
フランス北部、オー=ド=フランスの亜麻畑。
夏のファッションに欠かせないリネン。ナチュラルな風合いと高い通気性で知られるこの素材は、実はフランスが世界をリードする存在だということをご存じでしょうか?この記事では、リネンの基本知識やその生産背景、そしてサステナブル素材としての魅力を解説します。

可憐な亜麻の花は青紫色で涼しげ。開花シーズンは6月で、二週間程度。一日で花びらが散ってしまうため、朝の数時間のみ見頃という儚さがある。
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リネン=亜麻から作られる素材
リネンとは、亜麻(フラックス)という植物から作られる素材のことです。日本語では「麻」と訳されることが多いのですが、実際には「麻」と呼ばれるものには、リネン、ラミー、ヘンプ、ジュート、サイザル麻など、複数の種類があります。
天然繊維の中でも麻は特に耐久性が高く、生地には独特のシャリ感と優れた吸湿性があり、さらりとした肌触りが特徴です。とりわけリネンはヨーロッパで長い歴史をもつ素材で、夏のスーツやシャツなどのファッションアイテムをはじめ、インテリア用のファブリックとしても広く親しまれています。
一方、日本では古くからラミーが衣類や家具装飾の素材として用いられ、上質な麻織物(上布)として着物に仕立てられるなど、独自の文化が育まれてきました。

亜麻栽培に携わる方々。亜麻の茎は腰のあたりまで伸びる。葉を落とし始めた7月頃に、刈るのではなく引き抜いて収穫。根が残ることで土壌肥沃に寄与するのだそう。
繊維表示のルール
日本では「家庭用品品質表示法」に基づき、衣類や寝具には繊維の種類を表示することが義務づけられています。ここで注意すべき重要なポイントがあります。
・「麻」と表示できるのは、リネン(亜麻)とラミー(苧麻)のみ。
・リネンとラミーは区別せず、まとめて「麻」と表示することも可能。
・ヘンプなどその他の麻は「植物繊維(大麻)」などと表示する。
したがって、服のタグに「麻 100%」と書かれていても、それがリネンなのかラミーなのか、あるいは両者の混用なのかを判別することはできません。
代表的な3つの麻素材の分類や特徴は下記のようになっています。
繊維の種類 | 原料植物 | 日本のラベル表示例 | 特徴・用途 |
亜麻(あま) リネン | 亜麻 Flax | 「麻」「亜麻」 「リネン」 | さらりとした風合いで、落ち着いた光沢がある。夏の衣類、テーブルリネンなどに使用。 |
苧麻(ちょま) ラミー | 苧麻 Ramie | 「麻」「苧麻」 「ラミー」 | 光沢感、シャリ感が強く、やや硬め。夏の衣類、和服、インテリアなどに使用。 |
大麻(たいま) ヘンプ | 大麻 Hemp | 「植物繊維(大麻)」 「植物繊維(ヘンプ)」 | 非常に丈夫で、ざらつきやごわつきがある。ロープ、帆布、袋、作業着などに使用。 |
フランスは世界最大のリネン生産国
フランスを中心に、ベルギーやオランダを含む北ヨーロッパは、世界のリネン生産量のおよそ75%を占めています。とりわけフランス北部は、湿潤な気候と肥沃な土壌により亜麻の栽培に最適とされ、世界の高級ファッションブランドがフランス産リネンを採用しています。
ヨーロッパ・リネンのデータ:
・世界の長繊維の4分の3が、フランス・ベルギー・オランダで生産されている。
・ヨーロッパには185,000ヘクタールの亜麻畑があり、そのうち87%がフランスに集中している(2024年)。
・ヨーロッパで年間140,000トンの長繊維を生産し、そのうちフランスが122,000トンを占める(2023年)。
・1ヘクタールのヨーロッパ産亜麻からは、約900kgの糸が得られる。
(これは3,750㎡の生地または約4,000枚分のシャツに相当)
出典:「欧州フラックス-リネン&ヘンプ連盟(Alliance for European Flax-Linen and Hemp)」資料

亜麻は同じ区画で6〜7年に一度しか栽培されない輪作(りんさく)作物。小麦、ジャガイモ、トウモロコシなど、他の作物と交互に植えることで土壌の質を保ち、病害・雑草の抑制にも効果があるのだとか。
ゼロ・ウェイストな植物「亜麻」
亜麻の魅力は繊維だけにとどまりません。実は、植物全体を無駄なく活用できるゼロ・ウェイスト素材なのです。主に茎の靭皮(じんぴ)から抽出される長繊維はテキスタイルとなり、短繊維は紙や断熱材の材料として利用されます。繊維を取ったあとの芯部分は建材や園芸用資材になり、さらに種子からは油が採取され、塗料や溶剤にも使われているのです。
・長繊維 … テキスタイル
・短繊維 … テキスタイル、紙、断熱材
・芯部分 … 建材、園芸用マルチング、動物の敷料、燃料
・種子 … 種、油(塗料、溶剤など)

収穫した亜麻は、畑に並べて数週間から2か月間放置。雨、露、太陽の働きで、繊維と茎の分離が容易になる。その後、乾燥させた茎を集めて「ラ・リニエール農業協同組合(Coopérative Agricole L.A. LINIÈRE)」の工場へ。



短繊維を除去する工程。乾燥した茎の芯部分(木質部分)を砕き、細かい断片を取り除く。こうすることで、不要な部分を落とし、繊維を取り出しやすくする。
リネンが紡ぐ歴史と未来
リネンは単なる夏の定番素材ではなく、生育時に農薬や水をあまり必要とせず、廃棄部分も有効利用できることから、近年サステナブルな素材として改めて注目されています。
その歴史もきわめて興味深く、古代エジプトでは重要な繊維とされ、衣服や生活布のほか、ミイラを包む布としても用いられていました。聖書にはリネンが繰り返し登場し「清らかさ」「神聖さ」の象徴として描かれています。新約聖書によれば、イエス・キリストは亡くなった後、亜麻布に包まれて埋葬されたと伝えられています。
中世ヨーロッパでは教会の祭服や祭具用の布として広く用いられ、やがて王侯貴族や宮廷文化に深く結びついていきます。のちに、家庭の衣服や寝具に普及し、特に高品質なリネン生地は、富裕層のステータスシンボルとしても認知されるようになりました。
このようにリネンは、ヨーロッパを中心に世界的な産業と文化を築いてきた素材。亜麻から生まれるリネンの物語を知れば、季節のスタイリングに取り入れる楽しさも、ぐっと広がるはずです。




茎から取り出した繊維が高く積み上げられた倉庫。繊維の長さや品質で仕分けされている。高級リネン用は光沢感があり、つややか。これらは、梳き(すき)と紡績の工程を経て糸になり、粉砕された芯部分は建材などになる。
Photographs : Chieko Hama
Text:B.P.B. Paris