今回はそうした異常な状況も利用できないかと考えていました。

雄二が宗教や神というものを支えにしながら、自らの心を隠蔽してきたこと。誠一は社会の俗物に染まりながらヘコヘコしてなんとかやってきたこと。そして、花子と治(佐藤浩市)にもそれぞれの大きな事情がある。家族というものの存在や本音、向き合うことを手放してきた人たちが、もう一度半強制的に“家族”に戻ってくるところから始まるのがあのシーンです。

そして僕たち俳優にも当然ながらそれぞれの人生があり、その人生観と家族観を持ち寄って疑似家族になっていく。そのプロセス自体が「壊れていた家族がもう一度家族になっていく」という曖昧な状況に導いてくれればと考えていました。

――俳優としての「関係を構築していく」作業自体が、登場人物たちの「家族の再構築」にオーバーラップしてくるのですね。

池松:とはいえそこに特別な苦労はなく、みんなで心の手を繋ぎながら、物語内における家族行事を共に経験することで家族のようなものになっていく感触が確かにありました。皆さん言うまでもなく優れた技術と力を持っていらっしゃいますが、何よりこの物語を共に信じるという俳優を超えた人としての力を感じる、真に優れた共演者に囲まれているなと日々感じながらあの撮影期間を過ごしていました。

――そこに「劇中でもカメラを回されて撮られる」というメタ構造も入ってきます。カメラの前でギクシャクする様子も微笑ましい場面でした。

若葉:僕も気を抜いたらああなると思います。『街の上で』でも映画に出演させられちゃう人物を演じましたが、何もない状態で、ある日突然「現場」というよくわからないところに連れていかれたとしたら、いまでも「なんで撮っているんだろう」と同じ状態になる気がします。

例えば取材時のスチール撮影が未だに苦手ですしね。「撮られるのが嫌い」とかではなく、やっぱり恥ずかしいしカッコつけちゃう自分が嫌です。

池松:今回は、愛や本音や心、真実といった曖昧だけれども確かにあるもの、けれども絶対に手で触れないものを、マスクや雷やカメラといった装置を使って、どうやって映しとるかという試みをしています。誰もがうまく生きるために演じ、マスクも本質を隠すものだったと思います。そこに花子が「もう嘘は嫌だ、どうしても真実を知りたい」と容赦なくカメラを向けていく。とても面白い設定だなと思いました。

――「本音」という部分ですと、「家族の前だと必要以上に口が悪くなる」くだりを思い出します。ある意味、幸福な関係性でもあるなと感じました。安心できるから本音以上を出せるというか。おふたりはこうした家族像をどうご覧になりましたか?

若葉:僕の家は幸せなニコニコした家族ではなかったので、不器用でぎくしゃくしたなかに照れがあったり、「本当に嫌いだわ」と思う瞬間が飽和した状態をすごくリアルに感じました。ダサいお兄ちゃんがいて、よくわからないことを暴君のように言ってくる妹がいて――そうした居心地の悪さをすんなり受け入れられました。

池松:本当にどうしようもなく愛しい家族ですよね。常に母の不在があって、互いに罵り合って――。花子が外の世界で何も信じられなくなって最後の最後にどうしようもない家族を頼って、お互いに全部吐き出して存在を確かめ合う。存在を丸々肯定される。それがこの作品で一番やりたかった“希望”だと思います。今回は「家族」という形を借りて、そもそも曖昧な、そしてこの時代においてどんどん見えなくなる「存在」というものが肯定される場所を作ろうとしていたのではないかと。自分が全てを失ったとき、本当にダメな家族を頼って、みんなで回帰する。仮にそれが家族じゃなくても、誰もがそういった「ありのままの姿でいられる」場所があればいい。そのことで得られる希望を描いていると思います。

――非常によくわかります。マスクが象徴するように、本音の表出を隔てられた世の中で、我をさらけ出せる貴重な場所の一つなんだと、「家族」を再認識しました。

池松:家族だから話せることと家族だから話せないことはあるかと思いますが、嘘にまみれた自分を洗い流しに行く先に家族なるものがあるとしたら、やっぱり人間は一人ではなく、家族というものを再認識できますよね。僕もこの映画を観て、離れて暮らす家族を改めて想いました。

――家族のシーンは非常にエネルギーを感じるものが多かったですが、現場のテンション感はいかがでしたか?

若葉:緊張感はありつつ、終始穏やかでした。「初めまして。家族の役です」と集まって濃密になっていくさまを笑い転げながら観ている石井さんがいて、すごくいい時間でした。撮影の合間なども、みんながそれぞれの時間を過ごしているけど「しゃべってないな」と思うわけでもない、居心地のいい空気が流れていました。

池松:それぞれが静かに熱を帯びながらもこのコメディ要素の強い作品作りを楽しんでいました。自らの作品にエネルギーを注ぎ込んで出会った人々を巻き込んでいくのは石井さんの得意とするところですし、今回何より、松岡さんがあれだけ本気で役に取り組んでいる姿に刺激を受けて、この映画の得体の知れないエネルギーをみんなが高めていけたのではないかと思います。

――最後に、取材時のスタイリングについてお聞かせください。若葉さんは『神は見返りを求める』の際に「黒を纏うようにしている」とおっしゃっていて、池松さんはご自身でスタイリングをされていますよね。おふたりの意識が近いところにあるのではないかと勝手に感じています。

若葉:ちょうど『愛にイナズマ』の撮影中に、池松くんや知人のスタイリストさんとその話をしていました。僕は「黒を着ると話しやすくなる」と感覚として思っていたのですが、池松くんが「自分の情報を極力なくすことで、言葉を明確に相手に伝えることができるんじゃないか」と見事に言語化してくれました。自分が話しやすくなるというより、相手に届けやすくなるんだと思い、より一層その思いは強くなりました。

池松:スタイリングしているつもりもなく、なるべく普段のままこうした場に出るようにしています。理由としては色々あるんですが、今日の話に通ずるところで言うと、嘘をついているような気分になるんです。自分がなぜこの作品を見てもらいたいと思うのか、自分が何を思い、何に感動して、何を体感したのか、こうした場でそれくらいできる限り嘘なくちゃんと伝えなきゃ駄目だなと20代半ばに思いました。その頃親交があった北村道子さんに「これからあなたはどんな場所でも世界が聞いていると思って話しなさい」と言われました。なぜあの時僕にそのことを伝えたのかいまだに真相はわかりませんが、それ以来、役を身に纏っていないときに池松壮亮として人に伝えるということの意識が変わりました。もう一つ簡単な理由としては、黒が最も自分がフラットでいられること。それから映画って、暗闇に光を映すものなんです。だから黒が必要なんです。


Sosuke Ikematsu
1990年生まれ、福岡県出身。2003年、『ラスト サムライ』で映画デビュー。以降、映画を中心に多くの作品に出演し、主演男優賞、助演男優賞では多数の映画賞を受賞。’21年は『アジアの天使』で第20回ニューヨーク・アジアン映画祭ライジングスター・アジア賞を受賞した。主な映画出演作に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(’17年)、『斬、』(’18年)、『宮本から君へ』(’19年)、『ちょっと思い出しただけ』(’22年)、『シン・仮面ライダー』、『せかいのおきく』(ともに’23年)など。主演映画『白鍵と黒鍵の間に』が現在公開中。またDisney+「スター」にて主演ドラマ「季節のない街」が配信中。

Ryuya Wakaba
1989年、東京都出身。2016年、映画『葛城事件』で第8回TAMA映画賞・最優秀新進男優賞を受賞。2020年度後期NHK連続テレビ小説 第103作「おちょやん」で朝ドラに初出演し注目を浴びる。主な出演作品に、映画『パンク侍、斬られて候』(’18年)、『愛がなんだ』(’19年)、『台風家族』(’19年)、『生きちゃった』『罪の声』『AWAKE』(すべて’20年)、『あの頃。』『街の上で』『くれなずめ』(すべて’21年)、『前科者』『神は見返りを求める』『窓辺にて』(すべて’22年)、『ちひろさん』(’23年)など。公開待機作に、『市子』(’23年12月8日公開)、主演作『ペナルティループ』(’24年3月公開)。

『愛にイナズマ』
WEB : https://ainiinazuma.jp/

\合わせて読みたい映画連載/
VOL.38『月』

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