上白石萌歌さんが、ジャンルを問わず今気になる人を訪ねてお話を伺う連載。今回お会いしたのはミュージシャンの吉澤嘉代子さん。本誌装苑の連載「魔女のクローゼット」も好評です。歌のことから大好きな短歌まで、ギャルになれなかったという二人の女子トークが繰り広げられます。
ギャルになりたかった⁈
上白石萌歌(以下 上白石)こんにちは。以前「The Covers」という番組でご一緒させていただいたのですが、あの時歌っていた曲が素敵すぎて。終わった後にその気持ちを伝えたいと思っていたんです。今日叶いました!
吉澤嘉代子(以下 吉澤)私もどうにかお会いできないかと思っていました。
上白石 11月にリリースしたアルバムを一足先に聞かせていただきました。アー写がすごく好きで、“攻めてていい!”って思いました。なかなかあのようなアー写はないですよね。今回のアルバム「若草」のテーマに沿ってですか?
吉澤 今回の「若草」と、来年「六花」というEPを2枚連作でリリースしようと思っていて、それが青春をテーマにしていているんです。自分の中で今まで形に出来なかった青春をアルバムの中で表現できたらと思って。
上白石 吉澤さんの中に潜んでいるギャルが見られました!
吉澤 ギャルになれなかった人生なので(笑)。
上白石 もしかしたら、それが今の髪型にも?初ブリーチですか?
吉澤 はい。初です!
上白石 私もこの前、ドラマで初ブリーチをしたんです。タイミングが合っていたら二人で初ブリーチ!ギャル見習いでしたね。私もギャルへの願望が昔からあって、ギャルになれなかった人間です。
上白石 「若草」の中に収録されている曲「ギャルになりたい」を聞いたときに、女の子にはギャルになりたくてなりきれなかったギャル像が絶対あると思ったんです。今までとは違う、吉澤さんのはじけた一面を知ることができて嬉しかった。ギャルへの憧れって永遠ですよね。
吉澤 大人になってもあるんですよね。
上白石 ギャルになれなかった自分の過去を肯定してもらえたような曲でした。
そもそも、吉澤さんの歌に出会ったのは6年前で、たなかみさきさんがMVを手がけている「月曜日戦争」で知りました。あどけない女の子についていったら、急に赤い爪の女の人に全身を引っ掻かれるような、“え!そんな一面も見せてくれるんだ”という驚きがどの曲にもあって。吉澤さんは、声にたくさんの住人が存在しているような気がするんです。
吉澤 萌歌ちゃんとは「The Covers」の時にはじめてお会いして、その語彙力の豊かさに驚きました。この連載でも最後にあるお手紙を見て、なんて素敵なことをいうんだろうと思って。その言葉の力はどこでインプットされたり学ばれたりしたのですか?
上白石 小説が好きなんです。吉澤さんの歌の中の言葉もひとつの小説ととらえていて。とにかく言葉が好き。音楽の中からも言葉を摂取したりしています。
吉澤 誰よりも多く作品に出合うということが、言葉の力を生み出すんですね。
物語のような流れの曲
上白石 吉澤さんはどうやって言葉を得ていますか?
吉澤 私も物語が大好きです。子供のころから話をして人に何かを伝えるのは苦手だったんですが、時間をかけて自分の中で推敲していく作業は向いていたんです。うまくしゃべれないから、逆に言葉に執着するところかあるような気がします。
上白石 もしかしたら、本が好きでした?
吉澤 幼いころは本の虫でした。片時も本を離さず読んでいて、横で「嘉代ちゃん!嘉代ちゃん!」と呼ばれても聞こえなかったみたいですよ。今はもう少し視野が広がっていますけど。
上白石 どんなジャンルの本を読んでいたのですか?
吉澤 好きだったのは現実とファンタジーが融合しているようなものが好きでしたね。
夢と現実を行ったり来たりするような。そこに自分を重ねたりして。
上白石 幼いころからの没入する習慣みたいなものが、今の歌の表現に生かされているんですね。吉澤さんの曲は、全部主人公が違う気がします。歌の中でいろんな人が吉澤さんに降りてきて、演じるように歌を歌っているというか。そのような内なる住人がいる感覚はありますか?
吉澤 萌歌ちゃんのその感覚で曲を聴いてくれるのが一番うれしい。私は自分自身を前に出すのは苦手なんですが、物語の主人公になって、聴く人にも小説のようにストーリーを体験してもらいたいというのがあります。物語ごとに主人公が違って、ときどきあの子元気にしてるかなって思い出すんです。お芝居する人もそういう感覚になるって聞いたことがあるのですが、萌歌ちゃんはいかがですか?
上白石 お芝居は先に脚本をもらって、それから自分を投影していきます。歌もそういう感覚に近いですね。全部自分が生み出した言葉と歌の世界観で、あれだけの住人を存在させるのはすごいです。人って人格が一つじゃなくて、相手によって使い分けたりしますよね。吉澤さんの曲を聴いている自分は一人だけど、この人に会いに行くときはこの曲の中のこの人、あの人ならこの曲のこの人って。
スイッチを入れて違う自分に
吉澤 ライブの時は、イントロが始まった時点でその曲の主人公になれたらいちばんベストな状態なんです。その瞬間で心細くなったり、大胆になったり、性格も変わっていると思います。
上白石 吉澤さんの曲は、自分の中の人格をすごく肯定してもらっているような気分で、心が楽になります。そして、ライブ映像は演劇を見ているようで、しかもひとりで何役もやっていますね。そういうエンタメって他にないと思います。
吉澤 いつも恥ずかしくて自信がなんですけど、自分じゃない誰かになっている瞬間がすごく居心地が良くて、その時だけはそれを忘れられるんです。
上白石 私もお芝居が好きな理由は、そういうところにあるのかもしれないです。すごく人見知りでどうしても殻を破れないとき、役が違う場所に連れて行ってくれたりして。表現者は案外そういう方が多い気がします。変身願望が強かったり、どうにか自分の殻から抜け出したいという人が。
吉澤 その時に “誰かになる”というスイッチが入るんですね。
曲ごとに変わる主人公
上白石 吉澤さんは、お芝居をやってみたいと思ったことはありますか?
吉澤 変身願望が強かったので、昔はありました。子供のころは、母と喧嘩をしたりすると、“忠実屋ヒロコ”っていう架空の人物になっちゃうんです。一度部屋を飛び出して、おばあちゃんの部屋に飛び込んで、その後リビングに戻ってドアをトントンと叩いて「忠実屋ヒロコです!」って。忠実屋というショッピングモールがあってそこからとったネーミングだと思うんですけど。こんな風に日常の中でお芝居していることはありました。
上白石 そうやって別の人格になることで、自分を守っていたんですね。
吉澤 母も忠実屋ヒロコが出てきたら笑っちゃって、喧嘩していたことも忘れてしまう。
上白石 いつ頃まで忠実屋ヒロコさんはいらっしゃったんですか?
吉澤 小学校に上がる前までですね。今もどこかにいるかと。
上白石 歌を作るときに、歌ごとの主人公の名前はありますか?
吉澤 名前は考えたことないですね。でも、この子は部活はバレー部だなとか、この子の髪型はロングかなとか、絵を描きながら空想で人格を作ったりします。
上白石 私もそうやって役を組み立てることが多いです。最近始めたのは、役の気持ちになってプロフ帳を書いてみるんです。その役になってインスタのアカウント名とか、将来の夢とか好きな人がいるとかいないとか。役の設定として台本に書いていないようなことを、自分で捏造するのが好きで。
吉澤 捏造・・・いい言葉ですね。
上白石 それがたとえ間違っていても自分にとって助けになるし、役に対して愛着が湧くような気がして。吉澤さんもそうやって曲によって登場人物の設定を変えたりするんですね。MVの世界観も提案したりするのですか?
吉澤 曲にもよるんですけど、物語がはっきりしているものだと、こういう主人公で衣装はこんなイメージでと提案したりしますね。
上白石 「地獄タクシー」は、すごくはっきりとした主人公がいますね。
吉澤 「地獄タクシー」は、自分の中であまりにもはっきりした映像が浮かび上がっていたので、MVでイメージを提案させていただきました。その後プロフェッショナルな方々の力でさらに魅力的に仕上がって。
上白石 一つの作品としてすごく好きです。歌っている背景に曲の景色が浮かんで、世界観をそのままご自身で表現しているのがすごい。MVと同じ世界観をライブで表現するのは難しいと思うのですが、吉澤さんの場合は、そのままその主人公としてその曲を歌うので、細かい説明が何もいらないという感じがしました。
吉澤 気持ちが伝わって良かったです!
上白石 今回の「若草」のジャケ写のタイトルからもそう思ったんですが、“あ、新しい人格がやどったんだな”って感じました。
吉澤 確かにそうですね。リリースするごとにキャラクターが誕生するので、私の人格が大変なことになっています!
上白石 歌い終わったら、ぱっともとに返っていくんですか?
吉澤 ぱっと、戻りますね。スイッチ切り替わって。
上白石 その切り替わりは演じるよりも歌の方が明確ですね。イントロで、すーっと来て、終わったらぱっと帰る。それは「The Covers」で吉澤さんが「リバーサイドホテル」を歌ったときに思いました。カバー曲もこれからいっぱい聴きたいです。
吉澤 カバーはあまりやってこなかったんですが・・・。萌歌ちゃんのほうがCMやドラマでもたくさん名曲を歌われていたじゃないですか。萌歌ちゃんの声って、曲の持っている魅力を最大限に引き出しているなって思いました。その曲の良さを再確認できるんです。静けさがあるし、とても澄み切っていて、透明に近い。だから、曲にさっと染まってその曲の魅力を生かせるんだなって。adieuさんとしての活動もすごくセンス良くて。それっていつもアンテナを張っているから?
上白石 意識してアンテナを張っているというよりは、音楽が好きなので、なるべくライブに行くようにはしています。adieuでは自分の好きなものをやって、ひたすら信じられる場所にしたくて。
現代短歌が好きな理由
吉澤 役者さんが歌うときって、もっと他の人の意見が反映されていると思っていました。今EPを3枚リリースされていると思いますが、どんどん洗練されてきて、萌歌ちゃんの大好きなものや生きている姿勢が反映されていて、すごく素敵です。アルバムそれぞれ好きな曲があるのですが、最新作だと「旅立ち」。こんなアルバム私が作りたいと思いましたよ。かっこいいです!
上白石 嬉しいです。カバーを役者として歌うときは、なるべくまっさらでエゴを投影させないようにしているんですけど、adieuでの活動では自分が好きなものにまっしぐら。吉澤さんはどうやってエンタメは接種されていますか?最近好きなものとかあったら教えてください。
吉澤 子供の頃から短歌が好きで、言葉の組み立て方としてはとても栄養になります。作り手になることはないと思うのですが。自分が手を出せない分野は残しておきたいので。
上白石 でも吉澤さんの短歌を見てみたいです。私は作詞をしたことがないからわからないのですが、文字数の制約がある中で、言葉をつなぐということでは似ているのでしょうか。
吉澤 私はなるべく短い言葉で主人公の世界を切り取りたいと思っているのですが、短歌も文字に制限があるので、そこが自分にあっているんだと思います。不自由なほど自由になれるというか、制限があったほうが、新しい言葉か生まれるんですよね。萌歌ちゃんは作詞はしないんですね。本当に素敵な言葉を使われるので、ぜひ書いてほしいです。
上白石 私も音楽が大好きなあまり、作詞という神聖な領域に踏み入れちゃいけないと思って。でもいつかはやりたいですね。そして、私も短歌が大好きです。
吉澤 この連載の木下龍也さんとの対談もとても面白かったです。木下さん、言葉をすごくすくい取っていますよね。
\歌人の木下龍也さんをゲストに迎えたVOL.8をチェック!/
上白石 現代短歌も好きなんですね?
吉澤 木下さんも仰っていたのですが、最初は穂村弘さんに影響を受けました。SNS時代になって、短歌が伝わりやすくなりましたよね。すごく組み合わせがいいし、相性がいい。
上白石 短歌って、あの少ない文字できちんと映像が浮かんだり、言い切れない感情を言い切っているのがすごいと思います。
吉澤 歌にもならないようなミニマムな世界をすくい取れる。書き手としても憧れます。歌ではさびにならないところが、短歌なら可能なんですよね。
上白石 やっぱり吉澤さんの短歌を見たいな。木下さんお呼びして、歌会やりたいです。
吉澤 レベル高い!
言葉を大切に紡ぐ
上白石 日々のインプットや、表現のためのビタミンはどのようなことから?
吉澤 日記を書いたり、いろんなことの感想を書き留めて言語化することです。日記ですら書き直したりするんですよ。この言いまわしはちょっと格好悪いとか。でもそういうものを見返すと曲のたねになったり。感じたことを少しでも言葉に変えようとする努力を日常生活の中でするのは必要だなって。
上白石 日記は毎日?
吉澤 毎日。起きたらまず夢日記。気づいたら書いています。
萌歌ちゃんは、休みの日は仕事より忙しいと記事で拝見したんですけど、本当?
上白石 お芝居をずっとしていると気づいたら心が枯渇していることがあって、それは睡眠をとることでは復活できないんです。それで時間があるときは外に出てみようかなって。その方がHPが復活するような気がして。自分の内に鳴らした警告はそうするしかないですね。
私も日記はたまに書いています。記憶ってどんどん流れちゃうから、その日がアンラッキーでもその感情を残しておきたいという使命感もありますよね。
吉澤 そうですね。特に良くなかった日は、フラットな気持ちでもう一度確かめます。振り返ってみると、良くなかった日が自分の制作を支えてくれている気がして。負の感情、負の記憶は財産です。
上白石 そういう気持ちを燃料にしていけるのは、私たちの仕事の特権ですね。
吉澤 どれだけ傷ついても歌や表現になるならと思います。
上白石 あえてその選択をした方がドラマティックになることもありますよね。
吉澤 無理に恋してみようと思ったことありました!
上白石 吉澤さんの歌を通して、みんながそれぞれの感情を昇華させることができると思うので、これからも歌の中でいろんな住人のいろんな感情を見せてください。
吉澤 はい。今日は萌歌ちゃんの素敵な言葉をいっぱい浴びることが出来ました。ありがとうございました!
――撮影を終えて――
撮影・上白石萌歌
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.)
hair & makeup : Tomomi Shibusawa(beauty direction)、Kana Ohira
styling: Miri Wada
上白石萌歌さん着用
トップ ¥38,500、パンツ ¥82,500 共にガーベージ コア(シーズン)
Instagram:@seasonvoice
シューズ ¥58,300 カチム
WEB:https://katim.sc/
リング ¥24,200 イー・エム(イー・エム アオヤマ)
TEL:03-6712-6797
イヤーカフ 各¥9,900 フラン(ショールーム シャルメール)
TEL:03-6384-5182
吉澤嘉代子さん着用
シャツジャケット ¥107,800、スカート ¥57,200 共にクイーン アンド ジャック(エスティーム プレス)
TEL:03-5428-0928
ブーツ ¥37,400 アルム
WEB:https://almofficial.com
リング ¥13,200 ミクシマイ(ショールーム シャルメール)
TEL:03-6384-5182
Kamishiraishi Moka
2000年2月28日生まれ。鹿児島県出身。2011年第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリ受賞し、デビュー。2019年、映画『羊と鋼の森』で第42回 日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞。adieu名義で音楽活動を行う。数多くのドラマ、映画に出演する傍ら、「The Covers」(NHKBSプレミアム)のMCも務める。現在放送中のドラマ「パリピ孔明」(フジテレビ系水曜22時放送)ではヒロイン・英子役を演じる。
Kayoko Yoshizawa
1990 年6月4日生まれ。埼玉県出身。2014 年メジャーデビュー。2017 年にバカリズム作ドラマ「架空 OL 日記」の主題歌「月曜日戦争」を書き下ろす。2nd シングル「残ってる」がロングヒット。2020 年 11月、シングル「サービスエリア」をリリース。2021年1月、「刺繍」を配信リリースし、3月に 5th アルバム『赤星青星』をリリース。同年6月には日比谷野外音楽堂での単独公演を開催。9月に初のライヴブルーレイ「吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂」をリリース。2023年7月に映画「アイスクリームフィーバー」主題歌の「氷菓子」をリリース。11月15日には「青春」をテーマにした二部作の第一弾 EP「若草」をリリース。2024 年春には第二弾となる EP「六花」のリリースも決定。