2000s
技術の先にミックス感覚を研ぎ澄ませた
リアルモードの作り手たち
阿部潤一 落合宏理 熊切秀典
百花繚乱のファッションエイジが、2000年代の日本だった。SHIBUYA109から発信されたギャルスタイルに「モテ服」や「カワイイ」ファッション、H&Mをはじめとしたファストファッションも海外から上陸し、最先端スタイルは手頃なプライスで体験できるものとなる。
一方で、1990年代に人気となった海外モードブランドは21世紀を迎えてさらに勢いを増し、エディ・スリマンによるディオール オムのスキニースタイルは、性別の枠を超えて一時代を築く。国内外からバラエティに富んだファッションが押し寄せた時代と呼応するように、豊かな才能を見せる日本ブランドが続々と登場した。
アパレルデザイン科を卒業後、いくつかのブランドを経て、阿部潤一は2004年にカラー*を設立。
*kolor(カラー)。1988年に文化服装学院アパレルデザイン科を卒業した阿部潤一がデザイナーを務める、2005年春夏スタートのブランド。
カラーのスタイルは、2010‒ʼ11年秋冬コレクションが示すようにトラディショナルかつリアルが特徴。だが、異素材ミックスと、ボディラインを緩やかに表現する絶妙のフォルムの一体化がシックでモードなニュアンスを生み出す。
ʼ10‒ʼ11年秋冬。
カラーのスタイルは、エディ・スリマン期と言っても差し支えない2000年代において特異な存在だ。脚に張りつくスキニージーンズが代名詞となったエディスタイルは、まるでファッションで唯一の正解のように、日本のみならず世界中を席巻した。そんな時代に、カラーは味わい深い素材と適度な量感のシルエットの服で、人々を緊張から解き放つ。
真の意味で、時代のシルエットがスキニーからビッグへ転換するまでは、ストリートウエアの熱狂が訪れる2010年代半ばまで待たなければならないが、2000年代のカラーは5年先、10年先のファッションを具現化していたとも言える。そして、未来の到来を待てない人々は、どこか懐かしい古着のようで、だけど2000年代を席巻していた服とは違う新しさを秘めたカラーに、心を奪われていった。
ʼ12‒ʼ13年秋冬東京コレクション。
高校生の頃から学ラン姿で、「ノーウェア」に通っていたという落合宏理は、高橋盾と同じアパレルデザイン科に進む。メンズデザインコースを卒業後、テキスタイルメーカーや“NGAP”で研鑽を積んだ後、2007年にファセッタズム*を始動させる。
*FACETASM(ファセッタズム)。1999年に文化服装学院アパレルデザイン科を卒業した落合宏理が、2007-ʼ08年秋冬にスタートしたブランド。
音楽や映画への造詣が深い落合は、多彩なカルチャーの要素をクロスさせてストリートウエアに落とし込む。初のショーを開催した2012‒ʼ13年コレクションでは、ブリティッシュやストリートなどのあらゆるスタイルが破綻なく一つになり、落合のミクスチャー感覚が研ぎ澄まされていた。
(左)ʼ09‒ʼ10年秋冬東京コレクション。(右)ʼ09年春夏東京コレクション。
落合と同じ2007年に、ビューティフルピープル*をスタートしたのが、アパレル技術科で腕を磨いた熊切秀典である。
*beautiful people(ビューティフルピープル)。1996年に文化服装学院アパレル技術科を卒業した熊切秀典がデザイナーを務める、2007年春夏スタートのブランド。文化服装学院出身の戸田昌良(パターン)、若林祐介(セールス)と、米タミオ(企画生産)の4人編成。
デビュー後、ブランドの代名詞となったのは、熊切のパターンスキルを生かしたキッズシリーズだった。ハードなライダーズやトラッドなダッフルブルゾンは、子どもが着ればシックに、大人が着ればユーモラスに見せる。体のサイズが異なるにもかかわらず、子どもと大人が着用できるパターンを実現させ、1着で異なるエレガンスを実現したアイテムは人々を驚かせた。
ここに登場した3人のデザイナーは、世の中に浸透していた既存のファッションを基盤に、各々が得意とするスキルで作り上げた服で、新しさを生んだ。それは「見たことがある新しい服」というリアルモードの誕生であり、SNSで身近な体験をポストし、リアリティこそが最も重要になった2010年代の時代感覚を先駆けている。
主な文化服装学院出身デザイナー(一部抜粋 ほか多数)
•岩谷俊和(ドレスキャンプ) •山本哲也(ポト) •小森啓二郎(コモリ) •堀畑裕之(まとふ) •関口真希子(まとふ) •廣川玉枝(ソマルタ) •廣岡直人(h.NAOTO) •清水則之(ウェルダー)
2010s
真摯なものづくりと感性が結びつき、
強度のある服を作り出す
宮前義之 岩井良太 森川拓野
2010年代は、2014年に日本語版がローンチされたインスタグラムが爆発的人気となり、数十万人のフォロワーを持つインフルエンサーが誕生。トレンドを押さえたインスタグラム発のブランドも支持を集めている。誰もがクリエイターになれる時代が訪れた一方、日本ではものづくりのマスターたちが、新世代のデザイナーとして現れる。
2011年にはアパレルデザイン科出身の宮前義之が、35歳の若さでイッセイ ミヤケ*のデザイナーに就任し、2012年春夏コレクションでデビュー。
*ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)。1971年に三宅一生がニューヨークで初めてコレクションを発表したブランド。2012年春夏からʼ19-ʼ20年秋冬まで、文化服装学院アパレルデザイン科をʼ98年に卒業した宮前義之がデザイナーに。宮前はʼ21年より「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」チームを率いている。
オパール加工の生地や、発色が良くしなやかな高密度ポリエステルなどの独創性に満ちた素材作りから行ったトップやボトムが登場し、ドレスは三宅一生による「一枚の布」のように美しく揺れた。
’12年春夏パリ・コレクション
宮前のデザインで特筆すべきは、都会的でエフォートレスなムード。この軽やかさは、のちのファッションを先駆けるものだった。
2014年頃になると、ノームコアがトレンドに浮上する。究極にシンプルな服装は多くの人たちの共感を集め、着飾ることよりも内面の充実を大切にするライフスタイルが根づき始めた。
コンフォートな暮らしを願う人々に、岩井良太はオーセンティックな服で応える。岩井は夜間部のⅡ部服装科に入学し、『装苑』でアルバイトもしながら、服作りの道を歩んだ。2015年にオーラリー*が設立されると、たちまち人々は熱中する。
*AURALEE(オーラリー)。2009年に文化服装学院Ⅱ部服装科(夜間部)を卒業した岩井良太が、ʼ15年春夏よりスタートしたブランド。
(左)ʼ19‒ʼ20年秋冬パリ・コレクション。(中央・右)ʼ23年春夏パリ・コレクション
自らモンゴルなどの産地にまで足を運ぶほど、岩井が持つ素材への情熱は強い。最高の原料が生む最高の生地をシンプルに仕立てた服は、日本の侘び寂びに通じる簡素な美を備え、インパクトが重視されたモードに新たな価値を刻む。
2010年代後半、日本の街中はビッグシルエットのフーディやMA-1があふれ、ストリートウエアが時代の王様となり、ロゴやグラフィックが最先端ファッションとなった。
ストリートウエアの装飾はプリントを多用した平面性に特徴があるが、森川拓野のターク*は、素材の立体性でそこに装飾を付加する。
*TAAKK(ターク)。2002年に文化服装学院アパレルデザイン科を卒業した森川拓野が、ʼ13年春夏コレクションよりスタート。
2012年設立のタークは、2017‒’18年秋冬コレクション「BORDERLESS」で初のショーを開催。年齢・性別・人種の異なるモデルたちが、混沌としてエッジの立ったストリートスタイルで歩く。
(左)ʼ23年春夏パリ・コレクション。(右)ʼ17‒ʼ18年秋冬東京コレクション 写真提供:TAAKK
ここに刺繍や加工を駆使したオリジナル素材が、重厚感あふれる立体的迫力を加え、タークは時代の王様であるストリートウエアに別の角度から装飾性の美しさを示した。生地作りをライフワークと称する森川もアパレルデザイン科出身で、イッセイ ミヤケでものづくりの世界を体感した人だ。
2010年代はインスタグラムに加え、オンラインショップの開設や生産を支援するサービスも登場し、専門教育やプロの経験がなくとも「服を作る・伝える・売る」を可能にして、ブランド創設と成功のチャンスを広げた。ではもうファッションデザイナーを目指す者に、専門的な教育は必要ないのか。そうではない。時代に足跡を残すクリエイションは技術を含めた服への探求の果てにある。そのことを、ものづくりを愛し丁寧に向き合うデザイナーたちの姿が証明する。
主な文化服装学院出身デザイナー(一部抜粋 ほか多数)
•神田恵介 •茅野誉之(チノ) •緑川 卓(ミドリカワ) •丸龍文人 •木村晶彦(ロキト) •藤田哲平(サルバム) •PELI(パメオポーズ) •寺田典夫(ヨーク) •大野陽平 •大月壮士 •東 佳苗(縷縷夢兎、rurumu:)•富永 航
•後藤愼平(M A S U) •玉田翔太(TTT MSW)
新井茂晃=文 text: Shigeaki Arai(AFFECTUS)
Shigeaki Arai 1978年神奈川県生まれ。文化服装学院アパレルデザイン科卒業。2016年「ファッションを読む」をコンセプトに、ファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。以降インターネット上にファッションテキストを発表。メディアでの執筆も多数。
WEB : https://affectusdesign.com/
Twitter :@mistertailer
コレクション写真:文化学園ファッションリソースセンター蔵
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