──新しい団地で夫と新婚生活を送る悦子と、川向うのバラック小屋で娘と二人で暮らす佐知子は環境的には好対照ですが、二人が明るい将来を予感させながら稲佐山にピクニックに行く場面では、同じような明るいピンクで装っていますね。
高橋:実はあの場面の悦子のワンピースはピンクではなく、オレンジとこげ茶の細縞柄なんです。太陽が真上にあるような暑い日に撮影したので、その光量で悦子のオレンジと佐知子のモーヴがかったペールピンクが似た色に見えているのかもしれません。稲佐山の場面は、二人をシンクロさせたいタイミングではあったので近い色相で寄せていますが、それぞれの衣裳は全く別の属性のものなんです。
悦子のほうは、フラットカラーでいわゆる可愛らしい雰囲気のワンピース。佐知子は腰のドレープやくるみボタンで銀幕スターのような気品を感じるドレス。それぞれの肩から袖のラインを似せて、ベルトでウエストマークをしました。それだけで、生地の質感も全体のシルエットも全く違うものがシンクロして見えてくるということですね。
この衣裳のまま夏祭りのナイターシーンに繋がるのですが、3人が市電乗り場に向かう歩きカットの撮影時に、多くの現場スタッフから「悦子と佐知子の後ろ姿が似てきたように見える」と言われました。ということは衣裳演出的に上手くいったんですね、と監督と安心しあったのを覚えています。

映画『遠い山なみの光』より、悦子と佐知子の稲佐山の場面。
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──’80年代のイギリス編では高橋さんの立てたコンセプトをイギリスのスタッフに渡したと聞いています。吉田羊さん演じる悦子は、’50年代に着ていた開衿のシャツを相変わらず愛用していたり、彼女の好みの一貫性を伺わせますが、全体的にはカジュアルです。
高橋:イギリス編では、悦子はまだ’70年代のテイストを引きずっていて、娘のニキは完全に’80年代のファッションに切り替わっているという設定にしました。ニキが聞いているのも’80年代の音楽なので、時代性に合わせてポップにカジュアルにしてほしいと監督の言葉とともに伝えました。
また、監督は悦子について〝’50年代に持っていた個性が30年経って消えてしまうのは違う〟と話されて、〝あ、石川監督は’50年代の悦子に強烈な個性を感じているんだ〟と少し驚いたんです。私としては佐知子と比較して、そこまで個性的な女性だとは思っていなかったので。少女時代にバイオリンを習うくらいの良家のお嬢さんで、脈々とおばあさま、お母さまから引き継いだ素養があり、さらに町全体が持つ異国情緒に影響された人物が、結婚、出産、海外での暮らしを経て滲みでてくる何かを衣裳でも語らせたかったのだと思います。


映画『遠い山なみの光』より、’80年代の悦子(上)とニキ(下)。
それから、ニキが書き手として追ったグリーナム・コモン基地への反核キャンプ※は、地元の女性たちが長雨のイギリスで長期間、キャンプをしながら起こした抗議活動で、だからみんな長靴を履いているんですよね。イギリス編では長靴はポイントになると考え、イギリススタッフにも伝えたところ、悦子がガーデニングを熱心にしている人として長靴を履く人として造形されて、反核運動をしている女性たちと、いでたちでどこか響きあう印象にも見えると思います。
※イギリスのバークシャーにあるグリーナム・コモン空軍基地に、核兵器が置かれていることに抗議するために設立された、一連の抗議キャンプ。
──高橋さんは石川慶監督とは『蜜蜂と遠雷』(2019年)、『Arc アーク』(’21年)、 『ある男』(’22年)、 Amazonオリジナル作品『不都合な記憶』(‘24年)に続き、今作が5本目のコラボレーションとなります。高橋さんから見て、どういう特色の映画監督だと感じていますか?
高橋:あまり細かいディテールのお話はされないですね。初回の打ち合わせでは、衣裳の具体的な話よりも、映画全体の雰囲気についての意見を交わすことが多いです。作品の理念や方向性を、ラフに2-3人などのなるべく少人数で話します。次の打ち合わせで、こちらのリサーチ情報と提案をもとに意見交換をします。演者との衣裳あわせの段階ではほぼボツが出ないくらいイメージ共有ができているので、この進め方が互いに楽なのだと思われます。
今回も、監督のポーランド時代の学友であるピオトル・ニエミイスキさんが撮影監督を務めたこともあって、同じように理念を共有できている仲間なので、こちらも信頼して衣裳ディレクションをすることができました。時代感より、この先ずっと魅力的な作品として残っていくようなパーマネントな画(え)や映画を作ることを一緒に目指している面白さがあります。
もちろん、時代や流行を取り入れなくてはいけないところはあるんでしょうけど、特に石川監督作品では一過性のトレンドに流されず、俳優の演技と衣裳、セットなどが一体化して完成する世界観を私自身も求められている気がして、自分のフィルターを通した感性を恐れずに提示することを意識しています。
『遠い山なみの光』
本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母悦子の半生を作品にしたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。
監督・脚本・編集:石川慶
出演:広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊、カミラ・アイコ、柴田理恵、渡辺大知、鈴木碧桜、松下洸平 / 三浦友和
東京の「TOHOシネマズ 日比谷」ほかにて全国公開中。ギャガ配給。
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WEB:https://gaga.ne.jp/yamanami/
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