『杉咲花の撮休』全3回対談連載 VOL.2 杉咲 花 × 今泉力哉 
「平凡」で「凡庸」の価値を見つめる

2023.02.17

WOWOWの人気企画「撮休」シリーズ。人気俳優が突然訪れた撮休=オフ日に何をする?という設定で、各クリエイターが“当て書き(※役者を想定してキャラクターを書き下ろすこと)”したパラレルワールド的な物語が展開する。

その第4弾となるのが、WOWOWで放送・配信中の『杉咲花の撮休』。今泉力哉、松居大悟、三宅唱の3監督が自身の書き下ろし×脚本家とのコラボ作の2本を撮り上げ、計6本の物語が作られた。装苑オンラインでは、杉咲花と各監督の対談を全3回でお届けする。

第2弾は、杉咲さん×今泉監督。杉咲さんが町の人々と交流する第2話「ちいさな午後」(脚本:燃え殻)、芸能人の恋愛事情を描く第3話「両想いはどうでも」の裏話を中心に、コロナ禍の創作における日常/非日常について語っていただいた。

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Miwako Tanaka / hair & make up : Mai Ozawa (mod’s hair)  / interview & text : SYO

連続ドラマW-30「杉咲花の撮休」
多忙な毎日を送る人気俳優、杉咲花さん。彼女はドラマや映画の撮影期間に突然訪れた休日、通称“撮休”をどのように過ごすのか?知られざる杉咲さんのオフの姿をクリエイターたちが妄想を膨らませて描き、杉咲さん自身が演じる。全6話の物語を、今泉力哉さん、松居大悟さん、三宅唱さんという現代日本映画を面白くする3名の監督が手がけた。

WOWOWプライムにて毎週金曜 午後11時30分より放送中 [全6話]
WOWOWオンデマンドにて3話まで配信中【無料トライアル実施中】

出演:杉咲花
上白石萌歌、松浦祐也
若葉竜也、芹澤興人、中田青渚、岡部たかし、塚本晋也
泉澤祐希、菊池亜希子
ロン・モンロウ、光石研
坂東龍汰、芋生悠、足立智充 / 橋本愛
松尾諭 ※話数順
監督:松居大悟、今泉力哉、三宅唱
脚本:松居大悟、燃え殻、今泉力哉、向井康介、和田清人・三宅唱

今泉さんの映画に出てくる人物たちは、どうしてあんなに無理をしていなくて肩の力が抜けているんだろう? ――杉咲花

――杉咲さんは、今泉作品に対してどんな印象をお持ちでしたか?

杉咲:今泉さんの作品を観ていると、その人たちの生活を覗き見しているような気分になります。脚本があるはずなのに、登場人物がその場で思いついたことを話しているのではないかと錯覚するほどリアリティがあって。今泉さんの映画に出てくる人物たちは、どうしてあんなに無理をしていなくて肩の力が抜けているんだろう?といつも気になっていました。

 セリフを話していないときの雄弁さ――その人の生活や人生を想像させられるんですよね。だから、観終わってからもその人の人生が心の中で続いていく。他人事に思えないですし、記憶に残り続けるんです。

今泉力哉監督作、第2話「ちいさな午後」(上)、第3話「両想いはどうでも」(下)より

――今回の2作品には今泉さんらしい長回しのカットも多く含まれていますが、編集段階で前後を切った部分などはあったのでしょうか。それとも、最初から最後まで撮ったままの尺なのでしょうか。

今泉:第3話「両想いはどうでも」で、泉澤祐希さんが座って話しだす前にコーヒーを淹れるくだりがあったのを切ったくらいで、ほぼそのままですね。引き画で一連の動作を撮った後、寄り画でもう一回撮って……みたいなことはせず、寄りは最初と最後しか使わないつもりでそこだけ撮りました。その結果、撮影がめちゃくちゃ早く終わって……(笑)。

杉咲:巻きすぎてびっくりしました(笑)。予定より3時間くらい早かったですよね。

今泉:午後2時半とか3時には終わっちゃいましたよね。お芝居がうまくいかなければ何回もやるつもりでしたが、杉咲さん・泉澤さんの2ショットが成り立ったお陰で実にスムーズに撮り終わりました。その翌日の撮影も午後4時とかに終わったので、すべて撮り終えた瞬間に松居(大悟)さんに「昨日は2時、今日は4時に撮影が終わったよ」と連絡してプレッシャーを与えました(笑)。

杉咲:松居さんからはなんてお返事が来たんですか?

今泉:本当にやめてくれよ!って(笑)。
 その長回しのシーンでは、ちょっとしたハプニングがあったんです。10分近い芝居の最後の局面で杉咲さんがマネージャー(菊池亜希子)に電話をかけるシーンがあるのですが、現場で実際にかかってきた電話を受ける担当を一番若い助監督の子がしていたんです。でも、その子が長いシーン中に芝居に見とれていたのか、緊張したのか、電話を受けようとしたときにケータイを落としちゃって。落としたことでバコって音はするし、相手が電話に出たはずの芝居中も杉咲さんが持つ携帯からはずっと「プルルルル、プルルルル、」と音がしているし(笑)。そんな中でも杉咲さんは動じず、きっちり芝居を成り立たせてくれました。

杉咲:確かに、ハプニングでしたね(笑)。

今泉:でも、ミスはわざとじゃければ責めても仕方ない。ミスった時点で本人は反省していますしね。誰にでもミスはあります。芝居を続けてくれた杉咲さんのお陰で、もう一度撮らずに成立しました。
 さっきの今泉作品のイメージのお話にも通じるのですが、杉咲さんには撮り終わった後に「普段の現場より芝居の温度を下げたり、抑えようという意識はありましたか?」と聞きました。周りから「今泉さんの作品は温度が高くないし、テンポも速くない」と言われることが多いから、そこを意識していたか知りたくなって。

――作品を重ねられたことで、出演者が作風に合うように準備をしてくるのですね。

今泉:ありがたいけど、場合によって良し悪しありますよね(笑)。

杉咲:まさに本読み(※撮影前に出演者がそろって行われる台本の読み合わせ)のとき、今泉組に参加している実感からとても緊張してしまって。読んでいて思わず笑ってしまうようなセリフがたくさん出てくるのですが、それがプレッシャーでもあって、自分のフィルターを通すことで笑ってもらえなかったらどうしようという怖さから、一人で空回りしてしまい「あぁ、これは全然違う方向に行ってしまっている気がする」と焦った覚えがあります。

 実際、そのとき今泉さんが冷静に「そこは間が長すぎるから詰めてほしい」「ちょっとわざとらしくなってる」と指摘をしてくださって。自分の中で芽生えてしまう「こういう風に演じたい」という欲をなくさないといけないなと感じました。

今泉:役者さんが面白おかしいと思ってセリフを言っちゃうと、見ているお客さんは笑えないものになってしまうから、「なんにも面白くないです。ただ必死でいて下さい」とはよく言います。どうしても「ここは面白い!」って思うとそう見せようとする意識が働いてしまい、過剰になってしまうんですよね。あくまで面白いと思うのはお客さんでなければいけないんです。

 でも杉咲さんはおっしゃるほどは最初からオーバーにもなっていなかったし、細かく演出した意識はありませんでした。菊池さんとのやり取り等は僕がコントロールしなくてもふたりでどんどん弾けていくから「こんな感じになるんだ!」と面白く見ていました。ふたりの間に入れず、泉澤さんが本当に困っている感じに見えて、いい表情がとれた気がします(笑)。

あのセリフは僕らには絶対書けないし、面白いから悔しかったです(笑)――今泉力哉

――燃え殻さんが脚本を書かれた第2話「ちいさな午後」は、中田青渚さん・若葉竜也さん・芹澤興人さんが出演され、失われていく風景を描いています。今泉監督の『街の上で』にも重なりますが、燃え殻さんとはどのようなお話をして作っていかれたのでしょう。

今泉:まずプロデューサーと話して「せっかくなら知っている人に書いてもらいたい」と燃え殻さんにお願いしました。燃え殻さんは小説は書かれていますが脚本は初めてで、1回いただいた脚本を一緒に改稿していきましたね。

 燃え殻さんと最初に話していたのは「何も起こらない話に出来ないか」ということ。朝起きて映画を観に行ったりカフェで過ごして帰るだけの休日を物語に出来るのかということを考えていきました。久しぶりにお休みをもらって街に出たらお店がなくなっていることって、経験としてあると思うんです。若葉さんに朝ドラネタでいじらせたりもしていますが、偶然通りかかった猫を撮ったり、その瞬間に映るものを入れていきました。

 杉咲さんが大量のご飯をほおばるシーンも、編集点を迷ったんです。尺のことを考えるなら、ご飯を食べるなんて落としやすいところでもあるのですが、やっぱりあの画は残したかった。そういったシーン含め、どこか『街の上で』に通じる部分があったのかもしれません。

第2話「ちいさな午後」より

――あとはやはり、今泉作品といえばカフェや喫茶店です。第3話でも、恋愛話が繰り広げられるメインの舞台のひとつがカフェでしたね。

今泉:実は当初はカフェで撮る予定はありませんでした。撮影監督の戸田義久さんが「こういう場所があるんです」と提案してくださったんです。

杉咲:そうだったんですね。

今泉:芸能人が恋愛話をしても大丈夫という場所のリアリティを取るなら、事務所の会議室っぽいところのほうがいいのでしょうが、そうした現実感か、それとも画の良さを取ってカフェにするのかを考えたときに、提案してもらった場所がすごく良かったので、画の方を取りました。あと、第3話の冒頭のシーンで「柑橘類を見る」って脚本に書いたんですけど、そんな場所がなかなか見つからなくて。結果的に見つかったら、すごい坂道だった(笑)。

――偶発的な要素もどんどん取り入れていったのですね。

今泉:場所や芝居もそうだけど、脚本通りになってもつまらないといつも思っています。僕はやっぱり、それ以上のものが見たい。第2話の後半も「平凡で凡庸な一日を返せとか知らん」の後ろ数分はアドリブでしたし。

杉咲:先ほどお話しした「今泉さんの作品はどうしてあんなに人物がのびのびしているんだろう?」という理由が、現場に参加させていただいたことでわかった気がしたんです。

 今泉さんは常に現場の隅っこで体育座りをしていて、これまで聞いたことがないくらい細くて小さな声で「用意、スタート」と本番が始まるので、「えっ本当に始まったのかな?」と驚いてしまうほど、穏やかに物語が動き出すんです。そんなふうに今泉さんから漏れ出る空気感が、現場にいる人々を自然体にしてくれているんだと感じました。(中田)青渚ちゃんとの共演が初めてだったこともあり最初は緊張していたのですが、そういった現場の空気感や、青渚ちゃんご本人のぽかぽかとした温度感も相まって、撮影がとても楽しかったです。

第2話「ちいさな午後」より、杉咲花さんと中田青渚さんの場面

今泉:アドリブって言葉のセンスを問われるものじゃないですか。杉咲さんはそのセンスが抜群なんです。ネタバレになってしまうから詳細は控えますが、杉咲さんの言葉選びが秀逸だから「ここで終わるしかない」と編集さんとラストを決めて、じゃあ他をどうカットする?という選択ができました。普通だったら「物語は成立しているし、ラスト数分のアドリブは遊びだから切るべきだ」となるものを、編集さんも僕も「あれはできるだけ残したい」と思ったし、プロデューサーも理解を示してくれた。あのセリフは僕らには絶対書けないし、面白いから悔しかったです(笑)。

杉咲:えええ。恐縮です。

今泉:あと、衣装の帽子がとにかく大きくてしょっちゅう落ちそうになっていましたよね(笑)。僕からも「自販機のゴミ箱に空き缶を投げるんだけど、ゴミ箱の縁にぶつかって手前に落とせますか?」と、できるわけない無茶ぶりをしてしまいました。でも、杉咲さんはすべてのテイクでその通りにやってくださって本当にびっくりしました。缶投げの選手ですか!?と思いました(笑)。

杉咲:あれは奇跡でしたね(笑)。でも逆に自販機のシーンでは、何度試しても缶が詰まって取れないというハプニングが起きて……(笑)。

今泉:もうすでに非日常じゃん!となりましたよね(笑)。そういうことが起こっちゃうと、装飾部さんとかが焦ってしまうんです。撮影が押したり止まっちゃうから。でも僕としてはそういうのも楽しんだほうがいいと思っています。マイナスに捉えるより、そのハプニングを活かした方が面白いですから。

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