
「ウォルト」1902年頃のドレス。
パリのプティ・パレ(Petit Palais)で、“オートクチュールの父”とされるシャルル・フレデリック・ウォルト(Charles Frederick Worth)の大回顧展がスタートしました。
この展覧会は、パリ市立モード博物館のパレ・ガリエラ(Palais Galliera)の協力により実現。タイトルは「Worth – Inventer la haute couture – (ウォルト – オートクチュールの発明)」です。

ウォルトのポートレート。ウォルトはイギリス人なので、チャールズ・フレデリック・ワースと呼ばれることも。Émile Friant, Portrait de Charles Frederick Worth
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左:「ウォルト&ボベール」1869年頃のドレス。ウォルトはスウェーデン人のオットー・ボベールと共同でメゾンを創業。1870年の提携解消後に「ウォルト」に改名した。右:「ウォルト」1872年頃のドレス。
1825年にイギリスで生まれたウォルトは、若くしてフランスに渡り、高級生地店「ガジュラン」で店員を務めた後、ドレス制作に携わるようになりました。1858年、パリで自身のメゾンを創業すると、たちまち評判を呼び、メッテルニヒ公妃や皇后ウジェニーをはじめとするヨーロッパ上流階級の人々を魅了したといいます。

「ウォルト&ボベール」1860年から’70年頃のカタログ。第二帝政期のこの頃は、宮廷での舞踏会やカーニバルの連続で、次々と注文が舞い込み、ウォルトの尽きない創造力が発揮された。
メゾン「ウォルト」は、4世代にわたり子孫に継承され、約1世紀の歴史をファッション界に刻みました。その発展のなか、オートクチュール産業に新たな組織形態をもたらした伝説的なメゾンでもあります。


左:「ウォルト」1878年頃のローブ・ド・マリエ。右:ルイーズ・ブレスラウ作『マドレーヌ・カートライト』1887年。Louise Breslau, Madeleine Cartwright, 1887
たとえば、創業者自身の手書きサインを冠したネームタグの導入もその一つ。コレクションをシーズン毎に作り、ファッションショーを開催するなど、当時では革新的な方法を取り入れたのです。現代のファッションシステムは、それら数々の遺産を受け継ぐこととなりました。

1900年頃の宮廷のドレス。

「ウォルト」1880年代末頃の花嫁のコルサージュ。
プティ・パレ内に設けられた展示スペースは、およそ1,100平米。衣装、オブジェ、アクセサリー、絵画、グラフィックアートなど、400点以上が集められ、ウォルトのクリエイションだけでなく、その歴史を紡いだ人々にも光を当てた壮大な絵巻となっています。


美しいトレーンを引くドレスが多数。上:「ウォルト」1897年頃のドレス。下:「ウォルト」1896年頃のイブニングドレス。


ウォルトと同時代に活躍したクチュリエの作品も展示。左は1902年頃のジャンヌ・パキャン(Jeanne Paquin)のコルサージュ、右は1905年頃のジャック・ドゥーセ(Jacques Doucet)のサマードレス。

ルネ・ラリック(René Lalique)がデザインした「ウォルト」の香水瓶も展示。手前は1944年『Requête』のボトル。
「Worth – Inventer la haute couture -」
2025年9月7日まで。
Photographs:Chieko HAMA
Text:B.P.B. Paris