• HOME
  • STUDY
  • NEWS
  • 「ポール・ポワレ、ファッションは祝祭」展、12...

「ポール・ポワレ、ファッションは祝祭」展、
120年前にファッションビジネスを先取りしていた革新者

2025.08.25


ウィーンを訪れた際には、芸術家集団「ウィーン工房(Wiener Werkstätte)」に強い関心を抱いた。日常生活のあらゆる領域に芸術を取り入れ、工芸とデザインを統合しようとする彼らの理念は、ポワレに深い影響を与えた。こうして、’11年に娘(次女)の名を冠した「マルティーヌ装飾芸術学校」を設立。労働者階級出身の少女たちにも門戸を開き、ラウル・デュフィら芸術家を講師に迎えたこの学校では、自由なデッサンを重視する革新的な教育が行われた。生徒たちの作品は「メゾン・マルティーヌ」の名で商品化され、家具や壁紙、テキスタイルとなって世に送り出された。

さらに同年、長女の名を冠した「ロジーヌ香水」を創設する。ポワレはドレスと香りの調和こそ真のエレガンスを生むと考え、自ら香水の製造からパッケージデザインまでを監修。第一作「ロジーヌのバラ」に続き、’29年までに30種類以上の香りが発表された。

こうした国際的な展開と並行して、ポワレは「未知の世界を知りたい」という願望から地中海沿岸の国々へ旅をした。イタリア、スペイン、モロッコ、チュニジア、アルジェリアで目にした景色や工芸は、彼に大きな刺激を与え、服のシルエットや色彩に反映されている。作品にしばしば登場するターバンやサルエルパンツ、贅沢な刺繍は異文化の再解釈とも言えるだろう。

ポワレは五人きょうだいの唯一の男の子で、姉妹たちは皆、芸術的な気質を備えていた。とりわけ妹のニコル・グルーは小規模ながらデザイナーとして活動し、画家マリー・ローランサンとの恋愛関係を通じて、その名は当時のパリの芸術界に知られていた。

’14年に第一次世界大戦が勃発すると、ポワレも従軍を余儀なくされ、メゾンの活動は停滞した。そして、戦争はファッション界の勢力図を大きく塗り替える。男性に代わって働きに出た女性たちは、彼の豪華なドレスへの関心を失い、動きやすく実用的な装いを求めるようになっていた。時代はガブリエル・シャネルをはじめ、ジャンヌ・ランバンやマドレーヌ・ヴィオネなどの新世代の台頭のときを迎えていたのだ。同時にポワレの地位は次第に揺らぎ始めていた。

’25年のアール・デコ博覧会に合わせ、ポワレはセーヌ川に3艘の船を浮かべた。船には自身のブランドの作品に加え、アトリエ・マルティーヌのインテリアやロジーヌの香水を展示した。さらにはレストランまで併設して、まさに、総合芸術の場を創り上げたのだ。しかし、華やかな演出にもかかわらず、期待された顧客層は集まらなかった。ここから彼は経済的苦境に陥っていく。

妻ドニーズとの間に五人の子どもをもうけたが、’28年に別居。経済的困窮だけでなく、ポワレの奔放な性格、浪費癖、女性関係に疲れ果てたことが大きな理由とされている。パートナーであり、ミューズであり、モデルでもあった彼女との距離が遠のくことは、彼の人生と創作に大きな影を落とした。

さらに膨大なアートコレクションも、深刻な経済難から手放さざるを得なくなり、’29年、ついにブランドは閉鎖された。こうして、かつて栄光を極めた「ファッションの王様」は、次第に人々の記憶から遠ざかって行くのだった。

しかしながら、エルザ・スキャパレリは彼をレオナルド・ダ・ヴィンチになぞらえて称賛し、クリスチャン・ディオールはファッションを刷新した偉大な先駆者として讃えた。彼のアイデアや美意識は確かに受け継がれ、作品のみならず、ショーの演出や芸術的広告など、今日のファッション界に息づいている。

ポール・ポワレ、ファッションは祝祭
Paul Poiret, La mode est une fête
パリ装飾芸術美術館( Musée des Arts Décoratifs)
2026年1月11日まで
Musée des Arts Décoratifs : オフィシャルサイト

Photos & Text : Chieko HAMA

1 2

RELATED POST

「オランジュリー美術館 オルセー美術館 コレクションより ルノワール×セザンヌ―モダ...
ルーヴルにモード旋風!芸術の殿堂に入ったファッション
なぜ、いま「リビング・モダニティ」なのか?『リビング・モダニティ 住まいの実験192...
Maison MIHARA YASUHIRO(メゾン ミハラヤスヒロ)が福岡空港免税店オープンを記念し...
映画「ハリー・ポッター」シリーズ衣装デザイナー取材、スタジオツアー東京特別企画「...
KIDILL(キディル)の末安弘明と中央町戦術工芸が鼎談『抗い続けるパンクのスピリット...
【Dior / GUCCI/PRADA/MIU MIU/FENDI 憧れブランドの新作ウォレット】7月24日のト...
小松菜奈が表紙に登場!『装苑』2025年9月号はマキシマリズム特集。JO1の川尻蓮さんと...
Björkが表紙に登場!『装苑』2025年7月号はキャラクター特集。装苑男子に、「原因は自...
ディオールのマリア・グラツィア・キウリが退任。「私のビジョンを実現できた」
ディオール、ジョナサン・アンダーソンをウィメンズ、メンズ、オートクチュールのクリ...
プティ・パレでウォルトの大回顧展スタート!