
音楽史上最大のスキャンダルの真相に迫る歴史ノンフィクション『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』(かげはら史帆著)を原作にした今作。
19世紀のウィーンを舞台に、その実在するキャラクターを日本の人気個性派俳優たちが演じていることでも話題を呼んでいる。装苑ONLINEでは、衣装コーディネートの視点でそれらの人物像を手掛けた、スタイリスト飯嶋久美子さんに制作背景をうかがいました。
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ヨーロッパの実在人物に対するキャラクター
当初はやはり、人物像として日本人が西洋人を演じることに違和感が生じるのではないかと考えていました。だけど、それが結果的には作品ならではの特徴や魅力のひとつになったと感じています。物語は、中学生の少年が先生から教えてもらう話を、自らの想像で広げていく世界として描かれているため、ある意味ファンタジーとして自然に受け入れることができました。また、キャストも非常に個性豊かな方々が揃っていましたので、ウィッグやカラコンをつけるというような、いわゆる“コスプレ”的な作り込みはなく、それぞれのキャラクターの延長線上にある雰囲気を大切にしたいと考えて、監督とも相談しながら進めていったんです。

時代のリアリティを追求するために
映画作品によっては主要キャストとエキストラの衣装スタッフを区別する場合もあると思いますが、今作においては、あえて分けずに全体の調和を図って、違和感のない仕上がりにすることが監督の意向でした。衣装デザイン業界の先輩方から、映画の衣装は“馴染む”ことが映像的に良い効果を生むと聞いていたことがあるのですが、実際に自分で取り組んでみてその意味を改めて実感する場面も多かったです。
結構な体数を準備することにはなり、スタイリストの岩堀(若菜)さんと一緒に担当させていただきました。衣装は制作したものに加えて、古着のリメイクや松竹の衣装部から集めたものなど、さまざまなアイテムをミックスコーディネートしていくことに。時間もかなり限られていたため、岩堀さんや持ち道具の武藤(浩)さんなど、プロフェッショナルな方々とワンチームで取り組んでいました。ここまで男性キャスト中心の映画衣装を手掛けたのは、初めてでしたが、私の好きな時代のメンズスタイルの作品に関わることができたので、とても嬉しかったです。


まず、19世紀の宮廷貴族や音楽家について、当時の資料やメンズフォーマルの写真集などを参考に、軸となりそうなモーニング(コート)とフロッグコートの古着リサーチから始めました。渋谷の「デイヴィッズ クロージング」のオーナーと古いお付き合いで色々相談に乗ってもらいました。年代物を一気に集めてくださり、基盤となるコートの色やシルエットイメージに繋げていくことができました。そのほかにも「ジャンヌ・バレ」「ドリアン グレイ」や「3 to 8 vintage apartment store」などイギリスのヴィクトリアンものを多く扱っているショップに通って、1920~1940年のものを中心に集めています。



ヴィンテージアイテムは調整が大変!だけど使いたい
当時のこれらのアイテムは、特別なオーダーメイドで作られているので、素材感や自然な劣化、そしてボタンなどの細かな施しも素晴らしいのですが、どうしても現代人のサイズとは合わないため、リメイクが必要になります。特に男性用のジャケットやコートは、肩やアームホール、身頃脇など、シルエットの核となるところを触ることになるし、それを見えにくい部分で調整しなければならないので、案外、いちから制作するより時間がかかることも多いんですよね。同じ素材も手に入らないですし。それでも、キャストのみなさん、ヴィンテージがとてもよく似合っていて、山田さんなんて、背が高く体も鍛えているから、ほとんど直さなければ着られなかったんですが、それでも選んでよかったと思えるほど、とてもかっこよく仕上がりましたよ。


衣装そのもので表すことのできる人物像
ストーリー上、ベートーヴェン以外は人物の生活環境や細かな性格などが映し出されるようなシーンは少ないので、衣装のディテールや着こなし方ひとつで、そのキャラクターを視覚で伝えられるように意識しています。
シンドラー役の山田(裕貴)さんはいちばん長い年月を演じていくので、若いころは少し華やかさを残したスマートな雰囲気、装飾も少し際立たせていますが、後半は全体的に黒でまとめて、遊びもなくなっていくスタイルにしています。時間の経過やその頃のシンドラーの性格やライフスタイルをイメージして表現していますね。そして、下品で清潔感がないけれど、天才的音楽家のベートーヴェン役の古田(新太)さんは、ボロボロの部屋着の汚しから、第九を指揮する大ステージに立つときのベルベットの制作コート、床に臥せてしまう部屋着のガウンまで、衣装イメージにおいては振り幅が広いですが、古田さんの強い個性と立ち振る舞いでごく自然にはまっていった印象です。


また、小澤(征悦)さんや前田(旺志郎)さん、井ノ原(快彦)さんなど、ほとんどの方がヨーロピアンスタイルなのですが、セイヤー役の染谷(将太)さんだけは、アメリカ人なので、モーニングではなく、スーツやケープコート、ネクタイなどが基本です。育ちのよいジャーナリストの雰囲気を立たせるため、彼のサイズにぴったり合わせて、姿勢よく着用してもらっています。




いちばんのこだわりとなったクラバット
既存のものや古着のリメイクなどを混在させることになり、シャツとクラバット(ネクタイの起源とされる首回りに巻く装飾用のスカーフ状の布)はオリジナルで制作したいと思いました。この時代のセレブリティな小物の代表でもありますし、クラバットも色や結び方を差別化することで、そのキャラクター性を表現できるキーアイテムになるからです。

例えば、山田さんは衣装の体数がいちばん多く、それだけクラバットの種類もありますが、基本的にはコットンや麻を使用したものをメインにしています。若い時はリボン結びが印象的に映るよう大きめにあしらっています。古田さんにおいては、やはり肖像画でもお馴染みの赤いカラーのものは外していませんが、エクリュのクラバットもこの作品ならではの新鮮味を演出できたのではないかと思います。
更に注目してほしいところとして、ベートーヴェンの晩年の秘書を演じている神尾(楓珠)さんは、キャストの中でも裕福な家庭の育ちでおしゃれな立ち位置だったこともあり、色柄の派手なものや、シルク素材のものを作りました。限られた時間のなかでプリントを施すなど、かなり手間のかかる作業ではあったのですが、この時間は結構楽しかったんです。バリエーションも豊富に出来上がって、お店でも開けるんじゃないか?と思ったくらい。



ルックそれぞれのクラバットの見え方に違いを出したものの、その結び方を広くスタッフ内で共有できないままクランクインしてしまい、撮影期間の私は、とにかくこのクラバットを結びまくっている日々でした。現場での仕事の7割くらいは、この微調整だったと言っても過言ではないかもしれませんね(笑)
でも、私にとってはそれだけ重要なアイテムでした。
Coding : Akari Iwanami

Kumiko Iijima●POTESALA主宰。文化服装学院アパレル技術科卒業後、「VOGUE NIPPON」でアシスタントを経て、スタイリストとして独立。スタイリングおよび衣装デザインを主軸に、ミュージシャンのビジュアルワーク、広告、映画、舞台とジャンルを横断して活動。近年は、文化の越境をテーマにしたプロジェクト「LatiJapo」を立ち上げ、ラテンアメリカと日本のクリエイターの表現の場を創出。メキシコシティを拠点に国際的な文化交流の架け橋としても活動を展開している。
Instagram:@poromporom
Web:www.porom.com
『ベートーヴェン捏造』
19世紀のウィーン。金も職歴もなく、しがないヴァイオリニストだったシンドラー(山田裕貴)が少年時代から憧れの音楽家、ベートーヴェン(古田新太)に出会い、その秘書となる。が、孤高の天才は、実は下品で癇癪もちの小汚いおじさんだった。。。そんなベートーヴェンを支えられるのは自分以外にいないと、忠実に尽くし、また、本来の姿が世に出ることを恐れ、周囲を巻き込みながら“聖なる天才音楽家”に仕立てあげていくが。
原作:かげはら史帆「ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』(河出文庫刊)
脚本:バカリズム
監督:関 和亮
出演:山田裕貴、染谷将太、神尾楓珠、前田旺志郎、小澤征悦、生瀬勝久、小手伸也、野間口徹、遠藤憲一、井ノ原快彦、古田新太ほか
配給:松竹
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