ニューヨーク、ロンドンを拠点にアルバム2作をリリースし、コンテンポラリーなサウンドに呼応しながら国境にとらわれない自由な活動を行ってきた4人組バンド、DYGL。拠点を東京に移し、コロナ禍で制作した2021年の前作『A Daze In A Haze』から1年3カ月ぶりとなる新作アルバム『Thirst』を完成。レコーディングからミックスまでメンバーが手掛け、4人の多様な音楽嗜好をありのままに投影した作品世界について、秋山信樹(G,Vo)、加地洋太朗(B)、下中洋介(G)、嘉本康平(Dr, G)の4人に話を訊いた。
interview & text: Yu Onoda
──アメリカ、イギリスを拠点に活動してきたDYGLが東京に拠点を移して制作した2021年の前作アルバム『A Daze In A Haze』はバンドにとって転機となる作品でした。まず前作を振り返っていただけますか?
秋山信樹「2021年にリリースしたサードアルバム『A Daze In A Haze』は、制作に向かっていくタイミングがパンデミックの時期だったり、コロナの影響で活動拠点が海外から日本に移ったという影響は大きかったですね。セカンドアルバムの時期はバンドとしての自信が足りていなかったり、制作面においてイメージをバンド内でまとめるコミュニケーションもチグハグだったりで難しい局面も多かったんです。そうした試行錯誤をしながらなんとかその時のベストを形にしていました。なのでサードアルバムでは意識的に自分たちの中にあるDYGLのイメージを一度脇に置いて、白紙からやり直すくらいの気持ちで制作に臨んだんです」
──サウンド面では90年代、00年代初頭のオルタナティヴロックやエモから受けた影響が表出した作品でもありましたよね。
秋山信樹「2017年のファーストアルバム『Say Goodbye to Memory Den』はポストパンクリバイバル、2019年のセカンドアルバム『Songs of Innocence & Experience』は60年代、70年代の音楽を再引用したというか、サンプリングするような感覚を交えながら、いかに自分たちの音が出せるかを試していたんですけど、サードアルバムは特定の音楽からインスピレーションを得たというより、今までDYGLとしてはなしだったものをありにして、その時にいいと思ったものはなんでも取り入れてみようって。そして、もともとUK寄りだったDYGLの音楽に新たな要素を加えようとした結果、90年代のオルタナティブやエモといったUSの影響が強まったアルバムになったかもしれないですね。僕らとしてはいいと思ったことを何でもやってみることが重要だったかなって」
──そして、サードアルバムの流れ、自由な音楽性の広がりをさらに推し進めたのが今回のアルバム『Thirst』になるのかなと。
加地洋太朗「そうですね。確かにサードから続いている感覚はあって、今回はさらにセルフ・レコーディングということもあって、1曲1曲みんなで話し合って進めていきましたし、前作以上に4人で作り上げたアルバムになったと思います。個人的に、この流れは今後も続いていくんじゃないかなと感じていますね」
嘉本康平「共作したりもしていますが、個人的には4人それぞれの色がそれぞれの曲に反映されている作品になったと感じてます。最近は新曲のライブアレンジにも色んなアイデアが出てきたりとかしているので、次の作品にはそういった部分も活かせていけたらなと思ってます。」
DYGL presents “Thirst” 2022年11月24日(木)@渋谷WWWX Photo:Yukitaka Amemiya
──なしだったものをありにしてみたり、バンドのスタンスがより開かれていったDYGLに対して、全世界的にロックバンドは停滞していると言われていると思うんですけど、ロックを取り巻く現状についてはどう思われていますか?
下中洋介「個人的には、もうダメかもと思っていた時期もありました(笑)。でも、秋山くんに『ロックは死なないから大丈夫』って言われて、そこから気にならなくなりましたね。僕はずっとギターが一番格好いいと思っているんですけど、その価値観が世界的にひっくり返っちゃったように感じたりもして、一時期は嫉妬の感情も結構あったんですよ。でも、コロナが収まってきて、またライブハウスに足を運ぶようになったり、海外のライブを観たりするなかで、『あ、何も変わってないんだな』って肌で感じるものがあって」
──『ロックは死なないから大丈夫』という名言を生んだ秋山さんはいかがですか?
秋山信樹「そんな格好良く言ったかどうかは分からないんですけど(笑)、70年代のロックシーンが舞台になった『あの頃ペニー・レイン』という映画で『もうロックは死んだね』っていうシーンを観た時、『あ、こういう話って、その頃から延々やってるんだな』って思ったんですよ。だって、70年代ってロックが一番元気な時代じゃないですか? でも、そういう話が出てくるのは、その前の60年代のエネルギーに触れた人が次の時代についていけなくなっただけ。その人の感性が死んでいるだけで、新しい時代の感性に対して柔軟だったデヴィッド・ボウイみたいな人はその時代その時代を体現した作品を作っていった。だから、作り手、聴き手どちらもその時代に生まれる新しい音楽に気づける感性があるかどうかってことの方が大事なんじゃないかなって。その新しい音楽がロックと呼ばれるものであるのかどうかはどちらでもいい。個人的にはずっとロックが好きですけど、次の世代が作る音楽がロックと呼ばれるものじゃなくても、それがその時の人たちにとって意味のあるものであれば、それでいいと思います。」
──例えば、エモラップはラッパーがロックに歩み寄ったことで発展した音楽だったりしますし、それをロックと呼ぶかラップと呼ぶかはともかくとして、DYGLも今回のアルバムではループビートを下敷きにした「Under My Skin」やオートチューンを取り入れた「I Wish I Could Feel」のように、ヒップホップに歩み寄った曲も収録されていますよね。
秋山信樹「ロックとヒップホップのどっちの方が良いかみたいな話は個人的には良いモチベーションな感じがしなくて。ロック対ヒップホップということより、良い音楽の良いアイディアは自由に取り入れてみたい。そうやって楽しく考えた方がやりやすいですね。」
DYGL presents “Thirst” 2022年11月24日(木)@渋谷WWWX Photo:Yukitaka Amemiya
──今回、セルフプロデュースのもと、録音からミックスまで、ご自身で手掛けたことで、DYGLのほどよく肩の力を抜いたオープンな音楽の在り方が作品の心地良い空気感に反映されていると思うんですけど、バンドのみで作品制作に臨むことになった経緯は?
秋山信樹「今回急にというわけではなくて。バンドを始めた当時も友達の紹介で個人スタジオを借りて、自分たちで試行錯誤しながら録音してみたこともあって。海外に目を向けても、マック・デマルコだったり、テーム・インパラだったり、自分で録音した作品がグローバルに聴かれているアーティストもいたりしますよね。いつか自分たちもやってみたいなとはずっと以前から思っていたんです。これまでも作品ごとに色々なプロデューサーさんと毎回それぞれのスタジオで制作を続けてきたんですけど、その都度自分たちの意思をもって制作をリードしようという気持ちは意識していて。最近ようやく機材のことや音を録る具体的なプロセスも基本的なことは少し分かってきたので、今ならこれまで以上に踏み込んだ作業が出来るんじゃないかなと。だから、今回、録音やミックスを自分たちでやってみようと試してみることになりました」
──サウンドや音の質感に関して目指していたのは?
秋山信樹「90年代、00年代のミクスチャーの考え方からはインスピレーションを受けたと思います。ただそれを今の自分たちとして新しく解釈してみたいなと。考え方として参考にしていたアーティストは、ジャズやヒップホップ、インディーロックを混ぜているキング・クルールや、フォークとトラップ的なサウンドをバンドの演奏で解釈しているアレックス・ジーなどですね。当時のミクスチャーとは引用元がまた違っていますけど、色々な引用元を一つの音楽に落とし込むと言う意味でとても参考にしました。そうやって自分たちヴァージョンのオルタナティヴなミクスチャー、クロスオーバーが出来たらいいなとは思っていました。ただ、そのためにこれとこれをミックスしようと意識的に考えたわけではなく、そもそもメンバーそれぞれ色々な方向に聴いてきた音楽があるので、それが自然に血肉となって表れたらいいなって」
──今の発言から感じられるサウンドの意欲的な探求は<渇望>を意味する『Thirst』というアルバムタイトルに表れているようでもあるし、情報の飽和が極まって渇望感を感じにくいのが今の時代であるような気もしますし、『Thirst』というタイトルには色んな意味が込められているように感じました。
秋山信樹「まさにおっしゃってくださったように、色んな角度から考えられるタイトルを付けたつもりです。このコロナ禍にあって、最初に作ったのは前回のサードアルバムだったんですけど、このまま世界が停滞し続けるのか、また次に向かって動いていくのか、どっちに振れるのか分からないまま、一日一日に集中して日々を生きていって。同時に先行き不透明な不安も感じていましたし、難しさも感じながら作品を作り上げて。その後、少しづつ世の中が動き出していますけど、その動き方も国ごとに違うじゃないですか? そんななか、今自分がこの国で生きている理由だったり、今この年齢でコロナ禍やウクライナの戦争に象徴される現状を体験していることだったり、色んなことを考えながら自分と向き合う機会になっていて。今回は今自分が何かを求めている、その求めているものを見つけようとしてる、というような歌詞が多かったので、それを言い表す『Thirst』という言葉をタイトルにしました。何かが足りていないという意味の『Thirst』はネガティブにも聞こえるし、とは言え欲しい何かを求める心としての『Thirst』は生きる力と同義だと思うし、そこには色んな意味があるなって」
DYGL presents “Thirst” 2022年11月24日(木)@渋谷WWWX Photo:Yukitaka Amemiya
──イギリス、アメリカ在住経験があるDYGLは日本とは大きく異なる音楽カルチャーの在り方を目の当たりにしてきたバンドだと思いますが、日本を拠点に活動するうえで、どんなことを考えていますか?
秋山信樹「10代で音楽を始めた当初は海外のインディーロックにインスピレーションを得た音楽を日本人が英語で歌っていても、逆にこの国で受け入れてもらうのは難しいかもしれないと思っていたので、最初から海外に出ようと思っていたんです。でも、東京のなかでも僕らと同じような音楽が好きな人たち、周りで音楽を作っている才能ある人たち、心あるイベンターの方々と沢山出会えて。音楽を大切に、有名無名関係なくバンドをリスペクトしてくれる方々とローカルなシーンで出会う中で、「こんな場所があるなら、日本でも何かを学びながら音楽を作っていける」と思えたんですよね。当時は日本のマスな業界がどれだけ大きくて、どんなシーンなのか、全く知らなかったし、考える必要もなかった。そういうこととは関係なく自分が楽しいことだけをやっていたら、気づけば僕らの音楽を聴いてくれている人が増えていました。日本でも自分たちのやりたいことを曲げずに、活動は成り立つんだなと思えるようになりました。とは言え、ドメジャーなJ-POPにも普通に好きな曲結構あるんですが(笑)。良い音楽はどのジャンルにもあると思いますし、メジャーもインディーも、それぞれのジャンルを聴く人たちにそれぞれの居場所があって、選択肢の幅が多くあるのがみんなハッピーで健康的だと思いますね」
──どこにいてもストリーミングであらゆる音楽にアクセスできるようになって、選択の幅自体は拡がっているとは思うんですけどね。
秋山信樹「確かにそうですね。とはいえどの音楽に辿り着けるかというのは習慣や日頃触れ合う機会があるかどうにも関わっていると感じていて。都会には街を歩いていれば、音楽と出会える機会がたくさんあると思うんですけど、地域によってはライブハウスがない街もあったりする。そういう意味で文化のハブになるような場所は日本全国に必要だと思うし、既に場所を作ってきた人たちには本当にリスペクトです。文化を大切にしている人たちの音楽ビジネスが守られて欲しい。そして、同じようなスピリットをもった人たちと繋がって活動を続けていきたいという思いは、自分たちの音楽を作りたいという気持ちと同じくらい大事にしていますね」
DYGL(デイグロー)
2012 年に大学のサークルで結成され、アメリカやイギリスに長期滞在をしながら活動を続ける全編英詩のギターロックバンド。Albert Hammond Jr. (The Strokes) がプロデュースをした1st アルバム『Say Goodbye to Memory Den』(2017) は、期待のインディロックバンドとして国内外問わず多くのメディアの注目を集めた。アジアツアーや日本ツアー、海外アーティストとの対バンを行いながら制作を続け、2019 年に高い評価を得たシングル「A Paper Dream」が含まれる 2nd アルバム『Songs of Innocence &Experience』をリリース。約6 ヶ月に及ぶ全世界 53 都市を巡るアルバムツアーを遂行し、日本のみならず北京・上海・ニューヨーク公演がチケット完売となった。3rd アルバム『A DAZE IN A HAZE』は「Sink」や「Half of Me」といった楽曲と共に万人に愛される作品となった。そして2022年、レコーディングからミックスまで自分達の手で制作された、完全セルフプロデュース・アルバム『Thirst』をリリースした。2023年には日本・USツアーを行う。
■オフィシャルサイト:https://dayglotheband.com/
■Twitter:@dayglotheband
■YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCpolcCaJwW6pYHwMWKmvfHg
DYGL
『Thirst』
¥2750 Hard Enough
90年代、00年代のオルタナティブロックからエモラップ、ドラムンベースなど、メンバーそれぞれが得た多様なインスピレーションを乱反射させた4thアルバム。初めてセルフレコーディングを行い、一音一音にこだわったバンドサウンドはヴァリエーションの豊かさと一体感が共存し、バンドのDIYなアイデンティティが強く感じられる。歌詞で描かれる現代の<渇望感>、その混沌としたエネルギーを糧に、バンドが大きく前進を果たした作品。
配信リンク:https://dygl.lnk.to/ThirstWE
MV「Under My Skin」
「Road」Live